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ハーデンベルギアの花言葉
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俺たちの間には、永遠の別れを意味する恐ろしい出来事がふたつある。
―俺、結婚することになったんだ―
目の前で苦しそうに声を震わせる愛しいその人に、掛けるべき言葉は見つからなかった。
―――――――――…
『続いてはブーケトスのお時間…、なんですが、実は今回新郎新婦それぞれから、特別にブーケをお渡ししたいお相手がいるそうなんです。今からわたくしがその方々のお名前を読み上げますので、呼ばれた方はどうぞ、ステージの方までお願いいたします。』
司会者の女性のハキハキした声が、マイクを通して披露宴会場に響き渡る。
それを聞いて、参加者の若い女性たちを中心にざわざわと相手を予想する声がそこかしこで上がりだした。
『ではまずお一人目は…新婦様の、ブーケをお渡ししたい方からですね、お呼びさせていただきます。吉野啓人様、ステージへお願いします。』
名前を呼ばれ、少し戸惑った表情を浮かべながら立ち上がったのは、すらっと背の高い体躯に、きりっと整った眉の凛々しい顔立ちをした、いかにも女性が放っておかなそうなタイプの男性だった。
拍手に包まれながらステージへ向かう彼の周りからは、色めきだった女性たちの歓声が聞こえてくる。
『では続いて、新郎様側のお相手です。佐野燈士様、ステージの方までどうぞ。』
“え、ふたりとも男の人なんだ“と意外そうな声が聞こえてくるが、今この会場の中で一番驚いているのは張本人である自分に違いない。
『佐野燈士様~、いらっしゃいますか~。』
思わず固まって動けないでいると、司会者に再度名前を呼ばれる。
慌てて手を挙げ立ち上がり、先ほどの男性と同じく拍手の中をステージへと向かった。
『おふたりとも男性の方ですね、男前が揃っていますよ~。では少しだけ質問をしてみましょうか。これは皆さん気になっている方も多いと思いますので代表してお尋ねさせていただきます。ズバリ、お二方とも、現在独身でいらっしゃいますか?』
『はい』と隣で答える男性、もといヨシノケイトさん。
同じように自分も『はい』とだけ答えて首を縦に振ると、会場から拍手が上がった。
『おぉ~、お二方とも独身でいらっしゃるようです。では、恋人はどうでしょうか?』
その質問にヨシノさんは『いません。』と答え、自分はぶんぶんと手と首を振って答えた。
『聞きましたか皆さん、おふたりともフリーだそうです~。』
司会者の言葉に、今度は女性陣から黄色い声が上がる。
ただでさえ男前の隣に立たされて居心地が悪いというのに、そのほぼすべてがヨシノさんに向けられているであろう熱視線の熱気を隣で直に感じて、さらに居たたまれない気持ちになった。
『では続いて新郎新婦のお二人に質問してみましょう。今回はそれぞれ一番感謝を伝えたい方へブーケをお渡しする、という事なんですが、お相手の方へ一番感謝しているのはどんなところでしょうか。ではまずは新婦の真実さん、吉野さんへ一番感謝している事、それからおひとこと、メッセージをお願いします。』
マイクを受け取った新婦の女性がヨシノさんの前へ進み出て、大きく息を吸った。
『啓人さん、いつも私を正しい方向へ導いてくれたこと、とても感謝しています。結婚の報告をしたとき、あなたがくれた言葉は私にとって、大切な宝物になりました。私は幸せになります。だからどうか、あなたも幸せになってください。いままでありがとうございました。』
感謝の言葉を述べて、新婦の真実さんがお辞儀をしながらブーケを差し出す。
ヨシノさんは一瞬俯いて口元に手をやると、すぐに新婦へ向きなおり、会釈をしてからブーケを受け取った。
見る人が見ればふたりがどんな関係だったかは明白だ。
きっとこの二人も、自分たちと同じようにこの結婚によって引き離されてしまったのだろう。
戻ってくる時のヨシノさんの今にも泣き出してしまいそうな表情は、見ているこちらが辛くなってしまう程悲痛なものだった。
けれどヨシノさんがそうしていたのは一瞬の事で、次の瞬間にはもう、笑顔を浮かべて隣に立っている。
『真実さん、吉野さん、ありがとうございました。では、続いて新郎の宗次郎さん、佐野さんへ一番感謝していることと、メッセージをお願いします。』
宗次郎が司会の女性からマイクを受け取り、話しはじめる。
『燈士、俺は燈士に出会ってから価値観が180度変わった気がする。今まで当たり前みたいに思ってたことが実は特別なものなんだって、いつも教えてくれたのはお前だった。俺の世界を広げてくれたこと、明るくしてくれたことに感謝してる。ありがとう、幸せになってくれ。』
ブーケを受け取る時にハグをされて、これが最後だと思うと離れ難くなってしまった。
本来その場所に居るのは、おまえじゃなかったはずだろう?
政略結婚なんて今時珍しいなって言ったら、俺は次男だから関係ないけどなって返してきたくせに。
この場所でこれ以上そのことについて考えていると、自分も泣いてしまいそうだった。
一度涙が溢れ出してしまったら、ヨシノさんのようには堪える自信がないから、今はブーケの花言葉に意識を向けて、ステージの元居た位置にもどる。
『宗次郎さん、佐野さん、ありがとうございました。今回おふたりが受け取ったブーケは、新郎新婦がそれぞれ花言葉から選んだお花をアレンジに使用しています。中に入っているカードにですね、それぞれお花の名前と、それから花言葉の意味が書かれておりますので、吉野さん、佐野さん、ぜひ後から確認してみてください。――それではおふたりとも、ありがとうございました、ステージをお降りの際はお足元にお気を付けくださいね。』
パチパチと鳴り響く拍手の中、その場から退場する。
ステージを下りてすぐに、息苦しくなって会場を出てきてしまった。
ブーケを渡される時、宗次郎のあの縋るような眼を至近距離に見てしまったせいだ。
ロビーに置かれたゆったりとしたソファに腰かけ、ネクタイを緩めてから第一ボタンを外す。
ゆっくりと息を吐ききってから吸い込むと、ようやく肺にきちんと空気を取り込めたような気がした。
「隣、よろしいですか?」
その声に顔を上げると、長身のきりっと整った顔をした凛々しい雰囲気の男性が目の前に立っている。ヨシノさんだ。
その右手には、自分のものと違うアレンジが施されたブーケを握っている。
「…どうぞ。」
言いながら手のひらで指し示すと、ヨシノさんはゆっくりとした動作で隣に腰かけた。
少しの沈黙があって、ヨシノさんが隣でブーケに添えられたメッセージカードを読み始める。
しばらくカードに目線を落としていたヨシノさんは、顔を上げると深いため息をついて目元を手で覆い隠した。
「ヨシノさんて、もしかして新婦さんとお付き合いされていた方ですか?」
「…なぜ、それを?」
驚いた顔でこちらを振り向くヨシノさんの目元は、赤くはなっているが濡れてはいない。
先ほどのあの様子では、泣いていてもおかしくはないと思ったのに。
「俺、新郎側のなんです…。」
え、とヨシノさんはさらに目を丸くして、すぐに偏見はないと弁明の意を示し、謝罪してきた。
「俺は最初、ここへは参加しないつもりでいたんです。でもあいつに、ご祝儀なんかいらないから見届けてくれと頼まれてしまって。」
「はぁ…、そうでしたか。私は新郎側の恋人が式に参加するからと、意地になったあの子に無理矢理引っ張り出されたんです。」
「それは…、悲惨ですね。」
「まったく、何が楽しくて恋人が他の男のものになろうという場に立ち会わなくてはならないんでしょうかね。随分と身勝手な真似をしてくれますよ…。」
「ははっ、まぁ…、俺たちにとっては命日でも、彼らにとっては門出の日ですからね。」
「…命日、ですか?」
「はい、愛の命日です。」
「ふはっ、詩的な表現をされますね。」
凛とした雰囲気の男前が、そのきりっとした眉を下げて笑う。
「そのブーケ、ヨシノさんの方はハーデンベルギア、バラ、ガーベラですね。出会えてよかった、感謝、前進か…、感謝の気持ちを伝えつつ、前に進んで欲しいというメッセージが込められているんですね。」
「よく、わかりましたね…、私はそういったことには疎くて…。先ほどカードをみて初めて花言葉を知りましたよ。」
「一応、花を扱う仕事をずっとしてきたので。」
「なるほど、…そちらのブーケの花にも、似たものが一つありますね。」
「これですか?これはハーデンベルギアです。ヨシノさんのものと同じですよ。」
「そうですか、…出会えたことに感謝してもらえるなんて、それぞれ互いに良い時間を過ごしてこれたということですね。」
ヨシノさんが寂しげに笑いながら、慈しむようにそっと、ハーデンベルギアの花を撫でた。
その姿は支えを失った花のように、不安げで、悲しげで、今にも萎れてしまいそうな儚さを感じさせる。
どうにか目の前のこの人を、元気付ける言葉はないだろうか。
精一杯考えて、結局は気休めにしかならないけれど、そうあってほしいと希望を込めた言葉を贈ることにした。
「大丈夫です、彼女はきっと幸せになりますよ。」
「え?」
「アイツは案外、頼り甲斐があって献身的で、家族愛に溢れた良いやつですよ。真実さんと結婚して家族になったからには、絶対に幸せにしようと努力するはずです。ずっと隣にいた俺が言うんだから間違いありません、保証しますよ。」
「ぁ……、ははっ、…今日は笑える自信がありませんでしたが、あなたのおかげで少し気持ちが楽になりました。」
思わずこぼれたというように、おかしそうに口元に笑みを浮かべるヨシノさん。
よく日の当たる場所で育つ花のような、やわらかく笑う顔があいつに少し似ている。
「どうかしました?」
つられて一緒になって笑っていると、急に無言になってこちらをじっと見てくるヨシノさんに尋ねる。
「…すみません、あなたの笑った時の雰囲気が彼女のものと似ていたもので、つい。」
「ふふっ、こうですか?」
「っ…。」
目をそらして少し気恥ずかしそうにこめかみをかきながら、ヨシノさんが大きく息を吸いこむ。
そしてこちらに向き直り、手を差し出して言った。
「…この後どこかへ飲みに行きませんか?君とはなんだか気が合いそうだ。」
《ハーデンベルギアの花言葉:出会えてよかった、幸せが舞い込む、運命的な出会い》
―俺、結婚することになったんだ―
目の前で苦しそうに声を震わせる愛しいその人に、掛けるべき言葉は見つからなかった。
―――――――――…
『続いてはブーケトスのお時間…、なんですが、実は今回新郎新婦それぞれから、特別にブーケをお渡ししたいお相手がいるそうなんです。今からわたくしがその方々のお名前を読み上げますので、呼ばれた方はどうぞ、ステージの方までお願いいたします。』
司会者の女性のハキハキした声が、マイクを通して披露宴会場に響き渡る。
それを聞いて、参加者の若い女性たちを中心にざわざわと相手を予想する声がそこかしこで上がりだした。
『ではまずお一人目は…新婦様の、ブーケをお渡ししたい方からですね、お呼びさせていただきます。吉野啓人様、ステージへお願いします。』
名前を呼ばれ、少し戸惑った表情を浮かべながら立ち上がったのは、すらっと背の高い体躯に、きりっと整った眉の凛々しい顔立ちをした、いかにも女性が放っておかなそうなタイプの男性だった。
拍手に包まれながらステージへ向かう彼の周りからは、色めきだった女性たちの歓声が聞こえてくる。
『では続いて、新郎様側のお相手です。佐野燈士様、ステージの方までどうぞ。』
“え、ふたりとも男の人なんだ“と意外そうな声が聞こえてくるが、今この会場の中で一番驚いているのは張本人である自分に違いない。
『佐野燈士様~、いらっしゃいますか~。』
思わず固まって動けないでいると、司会者に再度名前を呼ばれる。
慌てて手を挙げ立ち上がり、先ほどの男性と同じく拍手の中をステージへと向かった。
『おふたりとも男性の方ですね、男前が揃っていますよ~。では少しだけ質問をしてみましょうか。これは皆さん気になっている方も多いと思いますので代表してお尋ねさせていただきます。ズバリ、お二方とも、現在独身でいらっしゃいますか?』
『はい』と隣で答える男性、もといヨシノケイトさん。
同じように自分も『はい』とだけ答えて首を縦に振ると、会場から拍手が上がった。
『おぉ~、お二方とも独身でいらっしゃるようです。では、恋人はどうでしょうか?』
その質問にヨシノさんは『いません。』と答え、自分はぶんぶんと手と首を振って答えた。
『聞きましたか皆さん、おふたりともフリーだそうです~。』
司会者の言葉に、今度は女性陣から黄色い声が上がる。
ただでさえ男前の隣に立たされて居心地が悪いというのに、そのほぼすべてがヨシノさんに向けられているであろう熱視線の熱気を隣で直に感じて、さらに居たたまれない気持ちになった。
『では続いて新郎新婦のお二人に質問してみましょう。今回はそれぞれ一番感謝を伝えたい方へブーケをお渡しする、という事なんですが、お相手の方へ一番感謝しているのはどんなところでしょうか。ではまずは新婦の真実さん、吉野さんへ一番感謝している事、それからおひとこと、メッセージをお願いします。』
マイクを受け取った新婦の女性がヨシノさんの前へ進み出て、大きく息を吸った。
『啓人さん、いつも私を正しい方向へ導いてくれたこと、とても感謝しています。結婚の報告をしたとき、あなたがくれた言葉は私にとって、大切な宝物になりました。私は幸せになります。だからどうか、あなたも幸せになってください。いままでありがとうございました。』
感謝の言葉を述べて、新婦の真実さんがお辞儀をしながらブーケを差し出す。
ヨシノさんは一瞬俯いて口元に手をやると、すぐに新婦へ向きなおり、会釈をしてからブーケを受け取った。
見る人が見ればふたりがどんな関係だったかは明白だ。
きっとこの二人も、自分たちと同じようにこの結婚によって引き離されてしまったのだろう。
戻ってくる時のヨシノさんの今にも泣き出してしまいそうな表情は、見ているこちらが辛くなってしまう程悲痛なものだった。
けれどヨシノさんがそうしていたのは一瞬の事で、次の瞬間にはもう、笑顔を浮かべて隣に立っている。
『真実さん、吉野さん、ありがとうございました。では、続いて新郎の宗次郎さん、佐野さんへ一番感謝していることと、メッセージをお願いします。』
宗次郎が司会の女性からマイクを受け取り、話しはじめる。
『燈士、俺は燈士に出会ってから価値観が180度変わった気がする。今まで当たり前みたいに思ってたことが実は特別なものなんだって、いつも教えてくれたのはお前だった。俺の世界を広げてくれたこと、明るくしてくれたことに感謝してる。ありがとう、幸せになってくれ。』
ブーケを受け取る時にハグをされて、これが最後だと思うと離れ難くなってしまった。
本来その場所に居るのは、おまえじゃなかったはずだろう?
政略結婚なんて今時珍しいなって言ったら、俺は次男だから関係ないけどなって返してきたくせに。
この場所でこれ以上そのことについて考えていると、自分も泣いてしまいそうだった。
一度涙が溢れ出してしまったら、ヨシノさんのようには堪える自信がないから、今はブーケの花言葉に意識を向けて、ステージの元居た位置にもどる。
『宗次郎さん、佐野さん、ありがとうございました。今回おふたりが受け取ったブーケは、新郎新婦がそれぞれ花言葉から選んだお花をアレンジに使用しています。中に入っているカードにですね、それぞれお花の名前と、それから花言葉の意味が書かれておりますので、吉野さん、佐野さん、ぜひ後から確認してみてください。――それではおふたりとも、ありがとうございました、ステージをお降りの際はお足元にお気を付けくださいね。』
パチパチと鳴り響く拍手の中、その場から退場する。
ステージを下りてすぐに、息苦しくなって会場を出てきてしまった。
ブーケを渡される時、宗次郎のあの縋るような眼を至近距離に見てしまったせいだ。
ロビーに置かれたゆったりとしたソファに腰かけ、ネクタイを緩めてから第一ボタンを外す。
ゆっくりと息を吐ききってから吸い込むと、ようやく肺にきちんと空気を取り込めたような気がした。
「隣、よろしいですか?」
その声に顔を上げると、長身のきりっと整った顔をした凛々しい雰囲気の男性が目の前に立っている。ヨシノさんだ。
その右手には、自分のものと違うアレンジが施されたブーケを握っている。
「…どうぞ。」
言いながら手のひらで指し示すと、ヨシノさんはゆっくりとした動作で隣に腰かけた。
少しの沈黙があって、ヨシノさんが隣でブーケに添えられたメッセージカードを読み始める。
しばらくカードに目線を落としていたヨシノさんは、顔を上げると深いため息をついて目元を手で覆い隠した。
「ヨシノさんて、もしかして新婦さんとお付き合いされていた方ですか?」
「…なぜ、それを?」
驚いた顔でこちらを振り向くヨシノさんの目元は、赤くはなっているが濡れてはいない。
先ほどのあの様子では、泣いていてもおかしくはないと思ったのに。
「俺、新郎側のなんです…。」
え、とヨシノさんはさらに目を丸くして、すぐに偏見はないと弁明の意を示し、謝罪してきた。
「俺は最初、ここへは参加しないつもりでいたんです。でもあいつに、ご祝儀なんかいらないから見届けてくれと頼まれてしまって。」
「はぁ…、そうでしたか。私は新郎側の恋人が式に参加するからと、意地になったあの子に無理矢理引っ張り出されたんです。」
「それは…、悲惨ですね。」
「まったく、何が楽しくて恋人が他の男のものになろうという場に立ち会わなくてはならないんでしょうかね。随分と身勝手な真似をしてくれますよ…。」
「ははっ、まぁ…、俺たちにとっては命日でも、彼らにとっては門出の日ですからね。」
「…命日、ですか?」
「はい、愛の命日です。」
「ふはっ、詩的な表現をされますね。」
凛とした雰囲気の男前が、そのきりっとした眉を下げて笑う。
「そのブーケ、ヨシノさんの方はハーデンベルギア、バラ、ガーベラですね。出会えてよかった、感謝、前進か…、感謝の気持ちを伝えつつ、前に進んで欲しいというメッセージが込められているんですね。」
「よく、わかりましたね…、私はそういったことには疎くて…。先ほどカードをみて初めて花言葉を知りましたよ。」
「一応、花を扱う仕事をずっとしてきたので。」
「なるほど、…そちらのブーケの花にも、似たものが一つありますね。」
「これですか?これはハーデンベルギアです。ヨシノさんのものと同じですよ。」
「そうですか、…出会えたことに感謝してもらえるなんて、それぞれ互いに良い時間を過ごしてこれたということですね。」
ヨシノさんが寂しげに笑いながら、慈しむようにそっと、ハーデンベルギアの花を撫でた。
その姿は支えを失った花のように、不安げで、悲しげで、今にも萎れてしまいそうな儚さを感じさせる。
どうにか目の前のこの人を、元気付ける言葉はないだろうか。
精一杯考えて、結局は気休めにしかならないけれど、そうあってほしいと希望を込めた言葉を贈ることにした。
「大丈夫です、彼女はきっと幸せになりますよ。」
「え?」
「アイツは案外、頼り甲斐があって献身的で、家族愛に溢れた良いやつですよ。真実さんと結婚して家族になったからには、絶対に幸せにしようと努力するはずです。ずっと隣にいた俺が言うんだから間違いありません、保証しますよ。」
「ぁ……、ははっ、…今日は笑える自信がありませんでしたが、あなたのおかげで少し気持ちが楽になりました。」
思わずこぼれたというように、おかしそうに口元に笑みを浮かべるヨシノさん。
よく日の当たる場所で育つ花のような、やわらかく笑う顔があいつに少し似ている。
「どうかしました?」
つられて一緒になって笑っていると、急に無言になってこちらをじっと見てくるヨシノさんに尋ねる。
「…すみません、あなたの笑った時の雰囲気が彼女のものと似ていたもので、つい。」
「ふふっ、こうですか?」
「っ…。」
目をそらして少し気恥ずかしそうにこめかみをかきながら、ヨシノさんが大きく息を吸いこむ。
そしてこちらに向き直り、手を差し出して言った。
「…この後どこかへ飲みに行きませんか?君とはなんだか気が合いそうだ。」
《ハーデンベルギアの花言葉:出会えてよかった、幸せが舞い込む、運命的な出会い》
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