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第十四章 竜の末裔
8-3 泉の鏡②
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ダンッ
ダンッ
ドーーーーンッ
激しい銃声を響かせ、互いに一歩も退かず、相手の隙を探り合っていた、その時。
キーーーーーーーーーーーンッ
いきなり、耳鳴りが響いた。
(なッ!?)
意識が引っ張られる。
体から
魂が…………
「かはっ……」
目の前が歪む。
膝をついたレオンハルトの異変に気づいたのか、ルークが呼びかける。
「剣主様!?」
まさか
こんな時に……。
「剣主様!」
ルークの呼び声を聞いた、次の瞬間。
「剣鍵様!」
ライサンの焦り声が近くで響いた。
(ッ!?)
遠のきかけていた意識が急に戻り、かすんでいた視界が、霧が晴れたかのように急にすっきりとする。
その場に膝をつき、しゃがみこんでしまっていたレオンハルトは顔を上げ、自分を心配そうにのぞきこんでいた目の前の相手の顔を凝視した。
「……セリクス神官長?」
見慣れた白髪、優しげな顔立ち、慈悲深い聖者の瞳。
「本物か?」
その気配はライサンのもので間違いないのだが、レオンハルトはそう確認せざるを得なかった。
「はい?」
レオンハルトの言葉に、ライサンは不思議そうに首を傾げる。
「いや、いい」
多少混乱しつつも、持ち前の冷静さで、レオンハルトは状況を認識した。うっそうと茂る木々。薄暗い森。ここはまだ、ドラゴンの森の中だ。
だが、先程までレオンハルトがいた場所ではない。目の端に映る胡桃色の長い髪。着ている衣服。目の前のライサン。それらすべてを確認し、即座に自分の身に起こった事を認識したレオンハルトは、一気に立ち上がった。
「……くっ」
「剣鍵様」
瞬間、眩暈を感じ、レオンハルトは体をぐらつかせ、ライサンがそれを支えた。
「大丈夫ですか? いきなりしゃがみ込まれて……。どこか具合でも?」
「私よりも、切迫しているのは向こうの状況だ。こんな時に元に戻るなど……。タイミングが悪過ぎる」
まだ眩暈がするのか、額を片手で押さえながら呻いた、相手の言葉の内容を理解したライサンは、目を見張った。
「まさか剣主様? 元に戻られたのですか?」
「ああ。最悪のタイミングでね」
すぐ動き出したいのに、見動きがとれない。
元の体に戻った弟の身が心配でならなかった。何せ今まで、レオンハルトは敵と相対し、戦っていたのだ。という事は、今現在、リュセルとルークはイプロスと対峙している事になる。
(リュセルッ)
焦燥を募らせているレオンハルトの耳に、それはいきなり届いた。
「ようやく自分の体に戻れたの? よかったね。」
明るい、人懐っこい声。
「……?」
顔を上げたレオンハルトの瞳に映ったのは、虹色の瞳をした金髪の青年だった。
キーーーーーーーンッ
「ッあ、……かは、…………ッ! はあはあはあッ」
その場にしゃがみこみ、頭を抱えて苦しげに息を乱すリュセルの体に、不意に温かな温もりが触れる。
(……レオン?)
混乱のあまり、自分を抱く相手が兄だと勘違いしていたリュセルは、耳に届く声が、この場にいないはずのルークのものだと気づくのに時間がかかった。
「剣主様!」
切羽つまった必死な声を聞くと同時に、目を開ける。
「ウインター、神官長……補佐?」
何故、ここに?
頭が痛くて動けない。何も考えられなかった。
「……え? 剣鍵様?」
何も告げていないというのに、目の前の神子がリュセル自身だと気づいたルークは、驚きに目を見張る。
その時。
「おやおや、具合でも悪いのですか?」
声がした。
聞いた事のある声。
美しい毒を秘めた……。
カチッ
ようやく視界が開けたと思ったと同時に、小さな音がした。リュセルの目に、ティアラと同じ顔をした蒼髪の青年が傍でこちらに銃を向けている姿が映った。
「イプロス!?」
何故?
「剣鍵様!」
起き上がろうとするリュセルの体を庇うように、ルークが強い力で抱き込んでくる。
一体
何が
どうなって……
すぐに状況把握をした兄と違い、常人の精神しか持ち合わせていないリュセルは、軽い恐慌状態に陥る。頭痛と吐き気、起き上がれない程のひどい眩暈がそれに拍車をかけた。
動けないでいるリュセルを見ていたイプロスは、小さく微笑むと、優しげな声音で言った。
「まあ、こちらとしては、好都合です。一緒に来てもらいますよ、リュセル王子」
そして、懐から古びたランプを出したイプロスは、そのまま銃口をルークに定める。
「あなたは邪魔なので、ここで死んでもらいます」
銃口を向けられても尚、じっと気丈に自分を睨みつける褐色の瞳を見ていると、落ち着かない気持ちにさせられた。
彼の前で、嘘はつけない。
真実を見通し、善悪を正確に判断する裁定者。
「三人目がいたとは、驚きですが……。それにしても、泉の鏡は貴重です。あなたが死んだ後、その瞳はきちんと抉り出して私がもらい受けて差し上げますからね。心配いりませんよ」
よくわからない話をするイプロスに、ルークは戸惑いの声を上げる。
「さっきから、何を言って……」
それににっこり笑って答えると、イプロスは銃弾を放った。
ダンッ
殺される。
ここで、自分は死ぬ。
ルークは本能的にそう悟った。
……しかし。
ビュオオオオオオオオオッ
周囲の木々をなぎ倒すような突風が吹き荒れ、イプロスの放った銃弾は風と共に霧散した。
現れたのは、目の眩むような輝きの、金色のドラゴン。
「……ッ何故、邪魔を!」
風と共に姿を現した巨大な翼竜を見上げ、イプロスは怒鳴り声を上げる。
ー気が変わった。去れ。その二人は、こちらでもらい受けるー
虹色の瞳に射抜かれ、そう告げられたイプロスは悔しげに唇を噛み、その場に転移の陣を敷くと姿を消した。
目の前の敵が消え、脅威が去っても、ルークはリュセルの体を抱えたまま、警戒を解く事も出来ずに、呆然と目の前の巨大な体を見上げていた。
「……ドラゴン?」
ずっと、お伽話だと思っていた幻の生き物。
それが目の前にいる。
イプロスが去った後、その姿でいる必要がなくなったのか、激しい風と光の中、ドラゴンは姿を変化させた。
風と光が止み、静けさを取り戻した森の中。リュセルとルークの前に立っていたのは、一人の青年。
頭上で結ばれた、ウエーブのかかった金髪。見た事のない独特なデザインの衣装。華やかな容貌の、美しい青年である。
青年の姿を目に映したリュセルは、咄嗟に呟いた。
「ベル?」
先程まで、ライサンと共に相対していたドラゴンの青年だ。
彼はリュセルの言葉に小首を傾げた後、首を左右に振った。
「違う、俺はジル。べルの双子の兄だ」
なんだ、それ! もう意味分からん。お手上げ状態だ。誰か説明してくれ!
しゃがみこんだルークに抱き抱えられた状態のまま、意味の分からなさ過ぎる現状を嘆き、リュセルは遠い目になったまま考えるのを拒否し始める。
そんなリュセルに興味がなくなったのか、ジルは二人の傍に膝をつくと、ためらいながらも、目の前のルークの赤い髪にそっと触れる。
「レッドドラゴン……に、なるのか? 珍しい」
(!?)
身を強張らせる相手に気づいたのか、ジルは安心させるように、かすかな微笑みを浮かべた。
「大丈夫、怖くない」
そう言うと、ルークの顔をのぞき込み、視線を合わせて来る。虹色の瞳が、何かを確かめるように真っすぐにルークの目を見ていた。
傍でそれを見守っていたリュセルの脳裏に、声が響く。
ー……ユラー
ーミラ…………ー
瞬間、隠しきれない愛しさと拭いきれない贖罪の感情がルークの瞳に宿る。
(駄目だ!)
彼には、選ぶ権利がある!
リュセルは自分を支えるルークの腕を咄嗟に掴んだ。
「ウインター神官長補佐!」
呼ぶと、我に返ったのか、動揺を隠しきれないルークの瞳がリュセルに向けられた。
「まだ残っていたとは。まだ…………」
ルークの意識が逸れた後も、ジルは彼の顔を見つめ続け、ひとり言のように呟く。
「どう……言ったらいいんだろう。嬉しくて、愛しくて、悲しくて、どうにかなってしまいそうだ」
声もなく静かに泣くジルを見ていたリュセルには、彼の気持ちが痛いほど伝わってきていた。
孤独なドラゴン。
今、どんなに嬉しいだろう。
今まで、どんなに寂しかっただろう。
(でも、でも……、その人は…………)
リュセルの脳裏に浮かぶ、アシェイラ神殿の人々の顔。ルークの同僚、部下の神官達。リュカ老師。そして、ライサン。彼を慕う人々……。
「寂しかったんだ、ミラ」
ジルはそう告げると、声もなく呆然と自分を見つめ続けるルークの唇をなぞり、その不穏な気配に気づいたリュセルが止める間もなく、同胞の呼気を味わうべく、まるで奪うように唇を重ねたのだった。
ダンッ
ドーーーーンッ
激しい銃声を響かせ、互いに一歩も退かず、相手の隙を探り合っていた、その時。
キーーーーーーーーーーーンッ
いきなり、耳鳴りが響いた。
(なッ!?)
意識が引っ張られる。
体から
魂が…………
「かはっ……」
目の前が歪む。
膝をついたレオンハルトの異変に気づいたのか、ルークが呼びかける。
「剣主様!?」
まさか
こんな時に……。
「剣主様!」
ルークの呼び声を聞いた、次の瞬間。
「剣鍵様!」
ライサンの焦り声が近くで響いた。
(ッ!?)
遠のきかけていた意識が急に戻り、かすんでいた視界が、霧が晴れたかのように急にすっきりとする。
その場に膝をつき、しゃがみこんでしまっていたレオンハルトは顔を上げ、自分を心配そうにのぞきこんでいた目の前の相手の顔を凝視した。
「……セリクス神官長?」
見慣れた白髪、優しげな顔立ち、慈悲深い聖者の瞳。
「本物か?」
その気配はライサンのもので間違いないのだが、レオンハルトはそう確認せざるを得なかった。
「はい?」
レオンハルトの言葉に、ライサンは不思議そうに首を傾げる。
「いや、いい」
多少混乱しつつも、持ち前の冷静さで、レオンハルトは状況を認識した。うっそうと茂る木々。薄暗い森。ここはまだ、ドラゴンの森の中だ。
だが、先程までレオンハルトがいた場所ではない。目の端に映る胡桃色の長い髪。着ている衣服。目の前のライサン。それらすべてを確認し、即座に自分の身に起こった事を認識したレオンハルトは、一気に立ち上がった。
「……くっ」
「剣鍵様」
瞬間、眩暈を感じ、レオンハルトは体をぐらつかせ、ライサンがそれを支えた。
「大丈夫ですか? いきなりしゃがみ込まれて……。どこか具合でも?」
「私よりも、切迫しているのは向こうの状況だ。こんな時に元に戻るなど……。タイミングが悪過ぎる」
まだ眩暈がするのか、額を片手で押さえながら呻いた、相手の言葉の内容を理解したライサンは、目を見張った。
「まさか剣主様? 元に戻られたのですか?」
「ああ。最悪のタイミングでね」
すぐ動き出したいのに、見動きがとれない。
元の体に戻った弟の身が心配でならなかった。何せ今まで、レオンハルトは敵と相対し、戦っていたのだ。という事は、今現在、リュセルとルークはイプロスと対峙している事になる。
(リュセルッ)
焦燥を募らせているレオンハルトの耳に、それはいきなり届いた。
「ようやく自分の体に戻れたの? よかったね。」
明るい、人懐っこい声。
「……?」
顔を上げたレオンハルトの瞳に映ったのは、虹色の瞳をした金髪の青年だった。
キーーーーーーーンッ
「ッあ、……かは、…………ッ! はあはあはあッ」
その場にしゃがみこみ、頭を抱えて苦しげに息を乱すリュセルの体に、不意に温かな温もりが触れる。
(……レオン?)
混乱のあまり、自分を抱く相手が兄だと勘違いしていたリュセルは、耳に届く声が、この場にいないはずのルークのものだと気づくのに時間がかかった。
「剣主様!」
切羽つまった必死な声を聞くと同時に、目を開ける。
「ウインター、神官長……補佐?」
何故、ここに?
頭が痛くて動けない。何も考えられなかった。
「……え? 剣鍵様?」
何も告げていないというのに、目の前の神子がリュセル自身だと気づいたルークは、驚きに目を見張る。
その時。
「おやおや、具合でも悪いのですか?」
声がした。
聞いた事のある声。
美しい毒を秘めた……。
カチッ
ようやく視界が開けたと思ったと同時に、小さな音がした。リュセルの目に、ティアラと同じ顔をした蒼髪の青年が傍でこちらに銃を向けている姿が映った。
「イプロス!?」
何故?
「剣鍵様!」
起き上がろうとするリュセルの体を庇うように、ルークが強い力で抱き込んでくる。
一体
何が
どうなって……
すぐに状況把握をした兄と違い、常人の精神しか持ち合わせていないリュセルは、軽い恐慌状態に陥る。頭痛と吐き気、起き上がれない程のひどい眩暈がそれに拍車をかけた。
動けないでいるリュセルを見ていたイプロスは、小さく微笑むと、優しげな声音で言った。
「まあ、こちらとしては、好都合です。一緒に来てもらいますよ、リュセル王子」
そして、懐から古びたランプを出したイプロスは、そのまま銃口をルークに定める。
「あなたは邪魔なので、ここで死んでもらいます」
銃口を向けられても尚、じっと気丈に自分を睨みつける褐色の瞳を見ていると、落ち着かない気持ちにさせられた。
彼の前で、嘘はつけない。
真実を見通し、善悪を正確に判断する裁定者。
「三人目がいたとは、驚きですが……。それにしても、泉の鏡は貴重です。あなたが死んだ後、その瞳はきちんと抉り出して私がもらい受けて差し上げますからね。心配いりませんよ」
よくわからない話をするイプロスに、ルークは戸惑いの声を上げる。
「さっきから、何を言って……」
それににっこり笑って答えると、イプロスは銃弾を放った。
ダンッ
殺される。
ここで、自分は死ぬ。
ルークは本能的にそう悟った。
……しかし。
ビュオオオオオオオオオッ
周囲の木々をなぎ倒すような突風が吹き荒れ、イプロスの放った銃弾は風と共に霧散した。
現れたのは、目の眩むような輝きの、金色のドラゴン。
「……ッ何故、邪魔を!」
風と共に姿を現した巨大な翼竜を見上げ、イプロスは怒鳴り声を上げる。
ー気が変わった。去れ。その二人は、こちらでもらい受けるー
虹色の瞳に射抜かれ、そう告げられたイプロスは悔しげに唇を噛み、その場に転移の陣を敷くと姿を消した。
目の前の敵が消え、脅威が去っても、ルークはリュセルの体を抱えたまま、警戒を解く事も出来ずに、呆然と目の前の巨大な体を見上げていた。
「……ドラゴン?」
ずっと、お伽話だと思っていた幻の生き物。
それが目の前にいる。
イプロスが去った後、その姿でいる必要がなくなったのか、激しい風と光の中、ドラゴンは姿を変化させた。
風と光が止み、静けさを取り戻した森の中。リュセルとルークの前に立っていたのは、一人の青年。
頭上で結ばれた、ウエーブのかかった金髪。見た事のない独特なデザインの衣装。華やかな容貌の、美しい青年である。
青年の姿を目に映したリュセルは、咄嗟に呟いた。
「ベル?」
先程まで、ライサンと共に相対していたドラゴンの青年だ。
彼はリュセルの言葉に小首を傾げた後、首を左右に振った。
「違う、俺はジル。べルの双子の兄だ」
なんだ、それ! もう意味分からん。お手上げ状態だ。誰か説明してくれ!
しゃがみこんだルークに抱き抱えられた状態のまま、意味の分からなさ過ぎる現状を嘆き、リュセルは遠い目になったまま考えるのを拒否し始める。
そんなリュセルに興味がなくなったのか、ジルは二人の傍に膝をつくと、ためらいながらも、目の前のルークの赤い髪にそっと触れる。
「レッドドラゴン……に、なるのか? 珍しい」
(!?)
身を強張らせる相手に気づいたのか、ジルは安心させるように、かすかな微笑みを浮かべた。
「大丈夫、怖くない」
そう言うと、ルークの顔をのぞき込み、視線を合わせて来る。虹色の瞳が、何かを確かめるように真っすぐにルークの目を見ていた。
傍でそれを見守っていたリュセルの脳裏に、声が響く。
ー……ユラー
ーミラ…………ー
瞬間、隠しきれない愛しさと拭いきれない贖罪の感情がルークの瞳に宿る。
(駄目だ!)
彼には、選ぶ権利がある!
リュセルは自分を支えるルークの腕を咄嗟に掴んだ。
「ウインター神官長補佐!」
呼ぶと、我に返ったのか、動揺を隠しきれないルークの瞳がリュセルに向けられた。
「まだ残っていたとは。まだ…………」
ルークの意識が逸れた後も、ジルは彼の顔を見つめ続け、ひとり言のように呟く。
「どう……言ったらいいんだろう。嬉しくて、愛しくて、悲しくて、どうにかなってしまいそうだ」
声もなく静かに泣くジルを見ていたリュセルには、彼の気持ちが痛いほど伝わってきていた。
孤独なドラゴン。
今、どんなに嬉しいだろう。
今まで、どんなに寂しかっただろう。
(でも、でも……、その人は…………)
リュセルの脳裏に浮かぶ、アシェイラ神殿の人々の顔。ルークの同僚、部下の神官達。リュカ老師。そして、ライサン。彼を慕う人々……。
「寂しかったんだ、ミラ」
ジルはそう告げると、声もなく呆然と自分を見つめ続けるルークの唇をなぞり、その不穏な気配に気づいたリュセルが止める間もなく、同胞の呼気を味わうべく、まるで奪うように唇を重ねたのだった。
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