婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam

文字の大きさ
6 / 15

転:たった一つの栄光

しおりを挟む
 (そう……私は進まなくちゃいけない。)
金銀財宝に囲まれた部屋で、一人になったフィアルの顔に決意の色が宿る。首に掛けられたマガタマが、フィアルの胸元で輝いている。神剣クサナギは、この手の中にある。カガミは無いが、シンが何かをしているのなら、最初からフィアルにはどうしようもない。
 三種の神器が一つ欠けているので、ヤマタノオロチの全ての頭……八柱の全てを喚ぶ『八竜召喚』は不可能だ。
だが、一柱なら喚べる様である。不安定なので、どの頭である龍が出てくるかは分からない。先程消えたオロチだけは除外されているだろうが……
 立ち止まっている暇は無い。こんな事では、またオロチが心配して出て来てしまうかもしれないから……

 意を決したフィアルは、クサナギを鞘から抜き放ち、天に向かって孤を描いた。
すると剣先が光の軌跡を残し、魔法陣となって柔らかな光を放ち始める……やがてフィアルの頭上にある魔法陣から、段々と人間の男の足が降りて来た。

 

 全ての身体が顕現し終わると、現れた男は紅の髪をなびかせ、フィアルを見下ろす高身長に和風の袴姿をしていた。体格は細身だが、鍛えられていて隙が無い。「精悍」の言葉が似合う、キリッとした目元の青年である。文句無しに美形と言っていいだろう。

「久しぶりね、『カガチ』」

「そうか?まぁ人間にとって5年は長いか……久しぶりだなフィー」

フィアルをフィーと愛称で呼ぶ、カガチと呼ばれた男。名を『火牙蛇』と言い、その名の通り火を司る龍。彼もヤマタノオロチの頭の一柱である。

「でも困ったわね……カガチじゃ、向いてないわ」

「おいおい、呼び出しといてご挨拶だな!他の奴と代わってやるから誰がいいんだよッ!?『ミズチ』か、『ダイチ』か?」

「ごめんなさい、そうじゃないの……ただ、今からこの城を出るのよ。カガチじゃ、隠密行動には向いてないでしょう?」

「あっ!?舐めんな。女一人逃がす位、ヨユーだっつーの!」

 言葉はぶっきらぼうだが、フィアルを思い、フィアルを守ると言ってくれているのはオロチと変わらない。オロチが祖父なら、カガチは兄の様な存在。確かに女一人を逃がすなど、彼にとっては造作もない事だろう。だが、フィアルは誰にも気付かれずに城を出たいのである。
 その点オロチと違い、カガチは火を司っている龍である所為か、幾分……否、かなり攻撃的な性格なのである。こそこそと隠れて城を出る性格では結してないし、能力も隠密ではなく殲滅や撃破と言った事の方が得意なのであった。
 このままではフィアルが見つかってしまえば、バーミンガム城が焼け野原になってしまう。



(どうか誰にも見つかりませんように……)
 と、願うフィアルであった……が、その想いは宝物庫を出た瞬間、早くも崩れ去った。

「これはこれは側妃殿下……宝物庫に一体、何の御用件でしたかな?」

 宝物庫の扉を開けると、そこにはマギュガス侯爵が一人、短い足でふんぞり返って待ち構えていた。宝物庫警備の者から連絡でも受けたのであろう。フィアルは頭を抱えた……己の不幸と、マギュガスの不運に。

「何だコイツ?ブッ飛ばしていいのか、フィー?」

 早速、フィアルの後ろから出てきたカガチが、拳で解決しようと確認を取ってくる……このままでは煮ても焼いても食べられないたこ焼きの出来上がりだ。

「なんと!?側妃になられたその日の内に男と密会するとは……噂は本当の様ですなぁ」

「あん?何なのこのハゲ。小さいのに、やたら態度デケーのな」

「は……禿げだと!この高貴なる私に向かって……言ってはならん事をっ!!」

「ああ、気にしてたのか。悪かったな、ハゲ」

「き、キサマーーーーっ!!!」

 下碑た顔で嘲笑っていたマギュガスは、カガチの口撃こうげきに瞬間湯沸かし器の如く怒りを沸騰させた。
これがカガチの素であり、思ったことをそのまま口にしてしまうのである。フィアルの嬉しくない予想が的中してしまいそうだ……もっとも、カガチの炎であれば、人間なぞ消し炭すら残らない。たこ焼きが出来上がりはしないだろうが……死人を出したくはない。
 そう想うフィアルが、カガチとマギュガスの間に割って入ると

「間男を庇うか、不貞の売女め!高貴なる~、我が栄光の~、剣のサビにしてくれるわ~、雌豚め~!!」

 怒りで我を忘れたマギュガスには、側妃であろうと勝手に無礼討ちする権利など無いことも、フィアルが本当は己を庇っている事も理解出来ていなかった。
 唯、へっぴり腰でドタバタとした足裁きのせいで、やたらと語尾の長い台詞になっているし、手に持った剣をブンブンと振り回しては今にもスッポ抜けそうだ。『神剣であるクサナギを抜くのも馬鹿らしい腕前』がフィアルのマギュガスの剣に対する評価であった。素手で充分に制圧出来る……




「豚は貴様だ、醜い禿げ蛸め!」

 のだが、フィアルは手を上げる必要すら無かった。マギュガスは、背中側から後頭部を一撃で打ちのめされ、泡を噴いて気絶したからだ。カガチはフィアルの背後にいるので彼ではない。
 マギュガスを気絶させたのは……鎧兜の兵士であった。近衛騎士の鎧はマギュガスの配下である事を示す。
『無能な上官は背中から撃たれる』と戦場では言うが……ここは戦場では無く、宝物庫前の廊下だ。

 フィアルが訳も分からず固まっていると、鎧兜の兵士が兜を脱いで、その素顔をフィアルに晒した。
金の頭髪、その分け目から見える眉間には大きな傷跡があるが、目鼻立ちは整っている。印象としてはまだ童顔で、少年の顔立ちをした年頃の兵士に……フィアルは見覚えがあった。少年兵士はフィアルに見られている事に気付き、フィアルに向けて臣下の礼をとる為、跪いた。

「出過ぎた真似、お許しください。フィアル殿下へ刃を向ける不心得者に、我慢が出来ませんでした!」

 謝罪を述べているが、悪い事をしたという気持ちは一切感じられない。清々しささえ感じられる声は、少年から男へと声変わり終えた頃特有の若々しさに溢れていた。それ故に、眉間の傷跡が痛々しい。
 この少年をフィアルが忘れられるはずがない。彼の傷は自分の所為なのだから……

 




 アルマダ・バーミンガムは、執念深い女であった。正妃の座に関する事に対しては特に……一度決まった順番を覆すには、それ相応の正当な理由が必要だ。
 例えば、正妃に相応しくない者がその座に就いてたり、側妃の方が正妃として相応しいと周囲に認められた場合等である。だが、フィアルは正妃として相応しい美貌と教養を持ち合わせており、周囲の者はジェリドと、その取り巻き以外、アルマダを正妃として相応しいとは認めなかった。

 正当な理由では、アルマダは正妃に成れなかったのである。では、どうすればいいのか?方法は二つあった……
 一つは王太子の子供を、フィアルよりも早く身篭もる事。妃にとって、次代を産む……特に世継ぎである男子を授かる事は、第一の偉業である。
 例え側妃が産んだ子でも、正妃が育てるのが一般的だが、『子を産んだ事のない女に、我が子を預ける訳にはいかない』など、理由は幾らでもこじつける事が出来た。

 先を越される訳にはいかないアルマダは、ジェリドに一切フィアルへと近づく事を許さなかった。フィアルは結婚式の式場以来、5年間ジェリドを見ていない。アルマダの執念深さは闇よりも深い事が、想像に難くない逸話である。
 もっと早くアルマダが孕んでいれば、フィアルが篭の鳥だった時間は短かったであろう。だが、ジェリドとアルマダの間に、長らく子は出来なかった。5年目にして、やっと初子が出来たのであるから。

 その間、アルマダは焦っていた。元より手段を選ぶ様な女ではない。なので、二つ目の方法を画策する。結果的には、それも失敗し続けるのだが……
 その方法とは、フィアルの暗殺である。死亡してしまえば、現世の座に留まる事は出来ない。アルマダの刺客は、常にフィアルを襲い続けた。この少年兵は、その最初の犠牲者である。
 フィアルにも油断があった……フィアルとオロチの前に、刺客なぞ問題では無かった。だが、彼女の周囲はそうではなかった。刺客の凶刃が、今よりも少年だった兵士の眉間を抉った時、その事実に気付いたのである。少年は名前を……

「身を挺しての護衛、大義であった。腕を上げましたね、御見事です。シリウス……」

 シリウス・バーミリオンと言う。名字の通り、バーミンガム家に連なる家系の者だが……年若い彼を、常に狙われている正妃の護衛に付けていた辺り、彼もまた命を狙われている者であった。そんな簡単な事に気付かないフィアルでは無かった。しかし、味方はオロチ以外居らず、周りは敵だらけの日々の中、フィアルの心はゆっくりと腐り果てようとしていた。
 そんなフィアルを幼い身体で、身を挺しての盾となったのが小さき勇者『シリウス・バーミリオン』だったのである。

『この城ではオロチ以外、誰も味方なんか居ない』……そうでは無かった事に気付かせてくれたのが彼だった。だが少年の傷は深く、フィアルの癒やしの魔法では完全に治す事は出来なかった。シリウスが生死の間を何日も彷徨ったのも、未熟な自分の所為であると……その間、フィアルも寝ずに何日も徹夜でシリウスを看病したのだが、フィアルの自責の念は晴れなかった。それは今でも残る、彼の眉間の傷痕の如く……

「ハッ!お褒めに預かり恐悦至極!変わらぬ忠誠を貴女様に!」

 だが、そんな自分にシリウスは騎士の誓いを捧げてくれる。真っ直ぐな瞳で……

しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄ありがとう!と笑ったら、元婚約者が泣きながら復縁を迫ってきました

ほーみ
恋愛
「――婚約を破棄する!」  大広間に響いたその宣告は、きっと誰もが予想していたことだったのだろう。  けれど、当事者である私――エリス・ローレンツの胸の内には、不思議なほどの安堵しかなかった。  王太子殿下であるレオンハルト様に、婚約を破棄される。  婚約者として彼に尽くした八年間の努力は、彼のたった一言で終わった。  だが、私の唇からこぼれたのは悲鳴でも涙でもなく――。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました

珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。 なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。

「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです

ほーみ
恋愛
 「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」  その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。  ──王都の学園で、私は彼と出会った。  彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。  貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...