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一章.魔法使いと人工キメラ

十九話目-魔王の威厳と魔法使い

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 「ファントムに……取られた?」
 「うむ。 そうじゃ」

 
 パズズは腕を組み、静かに頷く。
 
 その顔は真剣さを増すが、全く持ってかつての威厳は感じられない……。

 ここでパズズは僕らに問いかける。

 「ところでうぬらは、なぜこんな薄汚いところにおるのだ?」
 「お化け退治するため! 」
 「お化け? 霊のことか? そんなものわらわが食べたぞ?」
 「なんかずっと泣いてるお化けが居るから倒してほしいって言われたの! 泣き声を辿ったんだけどあなたしか見つからなくて……」
 「なっ……」

パズズは青ざめて、全てを察したかのようにこちらを見た……。

 セシリアは未だに、お化け騒動の正体に気が付いていないようだ……。


 「おっ……おい!そこの白髪! ちこう寄れ!」
 「はっ……はい!」


 僕がパズズに近寄ると、
 
 「おい貴様! 喋りにくいじゃろ! もっと屈め!頭が高いぞ!」

 
 体に態度の大きさが見合ってないよ……。

 僕が立ち膝になると、パズズは耳元でゆっくりと喋り出した……。

 「おい……わらわ……じゃない、そのお化けの泣き声ってのはどのぐらい聞こえてたのじゃ?」
 「僕らの他にももう一人、依頼主が聞いてますが、部屋にしか響いてませんよ……」

 
 パズズは少しだけ安心したように「フゥ……」と一息ついた。 

  「そっ……そうじゃったかそうじゃったか! わらわが既にそんなもの……ええっと……そう……そう!食い殺したのじゃ!」
 「なんだ! もう解決してるじゃない! とっととパズズの本を見つけちゃいましょ!」

 
 かつての魔王が純真無垢の権化みたいなのにペースを呑み殺されいるのを見ていると心が痛い……。

 まあ……悪気がない分タチが悪いとも言えるが……。

 パズズは僕らにこう言い始めた。

 「わらわが探しておるのはな……ファントムについて書かれた本じゃ! 弱点とか何かが載ってるやもしれぬ!」
 「……え? これですか?」

 例の本を見せると、パズズは強引にこちらの手から奪い取った……。

 「おお!これじゃあー! よっしゃー!」

 
 パズズは自分の顔ほどはあろうかという大きな本を掲げ、飛び跳ね、クルクル回り……全身で喜びを表現していた。

 
  ……そろそろ本題に戻っていいかな……?

 
 「あの……パズズさん?」
 「どうした? 白髪魔法使い」
 
 「ファントムに力を取られたんですか?」
 「うむ、そうじゃ。 わらわの麗しき体型は……美貌は……おのれファントム!」
 
 
 パズズは血涙を流しながら床をドスドスと殴る……。

 うわぁ……なんてひどい構図……。


 するとパズズはハッとしたように顔を上げる。

 「うぬら……そう言えば何故ファントムを知っておる……?」
 「お食事中のファントムとばったり遭遇したら、デザートにされかけただけです」
 「……災難じゃったの……てっきりうぬらは、力か平凡な見た目が欲しかったのかと思っての……」


パズズは少しだけほっとしたように返した。

 「あの……パズズさん? もう一つ質問をいいですか?」
 「うむ良いぞ」

 
 今度こそ質問を選ばないと……。
 ペースに呑まれる……。

 「……ファントムって全ての属性の魔法を使えるんですよね?」
 「もちろんじゃよ。 それがどうかしたのか?」
 「それだったとしたら何故あなたの力をとる必要があったんです?」
 「はぁ……話せば長くなるぞ?」
 「一切構いません……」

 パズズはゆっくりと息を吸い込み……むせ返る……。

 「ケハッ! ゴホッゴホッ……! 駄目じゃこりゃ……外に出て新鮮な空気でも吸うかの……」

 
 ……さっきまでの饒舌はどこに行った?

パズズは扉に近づき……手をかけた。

 ……がビクともしない……。


 あ? まっ、まさか……僕ら閉じ込められたんじゃ……?


 すると少しだけご立腹そうにパズズは、
  

 「……むぅ! わらわが開けと言っておるのじゃ! ひーらーけー……」

 パズズは先程の数倍はあろうかという大きな竜巻を作った……。

 それはそこら中の本棚を壊し、床板を裂き、書物を巻き上げた……。

 
 「ごまっ!」


 そんな拍子抜けするような掛け声とともに、パズズは竜巻を堅牢な扉にぶつけた……!

 [ズドドドドド!]

 凄まじい轟音と共に本が、木片が、弾丸となって扉にぶち当たる……それだけに留まらず、烈風が容赦なくそれを壊しに……否、殺しにかかった……。

 ……だが……扉は壊れる、壊れないの以前に……。


 「なっ……何!?」


  ガックリと膝をつき、パズズは項垂れた……。


 すると、

 「え? おばけ倒したの? ノックは静かにね……図書館は静かしないと……」


 例の男の子が扉を開けた……。


 扉の耐久力……なのかこれ?
 ひとまず……ナイスタイミング!

 パズズはあんぐりと口を開け、扉から出てきた男の子を見つめた……。

 
 「どうしたの……? 大丈夫?」

 男の子は不思議そうにパズズを覗き込み、「もしもーし?」と声をかけた。

 「うわぁ! ずっ……頭が高いぞ! お……お前!」

 少々頬を赤らめ、指さしながらにパズズは言う……。

  「あぁ……ごめんなさい!ごめんなさい! 」
  「貴様など……わらわが全盛期の頃じゃったら今頃、隷属にしておったわ!」


  ……? 対応に雲泥の差があるんだが……?


 そんなことを考えていると、ふと僕は決して忘れてはならないものを忘れた事に気が付いた……。
 

 「あ! セシリア!」

 
 僕は急いで禁書庫に入り、セシリアに駆け寄る……。


 「むにゃ……イーヴォ……お代わりはもういいの……わたしいま、だいえっと……してるの……むにゃむにゃ……」
 「……はぁ……」

 
良くもまあこんな状況で寝られるもんだなあ……。

 「セシリア行くよ……」

 僕は寝ているセシリアをおぶり、ドアに近づく……よかった! 男の子がまだあけてくれていた!

 すると、男の子の後ろからつかつかと大きなつばの帽子を深く被った、目の覚めるような真っ白な髪の少女が歩いて来た。
 
 その少女、鼻に丸眼鏡を掛け、これまた真っ白なローブを着て、そして……その真っ白なボブヘアーの中には幾つか形の縮れたような……うん?

 
 「うーん……。パズズに……アルビノに……キメラ……」
 
 そう呟くと、刹那……僕ら四人(三人と一柱)は禁書庫まで吹き飛ばされる……。
 
僕は……見てしまった……。

 その少女……目の覚めるような真っ白な少女は……僕らを突き飛ばした……。

 彼女が右腕を横に伸ばしたかと思えば、いきなりそれを[ウニュリ……]と流動体にして……瞬時に伸ばし……それを鞭のように振るったのだ……。

 呆気に取られていると、その白の極地は……穢れを穢れとしない白は、

  「一人……巻き込んじゃったか……まあいいや……検体は欲しかったし……何より…………帰ったら存分に可愛がってあげるね!」

 ……この白は何を言っているんだ……?

 
 パズズはどうやらこの小さな……白い悪魔を知っているようだ……。
 その顔は三分の驚愕と、七分の恐怖を孕み……引き攣る。
 
 だが……どうにか震えながらに喋る言葉は、僕とセシリアを凍りつかせた……。

 「な……なぜお前が……見計らっておったのか…………!」
 
 ……ターニャ? ……あの話は……戒めのくには……単なる童話じゃないのか!?


 ターニャ……その昔、王子タンタに拷問を受け……醜い姿に……千のかおを持つ化け物に変えられた魔法使い……。

 物語でこの世で唯一、世界一と謳われる[使]……。

 ……何だこの胡散臭さに足が生えたような話は……。
 だが、不思議と信じられる……ファントムを見てしまったせいだろうか……。

 
その白の極地は話し出す。


 「さてと……あんたらぜーんぶ捕まえないとねぇ…… 手荒にはしたくない……ボスに怒られちゃうからね……」

 
そう言いながらにじり寄ってきた……。


 僕はそいつが……そこに立っている白がターニャで間違いないとしかいえない決定的な物を見てしまった……。

 
 その真っ白な首には黒ぐろとした烙印が……ファントムの烙印が、本で読んだ通りに捺されていた……。


 「さてと……茶番はそこそこに君らを連れ去りたいんだけども……」
 「ふざけるな! わらわからもう取るものなどないぞ!」
 「ボスが食べるのは能力だけではないよ? お前のことを存在ごと食べて、自分のモノになさるだろうね……」
 「……ならばここで最大限の抵抗を取らせて頂くのじゃ……魔王パズズの最期をしかと見受けよ……!」

 
パズズは覚悟が出来たようだ。
 その瞳に迷いは無く、ただ敵を見据えている。


 ターニャはこちらに問いかける。


 「ならば……君らはどうだい? できるだけ苦しみたくはないでしょう? さあ大人しくこっちへ……」
 「断らせて頂きます。 ファントムあいつの姿を見ただけで反吐が出そうなので……」
 「私もお断りよ! あんな実験狂いのとこになんか戻るもんですか! 」

 
 ターニャは静かに告げた。

 「そう……君らは最悪の決断をした……! 私に刃向かったらどうなるか……教えてあげようか……!」

 ターニャは左手を気味の悪い触手に変え、右手には魔法陣をいくつか展開した……。

どうやら臨戦態勢のようだ……。

 「たかが魔王と忌み子と人工キメラに、私のような高貴な魔法使いの相手が務まると思うなよ……?」


 今、開戦の号砲が鳴る……!
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