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第3章 龍人族
竜谷
しおりを挟むアヴラムは[秘竜石]を手に入れる為に竜谷へ向かうことになった。
長であるカルロに教えて貰った竜谷の場所は、龍人の里からそう遠く無く南東に向かった霊峰ジーフの近くである。
竜谷へたどり着くことは普通の冒険者にとってはかなり険しい道のりであるのだが、霊峰ジーフは聖騎士団の修業の場でありアヴラムにとっては慣れ親しんだ環境でもある。
なのでアヴラムはスキル[体術]と[二段飛び]を用いることで道無き道をものともしない。
また竜谷にたどり着くまでの道中には当然の如く魔物も出現し、その強さはCランクのトレントがモブレベルで現れるほどだ。
しかしアヴラムにとって厄介なのはその魔物達よりも何故か付いてきたフルグルである。
龍人の里を出発すると直ぐに合流してきたのだが、追い返す訳にもいかず移動しながら話を聞くことにした。
■■■
「あの……なぜフルグルさんがここにいるのですか?」
「なぜって……何となくだ!」
堂々と何も考えていないことを伝えられてアヴラムは唖然とする。
「で、では[秘竜石]を手に入れるのを手伝ってくれたりしますか?」
「それはお前の試練だろ? 俺はそうだな……お前を見極める為に付いてきたんだ!」
完全に今思い付いた風であるが、確かに長の孫であるフルグルが認めないと言えば不合格、ひいてはイヴリースを治療して貰えないかもしれないので飲み込まざるを得ない。
「分かった、それなら手を貸さなくていいからしっかりと付いてきてくれよ」
「おうよ!」
二つ返事なのは心強いが本当についてこれるのかは不安である。それでも立ち止まっている暇は無いので先に進んで行く。
■■■
アヴラムとフルグルはどうにか歩を進めていき竜谷へと近付く。
フルグルはまさに猪突猛進で危なっかしのだが、その力は規格外でたとえ後手を踏む場面でも力で何とかしてしまう。
フルグル一人であれば進むべき道筋が解らずたどり着くことは出来ないだろうが、アヴラムが示した道筋を通ることで迷うことなく進むことが出来ている。
しかし魔物との戦い方は別の話である。
「大丈夫ですか?」
「俺様を誰だと思っている! このくらい平気に決まっているだろう!」
フルグルが傷付いて進めなくなると困るのだが、今しがたもフルグルがトレントを粉砕した所である。
ただ倒すだけであればトレントからは様々な道具に使うことが出来る[良質な材木]が手に入るのだが、文字通り木っ端微塵である。
それ自体は別に構わないのだが、戦い方に無駄が多く実に無駄が多い。
「まぁ構いませんが、いつもその様な戦い方を?」
「当たり前だ! 俺はいつも正々堂々と正面突破するのみ」
フルグルはふんぞり返って威張っているが実に無駄なことである。
単体の敵であればまだどうにかなるのだが、複数の敵に対しても正面から突っ込んで行くものだから苦戦するのだ。
しかしフルグルが考えなしに突っ込むしか出来ないのであっても回りがそれをフォローすればとりあえずは問題ない。
「そうか……ならそのフルグルさんはそのままで構いませんから、魔物と戦う時は背中を預けては貰えませんか?」
「そうだな……確かにお前もなかなか強いみたいだから良いだろう! だが俺の邪魔をしたら魔物と一緒にぶっ飛ばすぞ」
「はは、お好きにどうぞ」
フルグルは共闘すると思っているようだが、その実はフルグルが思いきって力を振るえるようにアヴラムが露払いをしていくということである。だが気付かないでくれていた方がやり易いのでアヴラムは何も言わない。
こうして不安も取り除かれたことで進行速度は格段と上がり、幾度もの戦闘を乗り越えた末に竜谷にたどり着いた。
■■■
深き森を抜けたどり着いた先の竜谷は切り立った崖に木々が生い茂る場所であった。緑と崖の岩肌が入り交じり、その先は果てしなく続くと思われるほどである。
はるか上空には竜が飛び回り、竜谷に近付くアヴラム達を警戒しているのだろう。
「ここからは竜の縄張りみたいだ。長の話では力無き者は直ぐに殺されるらしい。恐らく立ち入った瞬間に斥候の竜が襲ってくるはずだ」
「はっ! そんなやつは俺様の剣で薙ぎ伏せてくれるわ!」
フルグルは[秘竜石]を手に入れることを手伝わないと言っていたのに、気分よく力を振ってここまでこれたので調子に乗っているようだ。
しかしここはアヴラムの試練であって、フルグルが試されても意味がない。
「すまないが、ここは私に任せてくれないか? フルグルさんの力を借りて試練を乗り越えても意味がないのでね」
「おおう……そうであったな。ならここはお主に任せよう」
どうやらフルグルは自分で語った、ここに来た理由をも忘れていたみたいだ。しかし思い出したのか大人しく引き下がってくれた。
フルグルをその場に留まらせ、アヴラムは歩を進め竜谷に踏み入れる。すると警戒して空を飛んでいた竜が咆哮する。
「グギャァァァア!!」
「来たぞ!」
フルグルが声をあげるので見上げると、竜谷の奥から褐色の竜が飛んで来る。
「確認だが戦わずに説得は出来ないのだよな?」
「ああ、あいつは完全に興奮状態だ。俺たちの声なんぞ聞こえない」
「分かった。それなら少し離れていてくれ」
こうして竜谷に入って直ぐに斥候との戦いが始まった。
■■■
斥候の竜との戦いは難しいものだ。
力で叩きのめせば良いのであれば話は早いが、それはすなわち竜に対して敵対心を表明するようなものである。
敵の攻撃をいなし、不必要に傷つけることなく屈服させる必要がある。
その後の竜の判断は野となれ山となれである。竜の考えなど分からないので、それまでは最善を尽くすのみである。
「おい、それぐらいさっさと倒しちまえよ!」
「それが出来たら苦労はしないよ」
何も分かっていないフルグルが煽ってくるも冷静に戦っていると、気付けば他の竜が集まってきている。
しかしその竜達は手を出してくることはない。
彼らはアヴラムを見極めようとしているのだ。
ひたすら攻撃を交わしていると、徐々に竜の攻撃の手数が減ってきたので一度距離を取る。
このままでは駄目だと考えるであろう竜にわざと大技を出させる隙を与えるためだ。
「グルルルル」
「さぁこい!」
アヴラムの挑発に合わせるように竜が魔力を溜め始め、そして火炎のブレスが放たれる。
アヴラムはそのブレスが放たれるタイミングに合わせ剣撃を放ちブレスを霧散させる。
その光景を見届け、幾ら手数を掛けてもいなされ渾身の一撃を防がれた竜は大人しくなりその場に身を屈める。
「アヴラム! その竜は敗けを認めたみたいだぞ」
「そうか……」
戦う意思を感じられなくなったので、アヴラムは頭を下げた竜に近づき頭を撫でる。
「グルルゥゥ」
「さてこの後はどうするんだよ?」
「さぁ?」
「さぁって考えなしかよ!」
「そりゃあこんな直ぐに竜に囲まれるとは思ってなかったからな」
「威張んな!」
フルグルに指摘されると心外なアヴラムであるが、辺りでは時間の経過と共に増えた竜たちがアヴラム達の様子を伺っているので、流石にこれを無視して先に進むことは出来ないのだ。
「ならフルグルさんが竜に進んでも良いか聞いてみてくださいよ」
「おう、なんだそんなことぐらいやってやるよ」
「……まじか」
アヴラムは唖然とするも、フルグルは気付かずに竜の元に駆け寄っていく。
アヴラムは冗談で言ったつもりだったのだが、フルグルは龍人で竜と会話できるということはさておき、恐れを知らないとは斯くも心強いものなのだなと思うアヴラムであった。
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