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3.鷹栖尚
しおりを挟むナオが異能者と判明したのは、中学生のときだ。
いつもと変わらない日常、どこにでもいる中学生、それまで能力の片鱗が見えたことなどない。異能者を多く輩出する家柄であれば成長と共に発現する可能性はある。しかしナオは両親と妹と暮らす、平凡なありふれた家庭で育った。
昔から色白で女の子に間違われることがあった。中学生になるとさすがに性別を間違われることはなくなったが、形容される言葉は『きれい』だとか『女みたいだ』と言われることが多かった。
成長するにつれ他人から向けられる目はそういった類いのものが増えていた。結果としてあらぬ事態に陥ってしまう。乗った電車が遅延のため混雑していた。知らない人間にもぞもぞと体を擦り付けられ、耳元で『はあはあ』と気持ちの悪い興奮した息を浴びせられる。そういった性癖を持つ大人からの接触だ。
この頃のナオはまだ自衛の手段を持っていなかった。わけがわからず抵抗らしい抵抗などできなかったのだ。人波にのまれ自由がきかず、背中を男に押されるまま電車から降りた。そして人の気配がない路地裏へ連れ込まれてしまった。
「……はぁっ、ぁはっ……大人しくしていようね、ほら……はっ、んはっ……ふはっ」
伸びてきた手が触れてくる。素肌をまさぐり撫でる手が気持ち悪い。そう思うのに体は言うことを聞かなかった。逃げようにも頭の中は真っ白だ。声なんか出なかった。
強張っているのか震えているのか、夢を見ているような感覚に近い。
「かっ、かわいいね、ぁっ……あ、あ、っ……こんな、こんなに……ひっは、はっ、ぁはっ……っ」
下半身をあらわにされ、縮こまっているナオの陰茎をぐにぐに握られた。ニタつく男の目と歪んだ口の形だけがやたらと現実的で、聞き取れない言葉を呟きながら興奮した男は精液を放った。自分に汚いものが浴びせられたことだけはわかった。
気持ちの悪さと恐怖と拒絶、カッと頭の中が燃えたような気がして、その後のことはよく覚えていない。気がついたときには知らない部屋のベッドの上にいた。
意識を取り戻しのそのそ身を起こした。すると監視カメラでも設置されていたのか、すぐに部屋には数人の男が訪れた。
「目が覚めましたか、鷹栖尚くん」
「だ、れ……?」
「初めまして。十ノ宮といいます」
医者なのか研究者なのか白衣を着た男とスーツを着た数人の男に囲まれる。その中でも立場が上らしき人物が名乗った。十ノ宮という男からナオが異能者であることやスポンサー組織の存在、その組織が複数の異能者を抱えていると説明を受ける。ただナオが子供であることや襲われたばかりだということに配慮は一切なく、淡々と事務的に告げられた。一方的な話の大半は、わけのわからない内容で理解することができなかった。
「十ノ宮が君のスポンサーにつきます。これからの生活や活動資金を援助する、ということですが」
「何を言っているのか、わから、な……」
「おや、ではもう一度言います。その頭はハリボテではないでしょう? 君は賢い子だと期待しています」
聡明であれと言われているのだ。選択を任されているようで、既にナオには決定権などなかった。
わけがわからないながらも十ノ宮の言葉を一語一句逃さぬよう聞き取り、ひとつひとつを自分の中で噛み砕いた。自分がどういう類の異能者なのか、この話を断った場合のリスク、予測される異能者たちの今後の動き……そして、路地裏で穢そうとしてきたあの男をナオが焼き殺した事実。
一度に入ってきた情報の多さや信じられない話に感情が追いつかず、込み上げてくるものにナオは嘔吐した。
「ぅげっ、……ごほっ」
「あれは事故ですから気に病む必要はありません。一匹の虫ケラです。こちらもそのように処理しましたから」
現実味はまったくなかったが、左手首の内側に火傷の痕ができていた。いくらこすっても消えないそれが、男たちの説明が作り話でも騙されているわけでもなく、起きたすべてのことが現実であるとナオに突きつけた。
『よい返事を待っていますよ』
この日は家族の元へ戻されたものの、数年後、今までのような日常生活はもう送ることができないと思い知ることになった。
『一般人を巻き込まない』
これは表向きの建前である。ナオの家族は異能者からの攻撃に巻き込まれた。ナオを狙ったはずなのに巻き添えを食って。自分よりも小さな妹がその被害に遭ったのだ。あの子の足はもう元には戻らない。両脚の膝から下を切断された。一生、自分の足で歩くことはできなくなったのだ。
「……っ」
ナオが家族から離れる判断をしたのは早かった。迷いなど欠片もない。
捨てずにいた名刺。その番号へ連絡を取り十ノ宮と再会した。まるでこうなることを予見していたかのようで癪に障るが、未成年のナオは他にどうしようもなかった。
「賢明な判断でしたね。これも縁ということでしょう」
「縁……?」
「君は興味を持たれることになります。異能者たちから煩わしいほどにね。ただ我々というスポンサーがついているとなれば、その煩わしさも多少軽減するはずだ。うちと同格のスポンサーは多くない。十ノ宮を後ろ盾に選んだこと、後悔はさせませんよ」
ナオは十ノ宮を選んだわけではない。未成年で情報を持たないナオはどこかに頼らざるを得ないとしても、公的機関に駆け込めるはずもなかった。他に動きようがなかっただけである。言われたように当面の資金が必要だし、衣食住のアテなどなかった。これは縁などではない。
不本意だとしても。それでも、異能者であることを利用し、生きていくしかなくなったのだ。
現状足がかりがないだけで、ナオは馬鹿ではない。十ノ宮によればナオには相当の能力があるらしい。だからこそ声がかかったのだ。
嘆いたからといって何ひとつ変わらない。ナオという異能者を得たい組織が目の前にいる。ならばナオも利用させてもらうのは当然のことだった。
「……僕は何をすればいい?」
利用できるものは何でも使う。
誰も信用なんかしない。
ナオがそう決心した瞬間だ。
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