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一章

11 双子の沸点と大人の心配

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「わたくしのおおおおおお‼エルはあああああどこですかぁああああああ!!!!」

 目の前のふくよかな女性は、歌うというか叫ぶような形で、私達に迫ってきた。
「それで⁉どうなのですううううう‼」
 ぎゃあああっ、鼓膜に響く~!
 両隣にいる二人もそう思っているようで、二人とも両手を耳にあてて、苦痛を顔にだしていた。私も同じようにしているけれど、耳をふさいでるのにこの方の声響くわね…。
 私達の返答を待ちながら、なおも顔を近づけてくる彼女は、うん⁈、と、お姉様と私を見て仰天していた。もしかして、どちらがお姉様なのか見当がつかないでいるのかもしれない。
 これは…ある意味ワンチャンか…?
 ええいままよ!と私は愛想笑いをしながら彼女に答えていく。
「ホルブルック夫人、あの、ここ道中ですから…その、わたくしももう家に帰らないと、家族に心配されてしまいます。それに、息子さんももしかしたら、家に帰られていらっしゃるかもしれないですわ。わたくし達はお店でお会いしただけですし…ね?こんな時間になってもご夫人が帰られないとなると、せっかくのツルツルのお肌が明日起きられた時に残念な事にも成りかねませんわ。ねえ?そう思うでしょう?貴方達も?」

 そう言いながら私は必死にイアンに同意を求めていく。さすがにお姉様に話を持っていく訳にもいかないから振り向かないで言うと、イアンは一瞬口をひくひくしていたように見えたが、
「そ、そうだな…こんな時間だしなっ」
 って少し棒読み気味だったけれど、同意の台詞で答えてくれたと思う。
「あらあっ⁉そ、そうっ⁉わたくしのおおおおおこのお肌はああああああああ‼自慢のものなのでええええええええええ‼なら帰り…帰……帰る訳ないだろこの泥棒猫おおおおおおおおお‼」

 少し私の台詞にドキッとしてくれたと思ったけど簡単に騙されてくれる訳ないか…
「貴女方~!と!一緒に戻るうううううう‼って言っていたのですよおおおおおおエルはあああああああ!それなのに…それなのに…いないなら…拐かされたと思うしかないじゃないのおおおおおおおお‼」
 
 そう来たか…そう思いながらご夫人のほうをげんなりしながら見ていると、お姉様が動き出した。
「ホルブルック夫人。わたくしが再三、エルドレッド様の求婚を断った原因をご存知ですか?」
 冷めた声で言うお姉様の姿はどこか、怒ってるようにも感じる。
 私達がいたからは解らないけれど、琴線に触れられてしまったかもしれない。そう思いながら二人を見ていると、夫人はなんだか驚いているようだった。
「ん?んんん??あら?あら??」
 ああ、最初に話したのが私だったけれど、私を一瞬お姉様と思ったからか、混乱していますわね。そう納得して見てみると、お姉様は続いて彼女に語りかけた。
「わたくしに会われる際の殆どが、プライベートな時間を過ごしている時だったからですよ。初めてお会いした時はお茶会の時でしたから別ですけれど、その後からは殿下とご一緒の時や、祖父と一緒の時だったり、数少ない友人と一緒の時に限って迫って参られてました。これでわたくしがどうして怒らないと思われるのでしょうか?
 再三わたくしは言いました。せめて、アポイントを取ってからいらしてくださいと。
 家の者もわたくしへのアポイントは選別して合否を決めていますから、却下していたら無理な場合もありますが…それでも、マナーも守れないのなら、わたくしだってお会いしたいとは到底思えませんし、将来を誓い合うだなんてありえないです…寝言は、夢の中でのみどうぞ、なのですわ」

「ぐっ」

 絶対零度に相応しい笑顔で夫人を見つめているお姉様に、私もイアンもごくりと唾を飲む。
 夫人も、お姉様の姿にさすがに怖くなったのか、怯んでいるのが解った。
 そうこうしていると、パッパー!と、車のクラクションの音が鳴って、ビクリとした。
 音の鳴る方を見ると、スペンサー家付きの運転手、ロランがガラス越しに見えた。父様と父様付きのヴァレットのシリルを伴って。

「おいおい、お前達、帰宅は8時と言ってただろうに、何をしているんだ。」

「と、父様…ごめんなさい。あのこれには…」

「うん、見てたからね、知っているよ。でも、心配だったのだから仕方ないじゃないか」

 とても返答に困る父様の登場と反応に私は、項垂れた。あの状況でどうしろと言うのだ。
 不慮の事故と言ってもいいような怒涛の事件は、別に狙ったものではない。向こうから勝手に来たものだ。
 父様には心配かけたと思うけれど…。
 そう言えば、と父様の登場ですっかり油断していたけれど、あの夫人をどうにかせねば。
 そう思って、夫人のいた方向に視線を戻す。すると…いつの間にかあの人は消えていた。
「あら?」
 
 辺りをよく見てみると、あの人は私達の隙をついて、逃げ出していた。
 一応、父様も立派な大人だからあの夫人が顔を合わせたら、不利だと思って逃げ出したのかもしれない。
 すでに600mほど離れて見える彼女は、あの巨体な体をどうやって動かしているのか、いとも容易く、ぼよんぼよんとあの風船のような手足を動かしながら、ドスンドスンとどこかへ向かっているようだった。
 …交通の邪魔になりませんように。

 

 
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