婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam

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ハッピーエンドで結の結 

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「真龍!お前何考えてんだ!?」

「そうよ!何、勝手にフィーと別れようとしてる訳!?」

「ホント、呆れた首領ねぇ……惚れた女を引き留める甲斐性もないのかしら……幻滅だわぁ」

「ワシはこん状況にげんなりばい……(私はこの状況に辟易しています)」

 現れたのはカガチ、フウ、ミズチの精神体。それらに叩き起こされる形になったダイチが、寝起きの頭を掻いている。見た目は天使だが、相変わらず仕草はおっさん臭い。

「ばってん真龍、出て来れん奴等の代弁やけっど総じて『盟約の終結は断固反対!』ばい。勿論、ワシもやっど。(ですが真龍、この場に居ないオロチ、コクリュウ、ハクリュウの代弁ですが皆、盟約の終結は断固反対!でした。勿論、私もです)」

 その可愛らしい声から語られるアンバランスな方言で、普段は調停者として己の意志を潜めるダイチが、ハッキリと自分の意見を述べていた。つまりそれは調停者の役割に徹する必要が無い事、ヤマタノオロチ全員の総意であるという事を、言葉と共に二重で告げていた。
 それを口にしたダイチの顔は真剣そのもので、幼い少年の顔に老獪な迫力を宿したアンバランスさも持ち合わせていた。

「当たり前だろう、俺だって首領だ。それ位、言われなくても分かっているさ。そもそも俺がフィアルと別れるはずないだろう?」

 しかし他のヤマタノオロチ達から詰め寄られているシンは、どこまでも冷静にその穏やかな微笑を崩さない。それどころか、どこかその笑みの中に暗く陰謀めいた知性の影を宿している。
 こんな時のシンは決まって容赦なくフィアルに迫って来る時だと、今までの経験からフィアルの警戒心がアラームを鳴らし始めた。……そう、これは良くない。非常に良くない……と、第六感が告げている。

「……シン?でも、このマガタマを返したら……私達、永遠にお別れなんだよ?」

「そうだ!それに元首領って、一体どういう事だ!?お前まさか……」

「ああ、まずはフィアルの質問から答えるとしようか……」

 シン以外のこの場に居るヤマタノオロチ達や、フィアルの動揺を余所に、シンはどこまでも冷静にゆっくりと語りだした。





「まず、フィアル。神器は三種であって、『ツルギ』と『マガタマ』だけじゃ足りないから当然、盟約の破棄は履行されないよな?」

「えっ……でも、『カガミ』はシンが……」

「……さぁ?何の事だ?」

「そんなっ……受け取るって……狡いっ!」

「知らなかったのか?大人も蛇も狡賢い生き物なんだぞ」

 騙された!そうフィアルが気付いても、シンは澄ました顔で目を反らしている。
 私の必死の決意は何だったのか……耐えがたい涙は何だったのか……こっちは真剣そのものだったのに。しかも、こんな子供の言い訳みたいな手口で……仮にも誇り高き龍王たる者が!と、シンへと恨みがましい目を向けるも、当のシンは涼しい顔だ。
 どれだけ頑張っても『釈迦の掌』、『シンの思惑通り』だったようだ。5年間、必死に耐えて頑張ってきたのに……少しは成長しても、まだまだ足りないという事なのか……惨めで無力な自分が、余計にちっぽけなものに感じられてしまう。

「シンのバカ!私がどんな気持ちで神器を返したのか、どんな気持ちで決意したのかも知らないで!バカバカバカ大っ嫌い!!」

「ああ、そうだな。だから俺からも謝らなきゃいけないって言ってただろう?本当にすまない……でもなフィアル。例え、お前にどう思われようと……俺はお前と離れたくない。俺の勝手な都合で、お前を傷つけていると分かった上でもだ。お前と一緒にいたい……この気持ちは、どれだけ年月を重ねようと変わることのない想いだからな」

「シン……」

 そう言ったシンの眼差しから感じられる意志の輝きが、フィアルから言葉を奪ってしまう。この瞳の前ではフィアルはいつも無力だ。どれだけ怒っていても、簡単に許してしまう。本来ならば、許しを請うのは自分であるべきはずなのに……いつも、いつの間にか、フィアルは優しさに包まれてしまう。
 だから傲慢な自分が勘違いしてしまうんだ……自分は特別なんじゃないかと、シンの優しさの海で溺れてしまう。それはいけない事だと分かっていても、抗う事が出来ない。どれだけ本心と正反対の事を口で言っても、自分を騙す事は出来ない様に……



「それにカガミの件だが……こっちはカガチ達の質問への答えでもあるんだが……最初に謝っておく、スマン!」

「あんらぁ?アンタが頭を下げるなんてよっぽどねぇ?一体何をしでかしたって言うのかしらぁ?」

 これ以上シンへの追求が出来ないフィアルを見守りながらも、シンはミズチ達への謝罪を始める。しかし珍しくシンが言いよどんでいる。
 深々と頭を下げるシンが、フィアルから目を離す。それが如何に珍しい事であるかは、ミズチの言うとおりである。王が自ら非を認めるなど余程の事があったとしても、あってはならない事なのだから。
 そう、つまりは……

「自分で元だと言った通り、俺はもう龍王じゃない。というか、既にヤマタノオロチでもないんだ……呼び掛けにも応えない事があっただろうと思うが、そう言うことだ。スマンな!」

「えっ!?ちょっと待ってよ真龍!それってつまり……」

「ああ、そのつまりだ……俺は……転生した!」

「な、何ですってーーっ!て、ことはアンタ……『寄り代』はどうしたのよ!?」

「それはだな!都合の良いことに俺に契約を持ち掛けて来た奴がいてだな……」

「それも気になるが、真龍。この事は先代オロチも知っているのか?」

「礼儀の問題だからな、断りは入れたさ。受け入れられてはいないがな……」

 既に王ではないという事。どころか既に神の座からは降りていると、ぬけぬけと言い放ったシンへと、フウが、ミズチが、カガチが追求を始めてまくし立てる。喧々囂々けんけんごうごうと言葉が飛び交う中、ダイチだけは我関せずで、再び寝息を立て始めているが……それを見守るフィアルや、シェリオン家の面々、その家臣一堂は話が見えず、場に入れない。

「でも、アンタが抜けても王の座を巡る争いが起きていないって事は、暫定的に先代がその座に戻ったって事でしょ……あの爺も、知ってて黙認したって事よね……まぁいいわ、後で問い詰めるとして……んで、アンタってば誰と契約したのよ?」

「アルマダ」

「はぁ!?」

「アルマダ・フランチェスカ……今はアルマダ・バーミンガムか?どうでもいいな、そんな事は」

「どうでもいいけど、どうでもよくない事があるわよぉ!アンタ、何であの性悪陰険女と盟約交わしてんのよ!気でも狂った訳ぇ!?」

「いやなに、あの女の執念が凄まじくてな……宝物庫に置かれていたカガミの前でブツブツ怨念めいた言葉を唱えていたから、つい……」

「確かに俺達、長い時間を生きた者達にとって、人の感情は眩しくも暗くも写る、興味惹かれて止まない物だが……だからって、フィアルの敵と盟約を結ぶってお前……」

「そうよ!これでフィーが酷い目に遭ったら、盟約に違反してでも転生した真龍を草の根分けて探し出して、私が許さないんだから!!」

「安心しろ、俺がそんな盟約を結ぶはずがないだろ。俺にとっても、あの女にとっても、そして……フィアルにとっても、好いことづくめの盟約を交わしたに決まっている」

「「……ああね、そういう事……」」

「ちょっと、カガチもミズチも勝手に納得しないでよ!つまりはどういう事なのよ!?」

 語尾は違えど、納得の言葉を綴る男達と違って、まだ納得のいかないフウが抗議の声を上げる。唐突に名前の出てきたフィアルもフウと同じ顔だ。それを察しているカガチが言葉を続ける

「あの女……アルマダは子供、特に男子を授かる事を熱望していた。そして真龍は寄り代が欲しかった。後は分かるな?」

「えっ、それって……真龍ってばあの性悪陰険業突泥棒糞女の子供に成っちゃったって事!?」

「なんか色々文言が増えているが、そういう事だ。だが、カザツチ。女の子が糞とかいう言葉を使うのは感心しないな。確かにあの女は糞だが」

 驚きの声を上げるも可愛い顔で酷い言葉を吐くフウを尻目に、神秘的な美形であるがやっぱり酷い言葉を吐くシンがしれっとたしなめた。

「カザツチって呼ぶなぁっ!フウって呼んでよ!」

「そう言うな……ダイチのお陰で赤子の精神からでも、こうやって会話が出来ているんだ。もうやがて俺は完全に人になる。こうして話せるのは、これが最後だからな……フィアルを頼んだぞ、カザツチ」

「もう……そのお願いを私が拒否出来る訳ないじゃない。分かったわよ……勝手に人間でも赤ん坊にでもなっちゃえば!」

「すまんな、『フウ』。俺の次の首になる者が産まれて来た時は、お姉さんだな……」

「ふんっ!心配しなくても私は大丈夫よ!フィーも、その子も、全員私に任せなさい!」

「ああ……世話を掛けるな」

「ちょっと待って、シン!」

 ヤマタノオロチ達の話し合いは終わった様だが、納得の出来ていない者はまだいる。フィアルの声に、再びシンの目がフィアルへと向けられた。複雑な表情のフィアルに対し、シンの顔は晴れ晴れとして曇りがない。全能の龍から、不便で短命な人の身へと転生したというのに……





「つまりシンは……私をバーミンガムから解放する為に人間になったの?私の為に……」

 フィアルが今ここに居る、ここに戻れた理由。それはフィアルが正妃で居る理由が無くなったからだ……
 タイミングよくレイガルドが成人して、後見人が必要無くなった年。タイミングよく世継ぎが産まれて、フィアルは正妃で居られなくなった。オロチに焚きつけられたとは言え、側妃の道を選ばないですんだのも……全てはシンの思惑通りなのか?だが、それは余りにもフィアルにとって耐え難い事実であった。

「それは違うな。確かにある程度、予測は出来ていたが……フィアルが自分の意志で、自分への戒めを解いたのは変わらない。そして俺は俺の意志で、人への転生を望んだ。先代がそれを利用したって所だな。どうりで黙認してくれた訳だ、流石だな……」

「誤魔化さないで!シンが人間になる理由なんてないじゃない!私の所為で、またシンが傷ついて……それも取り返しのつかない!こうなる前に盟約を破棄しなきゃいけなかったのに!私の所為で……っ!」

「誤魔化しじゃない!理由ならある!俺達、悠久の時を生きる者達にとって……例え永遠を誓っても、いつか別れの時は必ずやって来る。この世には、『永遠』も『絶対』もないからだ!それは俺達、『まつろわぬ者』といえど例外じゃない。どんな者にも終わりの時は来る。それだけが唯一の『絶対』と言えるかもしれない程にな……俺達の最期がどうなるか……前に話しただろう?」

「……『永遠の肉体に精神が耐えられなくなり、やがて自ら死を望む。』」

「そうだ。だが肉体は不死だから、首を落として……精神だけを切り落として生き長らえていく。それが一つの身体に八つの意志を持つ、『ヤマタノオロチ』の『限りはあるが、キリが無い永遠』への対抗策だ。だから俺達は強い意志を持つ者に惹かれる。自分が死を望んだ時、自分に死をもたらしてくれるかもしれない強さの可能性を秘めた者にな」

「でも、それが人間になる理由にはっ!」

「まだ俺に言わせる気か、フィアル?もしお前がこれからも年を重ね、天寿を全うした時……残された俺はどうなる?女々しい事だと分かってはいるが、俺はそれに耐えられる自信が無いんだ……死を望めど、終わりの来ない時間に生かされる狂った首が最後、どんな暴走を始めるか……俺は……いや、俺達は『そう』は成りたくない。」

 初めてシンの瞳に、揺るぎの色が浮かんだのをフィアルは見つめた。初めてシンが、フィアルに弱音を吐いた。初めて……そんな弱々しい姿のシンを守ってあげたいと思った。今まで守られていた自分が、初めてシンの傍についていてあげなければと思えた。今まで、辛い否定で抑えつけていた気持ちなのに……初めて……いや、本当はずっとそうしたいと願っていた事だったから。

「だから俺は人になる事を選んだ。フィアルと同じ時を生きて、同じ時で死ぬ。出来ることを出来ない不便さで生きるより、出来ない事が出来ない不便さを選んだんだ。ちゃんと胸を張ってお前に言えるぞ。『俺は俺の為に、俺の道を選んだ。後悔なんかあるはずがない』ってな。お前と一緒に生きたいんだ、フィアル。これ以上、言わせるなよ……」

「シンっ!」

「おっと、残念だな。こんな事なら精神体じゃなくて実体が欲しくなるな……これは少し後悔しそうだ」

 後はもう、我慢が出来なかった。実体じゃない、半透明の煤けた精神体だと分かっていても、フィアルはシンの胸へと飛び込まずにはいられなかった。シンの持つ能力で、実体に近い感触でフィアルは受け止められたが、本体が遠く離れた場所にいる赤子となった者では、フィアルの柔肌までは感じる事が出来ない様である。
 むしろ、赤子の身でどれだけの力を発揮すればこの様な離れ技が出来るのか……シンの能力の強大さは、転生して尚、健在である様だ。


「今は赤ん坊の身体だが、待ってろフィアル。15年もすれば、お前を迎えに来れる。それまで待たせるな……それも謝っておかなきゃな」

「15年って……その頃、私はおばさんじゃない。母親と同じ年齢の女を正妃にするつもり?そんなの王家の連中が黙ってないわよ。私は貴方の継母にもなるのよ?」

「関係ない。俺に文句を言えるのは、俺自身とお前だけだ。あの女との盟約は果たした、後はこっちの好きにやるさ。邪魔をするなら、『ギロチン』か『毒杯』か……好きな方を選ばせてやるさ。」

 そう言い放ったシンの瞳に迷いは無い。完全にアルマダとは、お互いを利用しあっただけだと言い切る。仮にも自分の産みの親となった者に……邪魔をするなら容赦はしないと。まだ『名誉ある死』を選ばせてやるだけ有情だと言わんばかりである。
 フィアルに対しては優しく向けられていた目が、丸で興味のない『物』を見るかの目で冷たく光っている。それは神話の時代より、蛇の甘言に惑わされ……堕落し破滅していった者達の話が後を絶たない事を、何よりも強く思い出させた。




 それなら自分は?いつも蛇から愛の言葉を囁かれ、今もこうして腕の中に捕らえられ、離れようとも自らの意志で離れたくない自分が……蛇の甘言に惑わされ、破滅していく者達とは違うと言えるのだろうか……?
 フィアルは自らに問い掛けるが、どうせもう答えは決まっていた。

 そう……例え、選んだ道が破滅であろうと後悔はしない……『自らの意志で選んだ自分の道だ』。それを選んだ責任は自分にあるのだから。大人なら、フィアルの思い描く理想の女性なら、それから逃げたりしない。ただ前に進んでいくのだ、ゆっくりでも、たまには横道に逸れようとも……

「それにフィアルの心配は的外れだぞ?年の差婚を気にしてるみたいだが、そんなもの……なぁ、ミズチ?」

「はいはーい、まっかせなさーい!さっきから気になってたけどママさん?アンタ、日頃のお手入れサボり過ぎじゃない?」

「あら?ここで矛先が私に来るの?仕方ないじゃない、私もうお婆ちゃんでもあるんでしょ?」

「やーねぇ、真龍コイツはノーカウントよ、ノーカン。産まれるはずもない予定の者を、無理矢理造ったって事でしょ。そりゃ龍王失格よ、そんなの。だから除外しないと……日頃忙しかったからって、気持ちまで老けるのはダメダメよん?」

「あらあら……手厳しいわね。まぁ?」

 どこまでものんびりと答えるマリエルに、ミズチの精神体が近づくと、ミズチの幻の手は水を纏い、マリエルの顔を優しく包んでいった。最早、実体だの精神体だの関係ない。神力のやりたい放題である……その力は自重する事を知らない様でもある。

「あらあらまぁまぁ……」

 見る見る内に、ミズチの手に纏う水によって、マリエルの肌は潤っていく……目の下のクマや、シワ。年齢と疲れを感じさせていたもの全てが、ミズチの水によって消されていく。あれこれとする内に、すっかり『西国一の薔薇』と呼ばれた全盛期の頃と相違ない。真紅の薔薇の様な髪艶とボリュームは、乙女と言っても過言では無いが、乙女にはない大人の女性の色気も溢れんばかりに艶めいている。これぞ二人の子を産み育てた『人妻』の魅力のなせる業であろうか……が、ミズチオカマチートはまだ終わらない。

「あの……ミズチ?ほどほどにね……このままじゃ私、お母様のお母様に間違われる畏れが出てきたんだけど……」

「あんらぁ……これからがアタシの腕の見せ所なのにぃ。まぁまずはこんなもんかしら?ママさん、今の貴女なら依り代を産みだせるだけの力があるから、アタシを産んでくれないかしら?アタシも転生したいわぁ……」

「流石はオネェです、癒やしの神業ですわ!ワタクシもいつの日か、この境地に至りたいものですわ!」

「あらあらまぁまぁ……ミズチちゃん。おばさんを辛かっちゃいけませんよ?それにもう結婚はコリゴリよ、あの人だけで充分ですから」

「あんらぁ残念ねぇ……仕方ないからフィアル。アンタとシンの子供の時まで我慢するわ……それまではシン。フィアルの身体は、アタシに全てお任せよん!」

 最早今となっては、ミズチの力に賞賛止まない16歳のマシューの隣に、遜色ないレベルにまで若返ったマリエルが並んでいる。倍ではなく、3倍近くは離れているにも関わらずだ……『魅水蛇』の名は相変わらず伊達では無い様だ。フィアルが止めなければ本当にどうなっていたのか……
 母親の母親に間違われる事だけは娘として避けねばならない事態である。その犯人であるミズチは、気にもせず更にトンでもない事を口走っているのだが……当の本人は口の割に残念な様子もない。マシューに癒やしの魔法のレクチャーを始める始末だ。

「うーむ、ミズチが俺達の子供になったら王家はそこで断絶だな。カガチ、お前はどうだ?」

「お前らにオシメの世話されるとか死んでも御免だ!」

「フィーの子供……そういう手もあるのか……」

「ちょっと、フウ!?」

 更に勝手に未来が決まっていく。時間の流れを止める事は出来ないように、勝手な奴等の勝手な言い分は言いたい放題。止まらないと決めたのに追いつけないフィアルの事などお構いなしである。





「ああーちょっとよかかね?ヌシ等……(あのーちょっといいですか?あなた達)」

 そこに待ったをかけるダイチの声に、珍しく焦りの色が伺える。

「あんらぁ?どうしたのダイちゃん?」

「やばかばい、ハクリュウがバリバリはらかいとる。『バーミンガム城に降臨するのも辞さない』ち言いよう(不味いです、ハクリュウが凄く怒っています。『バーミンガム城に降臨するのも辞さない』って言ってます)」

「それってハクリュウ単体でって事か?」

「おいおい……あいつ大陸を消し飛ばすつもりかよ……」

「え、ちょ……なんで温和なハクリュウが?」

「決まってるじゃない!フィーの事だからだよ!……皆、集まって!世界の裏側に避難するから!」

「『転生した事は別にいいが、フィアルを嫁にするなら俺を倒してからにしろ』ちさ(だってさ)」

「やれやれ生真面目なアイツらしいな……で、コクリュウの方は何て言ってるんだ?」

「『構わん、やれ。抜け駆けした奴には容赦しない』ち、完全にほっときよんしゃー(って、完全にほったらかしてますね)」

「はっはっは、まいったな。生まれ変わって早々に世界滅亡の危機か!」

「笑い事じゃないでしょ、シン!ちょっと、コクリュウ!ハクリュウを止めてー!」

 フィアルが慌てるのも無理はない、ハクリュウとは『白龍』。ヤマタノオロチの首が一柱で、『誕生』の龍である。その力は途轍もなく、冗談を抜きに宇宙開闢うちゅうかいびゃくに匹敵する。所謂『ビッグバン』である。顕現すれば、惑星の一つや二つ消しとばしかねない……
 そんな危険な彼を留めておけるのが、対になる存在であるもう一柱の龍『黒龍』である。
『死』を司る龍で、ハクリュウと彼女は表裏一体。二対一体で『ウロボロス』と言う独自の形態を持った彼、彼女等は同時に顕現し、お互いに力をぶつけ合い、消耗し合わないと……その大きすぎる力によって、己の意志とは無関係に星を、宇宙を塗り替えてしまうらしい。フィアルが本人達から聞いた限りでは……

 そのハクリュウをコクリュウが止めないと言うのなら、降臨すれば本当に『世界滅亡の危機』である。自分の所為で起こる出来事としては、寝覚めが悪いどころの話ではない。

「すまない、フィアル。俺にはもうハクリュウを止める力も、コクリュウに命じる権限も無いからな。俺にはどうしようもないな、ハッハッハ!」

「なんでそんなにのんびり笑ってられるのよ!」

 フィアルのツッコミにもどこ吹く風で、澄ましたシンに慌てる様子は無い。
 食堂にある東側の陽光を取り込む為の窓から覗く、遠い東の空……丁度バーミンガム王国の辺りに、先程まで明るかったのが嘘のように暗雲と雷雲が立ち込め始めている……シェリオン領が明るい陽射しに包まれているので余計に、そして明らかにただ事では無い雰囲気を醸している。

「それに今から俺がハクリュウを倒せる力を取り戻すには後、10年は必要だからな……流石に間にあわん。だからフィアル?」

 自身の命の危機、世界滅亡の危機を前に、どこまでも冷静なシン。フィアルの焦りなどお構いなしである。
まるでダンスを誘うかの様に、優雅にフィアルへと手を差し出すと……その透けた精神体の手が光り出す。やがて光が収まると、そこには美しい装飾の施された手の平サイズの『カガミ』が握られていた。
 ここに漸く、三種の神器は揃ったのであった。

「世界を救ってくれ、聖女様。未来の夫からのお願いだ」

「もう!勝手に決めないでくれる?私はプロポーズは受けたけど、まだ指輪を贈られた訳じゃないんですからね!」

「手厳しいな……これが今の俺に出来る精一杯なんだが……受け取ってくれるか?」

「……世界を救う為ですからね、仕方ないわね」

 そう勿体付けてカガミを受け取ろうとする辺り、フィアルも何だかんだで余裕があるのだが……仕方ないであろう。肉親の愛情ではない……本当に愛している者からの贈り物を、素直に受け取れる様な性格でない事は、フィアル自身が一番分かっていた。それにずっとシンの思い通りに転がされるのも納得がいかない……少しくらい勿体ぶってもバチは当たらないはずである。



(そうだ……シンの思い通りになってたまるもんですか!)

「シン?折角、プロポーズの贈り物をしてくれるんだから……ちゃんと出来る限り実体化してくれない?すすけた身体じゃ味気ないわ」

「ああ、それもそうだな……分かった。すまない、女心って奴が理解出来てなかったな」

 いくら神だったと言えども、女心とは男のシンには分からない複雑なものらしい。
それならばと精一杯プロポーズらしくフィアルの前で片膝を着き、頭を垂れるシン。差し出された手には神器であるカガミが、もうやがて一番高い場所から注ぐ日の光を受け、たおやかに輝いている。
 オーソドックスな求婚の形式ではあるが、美丈夫たるシンにかかれば何とも様になる、絵画の如き一枚の光景となった。これを己の眼前に見せられ、自尊心をくすぐられない女性は居ないと断言出来る程に……

「ありがとう。確かに受け取りましたわ……ねぇ、シン?」

「ん?なん……ッ」

 そして背の高い、愛おしい人の顔が届く位置まで降りて来ている……その唇が届く高さまで。
今までは無理矢理奪われてきた。それが今日、奪う側に回っただけだ……それの何が悪いと言わんばかりに、フィアルシンを塞いだ。これには流石のシンも驚きを隠せないでいる。

(ええ!シンの思い通りじゃない、これは私の意志だ!私がやりたかった事を、私が思い通りにやっただけなんだから!)

 もう離れてなんかやるもんか……シンの背中に回されたフィアルの腕が、そう告げている様である。
突然のキスシーンに、騒然としていたシェリオン家の面々や、その家臣一堂から、祝福や冷やかしの声が上がった……だが、そんな大歓声も二人の耳には届かない。





「世界を救ってあげるからみてなさい、旦那様!」

「ははっ、これは頼もしい。よろしくな、奥さん!」

 シンの手から、フィアルの手へと渡されたカガミ。
そこに映ったフィアルの顔には……どんな雨が降ろうとも、どんな風が吹こうとも、真っすぐにうえを目指す……大輪の紫苑の笑顔が咲き誇っていた。







 婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢は……どうやら世界を救って、再び正妃になる様です。






    

 

 

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