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この恋に気づいて 後編
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次の日――
生放送の歌番組に出演する為、俺はテレビ局の廊下を歩いていた。五人にあてがわれている楽屋に入ると、一番乗りだった。
俺はほっと胸をなでおろし、椅子に座ってしばらくボーッとしていた。
「昨日、楽しかったな~。」
昨日の事を思い出す。俺は一人思い出し笑いをした。
―――
昨日仲本と晋太が出て行った後、少し沈んだ空気を破ったのは浩輔の声だった。
「じゃあ僕たちもご飯行こうよ。ね、辻村君、裕君。」
「いいね、浩輔。行こう行こう。辻村君も行くでしょ?」
「あ、あぁ……」
満面の笑みの二人に押され、俺は頷く。そうと決まったら早いもので、俺たちは急いで帰り仕度を始めたのだった。
―――
「乾杯~!」
浩輔の音頭でグラスを傾ける。俺は一気にビールを飲み干した。
「ぷはーっ!」
「いい飲みっぷりだね~、辻村君。」
「もう一杯!」
「すみません、もう一杯追加。」
すでに酔ってる風な浩輔と、俺の言葉にすかさず店員に追加を頼む裕に挟まれて、俺はもう既に酔いがまわっていた。
「俺は頑張っただろぉ~?ちゃんと笑えてたよな?」
「はいはい、ちゃんと笑えてたよ。」
「大丈夫だよ~」
二人がそう言ってくれた事に気を良くして、来たばかりのビールに口をつけた。
「僕、気付いてたよ。」
「え?」
急に真面目なトーンで浩輔が言うから、俺は首を傾げた。
「辻村君の気持ち。もちろん晋太の気持ちもね。」
「浩輔……」
「わかるよ。だって僕たち、二十年も一緒にいるんだから。」
「……そうだよな。」
「でも僕、嬉しかったんだぁ~」
「何が?」
「僕も仲本君の事、大好きだからさ。あ、変な意味じゃなくてね。」
「ぶはっ!わかってるよ。」
思わず突っ込む。浩輔は笑いながら続けた。
「そんな大好きな仲本君を、同じように大好きな辻村君と晋太がそういう気持ちで想ってるって知って、嬉しかった。『好き』ってすごく幸せな気持ちじゃない?皆幸せそうで良い顔してたから、僕も幸せもらってたんだ。」
「幸せ?俺、ずっと辛かったよ。仲本の事好きだってわかって、でも晋太の気持ちも知っちゃって…ずっと……」
「それでも!……心の奥底は、幸せだったはずだよ。そうでしょう?」
浩輔に真っ直ぐ見つめられて、俺は目を逸らした。
この数ヶ月、本当に辛かった。自分の気持ちを否定した時もあった。涙も流した。
でも……確かに俺は幸せだった。
あいつを好きだと気付いて、その日から面白いくらいに仲本中心に全てが動いて……心の中にずーっと仲本がいる。それだけで、幸せだった。
「うん、幸せだよ。今でも。」
俺が顔を上げそう言うと、浩輔はいつものふにゃっとした顔で笑った。
「ねえねえ、僕の事忘れてない?」
「あ?あ、わりぃ。忘れてた。」
「ちょっとぉ~!」
隣で裕が拗ねたように言う。俺が慌てて謝ると、怒ったふりをして肩を叩いてきた。
「いってぇよ、お前~」
「ごめん、ごめん。」
「あはは。」
結局その後は、三人でじゃれ合いながら食べて飲んだ。久しぶりに心から笑った。そんな気がした……
―――
「ふんふ~ん♪」
昨日の事を思い出していると、廊下から鼻歌が聞こえてきて、俺は我に帰った。この声……晋太だ。俺はドアから背を向け、ソファーに寝っころがった。
「おはよー、あれ?誰もいない……あ、何だ。辻村君、いたんじゃん。」
「……おぅ。」
見つけられた俺は、ゆっくりと起き上がって座り直した。
「……で?」
「で?」
「昨日……どうだったの?デート。」
聞きたくもなかったが、沈黙が恐くてつい聞いていた。晋太の顔は見れなかったから下を向く。
「言ったよ、仲本君に。」
「……そう。」
「考えてくれるって、仲本君そう言った。」
「え……」
「僕の気持ち、受け止めてくれたよ。でも、少しの間だけ待ってくれって。僕、仲本君の返事、ずっと待つつもり。」
「……」
ショックで言葉が出ない。晋太が立ち上がったのを気配で感じたが、俺は顔を上げる事も出来なかった。
「僕、ちょっと電話かけてくるね。」
そう声をかけ、ドアへと向かう足音が聞こえる。静かに閉まるドアの音がいつまでも耳に響いていた……
―――
その後、裕と浩輔が楽屋に入ってきたけど、俺は何の反応も返せず、終いには『ちょっと出てくる。』と財布だけ持って廊下に出た。
「はぁ~……」
とりあえず自販機へと足を進める。俺はとぼとぼと歩いていった。
「よいしょっと。」
じじくさい声を出して、革張りの椅子に腰かける。財布から小銭を取り出して、手の中で弄んだ。
仲本は、晋太の気持ちにどんな返事を返すのだろうか。あの様子だと好感触なのだろう。二人がうまくいくのを、俺は近くで見ていなきゃいけないのだろうか。
一人、この想いを抱えたまま……
そんなのは嫌だ。でも、諦められないし、諦めたくない。それならいっそ、二人を応援しよう。気持ち良いくらいふっ切って、二人の幸せだけを願おうじゃないか。
そして密かにこの想いにカギをかければいい。
大丈夫、裕も浩輔もいる。味方がいてくれるから、きっとやれる。やってみせる。
そこまで考えた時、近くで足音がした。体が緊張したのが自分でもわかった。
予感がする。きっと――
「辻村。」
やっぱり……俺は顔を上げずに答えた。
「何?」
「ちょっといいか?」
「うん……」
仲本が隣に座ってくる。俺は少し体をずらして、さりげなく離れた。
「昨日さ、晋太にさ。」
「……うん。」
「好きだって、言われた。」
「………」
チャリンと小銭の落ちる音。動かない俺を見かねてか、仲本が体を屈めて拾ってくれた。無言で差し出してくる。俺も無言で受け取った。
「俺さ……」
「聞いたよ。お前、晋太の気持ち受け取ったって。付き合うんだろ?お前ら。」
「……は?」
「え?」
間の抜けた仲本の声に、俺も同じような声が出た。一瞬見つめ合ってしまい、慌てて目を逸らした。
「何の話だよ?」
「いや。……え?」
「俺さ、晋太に謝った。ごめんって。」
「え……?」
戸惑う俺に構わず、仲本は続ける。俺は仲本の横顔をじっと見つめた。
「気になる奴がいるから、お前の気持ち受け取れないって。そしたらあいつ、笑ってた。昔みたいな子どものような顔で、『いいよ、わかってたから。』って、笑ってた……」
仲本の顔が悲しげに歪む。自分の胸がぎゅっと痛くなるのを、思わず手で押さえていた。
「俺……あいつにあんな顔させてさ。最悪だよな。本当は思いっきり泣いて怒って、俺の事殴ったって良かったのに……あいつの気持ち、ずっと気付かないで無意識に踏みにじってきたんだな……」
「仲本……」
頭を抱えるようにしてうずくまる仲本に、俺は何も言えなかった。
仲本……?あいつはそんな事思ってないし、お前にこんな顔させたかった訳じゃないよ。俺には、わかる。
だから、そんな顔しないで……?
抱きしめてあげたかったけど晋太の顔がチラついて、結局何も出来ずにただ仲本を見つめる事しか出来なかった……
この時、慰めてあげていたら何かが変わっていたのだろうか。少なくともあんな事にはならなかっただろうと、俺は後で後悔することになる――
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