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第3章 龍人族
龍人の歴史
しおりを挟む竜谷で秘竜石を手にいれたアヴラムとフルグルは龍人の里への帰路につく。
竜谷から龍人の里がそれほど遠くないとはいっても流石に日は跨ぐので夜営をするが、アヴラムはフルグルのイビキで良く眠れなかった。
それでもフルグルとの連携が確立し遭遇する魔物を倒すまでの時間が減ったので、行きしに掛かった時間よりも早く帰ることが出来た。
■■■
里にたどり着くとイグニスがこちらをじっと見つめてきたかと思うと、いきなり咆哮する。
「グウォォォォォオ!」
「ちょっ、イグニスの奴いきなりどうしたんだ?」
「さぁ?」
フルグルは何かを知っているかのようだったが教えてくれない。
追求をしようとするも、イグニスの咆哮を聞いたビートとユキノが直ぐに駆け寄ってくるので諦める。
「二人ともただいま! 何か変わったことは無かったか?」
「うん、何もなかった」
「いや……モゴゴ」
ビートが何かを喋ろうとするとユキノが口を押さえた。確実にユキノが何かをやったのだろう。
「何かあったのか?」
「何でもない。それよりブリューナクさんとグラキエースさんは役目を果たしたから帰るって」
「そうか……まぁ後で話をちゃんと聞くけど、ほらちゃんと秘竜石を手に入れてきたよ」
フルグルに出すように言い、二人に秘竜石を見せる。
「これが……綺麗。でも何でフルグルが?」
「さぁ? 良くわからないけど付いてきたんだよ」
「何だよその言い方! 俺が付いて行ったから助かっただろ?」
確かにフルグルがいなければ竜と会話することは叶わないので、こんなに順調に秘竜石を手に入れられたか分からない。しかし相手にして調子に乗られると面倒なので無視をする。
「まぁそれは置いといて、早くカルロ様の元へ行こう」
「そうね」「うん」
「ちょっ、無視!?」
ビートとユキノも直ぐにフルグルの扱いを分かったところで、足早に龍人の里の長であるカルロの元に向かった。
■■■
龍人の長の部屋で、カルロに秘竜石を入手したことを報告する。
「カルロ様、これが秘竜石です」
「確かに……だがやはりフルグルも付いていっておったか! すまんなアヴラム殿、こやつが迷惑を掛けなかったか?」
「いえ色々と助けてくれましたよ」
「だろ? もっと誉めろ!」
「このように調子に乗らなかったらもっと良かったのですけどね」
「うぐっ」
「はぁー、すまんのう。だが仲良くなってくれたようで何よりだ。しかし[竜王の加護]まで受けてくるとは思わなんだわい」
「[竜王の加護]ですか? それは一体何のことですか?」
「なんじゃフルグルに聞いておらぬのか?」
「いやだって説明するの面倒だし!」
「全く……まぁ良いが、竜王の加護と言うのはな……」
ということでカルロから説明を受ける。
■■■□□□
竜の加護はその名の通り竜から受ける加護であり、竜が気に入った者に授ける施しである。
多くは龍人が人と契約をさせた際に竜が人に施すものであるが、本来はその限りではなく竜の意思で施すものなのだ。
竜の加護を受けた者は魔法それも炎の魔法に対する耐性が上がり、逆に炎系の魔法の効力を上げることになる。
そして竜王の加護とは竜の中でも群れのボスである竜が施すもので、効力は普通より遥かに高いものである。
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「いつの間にそんなものが……」
「おそらく竜のブレスを正面から防いだのではないかな? その時に加護を施されたのだろう」
「そうかあのドミナスが……」
戦った相手ということもあるが、あれだけ強い竜が自分のことを認めた証をくれていたことに得もいえぬ気持ちになる。
「竜谷に行く前にも言ったがお主は龍に認められるだけの男なのだ、自信を持てば良い」
「そうですか……いえ有難うございます」
「さて、それでお主はイヴリース殿を治療したいとのことだったな?」
「そうです。これで治療を施して頂けますでしょうか?」
治療が龍人に伝わる秘術を用いるので、それを施すに値するか見極めたいということで秘竜石を入手してくるように指示をされていた。
それを果たした以上、あとは長の考え次第だ。
「そうですね……やはり治療をする前に、これを話しておかなければいけないでしょうね」
治療を施してくれるという発言に安堵するが、神妙な面持ちのカルロの言葉に逸る気持ちは抑えられ、引き込まれる。
「話とは一体何ですか?」
「この話を聞くということは龍人が背負っている運命を共有するということです。その重責に耐えられないのであればこの話は無かったことにして貰いたい」
「それは……」
アヴラムはビートとユキノを見やり、二人は頷くことで話を聞く意思を示す。
「そうですね、私たちは何があろうとも受け止めます」
「貴方方ならそう言ってくださると思っていました。ですがこの話はヴァン神教の教えを信じるものにとっては受け入れがたいものかもしれませんがね……」
ということでカルロから龍人の過去、そして秘密を教えて貰うことになった。
■■■□□□
かつて人は戦う術をもたず、魔物が世界を支配していた。今は冒険者が狩る側だが、人は魔物に狩られる側だったのだ。
そんな中で人が種の生存を賭けて頼ったのが龍である。
龍は他の生物とは一線を画し交わることのない至高の種族であり、その能力は他の追随を許さない。
当然の如く魔物だけでなく人と交わることも無かった。
しかし力を欲した人は贄を差し出すことで龍の力を借りることにした。その際に龍に求められた贄が何だったかが重要なのである。
龍が要求した贄、それは人の子供だ。
龍が人の子を欲した理由は一つ、己が領域を侵犯していく魔物を駆除させんと欲したからだ。
最強の生物といえどその数には限りがある。それゆえに駆除しきれずにいる魔物が数を増やし、龍が好む場所を侵食し始めてしまった。
そこで魔物のような多種族でなくとも単一種族で数を増やす人に魔物を狩らさせることにしたのだ。
しかし無知であり脆弱な人は直ぐに魔物と戦うことが出来ない。
さりとて龍は人に一から戦いを教える気概を持ち合わせていない。
そこで用いた方法が、秘術を用いて人を強化するということだったのだ。
最初は成人した人間を対象にしていたのだが、その秘術は人という定義すら変えてしまい拒絶反応によって人は死んでしまう。
その為、龍は人としての生が定まっていない子供に秘術を施すことにし、ついに成功に至ったのだ。
つまり龍の核を埋め込むことで、人の子を龍人化させたのだ。
龍の力を宿した人はただの人の力を遥かに凌駕し、魔物を倒すことで様々な知識を得ていく。
その知識を人に還元せしめんとしたのがヴァン神教の名前の由来にもなったヴァンであった。
龍は生物として根本的に違う弱い人に戦い方を教えることは出来なかったが、彼が人に戦い方を教え人が魔物を倒していくことで全ては上手く回ると思われた。
しかしその折りに起きたのが、龍人殺しだ。
さらなる力を欲した人は龍人からもたらされる知識のみならず龍人の力そのものを欲し、龍人を殺すことで龍の核を取り出し自らのモノにしようと思ったのだ。
ヴァンに埋め込まれた龍の核はその際に砕かれてしまい、溢れだした強い力の奔流によって人の土地に掛けられた龍の加護は失われ、その後に起こった魔物によるスタンピードは悲惨であった。
そして龍はこの一件以降は人の前に姿を見せなくなってしまい、人と龍そして龍人はその後、別々の歴史を歩むことになった。
しかし人による龍人の元への贄はその後も続けられた。
元は人の体である龍人から生まれる子は龍の核を持たぬ人の子であるからで、世代交代の度に人の子を龍人化させる必要がある。
しかし龍人化には常に失敗がつきまとう。龍人の子供を龍人化するほうが成功する可能性が高いことが分かっているが、必ずではない。
その為、龍人の系譜を途絶さぬ為には新たなる贄が必要になるのだ。
更には近しいもの同士のみで交配を続けた一族の結末は悲惨なものであり、定期的に新しい血が必要なのだ。
今はかつての勇者ユウキが龍人と人の国、聖騎士団との間を取り持ち、人道的な手段で新たな血を取り入れられるようになったが、それまでは人の子供が贄とされ続けていたのだ。
人が戦う術を覚えたので龍が人を龍人化した当初の目的は果たされており、龍化を止めればよいと考えるかもしれないが、龍人族を絶やすことは出来ない。
龍が人の前に姿を現さなくなった中で、唯一龍と人とを繋ぐ架け橋が龍人なのだ。そして龍人の身体能力自体も人を凌駕し、魔王討伐には欠かせない。勇者ユウキのパーティーでも龍人は欠かせない役割を果たしたと言われているのだ。
その為、龍人の能力の高さを知った前魔王は龍人族を魔物側に引き入れようと動いたが、龍人族は断り勇者ユウキの味方をした。
結果は前魔王が倒され終わったのだが、話はそれで終わらない。
前魔王は次世代の魔王を育成し後継者となる魔王を指名しており、その現魔王が龍人族に対して恨みを持っているのだ。
通常は力を持つ魔物は力を誇示したいが為に相容れないので、前魔王から次の魔王に代わる際に継承されるものは何もない。前魔王の死後、全種族の魔物それぞれの中で最強の魔物が魔王となるために争い、勝った者が魔王となるのだ。
それを覆した前魔王がどれだけ特異だったかはさておき、現魔王がその前魔王の知識を有しているのが問題であり、里を出た龍人が殺される事件が発生しているそうだ。
今はまだ龍人の里に魔物が現れることはないが、それも時間の問題なのかも知れない。
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カルロの話を聞いたアヴラムは人に伝えられている誰でも知っている[龍物語]との違い、そしてヴァン神教の教えとの違いに言葉を失う。
そしてハッキリとは伝えられなかったが、力を欲した人がつくりあげた組織が教会であり、言い伝えは都合の良い形に捏造したのであろう。
あくまでも龍人の見方であり更なる真実が有るかもしれないが、龍人が背負わされ続けた運命と、人に都合の良いように変えられた過去、そのどれもがこれまで信じていたものを否定するようなものだ。
更には現魔王の存在による危機はこれまで知ることの出来なかった情報まで伝えられ、軽々しくは飲み込めない。
「たとえ人によって背負わされた宿命だとしても、我々は人を責めるつもりはないのです。なのでアヴラム殿も責任を感じる必要はありません。そして我々は龍人であることを誇りに思っているのです。現魔王との争いは避けては通れぬ道であり宿命です。どうかアヴラム殿のお力を貸していただきたい」
カルロの話はこの世界で生き、ヴァン神教の教えを信じるものとしては衝撃的なものであった。しかしそれは紛れもない事実である。
そして近年まで続けられていたという贄の為に、人の子がどこから連れてこられていたのか。アヴラムがまだ知らぬ教会の闇の部分が有るのかもしれない。
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