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2.僕の剣
しおりを挟むナオに絡んできた男をチラリと一瞥する。それだけで状況を把握したらしい男は、低い声で呟いた。
「……なんだわざわざ。消すのか」
「ん、ちょっと違う。見せしめみたいな?」
「まあ目的は何であれ、対価はもらうぞ」
「安くしといて」
ふっと笑った黒髪の男は物騒な物言いに反し、他人がいようと気にする様子もなくナオの唇へ自身の唇で触れた。そして現れたときと同じように一瞬で姿を消してしまった。だからといって敵を前にして逃亡したわけではなさそうだ。
残されたナオはというと、先ほどまでの様子と異なり、手中には剣が握られている。細身のレイピアと呼ばれる片手剣だ。
「は? 何をふざけてやがるっ」
存在を無視され続けていた男が、ナオに向かって襲いかかろうとしていた。男の周りには大小様々な石や釘などが浮いている。どうやら身近にある物体を操れる異能持ちらしい。
浮かした物体を高速で飛ばし銃のように当てれば、命を絶つことができるだろう。異能者は能力があるというだけで生身の人間である。神ではないし不死でもない。避けるにしてもこれだけの数だ。怪我を負えば傷となり、死に至る可能性があった。
「……亮、いくよ」
ナオが握る剣の柄には、光る黒曜石が埋まっている。男の黒髪と似た、漆黒の色をしていた。
身の内に滾る異能の力を剣へ注ぐ。これは人を助ける力なのか災いを起こす能力なのか、魔法とも呼べる不思議な力。自分だけが感じる異能の力はこの剣と共にある。
(いや、そんなんじゃない)
誰かを幸せにできない能力など存在しなければいいと思っている。異質な存在であるがゆえ互いの存在を消すため、こうして闘っているのかもしれない──
(はっ、バカなことを……)
余計な思考を振り払う。今は感傷に浸っている状況ではなかった。雑魚とはいえ異能者を前にしているのだ。身構えもせず受け止めるにはリスクが大きい。
しかしナオが手にしてる剣で眼前を振り払うと、目の前にいた男は一瞬で炎に包まれた。声を発することなくその存在が炭へと変わったのだ。これが能力の差だ。ナオには膨大な能力が備わっていた。
「さて……」
剣先をザッと地面へ突き刺し、どこかでこの様子を見ているのであろう権力者たちに告げる。
「逃げも隠れもしませんよ。戦闘日にお会いしましょう」
言い終えたタイミングで剣は手中から消え、再び男が姿を現した。『亮』と呼ばれたその男と共に、ナオはこの場を後にする。
焼け焦げた男は吹いた風で一瞬にして消えてしまった。跡形もなく、存在そのものがなかったかのようだ。
本来、異能者同士の戦闘は一般市民を巻き込むことがないよう結界を張った戦闘日に行うと決められている。だからこのような振る舞いは禁止されていた。それでも場所をわきまえず一方的に絡んできたのだから、どう対処しようとナオが咎められることはない。
大した能力は使っていないがナオの身体は少し興奮していた。微熱のような違和感がある。
自宅へ戻り、低めの温度でシャワーを浴びても、その余韻は消えなかった。まとわりつくようで気分がいいものではなく、早く払ってしまいたいのに、なかなか消えてはくれない。
(はぁ……)
これ以上はどうにもならないらしい。諦めてシャワーを止めることにした。タオルで身体の雫を拭い、濡れた髪をガシガシ乱暴に扱う。
部屋着をまといリビングへ向かうと、亮がソファーに座っていた。人のように見えて人間ではないのに、まるでここの住人であるかのような態度だ。
「今日の対価をもらおうか」
「そんなに仕事したっけ?」
「したな」
髪の雫を拭いながらナオが近づくと、亮に腕を引かれた。抵抗する気はないので、引かれるに任せてナオは亮の膝上へ座ることになる。
「シャワーしてきなよ」
「んー」
「……返事したんだから動け」
「んー」
返事はしているが行動へ移す気はないようで動く気配がない。促すつもりで亮の胸をグッと強く押す。わかってるなら早く行ってこい。しかしナオの力でどうなるものでもなく、変わらず亮の腕の中だ。
「ちょ、っと」
しかも開放されるどころか不埒に動く亮の手が、裾の隙間から入ってきた。肌を撫で、まだ濡れている髪にキスが落ちる。いい加減止めなければこのままなし崩しになるだろう。
それは嫌だ。
人ではないとしてもこうして触れることはできるし、体温も息遣いも亮のすべては人間でしかない。潔癖というわけではないが、どうもそのあたりが気になってしまう。ナオは再度促す意味で、亮の腹へゆるいパンチを食らわせた。
「……何をする」
「シャワーしてきたら、何してもいいよ?」
「へえ……その言葉忘れんなよ」
ああしまったな。
ナオがその場しのぎで口にしたことを後悔するのは数分後だった。
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