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1巻
1-2
「営業成績はいいかもしれないけど、あたしにばっかり無理難題を押し付けて……」
「確かにあれはしつこかった。毎回思うけど、自分の仕事の補佐をするのは笙子だけだって周囲に思わせたいんだね」
「付き合ってもいないのに⁉ 沢木さんって二十九歳だっけ? 気になる女性相手に意地悪って、大人の男性がすることじゃないよ」
「うん、わたしもそう思う。……でもさ、今日は沢木さんの件は忘れて、楽しく過ごそうよ」
細身のビールグラスを持った友梨は、再び岸田と乾杯をして冷たいビールを飲んだ。
普通なら飲み過ぎに気を付けるが、茶巾寿司やパクチーとエビのカクテルサラダ、生春巻きなどどれも美味しくて、グラスに口を付けるスピードが速くなっていく。
こうして友梨たちは、閉店の時間が告げられるまで楽しく過ごした。
二人はホテルを出るも、お互いに足取りがあやしい。ふらついては手を取り合い、顔を見合わせてくすくすと笑った。
「足元がふらついてしまうほど飲むなんて……。それぐらい笙子との時間が面白くて、気持ちよく飲んだって証拠だね」
「ふふっ、だね! ……ねえ、今夜はあたしの家に泊まってく? 友梨の足元、危なっかしいし」
岸田の住んでいるマンションは、会社から四十分ほどの場所にあるが、シティホテルからだと、三十分もかからないだろう。一方、友梨は一時間三十分以上かかる。家に着く時間を思うと、ため息が出そうだ。
でも、週末は家の掃除だったり買い物だったり、するべきことがたくさんある。今夜は寄り道しない方がいい。
「ありがとう。だけど、今夜は家に帰る。週末はいろいろしないと。さぼっていた掃除とか……」
友梨の言葉に、岸田が片眉を意味ありげに上げる。
「彼氏がいたら、きちんと掃除するのにね」
「それは……否定できません」
神妙に告白すると、岸田は笑いながら友梨に抱きついた。
「友梨ったら! そういう真正直なところ、本当大好き! ……だけど大丈夫?」
「うん、大丈夫。酔ってるけど、意識はしっかりしてるしね。笙子もわたしと同じように足元がおぼつかないんだから、気を付けてね」
「うん。じゃあ、また来週、会社でね!」
バス停に向かう岸田とそこで別れて、友梨は反対方向の最寄り駅に向かって歩き出した。
真っすぐ歩いているつもりでも、気付けば路肩へ落ちそうになっている。
そんな自分の行動さえもおかしくて、込み上げてくる笑いを抑えられなかった。たまらず手で口元を覆うも、今度は路肩に止められた車の窓ガラスに映る自分の姿にぷっと噴き出してしまう。
緩やかに巻いた長い髪のポニーテールが大きく揺れ、その動きが友梨のツボにハマったためだ。
歩道を歩く人たちがこっそり友梨を窺うが、まったく気にならない。
だって、これがわたしなんだもの! ――と軽く目を伏せた次の瞬間、視界がぐらりと歪んだ。眩暈を起こしたみたいに、視界の周囲が暗闇に覆われていく。
「あっ……」
足を踏ん張るもふらついた体勢を立て直せず、友梨は道路に身を投げ出すようにして倒れ込んだ。
直後、金属製の物体に激しくぶつかってしまう。
「……っ!」
友梨はそこに手を置いて立とうとするが、上手く立ち上がれない。しかも、胸がムカムカするほど気分が悪かった。
それでも意識をはっきりさせるために強く頭を振り、目をしばたく。すると、徐々に視力が戻ってきた。
目に飛び込んできたのは、艶やかに光る黒いボディ。友梨がぶつかった金属製の物体とは、路肩に駐車していた車だったのだ。
無様に道路に突っ伏さなくて良かったと安堵しつつも、膝や手首に痛みを感じる。友梨は呻き声を漏らしてゆっくり立ち上がった。
軽くスカートを持ち、膝頭を覗く。そこは擦れて、血が滲んでいた。
「痛っ……。もう最悪……!」
「ふーん、それはこっちのセリフだ」
背後から聞こえた威圧的な口調に、友梨はビクッとなる。
「いつまでそうしてるつもりだ?」
肌をピリピリさせる圧迫感に身震いしながら、友梨はこの状況を把握しようと視線を彷徨わせた。
その時、車の窓ガラスに映った人影が目に入り、友梨の心臓が跳ね上がる。なんと幾人もの男性が友梨を囲っていたのだ。
何? これってどういうこと……?
友梨は恐る恐る振り返り、強面の男性たちを眺める。そして、一人だけスーツを着ているリーダーらしき男性のところで動きを止めた。
男性は三十代後半ぐらいで、右眉の端に大きな傷がある。鋭い目つきも相まって、より一層恐ろしく見えた。
我知らず顔を強張らせてしまった友梨に気付き、男性があやしい笑みを零す。
「自分が何をしたのかわかってるのかな? 君がつけた傷だ」
顎で指されて車に目を向ける。黒いボディに、白い線がくっきりと入っていた。
もしかして、自分が倒れた際に傷つけてしまった?
震える手で右手に嵌めているファッションリングに触れ、そこをきつく掴む。
「あの、すみませんでした」
「謝るより、弁償してほしいな。でも、君にその金額が払えるのかな。これは――」
男性が車の値段と、修理にはどれぐらいかかるのかを告げた。郊外なら楽に一戸建てが購入できる値段に、友梨は息を呑む。
「それって、ぼったくり――」
途端、男性の瞳に冷酷な光が宿る。まるで一度狙った獲物は決して逃さない、蛇のような目だ。
「ぼったくり? 君が傷つけたのに、弁償もしないと? ……ハッ、ふざけたことを!」
男性が苛立たしげに顔を歪めたと思ったら、傍にいた男性に目配せする。すると、後部座席のドアを開け、そこに友梨を引っ張り入れた。
「ちょっ! ……何をするんですか!」
恐怖から声が震えるが、友梨は通行人にも聞こえるように張り上げた。でも、最後の言葉を言い終えた時には男性が隣に滑り込み、ドアを閉められていた。
エアコンの効いた密室に、二人きりになる。
友梨が生唾をごくりと呑み込むと同時に、男性がシートに手を突いてにじり寄ってきた。後ずさりするも、ここは車内。ほんの少し下がっただけで、背にドアが触れてしまう。
「別に怖がらなくてもいい。詳しく説明するために車内に招いただけだ」
甘く囁いてくるその言葉に不安を抱きながら、友梨は後ろ手にドアノブに触れる。
どうやって車外へ逃げようかとそれとなく外に目をやるが、先ほどの男性たちが各ドアの前に立っているのを見て、手の力が抜けていった。
友梨が逃げるのを防ごうと、ドアの四方を固めているのだ。
ダメだ、逃げられない!
「怯えなくてもいい。俺は〝今〟君を取って食おうとしているんじゃないんだ。しかし、返答によってはどうなるか保証はしないぞ。俺は……慶済会の三和は容赦しない」
男性は腹に一物あるといった面持ちで、友梨の方へ顔を近づける。その行為に不安を覚えつつも、友梨は「……慶済会?」と訊ね返した。
慶済会って、どこかの病院? 何かの団体?
そんなことを考えながら、三和と名乗った男性を凝視していると、彼が狡猾に唇の端を上げた。
「慶済会と言ってもわからないか。知るのは俺たちの世界に属する者、そして警視庁組織犯罪対策部、通称〝組対〟くらいだ」
「……組対?」
組対って、まさか……!
一般人の友梨も、その名称はドラマなどで知っている。
主に暴力団による、銃器や違法薬物の使用、密売買などの犯罪対策を目的とする内部組織の一つ。
そこからマークされる事実や、三和の威張り方、外にいる強面の男性たちから、ようやく彼らの素性がわかった。
友梨は観念するように項垂れた。
ああ、よりにもよって、どうしてヤクザの車を傷つけてしまったのよ!
「こちらとしては、修理代を全額払ってくれさえすれば文句は言わない」
「全額って……絶対に無理です! そんな大金、持ってるわけが――」
「持ってないなら、お前の両親のところへ乗り込むか? 娘のために、退職金の前借り、保険の解約、土地持ちなら売却しろ……と脅せば、早急に用意するだろう」
「やめて! 両親を巻き込まないで! お願い、やめて」
友梨は苦々しく顔を歪め、首を横に振った。
両親は友梨ほど楽観的ではなく、常に周囲に気を配るほど神経質だ。もしヤクザが家に乗り込んだら、娘のしでかしたことを知れば、きっと心痛を通り越して倒れてしまう。
三和の横暴は、絶対に止めなければならない。ならば、友梨がどうにかするしか……
覚悟を決めた友梨は手をぎゅっと握り締め、意思を強く持って顎を上げた。
「わたしが返します。給料のほとんどを渡しますから、両親には――」
「働いて返す? 君はOLだろう? しかも社会人になってまだ一年かそこらに見える。大した稼ぎもない女が、普通にちんたら働いて返せるとでも? 利子を返すだけで何十年とかかる」
「利子⁉ そんな話は聞いていません!」
瞬間、三和が友梨の顔の傍のシートを激しく叩いた。
その音にビクッとして躯を縮こまらせ、友梨は三和を凝視した。
「こっちは慈善事業をする気はないんだよ、お嬢さん。さっさと返済してくれたらそれでいいんだ。親を頼らないなら、こちらが指定する場で働いてもらおうか」
「えっ?」
「俺も鬼じゃない……。性感セラピスト、デリヘル、ソープ、好きなのを選ばせてやる」
突きつけられた仕事に、友梨は唖然となる。
どれも風俗ではないか。不特定多数を相手に躯を使うなんて、絶対にできない。
「わたし、選べません! それだけは……」
「だったら、キャバクラで手を打とう。ナンバースリーまでに入れば、風俗ぐらいは稼げる」
キャバ嬢? このわたしが⁉ ――そう思った途端、こんな状況にもかかわらず不意に苦笑いが込み上げてきた。
上司や先輩に気持ちよく仕事をしてもらおうとしても、逆に気を利かせ過ぎて失敗してしまうのに?
友梨はそのことを伝えようとするが、三和の顔からみるみるうちに表情が消えるのを見て、出かかった言葉を呑み込んだ。
どうも三和を嘲笑ったと勘違いしたみたいだ。
もしこんな状況でキャバ嬢も無理だと言ったら、問答無用で風俗に連れて行かれる。それならば、ここは神妙に頷いた方がいい。
たとえ、友梨の望む道ではないとしても……
しかし、三和にやられっ放しでいるのが嫌な友梨は、彼に挑むような目を向けた。
「だったら、きちんとした書類を作ってください。本当に修理費がその金額になるのか、利子はいくらになるのかを明確に。納得がいけば……キャバクラで働き、給料の全額を弁償にあてます」
「ヤクザに難癖をつけるのか⁉ あまり、調子に乗るなよ」
凄まれて、友梨の口腔に生唾が湧き出てくる。
このまま逃げ出したい衝動に駆られるが、ここで背を向ければ三和の言いなりになってしまう。決して、操り人形になる道を進んではいけない。
友梨は怯まず、挑戦するように姿勢を正した。
「返済してほしいのでしょう? 働くと言ってるんですから、保険を求めるぐらい許してくれてもいいじゃないですか」
「この女、いい度胸をしてる……! だが、書類を作るだけで弁償してくれるならそうしよう」
直後、三和がにやりとした。含みを持たせたその笑い方に、友梨の背筋がぞくりとするが、それに負けじと彼を見返す。
自分の尻拭いは自分でする。お父さんたちには絶対に迷惑をかけない! ――そう言い聞かせるものの、やはり心のどこかでは、不安でならなかった。
そうして数日後、友梨は三和から契約書を受け取った。そこに書かれた内容には承服しかねる部分がいくつも見受けられたものの、正規のディーラーが見積もった金額に異を唱えられない。
全てを受け入れた友梨は、判を捺したのだった。
***
友梨は嘘偽りなく、三和と出会った経緯を洗いざらい話した。
「地方に住む両親には、絶対に迷惑をかけたくないので、全部自分で決めました。わたしは借金を返すために、紹介してもらったキャバクラで働いている。それだけです」
話し終えた友梨は、一度も口を挟まずに聞いてくれていた久世に視線を戻す。
きっと呆れ返った表情をしているに違いないと思ったのに、なんと久世はおかしそうに笑い、それを必死に堪えていた。
その様子を目の当たりにして、友梨はきょとんとする。
「何がおかしいんですか?」
「いや……、いろいろ突っ込みどころが多過ぎて。一方で――」
久世が不意に目線を上げ、精気漲る双眸で友梨を射貫いた。
突如、友梨の腰が抜けそうになるほど甘怠くなり、下腹部の深奥に熱が集中して痺れるような感覚に囚われる。
「よくやった。脅してくるヤクザに、一般市民の君がそこまで自分を保てるとは驚きだ! まあ、意のままに手のひらの上で転がされてはいるが、自分の力で立ち向かったその心意気は感心する」
褒められてる? それとも……貶されている?
妙に早鐘を打つ心音が気になるも、友梨は久世を横目で睨み付けた。
「もうこれでいいですか? 早く家に帰って休みたいんですけど」
「慶済会と繋がりのある君を、この状態ですんなり帰すと? ここで働かせると?」
久世がからかうような目つきをする。
友梨は目を見開くが、久世は気にせず椅子に凭れて腕を組んだ。
「君の要求は呑めない」
「普通にキャバ嬢として働いているだけなのに? 問題を起こしてはいないのに⁉」
「今は何も起こっていない。だが慶済会がわざわざ真洞会と繋がりのある〝Avehasard〟に君を寄越したのには理由があるはず」
「ただここで働かせたかったのでは? お給料がいいとか……。だって三和さんがわたしに求めたのは、借金の返済だけだもの!」
「金、ね……」
久世はボソッと呟き、デスクに手を伸ばす。友梨の履歴書が入ったファイルを手元に引き寄せ、それを見ながら思わせ振りに何度も指で叩いた。
「須崎友梨……か」
しばらくして友梨の名前を口にした久世は、さっと彼女を見る。
「三和の借金、俺が全額立て替えてもいい」
「えっ⁉」
どうしていきなりそういう話を? 久世が友梨の借金を立て替えて、いったいどんな得が⁉
友梨が驚くと、久世の瞳に秘密めいた光が宿る。
「ヤクザへの借りは、想像以上に高くつく。だが、俺なら……ゼロにしてやれる」
久世の物言いに不安を覚えるが、彼はそれ以上口を開かない。まじろぎもせず黙っている。
友梨も久世に対抗して口籠もるが、ものの十数秒で降参してしまった。
「その見返りは?」
駆け引きを好まない友梨は、率直に訊ねた。
途端、久世が目を伏せる。そうしながらも、彼は嬉しそうに頬を緩めた。
「見返り?」
「そうです。そこまでして大金を立て替えるオーナーの気持ちが理解できない。わたしが返済する相手が三和さんからオーナーに代わるだけでしょう? ……そうすることで、いったいあなたにどんな利益があるんですか?」
「俺の利……ね。そういう風に頭が切れる女は好きだ。余計な話などせず、本題に突き進める」
やっぱり裏があったのだ。
久世はヤクザではないが真洞会と繋がりがあり、その真洞会は慶済会と敵対関係にある。普通なら争いを避けるはずだ。わざわざそこに波風を立てる真似などしない。
でもそうするからには、久世にとって何か利があるのだろう。
もしかして、三和が取った行動を逆手に取り、友梨に慶済会と関係のあるキャバクラへ乗り込ませ、向こうの経営状況を調べろとか?
考えれば考えるほど、頭が痛くなってきた。
久世の駒として使われるぐらいなら、現状のままでいい。
「ご厚意は有り難いんですが――」
「俺個人と契約を結ばないか?」
断ろうとした刹那、久世に言葉を遮られる。
友梨は苦々しく顔を歪め、もう一度そんな気はないと態度で示そうとする。しかし、久世はそれを遮るように勢いよくファイルを閉じた。
「俺と契約を結べば、慶済会と手を切れる。その上、キャバクラで働く必要はない。いい話だとは思わないか?」
「……え?」
働く必要はない? だったら、どうやって立て替えてもらうお金を返済していけばいいと?
呆然となる友梨に、久世が軽く口元をほころばす。
一瞬、久世の情に満ちた表情にほだされそうになるが、彼の双眸に宿る強い意志を見て、友梨は緩みそうになっていた気を引き締めた。
「立て替えてもらったとしても、わたしが働かないとお金を返せませんが」
「だから、俺と個人的な契約を結ばないかと提案してる。暴力団と手を切れる。クラブで不特定多数の男たちに媚びを売る必要はない。会社の仕事にも差し支えない……」
「上手い話には裏があると言いますけど……」
友梨が言い返すと、久世が大声で笑い出した。
「慈善事業じゃないんだ。裏があって当然だろう? だが、お互いに利があると踏み、この話を持ち出した。もし断るなら、慶済会と関係のある君を、さっさと店から放り出す」
「わたしを放り出す?」
そうなれば、三和にまた別のキャバクラを紹介される。もしかしたら友梨に難癖をつけ、今度は風俗嬢として働けと脅される可能性も考えられる。
わたしにとって、どれがいい道なの? 慶済会との付き合い? それともオーナーとの個人的な契約? ――と考えるが、友梨にとって一番いいのは後者だという声が、もう頭の中で響いていた。
「わたしは、オーナーと新しい契約を結ぶしかないってこと?」
「それは君次第だ。イエスなら俺と新たな契約を、ノーなら早急に出ていってもらう!」
友梨は唇を引き結びながら目を閉じるも、すぐに久世に意識を戻した。
「その新たな契約って?」
「俺と愛人契約を……」
「はあ⁉」
うっかり大きな声を上げてしまう。
久世はそうなるのを予想していたのか、楽しげにふっと頬を緩め、椅子から立ち上がった。百八十センチはゆうにある背の高い久世が、デスクを回って近寄ってくる。
友梨は引き寄せられるように、久世の姿を目で追った。
「もちろん、拒否権は君にある――」
久世はそう告げたあと、まずは借金の返済について話し始めた。
暴力団と縁を切るために、利息も含めて全て久世が肩代わりする。でも借金は彼に移り、友梨は彼に返済することになるという。しかも返済するのはお金ではなく、愛人として彼に尽くすことだった。加えて、都心に住む彼の家で同棲しなければならない。
その話に唖然とする友梨に見向きもせず、久世が「まず、契約金として借金の三分の一は返済したことにする」と口にした。続いて、一ヶ月ごとに返済にあてられる金額を提示したあと、愛人として久世の求めに応じた際にボーナスを支払うと言った。
「それって、わたしに躯を売れと?」
「無理強いはしない。だからボーナスと言っただろう? ただ月に四回は必ずセックスに応じてもらう」
「月四回⁉」
生々しい発言に声を荒らげる友梨に、久世は片眉を上げる。
これでも少ないと言いたげな目つきに、友梨の躯は火が点いたように熱くなっていく。たまらず躯の脇で手を握り締め、唇を引き結んだ。
「契約以上の行為を求める時は、さらにボーナスを上乗せしよう。そうすれば、借金の額も減り、俺との縁も早く切れる。君にとっていいことずくめでは? ああ、愛人契約を結んでいる最中は、君以外の女性と関係は持たないと約束する。その代わり、君も貞節を守り、俺の唯一の女性だと振る舞ってほしい」
まるで取引先と交渉するかのように、久世は淡々と契約内容を口にしていった。
本当に友梨と愛人契約を結びたいと思っているのだろうか。
久世の真意を測りたくて、友梨は久世を凝視した。
第一印象のとおり、久世は周囲の者を屈服させる覇気の持ち主だ。精気も漲っている。こんなにも男らしい人に見つめられたら、どんな美女も虜になってしまうに違いない。
滅多に男性に心を動かされない友梨でさえ、久世と目を合わせるうちに奥深い部分を刺激された。
だからこそ、何故友梨を愛人として傍に置きたがるのか不思議でならない。
いや、こういう男性だからこそ、契約で意のままに動かせる、都合のいい愛人が傍にいればいいのだろう。求めるのは、心を通わせる恋人ではない。躯の関係のみを享受できる愛人なのだ。
でも何故、その愛人を友梨に?
「以上だ。質問は?」
「どうしてわたしに白羽の矢を?」
率直に告げると、久世が距離を縮めてきた。手を上げたと思ったら、友梨の顎に触れ、彼を見上げるように促される。
徐々に顔を下げてくる久世に目を剥くも、決して彼から意識を逸らさない。すると、彼の視線がこれ見よがしに友梨の唇に落ちた。
途端、胸の奥がざわめき、下腹部の深奥に熱が集中し始めた。躯の反応に感情を抑えられず、唇がかすかに震える。
すると、久世が頬を緩ませた。
「君の気概を買ったんだ。ヤクザ相手に立ち向かう、その強い気持ちをね。君なら、俺の傍にいても困難を乗り越えられる。そして、決して契約以上を俺に求めはしない」
契約以上? いったい友梨が何を求めるというのだろうか。
不思議に思いながらも、友梨は久世の目を見返した。
「いい話だと思うが? 慶済会との縁は切れ、会社に夜の仕事をしているとバレない。君は俺と付き合えばいいだけ。……さあ、どうする?」
「少し、考えさせて――」
「今だ。考える時間は与えない。俺との愛人契約を結ぶか、それとも〝Avehasard〟をクビになり、三和のもとへ戻るか、好きな方を選ぶんだな」
卑怯だ。前者しか選べなくするなんて!
とはいえ、それが友梨にとって一番いい方法なのはわかっていた。どちらも身は危ういが、久世に頼る方がマシだと感じてしまう。
何故そう思うのだろうか。久世だって暴力団と無関係とは言えないのに。彼の方が三和より誠実な態度を取るから?
どうすればいいのか、心はもう決まっている。でも気持ちが振り子のように揺れ、なかなか勇気が出ない。
顔を歪めた友梨は、喉の奥から声を振り絞った。
「……強引ですね」
「それが俺だ。俺と契約を結ぶなら、こういう俺も知っておくべきだな」
決して怯まない強気な口調を受け、友梨は久世と目を合わせる。
久世は面白がってはいるが、友梨を見る双眸は真剣で、そこに彼の実直な部分が見えた。
三和にはない、相手と向き合おうとする久世の真摯な姿勢を目の当たりにした途端、揺らいでいた心の振り子がぴたりと止まる。
友梨の覚悟がようやくできた瞬間だった。
「さあ、聞かせてもらおうか。俺か、慶済会か……」
「あなたと契約を結びます。その代わり、きちんと契約書を――」
「ああ、作ろう。君に話したままのとおりを。だが、まずは仮契約を……」
そう言うと、久世が顔を傾けて友梨の唇を塞いだ。
いきなりの口づけに、友梨は目を見張る。
柔らかな唇をついばまれ、いやらしくそこを濡れた舌で舐められた。たったそれだけで尾てい骨のあたりに甘い疼きが走り、そのまま腰砕けになりそうになる。
や、やめて! ――そう声を張り上げたいのに、言葉が喉の奥に引っ掛かって出てこない。躯さえも自由に動かせなかった。
友梨がかすかに身震いした時、久世が名残惜しげに唇を甘噛みしてから顔を離した。
「これで仮契約は成立だ」
友梨の唇の上で、久世が囁く。それが切っ掛けとなり、友梨は彼の傍から素早く離れ、唇を手の甲で覆った。
「キ、キスもボーナスに入れてください!」
自分の身に湧き起こった感情を消すように叫ぶ。すると久世がおかしそうに笑い、その言葉は受け付けないとばかりに頭を振った。
「こんなのはキスのうちに入らない。いずれ、それを教えてやろう」
友梨は腹立たしまぎれに唇をごしごし拭ったあと、久世に背を向ける。
「もういいですよね。じゃ、帰ります!」
「今日のところはそういう反応でも構わないが、契約書にサインしたあとは、必ず俺の愛人として振る舞うこと。もし反抗したら……借金は減らないからな。……友梨」
容赦のない言葉に、友梨はドアノブに触れながら肩越しに振り返った。
契約も交わしていないのに、もう呼び捨てにするなんて!
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王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。