探偵ウォーレン・グローヴァーの事件簿

マーサ

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忘れさりたい事件(前編)

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 王立学園の卒業式。

 王立であるため国王夫妻が臨席して祝辞を述べるのが毎年の慣例である。今年は2年前に卒業した第一王子も立太子した事から王太子として出席した。卒業してまだ2年という事で下級生や教師達も知ってる顔が多く、この後のパーティーで旧交を温めるのを楽しみにしている。

 主役である卒業生の中に第二王子がおり、その身分から卒業生の挨拶をする事となっていた。なぜ身分からかと言うと、成績は中の下でとても卒業生の答辞を任せられる物では無いが王子だから仕方ない……、というのが真相だ。
 この挨拶が終われば会場を移してパーティーが始まるので、大半の者の気持ちはもうパーティーに向かっていたとしても責められないだろう。どうせ成績も良くないし問題行動も多い第二王子だ、大した話しも無いだろうと多くの者が内心で思っていた。

 ただ、第二王子はその多くの者達の考えの斜め上を行った。
 壇上に上がった第二王子デイモンは、挨拶のはずなのに傍らに女子生徒を連れて腰を抱いていた。
「ヒラリー・アンカーソン! お前はこのアイリーン・ダニング子爵令嬢に対して暴言や暴行、脅迫などを行っていたそうだな!! 私物を壊す、隠す、階段から突き落とす、頭からお茶をかける! よくもそれだけ残忍な真似ができたものだ!! お前のような者は婚約者にふさわしくない! よってこの場をもって婚約破棄を申し渡す! 父上もそれでよろしいですね!?」

 よほど気持ちが昂ぶっていたのだろう、一気にまくしたてる。
 国王も第二王子の発言の意味が理解できず唖然としている。
 そんな中、名指しされたヒラリーが立ち上がる前に、後ろからコツコツコツと足音が響いた。一人の男子生徒だった。

 まずはこの場の最上位者である国王に挨拶をする。
「国王陛下、妃殿下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。この場での発言をお許しいただけますでしょうか」

「おぉ! ウォーレン・グローヴァーではないか! 久しいな!」

 国王が喜びの声を上げた事で会場には波のようにどよめきが広がっていく。
 それもそのはず、このウォーレン・グローヴァー、王都の難事件をいくつも解決している学生探偵として貴族、平民問わずに知らぬ者は居ない有名人である。

「先日も報告書を見ましたよ! 自殺として処理される寸前に密室トリックを華麗に暴き犯人を捕まえたと!」
 王妃が興奮してるのか早口にまくしたてる。

「おぉ! さすがはウォーレン・グローヴァー様だ!」とあちらこちらから感嘆の声が起こる。

「して、そなたは何ゆえこの場に出てまいったのだ?」

「私もこれで【学生探偵】なんて肩書きでは無く一人前の【探偵】と名乗れるようになる記念すべき日なのでそれなりに感慨に浸っておりまして、このようなくだらない茶番で汚してほしく無い訳です」

 その言葉で呆然と眺めていたデイモンが我に返る。
「な、なんだと!? 黙って聞いていればくだらない茶番などと……!」

「なので、この苦笑しか生まれない喜劇をとっとと終わらせようと出て参りました」

「……!」
 デイモンはこめかみに血管が浮くほど興奮しているせいか言葉が出てこない。

「え!? ウォーレン様の推理シーンが生で見られるの!? デイモンなんかどんどんやっちゃってよろしいですわ!」

 息子より推しの方が大切、単なるファンと化した王妃からお許しが出る。
 令嬢やご婦人方も熱い視線を送る。
 血生臭い殺人事件など貴族の女性は本来知ろうともせず忌避するが、ウォーレンが登場してからは女性も新聞をよく読むようになった。写真付きだと売り上げも跳ね上がるので、新聞各社はこぞって高価な写真機を優先的にウォーレンの取材に回している。

 そう、ウォーレンは絶世の美男子だった。
 晴れ渡った空のような薄い水色の髪に、深く濃い湖の底のような青色の瞳。真実を見抜く切れ長の鋭い眼差しは冷たい印象を相手に与え「氷の貴公子」などと呼ばれるが、世の女性達はその冷たい眼差しに射すくめられたいものらしい。
「私が犯人になればあの視線を独占できるのでは」などと物騒な事を考える令嬢も少なからず存在した程だ。さすがに実行した者はいないが。
 
 対して壇上のデイモンは、金髪碧眼でそれなりに整った顔ではあるが、希少価値を主張するほどではない。加えて日頃の素行の悪さもある。会場がどちらの味方につくかは自明の理だ。

「それでは、先ほどの発言から確認していきましょう。
 ダニング子爵令嬢、暴言はともかくとしてお茶を頭からかける、階段から突き落とすなどの暴行や私物の破壊、脅迫などは立派な犯罪ですが、なぜ憲兵に訴え出なかったのですか?」

「え? えっとぉ……、それは……、学園の中のイジメ程度でわざわざ大事にしなくてもいいかと……」

「おや? 聞きましたか? 殿下。被害者であるはずのご令嬢が『たかがイジメ程度』と仰ってますが?」

「そ、それは……、アイリーンは語彙力が無いから言い間違えただけだ! 憲兵に言わなかったのはな、アンカーソン公爵家が圧力をかけたり買収したりで握り潰される可能性があったからだ!」

「憲兵は貴族が犯罪を犯した場合にも捜査、逮捕が出来るよう王家直属の組織だと授業で習ったはずですが、まぁ、それは今は置いておきましょう。 陛下! 第二王子殿下が王家直属の憲兵が買収され真実を歪めると主張されておりますが」

「ふむ、我が配下に王家への忠誠よりも小金を選ぶ者がいると……?」

「い、いえ……、そのようなつもりで言った訳では……」
 さすがにマズイ事を言ったと気付き小さくなる。

「では、憲兵には届け出ていないという事ですから、この場で真実を明らかにしていきましょう!」

 ウォーレンの宣言に拍手が巻き起こる。会場の卒業生、在校生、保護者や来賓も、まるで自分が【現場に集められた関係者】のような錯覚を覚えて興奮していた。

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