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第3章 龍人族
治療
しおりを挟むカルロから人に伝えられていない龍人の過去、そして現魔王について教えて貰ったアヴラムは決意を新たにする。
フルグルも知らなかったことが多いみたいであるが、難しいことに口出し出来ないのか後ろで頭を抱えながら大人しくしている。
龍人の過去について、現魔王についてまだ聞きたいことはあるのだが、今はイヴリースの治療が先決である。
■■■
「龍人の過去について、そして現魔王を倒すことが難しいことも分かりました。それに治療には失敗のリスクがあることも……」
「そうです、賢明なアヴラム殿であれば既に分かっているようですな。龍人化では龍の核を用いて龍人化させますが、此度の治療では[エルフの涙]をイヴリース殿に同化させることによって身体能力を強化し治療するのです。そして懸念の通り失敗の恐れもありますが、そこはイヴリース殿が体の変化に耐えられることを信じなければいけません」
「失敗する可能性はどれくらいなのですか?」
「[エルフの涙]と呼ばれる亜人の核を用いた施術を行ったことがないので具体的にはわかりませんが、龍とは違いイヴリース殿が拒絶しない限り、生きる意志がある限りはほとんど無いとは思いますよ」
「そうですか……わかりました。使ってもいいんだよなユキノ?」
「うん、アヴラムが望むなら使って欲しい。飾っておくものではないのだから」
「ありがとう。それではカルロ様、治療をお願いします」
「そうか、では施術を行う腕利きの者を呼んできますのでイヴリース殿の側に行っておいてください」
カルロが施術師を呼んでくる間にアヴラム達はイヴリースが眠っている竜車の客車だった場所に移動し、フルグルとは一旦ここでお別れした。
イグニスは今もなお側を離れておらず、近付くとこちらを一瞥するもアヴラム達と分かると再び伏せる。
「イグニスもイヴリースが心配なんだよな」
「グルゥ」
アヴラムは一鳴きしたイグニスを後目に客車の中に入り、イヴリースの側に立つ。
イヴリースは穏やかな表情で眠っている。
「イヴ、今に治して貰えるからな」
アヴラムに話し掛けられてイヴリースは少し笑ったように見えたのは気のせいかもしれない。
■■■
暫くしてノックされたと同時に開け放たれる客車の扉と同時に入ってきたのは、白衣に身を包んだ女性だった。
「関係ないガキどもは、さっさと部屋を出ていきな!」
煙草を咥え現れたその人は治癒術師とは似ても似つかぬ雰囲気である。
「ちょっ、いきなり何ですか!?」
アヴラムとビートは部屋から押し出されてしまう。
外にでるとそこにはカルロがいて説明をしてくれる。
「すみませんな、彼女と言いますかクラティオが施術を行ってくれるのだが気が強くて、年甲斐もなく落ち着きもない……ですが治療するのに男がいては邪魔なのでしょう」
確かにイヴリースを治療するのに男の二人がいてはやり難いこともあるだろう。
「そうですね。側にいても何も出来ないですし、後は信じるだけですね」
イグニスは何事かと心配そうに客車の窓から中の様子を伺っているが、気になるとはいえ自分が見るわけにはいかないので、アヴラムはひたすら無事を祈り治療が終わるのを待つしかできない。
「暫く時間が掛かりますゆえ、私の部屋で待ちませんかな?」
「いえ、ここで大丈夫です。イヴリースが戦っているのだから、少しでも側に居たいのです」
何か出来ることが有るわけでは無いが、それでも少しでも近くで待ちたいのだ。
「分かりました。ビート君もそうかね?」
「はい」
「それでは私は一旦戻りますゆえ、後ほど戻って参ります」
そう言い残しカルロは自室に戻る。
アヴラム達はただひたすら、施術の成功を祈りながら待つのであった。
■■■
はたしてどれくらいの時間が経過しただろうか。
中の施術の様子は音すら聞こえてこないので、伺い知ることが出来ない。
カルロも再び合流し、ひたすらに施術が終わるのを待つ。
辺りはとうに日が暮れ、月明かりが周囲を照らしている中、遂に扉が開きクラティオに中へ招かれる。
そこには未だに目を開けていないイヴリースと、その傍らで眠っているユキノがいる。
「クラティオさん、イヴリースはどうなんですか?」
「施術は成功だよ。彼女の体は無事にエルフの核を受け入れたみたいだね。だけど、直ぐに体力が回復するわけではない」
「そう……ですか」
未だに穏やかに眠るイヴリースと、目が覚めたユキノを見やり安堵するアヴラム。
「おはようアヴラム」
「ああ、ずっとイヴを見守っていてくれてありがとうユキノ」
暫くの沈黙の後、ニヤニヤしながらクラティオが思い出したかのように発言する。
「ああそうだ、彼女は暫く何も口にしていないから、少しずつ何かを食べさせないといけないね」
「食べさせないとって、寝ているのにどうやって?」
「それはもちろんあれだよ君」
「あれとは?」
「く・ち・う・つ・し」
「はぁ!? ちょっ何ですかいきなり!」
「何って、医療行為だよ医療行為。君と彼女は付き合ってるのだろ? ならそれぐらい出来るでしょう」
「付き合ってはいないですよ! というか医療行為というなら貴女が行ってくれれば良いのではないですか!」
「あらそうなの、なんだつまらない。別にチュっとしてくれれば良いのよ減るもんじゃ無いんだし」
「減るとかそういう問題ではないでしょ!?」
「じゃあカルロさんにやって貰おうかしら」
「ワシか? なんだ仕方ないなぁ」
「なんで乗り気なんだよ! うー、分かりましたよ、俺がやればいいんでしょ俺が」
「そう、男の子ならそうこなくっちゃ!」
上手く嵌められた気がするも、口移しで薄めた回復薬を含まされる。
「さぁさぁ、チュっとしちゃって!」
後ろを見ると、クラティオが急かしてくる。
仕方がないので、肩に手をやり口をイヴリースに近づける。
しかし後少しで唇が触れる直前に、イヴリースの目が開く。
「お、おはようイヴ」
慌てて回復薬を飲み干し、冷や汗をかきながら挨拶をする。
「おは……よう? ここは……そうか私、負けて……というよりこの状況は何?」
口付けはしていないが、肩に手をやり顔は近づけたままだったので、慌てて離れるアヴラム。
「何でもない、何でもないぞイヴ。それより本当に本当に元気になって良かった」
後ろで『チッ』と舌打ちが聞こえた気がするアヴラムだが、構うと墓穴を掘りそうなので無視をする。
「元気って……そうかあの時にお腹を貫かれて、それで気を失って。あの後どうなったの?」
「それは……」
話をする前にとりあえず暖かい飲み物がイヴリースに運ばれて、ゆっくりとその後の話をする。
アヴラムも聞いた話であり不完全なものではあるが、それでも勇者が敗れ任務は失敗に終わったこと、イヴリースが意識不明となったので、皆が治療する為に奔走したことを伝えた。
「そう……皆に迷惑をかけちゃったね。ユキノさんも形見なのに、私のために、ごめんなさい」
「ううん、きっとお婆様も使われることを望んだはず。だからイヴリースさんの体に受け入れられたのだと思う」
「そう……だね。確かに深い眠りに付いてた時に、声が聞こえた気がする。それがもしかしたらユキノさんのお婆様だったのかもしれない」
「きっとそうだと思う。[エルフの涙]には想い、魂が宿ると言われてるから」
「そっか……ううん、ありがとうユキノさん。それにアヴラムとビート君も色々とごめんね」
「もう終わったことはいいんだよ。元気になったのだから」
「そうね……でもクラティオさん、治療をして頂き本当にありがとうございます。そしてカルロさんも受け入れて下さりありがとうございます」
「私はただ頼まれて施術したに過ぎないよ」
「そうだ、ワシもただ里に受け入れただけに過ぎん。貴女は本当に良い仲間をお持ちだ」
緊張の糸が切れ、なんて事の無い会話なのだが、皆が皆を見やり笑みを浮かべる。
話さなければいけないことはまだまだ山ほどあるのだが、まずはイヴリースに体力を戻してもらわなくてはいけない。
イヴリースもそうだが、長旅後のアヴラムも気が抜けて疲れが出たのでその場に座り込んでしまい、休みが必要である。
こうして長い一日が終わったのであった。
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