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第十三章 聖女の血
18-2 危機
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アシェイラ王都内で、創世の女神が復活した、ちょうど同時期、アシェイラ城を守っていた神子達は、イプロスの奏でる死の旋律の音の威力に負け、瀕死に近い状態にあった。
ドサッ
玉座の間の中央に投げ捨てられたのは、女神の娘の体。
仰向けに倒れたティアラは完全に意識がなく、息をしているのかも危うい。ジュリナの方も、うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かなかった。
「ははッ」
クロードはそれを面白そうに見て、ジュリナの体を蹴り上げた後、彼女の手に在った宝鏡を部屋の入口付近に蹴り飛ばした。
「こんばんは、王様」
そう言いながら、玉座の間にいる人々を見回し、玉座に座るジェイドに笑いかけた。
ちょうどその時。
ズル……
ズルズル
何かを引きずるような音と共に、ひとりでに扉が開く。
「お~、エルヴィス。そっちも終わったか」
「ええ」
現れた美しい少女は、両手に他人の衣服の裾を持ち、その体を引きずり歩いていた。
「ローウェン、アルティス!」
抱かれたカイルーズの腕の中、ユリエは少女の引きずっている少年達の名を呼び、腰が抜けたようにその場に座り込む。二人共傷だらけで、意識がなかった。
「う、ぅう……、ロー」
しかし、なんとか、おぼろげながらにも意識を取り戻したらしいアルティスが、弟のいる方に褐色の腕を伸ばす。
ローウェンの受けた傷の深さは、他の神子の比ではなかった。顔や体が無残に切り刻まれ、おびただしい量の血液が彼の周囲を支配する。生きながらに受けた地獄のような痛みの衝撃で、ローウェンの意識は闇に沈みきっていた。
血にまみれた、天使の美貌。傷ついた、華奢な体。
少年のあまりに無残な惨状に、その場にいた皆が息を呑む。そんな中、あまりにも能天気な声が響いた。
「あ~、すっげ~な、スプラッタ。……生きてんのか? そいつ。サイレンに怒られるぞ。折角の闇の贄候補の子供をさ~」
ぽりぽりと頬を掻きながら言うクロードに、エルヴィスは厳しい眼差しを向ける。
「セフィランがいる以上、この子は不要よ。それに、姉はこの子に負けたわ。あたしは同じ轍は踏まない。徹底的に壊してやる!」
「そうかい」
「それより、気づいた?」
不意に告げられたエルヴィスの簡潔な言葉に対し、クロードは頷く。
「ああ。すっげ~~~~~~でっかい神気。あれ、姉神様だろ? 覚醒しちまったらしいなぁ」
「早くここを片づけて、あっちに向かうわよ。マスターが危ない!」
そう言いながら、エルヴィスは禍々しい闇の美貌を、この国の王と王位継承者達に向ける。
そんな彼らの前に立ちふさがる、騎士団総帥と団長達。
「…………殺したければ、殺しなさい」
圧倒的な力を前にしても、それに屈する事なく、ジェイドは彼らに静かな声で冷静に告げた。
「しかし、死んでもお前達には負けないよ。私達が死んでも終わりはしない。人間が、希望を失わない限りは」
クロードはその言葉を聞くと、嘲笑を浮かべる。
「じゃあ、死ね」
放たれようとする、邪気の刃。
騎士達はジェイドを庇い、カイルーズは自分の身を盾にしてユリエを庇った。
その時だった。
「あの日々を、覚えているか?」
柔らかな響きの、若い男の声がその場に響いた。
「誰だ?」
クロードの問いにも、彼は答えない。
いつの間に現れたのか? 青年は扉の前に立ったまま、厳しい眼差しを、部屋の奥、玉座の周囲にいるアシェイラ王族達へ向けている。
ふわふわとした、柔らかな白髪。いつも優しい雰囲気を放っていた薄茶の瞳。身を包むは、神の使徒の証たる神官服。高位を示すように、そのデザインは普通のものと違う。草食動物のように穏やかな、この国の神殿支部、神官長の任についている青年である。
「セリクス神官長?」
何故、ここに……?
皆の疑問を代表し、王として彼と面識のあったジェイドは呆然と呟く。しかし、そんな王の問いも耳に入らぬのか、彼は真っすぐに見つめ続けていた。
かつての、盟友を。
「立て、無様な姿を晒すな!」
それを聞くと同時に、ユリエは反射的に立ち上がる。
「誓いの言葉を忘れたか!?」
ライサンの紡ぐ言葉の響きは、厳しいが懐かしく、胸の奥に沈む思慕を湧き起こす。涙が一滴、ユリエの頬を辿った。彼女は、ライサンと面識はない。そう……、今の彼と面識がない。
ユリエが知る彼は、芸術が好きな華やかな男だった。
目の奥に浮かぶのは、血に濡れた、金色の長い髪。
瞬きすら忘れたかのように大きく目を見開くユリエから一瞬目を離し、ライサンは自分の足元に転がる鏡を拾い上げる。
女神の鏡。
手によく馴染む、その感触。
そして、もう一度、ライサンはユリエに問いかけた。
「あの日々を、覚えているか?」
間を一拍開け、彼女の古の名を呼ぶ。
「サンジェイラ」
瞬間
レオンハルトのかけた彼女の記憶の封印は解け、古の記憶のすべてを思い出す。思い出し、自分が何者であったかを悟ると同時に、平坦な声で答えた。
「……………………覚えている」
巨大な邪気の主、闇の神との死闘。
血に濡れた、盟友達の体。
邪気に汚染され、滅び去った国々。
一瞬にして消滅した、祖国。
そして、美しい彼女の頬笑み。
だが、見かける彼女の顔は、泣き顔が多かった。
その泣き方があまりにも悲しくて、だから、奇跡のように美しい女性(ひと)へ、自分が手を差し伸べた。彼女の哀しみの原因を知っていたから。
「泣かないで……。あなたの代わりに、その役目は僕らが負うから」
あの、誓い。
愛しくて、切なくて、哀しい。
自分達が彼女に捧げた、聖なる誓い。
あの、日々。
誓いを果たす為、世界を守る為、自分の命を賭して戦った。
覚えている。
忘れようもない。
あの日々を……。
抱き締めたい程に大切な、あの日々を…………。
だから、ユリエは真っすぐにライサンを見返し、その名を呼んだ。
「ディエラ」
それを聞くと同時に、ライサンは不敵な笑みを浮かべ、持っていた鏡を目の前にかざす。王都のどこかで覚醒した女神の力が鏡に集まる。
「”開鍵”」
ライサンの解放の言葉と共に、封印され曇りきっていた女神の鏡から白銀の光が溢れだした。
鍵となったのは、宝鍵の肉体ではない。ライサンが鏡を解放する為に鍵としたのは、女神の力。かつて、女神の為に戦った三勇者達が、邪神と戦う為に用いていた方法だ。
「ユリエ!?」
ユリエは伸ばされようとする婚約者の腕をすり抜け、彼の制止の声も聞かずに、呆然と立ち尽くすエルヴィスに近づく。
「……な、なによ! なによ、あんた!」
何の力も持たぬ、ちっぽけな人間の女。
なのに、この気迫はなんだ? 意志の強い薄茶色の瞳。これは、女の目ではない! 数多の戦場を駆け抜けた、戦士の目だ。
「…………」
ユリエは無言のまま、ローウェンの傍に転がる玉に目を向ける。
「死ね、クズがッ!」
その時、意味のわからぬ事態に焦ったエルヴィスが、ユリエの頭上に巨大なハンマーを下ろそうとした。
瞬間
ユリエは足で女神の玉を蹴り上げると、それを空中で手にし、慣れた手つきで杖の部分をスライドして、長杖の形にする。
そして、大声で叫んだ。
「”開鍵”!」
灰色に濁っていた玉は無色透明に変化し、それと同時に、白銀の光がその場を満たした。
ガンッ
振り下ろされた巨大ハンマーを、杖の柄の部分で受け止める。ユリエはそのまま脚を振り上げると、目の前で湧き起こる光の洪水に目を眩ましたエルヴィスの体を蹴り飛ばした。女神の宝を解放している今、彼女の体は、宝主と同じ、強靭なものになっているのだ。
そしてすぐに、傍で倒れ動かぬローウェンの傷を縫合する為、玉の部分を振り下ろし、彼の体の上に掲げる。
「ぁ……あ、……」
呻き声を上げる少年の僅かな声を聞きながら、ユリエは彼の治癒に時間がかかる事を悟った。傷が深過ぎるのだ。
故に、盟友(とも)に告げた。
「ディエラ、この神子の治癒には少し時間がかかる。しばらく二鬼、頼めるだろうか?」
ユリエの言葉を受けたライサンは、不服そうに片眉を上げる。
「相変わらず人使いが荒いな」
そう言いながらも、手に女神の鏡を持ち構えたまま、彼はクロードとエルヴィスと向かい合う。
「お前は……、お前達は、まさか」
状況を察したクロードが、驚愕に目を見開く。
古の昔、世界を救った三勇者。
直接は知らない。クロードやエルヴィスのような上位の邪鬼でも。知るはずがない、大昔の出来事だ。神話になってしまう程の……。
ライサンは素早い動きでユリエの前に移動すると、鏡に意識を集中させる。それと同時に、彼の前を光の壁が覆った。
「さあ、浄化の光に裁かれろ」
厳しく冷たい、ライサンの言葉と共に、鏡から浄化の光が溢れ広がる。
ジュリナやティアラよりも、女神の鏡の扱いに慣れたライサンの攻撃の威力には、凄まじいものがあった。
「いいか、アルティス。北の神子。玉の使い方次第ではこんな事も出来る。生き残れたら、教えてあげるよ」
朦朧としながらも意識のあるアルティスに語りかけるユリエの視線の先で、ローウェンの顔や体に刻まれた傷は縫合され、完全治癒とまではいかなかったが、完全に出血が止まる。
青白い瞼に閉ざされた瞳。普通の人間だったら当に死んでいたような酷い傷をつけられ、死にかけていた少年は、ようやく危機を脱する。
ユリエがローウェンの体に下ろしていた玉を再び掲げると、アルティスやジュリナ、ティアラの上にもキラキラとした治癒の光が注がれた。
体の傷が治っても、意識を取り戻さぬ神子達。微かに聞こえる、この音色が原因だろう。一刻も早く、この死の旋律を奏でる者を止めなければ。その為にも、早急に目の前の二鬼を片づける必要があった。
「お待たせ、ディエラ」
そう言って、自分の横に移動した小柄な女性にライサンは目を向け、小さく笑う。
「本当にお待たせさせられたね、俺は。はは、ありえないよ」
皮肉を言いながらも、華やかに笑う。
その姿は、かつて共に過ごしていた頃の姿とまるで変わらない。
(そうそう。こいつは、僕達三人の中で一番性格が悪かった)
親友の腹黒さを再認識しながら、ユリエの姿をした古の勇者は、肩をすくめ、昔のように飄々と言い放つ。
「久し振りなんだよ? 少しは大目に見てよ」
そして、眦を上げ、目線を鋭くすると、手に持つ神の武器を構えた。かつてのように、互いの背を預けて……。
「ゆくぞ、サンジェイラ」
その呼び声に、ユリエはしっかりとした返事を返した。
昔と同じように
「ああ、ディエラ」
ドサッ
玉座の間の中央に投げ捨てられたのは、女神の娘の体。
仰向けに倒れたティアラは完全に意識がなく、息をしているのかも危うい。ジュリナの方も、うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かなかった。
「ははッ」
クロードはそれを面白そうに見て、ジュリナの体を蹴り上げた後、彼女の手に在った宝鏡を部屋の入口付近に蹴り飛ばした。
「こんばんは、王様」
そう言いながら、玉座の間にいる人々を見回し、玉座に座るジェイドに笑いかけた。
ちょうどその時。
ズル……
ズルズル
何かを引きずるような音と共に、ひとりでに扉が開く。
「お~、エルヴィス。そっちも終わったか」
「ええ」
現れた美しい少女は、両手に他人の衣服の裾を持ち、その体を引きずり歩いていた。
「ローウェン、アルティス!」
抱かれたカイルーズの腕の中、ユリエは少女の引きずっている少年達の名を呼び、腰が抜けたようにその場に座り込む。二人共傷だらけで、意識がなかった。
「う、ぅう……、ロー」
しかし、なんとか、おぼろげながらにも意識を取り戻したらしいアルティスが、弟のいる方に褐色の腕を伸ばす。
ローウェンの受けた傷の深さは、他の神子の比ではなかった。顔や体が無残に切り刻まれ、おびただしい量の血液が彼の周囲を支配する。生きながらに受けた地獄のような痛みの衝撃で、ローウェンの意識は闇に沈みきっていた。
血にまみれた、天使の美貌。傷ついた、華奢な体。
少年のあまりに無残な惨状に、その場にいた皆が息を呑む。そんな中、あまりにも能天気な声が響いた。
「あ~、すっげ~な、スプラッタ。……生きてんのか? そいつ。サイレンに怒られるぞ。折角の闇の贄候補の子供をさ~」
ぽりぽりと頬を掻きながら言うクロードに、エルヴィスは厳しい眼差しを向ける。
「セフィランがいる以上、この子は不要よ。それに、姉はこの子に負けたわ。あたしは同じ轍は踏まない。徹底的に壊してやる!」
「そうかい」
「それより、気づいた?」
不意に告げられたエルヴィスの簡潔な言葉に対し、クロードは頷く。
「ああ。すっげ~~~~~~でっかい神気。あれ、姉神様だろ? 覚醒しちまったらしいなぁ」
「早くここを片づけて、あっちに向かうわよ。マスターが危ない!」
そう言いながら、エルヴィスは禍々しい闇の美貌を、この国の王と王位継承者達に向ける。
そんな彼らの前に立ちふさがる、騎士団総帥と団長達。
「…………殺したければ、殺しなさい」
圧倒的な力を前にしても、それに屈する事なく、ジェイドは彼らに静かな声で冷静に告げた。
「しかし、死んでもお前達には負けないよ。私達が死んでも終わりはしない。人間が、希望を失わない限りは」
クロードはその言葉を聞くと、嘲笑を浮かべる。
「じゃあ、死ね」
放たれようとする、邪気の刃。
騎士達はジェイドを庇い、カイルーズは自分の身を盾にしてユリエを庇った。
その時だった。
「あの日々を、覚えているか?」
柔らかな響きの、若い男の声がその場に響いた。
「誰だ?」
クロードの問いにも、彼は答えない。
いつの間に現れたのか? 青年は扉の前に立ったまま、厳しい眼差しを、部屋の奥、玉座の周囲にいるアシェイラ王族達へ向けている。
ふわふわとした、柔らかな白髪。いつも優しい雰囲気を放っていた薄茶の瞳。身を包むは、神の使徒の証たる神官服。高位を示すように、そのデザインは普通のものと違う。草食動物のように穏やかな、この国の神殿支部、神官長の任についている青年である。
「セリクス神官長?」
何故、ここに……?
皆の疑問を代表し、王として彼と面識のあったジェイドは呆然と呟く。しかし、そんな王の問いも耳に入らぬのか、彼は真っすぐに見つめ続けていた。
かつての、盟友を。
「立て、無様な姿を晒すな!」
それを聞くと同時に、ユリエは反射的に立ち上がる。
「誓いの言葉を忘れたか!?」
ライサンの紡ぐ言葉の響きは、厳しいが懐かしく、胸の奥に沈む思慕を湧き起こす。涙が一滴、ユリエの頬を辿った。彼女は、ライサンと面識はない。そう……、今の彼と面識がない。
ユリエが知る彼は、芸術が好きな華やかな男だった。
目の奥に浮かぶのは、血に濡れた、金色の長い髪。
瞬きすら忘れたかのように大きく目を見開くユリエから一瞬目を離し、ライサンは自分の足元に転がる鏡を拾い上げる。
女神の鏡。
手によく馴染む、その感触。
そして、もう一度、ライサンはユリエに問いかけた。
「あの日々を、覚えているか?」
間を一拍開け、彼女の古の名を呼ぶ。
「サンジェイラ」
瞬間
レオンハルトのかけた彼女の記憶の封印は解け、古の記憶のすべてを思い出す。思い出し、自分が何者であったかを悟ると同時に、平坦な声で答えた。
「……………………覚えている」
巨大な邪気の主、闇の神との死闘。
血に濡れた、盟友達の体。
邪気に汚染され、滅び去った国々。
一瞬にして消滅した、祖国。
そして、美しい彼女の頬笑み。
だが、見かける彼女の顔は、泣き顔が多かった。
その泣き方があまりにも悲しくて、だから、奇跡のように美しい女性(ひと)へ、自分が手を差し伸べた。彼女の哀しみの原因を知っていたから。
「泣かないで……。あなたの代わりに、その役目は僕らが負うから」
あの、誓い。
愛しくて、切なくて、哀しい。
自分達が彼女に捧げた、聖なる誓い。
あの、日々。
誓いを果たす為、世界を守る為、自分の命を賭して戦った。
覚えている。
忘れようもない。
あの日々を……。
抱き締めたい程に大切な、あの日々を…………。
だから、ユリエは真っすぐにライサンを見返し、その名を呼んだ。
「ディエラ」
それを聞くと同時に、ライサンは不敵な笑みを浮かべ、持っていた鏡を目の前にかざす。王都のどこかで覚醒した女神の力が鏡に集まる。
「”開鍵”」
ライサンの解放の言葉と共に、封印され曇りきっていた女神の鏡から白銀の光が溢れだした。
鍵となったのは、宝鍵の肉体ではない。ライサンが鏡を解放する為に鍵としたのは、女神の力。かつて、女神の為に戦った三勇者達が、邪神と戦う為に用いていた方法だ。
「ユリエ!?」
ユリエは伸ばされようとする婚約者の腕をすり抜け、彼の制止の声も聞かずに、呆然と立ち尽くすエルヴィスに近づく。
「……な、なによ! なによ、あんた!」
何の力も持たぬ、ちっぽけな人間の女。
なのに、この気迫はなんだ? 意志の強い薄茶色の瞳。これは、女の目ではない! 数多の戦場を駆け抜けた、戦士の目だ。
「…………」
ユリエは無言のまま、ローウェンの傍に転がる玉に目を向ける。
「死ね、クズがッ!」
その時、意味のわからぬ事態に焦ったエルヴィスが、ユリエの頭上に巨大なハンマーを下ろそうとした。
瞬間
ユリエは足で女神の玉を蹴り上げると、それを空中で手にし、慣れた手つきで杖の部分をスライドして、長杖の形にする。
そして、大声で叫んだ。
「”開鍵”!」
灰色に濁っていた玉は無色透明に変化し、それと同時に、白銀の光がその場を満たした。
ガンッ
振り下ろされた巨大ハンマーを、杖の柄の部分で受け止める。ユリエはそのまま脚を振り上げると、目の前で湧き起こる光の洪水に目を眩ましたエルヴィスの体を蹴り飛ばした。女神の宝を解放している今、彼女の体は、宝主と同じ、強靭なものになっているのだ。
そしてすぐに、傍で倒れ動かぬローウェンの傷を縫合する為、玉の部分を振り下ろし、彼の体の上に掲げる。
「ぁ……あ、……」
呻き声を上げる少年の僅かな声を聞きながら、ユリエは彼の治癒に時間がかかる事を悟った。傷が深過ぎるのだ。
故に、盟友(とも)に告げた。
「ディエラ、この神子の治癒には少し時間がかかる。しばらく二鬼、頼めるだろうか?」
ユリエの言葉を受けたライサンは、不服そうに片眉を上げる。
「相変わらず人使いが荒いな」
そう言いながらも、手に女神の鏡を持ち構えたまま、彼はクロードとエルヴィスと向かい合う。
「お前は……、お前達は、まさか」
状況を察したクロードが、驚愕に目を見開く。
古の昔、世界を救った三勇者。
直接は知らない。クロードやエルヴィスのような上位の邪鬼でも。知るはずがない、大昔の出来事だ。神話になってしまう程の……。
ライサンは素早い動きでユリエの前に移動すると、鏡に意識を集中させる。それと同時に、彼の前を光の壁が覆った。
「さあ、浄化の光に裁かれろ」
厳しく冷たい、ライサンの言葉と共に、鏡から浄化の光が溢れ広がる。
ジュリナやティアラよりも、女神の鏡の扱いに慣れたライサンの攻撃の威力には、凄まじいものがあった。
「いいか、アルティス。北の神子。玉の使い方次第ではこんな事も出来る。生き残れたら、教えてあげるよ」
朦朧としながらも意識のあるアルティスに語りかけるユリエの視線の先で、ローウェンの顔や体に刻まれた傷は縫合され、完全治癒とまではいかなかったが、完全に出血が止まる。
青白い瞼に閉ざされた瞳。普通の人間だったら当に死んでいたような酷い傷をつけられ、死にかけていた少年は、ようやく危機を脱する。
ユリエがローウェンの体に下ろしていた玉を再び掲げると、アルティスやジュリナ、ティアラの上にもキラキラとした治癒の光が注がれた。
体の傷が治っても、意識を取り戻さぬ神子達。微かに聞こえる、この音色が原因だろう。一刻も早く、この死の旋律を奏でる者を止めなければ。その為にも、早急に目の前の二鬼を片づける必要があった。
「お待たせ、ディエラ」
そう言って、自分の横に移動した小柄な女性にライサンは目を向け、小さく笑う。
「本当にお待たせさせられたね、俺は。はは、ありえないよ」
皮肉を言いながらも、華やかに笑う。
その姿は、かつて共に過ごしていた頃の姿とまるで変わらない。
(そうそう。こいつは、僕達三人の中で一番性格が悪かった)
親友の腹黒さを再認識しながら、ユリエの姿をした古の勇者は、肩をすくめ、昔のように飄々と言い放つ。
「久し振りなんだよ? 少しは大目に見てよ」
そして、眦を上げ、目線を鋭くすると、手に持つ神の武器を構えた。かつてのように、互いの背を預けて……。
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