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第十五章 試練
2-2 完敗
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部屋に入り、どれ位経ったのか。
「「うああああああああぁッ!」」
何度目かの光の礫に襲われ、避ける事も出来ずに、まともに攻撃を受けた少年の細い体は吹き飛ぶ。そして、その華奢な体はそのまま地面に投げ出された。
「は、はあ……、はぁはぁはぁ……」
肩で息をしながらゆっくり起き上り、片腕をついて上体を支えた少年の金の髪は乱れ、体のあちこちに傷を負っている。
「ごめ……も、保てない」
荒い息の間に掠れた声でそう呟いた瞬間、少年を中心に銀色の光が溢れ、ドサリという音と共に光の中から現れた褐色の肌の少年は、慌てて身を起こして弟の体を気遣う。
「ロー!」
肩に腕を回され、抱き締めてくる兄に小さく頷く。そんなローウェンの揺れる視線の先で、今まで自分達に一方的に攻撃を加えていた姉妹の姿は霞のように消えてしまった。
それと同時に、目の前に扉が現れる。
「ゲームオーバーって事?」
「今回の修業はこれで終了なのだろう」
傷だらけのローウェンと違い、宝に肉体を捧げていたが為に無傷のアルティスは、弟に肩を貸しながら眉をひそめる。
完敗だった……。
最初こそ反撃に転じる事も出来ていたが、途中からは一方的な攻撃を相手に許していた。つまりは、ボコボコにやられてしまったのである。
「もう、あのお姉さん達、強すぎ……」
今だ整わない息の中、アルティスに支えられながら扉をくぐったローウェンは、扉の向こうの光景が、修業の間に入る前とまったく同じ事を知り、自分達のいるこの場所が異空間である事を実感する。
「ここって、外と時間の流れが違うって話だケド、僕らが修業の間に入ってどれ位経ってるのかなぁ? あ、痛てててて……」
あちこちぶつけまくって打ち身だらけの体を庇うように歩くローウェンを気遣いながら、アルティスは狭間の部屋を横切り、賓室の扉へと向かう。
「おそらく一刻程しか経っておらぬだろう。それ位の刻しか、我らはあの姉妹相手にもたなかったのだ」
悔しそうにそう言う兄の顔を見上げた後、不意に目線を横に逸らし、ローウェンは頷いた。
「そうだね。僕らは本当にまだまだ弱い」
「…………」
「とりあえず、多分、僕らが一番最初に出てきちゃったんだろうから、リュセル兄さん達が修業の間から出て来るのを待ってようよ」
暗くなった場を明るくしようと、痛む体を我慢してそう言ったローウェンに向かい、アルティスは表情をやっと和ませる。
「ああ、そうよな」
そうして賓室の扉を開けたローウェンは、一気に固まった。
「よお、アルティス、ローウェン。お前らが一番最後かい。ねばったねぇ」
ローウェン以上に傷を負ったジュリナが、疲労困憊な様子で談話室のソファに身を預けていたのだ。
「ジュリナ姉さん! 大丈夫!?」
顔や体のあちこちに出来た傷や痣の手当ては、既に済ませているようだった。ジュリナは横たえていた体を起き上らせると、疲れたように息を吐く。
「ジュリナ殿、いつ頃戻られたのだ?」
アルティスの質問を聞いたジュリナは、怠そうな目を相手に向け、近くに置いていた葡萄酒(ワイン)の瓶を手にした。
(お酒は傷に良くないんじゃ……)
少年達は同時にそう考えたが、不機嫌そうなジュリナにそれを言う事も出来ず、見守るしかない。そうして、瓶に直接口をつけて葡萄酒(ワイン)を飲み干した彼女は、口元を手の甲で拭い、言った。
「お前らが出て来る半刻前に出て来たよ。私達はあいつら相手に、たった半刻しか、もたなかったんだ」
「あいつら……とは。ジュリナ殿達も過去の神子を相手に戦ったのか?」
ジュリナの言葉から、過去の神子を相手にしたのが自分達だけでなかった事を悟ったアルティスが驚きの声を上げると、目の前の美女はその時の事を思い出したのか、ふふふふふふふっと不気味に笑い始めた。
「「!?」」
異様なジュリナの様子を目にし、アルティスとローウェンがビクッとすると、当の本人は、口だけで笑ったまま両手を組んで肘を膝の上につき、据わった目を前方に向けた。
「戦いにもならなかったさ。私達は完全に相手にもなっていなかった。奴ら自身が技の宝庫もいいところだ」
そして、ジュリナは半刻前の出来事を思い出す。あんな屈辱は、生まれて初めてだった。
「”蒼き連鎖(あおきれんさ)”」
リンスロットの言葉を受けて、ジュリナの身を突き刺し、無数の傷を加えていた薔薇の蔓は変化する。一瞬で薔薇の蔓から蒼い鎖に変化した封印光布は強度を増し、獲物を封縛する為に目にも止まらぬ速さで動いた。
「くそっ」
襲いくる連鎖から逃れながら、そう毒づいたジュリナは、右手に持っていた黒革の鞭をしならせ、一撃でもいいからと反撃を試みる。
しかし……。
「”守りの天蓋(まもりのてんがい)”」
リンスロットは封印光布を鎖型から周囲を覆うような無色透明の大布に変え、攻撃を阻む鉄壁の結界を自分の周囲に即座に形成してしまう。ジュリナの攻撃は弾かれ、目の前の子供の体に届く事すらなかった。
(一体こいつら、幾つの技を保持してるっていうんだい!?)
技という概念すらなかった自分達が敵うはずもない。
悔しげに唇を噛むジュリナを見つめた後、リンスロットはニヤリと笑った。
「”薔薇の檻”」
再び薔薇の蔓に変化し襲いくる封印光布を避けきれず、もろに両足に攻撃を受け、地面に叩きつけられたジュリナの口からティアラの悲鳴が響く。
「きゃああああああっ」
傷つくのは宝主であるジュリナの体だが、痛覚は同化している妹にも同じように届く。
その悲鳴を聞いたリンスロットはクスクスと笑いながら、床に倒れ伏すジュリナの体を空中から見下ろしていた。
「ふふ、ずいぶん可愛らしい悲鳴ですね。もっと鳴いてみて下さい」
子供の顔に似合わぬ、嗜虐的な言葉と表情。声がイプロスのものである事から、先程から強く表に出ているのが彼である事が分かる。
(この、ドS野郎が!)
ジュリナのよく知る鬼畜代表、レオンハルトは確かに鬼畜王だが、彼は相手が苦しむ姿を見て悦ぶような男ではなかった。
(こいつ(イプロス)は、本物のSだ! 私の中の変態を見抜く勘がそう告げている)
出来れば関わりたくない人種である。
「”蒼き連鎖”」
イプロスに脅威を感じながらも、痛みと疲労で身動きのとれなくなっていたジュリナは、襲いくる連鎖を避ける事も出来ず、一瞬で絡めとられ、締め上げられてしまう。
「うあッ……」
体に巻き付いた硬い鎖にギリギリと締め上げられ、息が出来ず、意識が遠のいていく。それを見て嬉しそうに笑う栗色の髪の子供が不気味で、何の対抗も出来ない自分が悔しくてならなかった。
「くっ……」
「あああっ」
もう駄目だと思った時、銀の光が溢れると共に同化が解かれ、ティアラの体がジュリナの上に覆いかぶさるように倒れてきた。
「ああ、もう終わりですか」
その様子を見ていた子供はそう言うと、ジュリナを戒めていた鎖を解く。
「つまらないですねぇ」
そう言って自分達も同化を解き、現れた自分の体に戻ったイプロスは、目の前のリンスロットの体を腕に抱き上げた。抱き上げられたリンスロットは慣れているのか、そのまま弟の肩に手を回して、彼の蒼い髪ごと抱き締める。固く抱き合うようにして双子の兄弟が消えると、本日のジュリナとティアラの修業が終了したのだ。
その間、僅か半刻程。それも、相手は完全に手加減していた。あの、似てない双子が本気だったなら、自分達は瞬殺されてしまっっていた事だろう。
「あああああああッ、ムカつく! イプロスの野郎……ッ! リンスロットの可愛い外見でドS発言連発しやがって………………って、ん? いや、ティアラと同じ容姿の、元の姿でやられても嫌かもしれないねぇ」
思い出し怒りしているジュリナにローウェンは驚き、尋ねた。
「イプロス、リンスロットって! ジュリナ姉さん達が相手したのって、例の三千年前の……」
「ああ。現在のイプロスとは遭遇した事はないが、リュセルやお母様達から特徴は聞いていたからねぇ。目立つ色の髪だし、ティアラと同じ容姿でもあったから、すぐに分かったよ」
ジュリナの答えに呆然としながら、ローウェンは隣の兄に目を向ける。
「じゃあ、僕らが相手したのも、もしかすると三千年前の?」
「ああ。玉主と玉鍵であろうな」
かつてリュセルに聞いた、三千年前の神子達の話。
「あのお姉さん達が、昔、邪神と戦って死んじゃった、僕らの先祖達なんだね」
「……そうよな」
「…………」
ローウェンの神妙な声にアルティスは頷き、ジュリナは修業の間で見た双子の姿を思い出す。リンスロットはふっくらとした頬の、可愛らしい子供だった。太陽の化身のような、光に溢れた男の子。半身である弟と抱き合って消えた、あの子供の末路を思うと胸が痛む。
「ま、これをバネに明日も頑張ろうじゃないか。せめて一太刀、あのムカつくドS王子にくらわせたいねぇ……」
ギリギリと奥歯を鳴らしながらそう呻くジュリナに対し、アルティスもローウェンも曖昧に笑うしかない。
「あれ? そういえば、ティアラ姉さんは? 僕らが最後って事は、リュセル兄さんとレオンハルト兄さんも戻ってきてるの?」
ローウェンの疑問を聞き、ジュリナは視線を奥の部屋に向けると言った。
「ああ、あいつらは私達よりも先に戻っていたよ。レオンハルトの傷がひどくてね。奥で今休んでいるところさ。リュセルもかなり疲労しているし……。ティアラが今看護している」
「え!?」
「待て、ロー」
一気に青褪め、自分達に与えられた奥の部屋に向かおうとするローウェンをアルティスが止める。
「どうして、アル!?」
どうして止めるのかと非難するように自分を見る弟を無視し、アルティスはジュリナに尋ねた。
「どのような具合なのだ?」
「長い付き合いだが、あんなに傷ついたあいつを見るのは初めてだよ。寝台から起き上る事も出来ないらしいし。このままだと明日、あいつらは休んだ方がいいだろうねぇ」
相当な傷を負っていると思われるジュリナよりも重傷だというレオンハルトが心配だったが、アルティスはローウェンに言った。
「我らは騒がしくしてはならぬ。心配だが、今日はレオンハルト殿に会わぬ方がよいだろう」
今まで負けた事がないであろうレオンハルトの事を慮ってそう言ったアルティスに向かい、あえて件の幼馴染みの傍から離れたジュリナは優しく笑う。
「いい子だねぇ、アルティス。そういう事だ、ローウェン。明日に備えて、たらふく食事をとって、もう休みな。部屋は私達の方のを使えばいいさ」
食事って言われても……。
「僕、こんなズタボロにやられて、食欲ないんだけど」
いつの間にかテーブルの上に用意されていた二人分の食事を、ローウェンはげんなりと見つめる。そんな彼に対し、ジュリナは首を振って答えた。
「無理してでも食べるんだね。それがお前達の力になるはずだよ。私もティアラも先程食べたんだよ、明日の為にね。落ち着いたらリュセルの口にも押し込んでやるさ」
「……うん」
「承知した」
自分の言葉に大人しく頷いてテーブル席に着いた少年達を横目で見ながら、ジュリナはため息をついた。
まだ手が震えている……。
それ程、あの男が重傷を負った姿を見た事に、自分はショックを受けていたのだろう。認めたくはないが、レオンハルトの力は大きく自分を凌駕しており、あの男が傷つく事などないのだと勝手に思い込んでいたのだ。
自分達の相手がイプロスとリンスロット、三千年前の鏡主と鏡鍵。ローウェンとアルティスの相手も、三千年前の玉主と玉鍵だったのだと言う。それならおそらく、リュセルとレオンハルトの相手も、三千年前の剣主と剣鍵だった可能性が高い。
そういった事を話せる状況でなかったレオンハルトの体は、自分達が戻った時には既に半死半生状態で、意識もなかったのである。体中を覆う無数の傷の他に、火傷のような痕が多いのが気になった。髪先にもところどころ焼け焦げたような痕があり、あれでは体が回復したら、髪も切らなくてはならないだろう。
「私達は、試されているんだろうねぇ…………」
ジュリナはそう言うと、固く目を閉じた。
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