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第八話 キングサイズベッドで
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「・・え、つうか、それってレイプじゃないのかよ?お前、同意の上で池田と関係を持ったわけじゃにのか?どうなんだよ、蒼?」
蒼の聞き逃せない告白に、間髪入れず柏木が質問攻めにする。困った表情で蒼は黙り込むが、そんな彼の腕を掴み柏木が引き寄せ口を開く。
「お前の答え如何では、池田への対応を考えないといけないからな。それに池田に別れを切り出したのは、お前の方からだって言ってたよな?その原因も、付き合い始めの事が、わだかまりになってるんじゃないのか?正直に言えよ、蒼」
「・・学生寮の俺の自室で、突然池田に告白されたんだ。『中学時代から好きだった』って。俺は自分に自信ないから、そう言ってもらえただけで嬉しかったんだ。『嬉しい』って答えたよ。それは本当の気持ちだったから。でも、大樹は・・もっと別の事も望んでた。それは、俺の望んでいたものじゃなかったから『無理だって』大樹に言ったけど。彼は俺を・・ベッドに押し倒した。学生寮で、悲鳴も上げられないし・・それに、大樹に嫌われたくなかったから・・」
「それで、抱かれたのか。池田に?」
柏木の声は冷え切っているように思えて、蒼には怖かった。どうして、こんな告白話をしてしまったのかと、蒼は後悔しながらも、柏木の気迫に負けて話すしかなかった。
「セックスしたよ・・大樹と」
「池田に嫌われたくなかったから?それって・・愛って言えるのか?お前は池田の事が好きか?」
「・・好き?最初は戸惑ったけど元々俺は女の子と関係を持つつもりはなかったし、池田が俺のことを好いてくれるならそれでいいと思ったんだ。でも、池田って女の子にモテるんだよね。そんな奴がどうして俺なんかと関係を続けるのかと考え出すと、不安になってきちゃって。俺がいなくても、池田になら可愛い恋人ができるはずだしね。きっと、気の迷いだと思ったんだ・・大樹の俺への気持ちは。だから、俺の方から別れを切り出した。まあ、少し揉めたけどね」
柏木は蒼の告白を聞いた後、ため息をつき口を開いた。
「今でも、揉めているだろ?俺のところに電話をよこした池田の声は、お前に未練たらたらって感じだったぞ?まあいい、お前が中途半端な思いで池田と付き合っていたのなら、別れて正解だったかもな。そうだ、実家に俺がお前と同居することを伝えると、池田にも伝わっちまうかもな。あいつなら、実家にTELして、お前の居場所を聞き出しかねないからな」
「それなら心配ないよ。母さんに俺の居場所を誰にも言わないように伝えれば、黙っていてくれるはずだから」
「ほーんと、お前の親ってお前の言いなりなんだな。こういう言い方したら、失礼だけどさ」
「・・両親は俺を産んだことを、後ろめたく思っているからだよ。きっとね」
蒼の言葉はどこか冷ややかで、そして寂しげでもあった。柏木は蒼の気持ちを推し量ることができず、それ以上追及することはできなかった。
「腕、痛いんだけど?」
不意に蒼に言われて、柏木ははっとした。いつの間にか、柏木は蒼の腕を皮膚が白くなるほどきつく握りしめていた。慌てて柏木は手を放すと、蒼に詫びた。
「すまん。痛かったか?」
「痛いから、痛いと言ったんだよ?」
蒼はわずかに頬を膨らませて、今度は柏木を攻撃する態勢に入った。柏木は、自分が蒼の心の触れられたくない部分に無神経にも触れてしまったのだと悟り、早々に降参することにした。
「悪かった。もうこの話はなしだ。池田の話も、親の話も。ところで、お前は、当分ここに住むんだよな?」
「え、そんな事はないよ。いつまでも住んでたら、柏木に迷惑だろうし。さっきも言ったけど、自立するためにも一人暮らしをしたいんだ。もし、しばらくここに置いてもらえるなら、本格的に職を探そうかなと思ってる。それで、ちゃんとした給料がもらえるようになったら、アパートを借りてここを出ていくよ。それまでは、バイト代で間借りの家賃を払うつもりだから」
蒼の言葉を、柏木はさらりと受け流した。
「お前からお金をもらうつもりはねーよ。一応、俺は社会人だしな。これでも、普通のサラリーマンよりかは稼いでるから。つうか、しばらく住むならベッドを買う必要があると思ってさ」
「それなら、ソファをベッド代わりにしたいんだけど、いいかな?ベッドを買ったら邪魔でしょ?このマンション、広いと最初は思ったけど仕事場も兼ねているんだよね?寝室以外の部屋は、本や資料でいっぱいで、ベッドを置くスペースなさそうだったよ?でも、仕事場兼用のリビングにベッドは置けないしさ」
蒼はソファをベッド代わりにすることを提案したが、柏木によってすぐに却下された。
「駄目だ。お前それでなくても、夏場は体調崩しがちだろ?ソファなんかで寝てたら、体ががちがちになっちまうぜ。俺でもソファで寝るのは嫌だ。といって、お前の指摘通り、このマンションってリビングはやたら間取りが広いんだが、ほかの部屋は狭い。今は資料で埋まった状態で、ベッドを置くのはなんぎだ」
「そうだね・・どうしようか?」
蒼がやはりソファで寝ると提案しようとしたとき、それを制するように先に柏木が別の案を提案した。
「寝室のキングサイズのベッド」
「・・・」
「嫌か、蒼?」
蒼は少し困った顔をして返事した。
「つまり、あのキングサイズのベッドに、男二人で寝るって事?」
「まあ、そうなる。」
「俺を・・誘ってる、直人?」
「誘ってほしいのか、蒼?そっち方面で?言っておくが、俺はひたすらに素人だが?」
「女に対してもひたすらに素人だろ」
「そんな事はないぞ!俺だって、彼女ぐらいいたさ。少し前に別れたけどな」
「またまた、見栄をはって。無理するなって」
「いや、マジで彼女いたし。あのキングサイズのベッドで、いいことしてたし!」
柏木がそう言い切ると、蒼はまじまじとそんな彼の顔を見たまま口を開いた。
「女の子と柏木がエッチしてたベッドだと思うと・・」
「興奮するか?」
「あほか。いや、ちょっと気持ち悪いかなと・・」
「お前なぁ!!俺だって蒼が池田とBL関係だったってだけで、相当同じベッドに入るのは勇気がいるんだぞ!何といっても、俺の想像力はたくましいからな。小説家としてのみなぎる才能が、男同士の官能美をこの脳が勝手に再生しちまうんだよ。その気持ちを押し殺して、お前の体調を考えてこの提案をしているんだから素直に応じろ」
柏木にここまで言われては、蒼も応じるしかなかった。実際、あまりお金もないので、ベッドを買うのは気が引けていた。もちろん実家の親に頼めば、何も言わず最高級のベッドを送って寄越すだろうし、柏木にしても蒼がどうしてもと頼めばベッドを購入してくれるだろう。
だが、それでは自立とは程遠いと蒼には思えた。ソファで寝ることも考えたが、確かに夏場はいつも体調を崩し気味の自分を鑑みれば、柏木の提案が妥当のように思われた。
もっとも、大の男が二人で同じベッドで眠るなど一般常識からはかなりかけ離れているようには思えた。だが、柏木も蒼も一般常識からはかなりずれた人間だということで、お互いの気持ちを無理やり納得させた。
その夜、柏木と蒼は初めて同じベッドで一夜を共にした。といっても、もちろん肌を合わせて眠ったわけではない。
それでも、時折寝返りを打つたびに触れ合う肩や手足のぬくもりが、二人の体温をわずかに高めた。柏木も蒼も、『やはり狭いな』などと文句を言いつつ、そのじつ満更でもない寝心地に、いつの間にかスヤスヤと眠りについていた。
朝が来て、二人が抱き合うようにして目覚めた時には、蒼も柏木も顔を真っ赤にしたり青くしたりしながら、触れ合いそうな互いの唇を動かしてつぶやいていた。
「おはよう、蒼」
「おはよう、直人」
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