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第七話 同居することに決めた
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柏木は蒼が同居に同意したことにほっとしていた。蒼の言動はちぐはぐな感じがして、柏木を不安にさせたからだった。昔から夏場の蒼はそんなところがあったと、柏木は中学時代の彼のことを自然と思い出していた。
中学時代の蒼は、夏場に体調を崩しよく寝込んでは学校を休んでいた。
元々、体が弱いことも原因だったようだが、蒼の弟の御影空が夏場に事故で亡くなって以降、その傾向はさらに強くなった。弟の死が蒼の心身に暗い影を落とし、夏場になると弟の死を強く痛感し、体調を崩してしまうようだった。
身内を亡くした経験のない柏木にとって、双子の弟を亡くした蒼の気持ちをすべて推し量ることはできなかった。だが、弟を亡くし随分経つ今でも蒼が空を喪った喪失感から脱し切れていない事は感じられた。
気まぐれそうな蒼が気を変えない内に、柏木は同居の話を進めることにした。
「で、俺のマンションに同居ってことは決まったが荷物はどうするんだ?学生寮に荷物は置きっぱなしか、蒼?」
「いや、学生寮にあった荷物は、段ボールに入れて実家に宅配で送ったよ。だから、俺が持ってるのは財布と着ている服だけ」
「なるほど。まあ、日用品とかは新しいのを購入すればいいけど、服とかはやっぱ自宅に一度取りに帰った方がいいな。それに、同居するなら、俺もお前の両親にあいさつしたいしさ。俺も一緒に行くよ」
柏木の言葉に、蒼は大げさに嫌がるポーズをとって口を開いた。
「えーー、やだよ、そんなの!挨拶って必要ないだろ普通。男女の同棲じゃないんだからさ。恥ずかしいよ」
「恥ずかしがることないだろ?こういう事は、きっちりしておいた方が好感度がアップするんだってば。親だって、お前がどんな奴と同居するのか心配に決まってるしさ」
「・・・それは、そうだけど」
「考えてもみろよ。金髪鼻ピアスの男が同居人だと、親の不安も増幅するかもしれないが・・まあ、俺の場合は真面目なイケメン風だろ?『この人なら、息子を任せても安心だわ』ってお前の母さんなら思うかもよ?」
そこで、蒼が意地悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「その真面目なイケメン風の男が、BL小説を書いているなんて知ったら、母さんは、きっと同居に反対するだろうな」
「う、それは偏見ってものだぞ。まあ、でも現実に偏見は世の中に存在するわけやし・・そこは秘密にしておいてえや。なぁ、蒼?」
柏木が掌を合わせて悪戯っぽく笑いながら蒼にお願いのポーズをとると、蒼は堪えきれなくなったのか笑いだした。そして、笑いが収まると、まだ少しにやけ顔で口を開いた。
「分かりました。じゃあ、一緒に実家に来てよ」
「じゃあ決まりだな!」
蒼は優しく微笑み、少し本音を漏らした。
「・・本当は直人に実家に来てほしいと思っていたんだ。母さんは、直人が来ればきっと喜ぶから」
「え?」
「俺の母さんね、空の・・亡くなった弟の日記を、今でも大切にしているんだ。その日記によく直人の名前が出てきてさぁ。お前、空と同じクラスだっただろ?『困っているときに一番に駆けつけてくれる』とか『一緒にお弁当を食べられて嬉しかった』とか『柏木と話しているときが一番楽しい』とか。まるで空の奴、直人に惚れてるんじゃないかってくらい、お前の事を日記に書いていたんだよ」
柏木は蒼の言葉を聞いて、意外に思った。空とは確かに同じクラスだったが、親友というほどには親しい関係でもなかった。空が困っているときには、誰よりも先に動いて助けた記憶はある。だが、それほど親密に話した記憶は残っていない。むしろ、授業の時間以外は常に空の傍にいた別クラスの蒼のほうが、より強く印象に残っている。
初々しい中学生時代の蒼と、現在の蒼の姿が重なり合う。今の蒼はどこか憂いを帯び、母を想い弟を想い微笑むその姿は、柏木の庇護欲をそそるものだった。蒼はそっと目を伏せながら、か細い声で呟いた。
「お前が実家に来てくれたら、きっと母さん喜ぶよ。空もきっと、喜ぶと思う」
柏木はそっと蒼の腕を掴むと、その身を抱き寄せていた。蒼は抵抗する風もなく、ただ少し体を震わせた。柏木は蒼の髪を優しく撫でながら、口を開いた。
「空がそんなに俺のことを想ってくれていたとは知らなかった。実家に挨拶に行った後に、墓参りしていいか?」
「いいよ。空はきっと直人が会いに来てくれたことを喜ぶよ」
「ん、じゃ・・決まりな」
その言葉を潮時に、柏木は蒼を腕の中から解放した。蒼はほっとしたとも寂しいともわからない曖昧な顔をして、柏木を見つめ彼を狼狽させた。
柏木自身、今は彼女はいないとはいえ数か月前まで付き合っていた女がいた。それに、今まで男に好意を寄せたこともなかった。それなのに、今の柏木は男の蒼に曖昧だが、親愛ともまた異なる想いを抱き始めている。そう思い始めて、柏木は思考を停止させた。
「BL小説に毒されてるな俺は。すまん、蒼。また抱き付いてしまって、気持ち悪かったよな」
その言葉に、蒼がにやりと笑って口を開いた。
「大丈夫だよ。忘れたの?俺は池田と付き合っていたんだよ。BL妄想に毒されているお前なんて、目じゃないっての。油断してたら、俺が直人を襲っちゃうからね?」
蒼の言葉に目を丸くした柏木は、訳の分からないことを言い始めた。
「お前、まさかその容姿で『攻め』って事はないよな?うおおお、俺ノーマルな『攻め』と『受け』が好きなんだよな。体格的にも池田が『攻め』で蒼が『受け』だろ。そうじゃないと、なんか気持ち悪いぞ俺は!いやまて!最近はショタ攻めもあるわけだし、一概には言えないよな。でもなあ、蒼が『誘い受け』ならまだいけるけど『蒼攻め』はやっぱ小説的にどうよ?」
柏木の独り言に近い言葉に呆れてしまった蒼は、ポロリと本音を漏らしてしまった。
「安心して。俺はたぶん、その『攻め』って奴じゃないから。池田から突然『中学時代から好きだった』って告白されて・・訳の分からないうちに抱かれていたんだよね。すごく痛くて苦しかった・・って何を話しているんだろ、俺は?」
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