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4.僻地
しおりを挟む異能者として未熟なナオは、まず能力を安定させなければならなかった。危険が身に迫ったことによって異能力は発揮されたが、自在に操れなくては異能者としての価値はない。スポンサーが求めているのは『最強の異能者』だ。能力を使いこなせる必要がある。しかも、なるだけ早いうちに。
経験を積むことが最優先事項とされる中、十ノ宮からナオ専任のサポート役として梶原という男が就いた。居住するマンションなど生活に関わる一切の手続きや学習面、要望を伝えればナオに代わり様々な手配もしてくれる。世間で言うところの後見人だろうか。いや、常に居所を把握されているのだから監視役でもある。
梶原は中堅レベルの異能者で、スポンサーからすると使い勝手がよいらしい。最強ではないが底辺でもない。金で契約しているため指示されたことを淡々とこなす。雇われ異能力といったところか。今回、スポンサーである十ノ宮とナオの均等をとりつつ練習相手ができるとあって最適だった。
「尚くん初めましてー。しばらく合宿生活みたいなもんだね。よろしくどーぞ」
「……どうも」
「おっ 挨拶してくれたー! さあ乗ってのって~」
軽自動車で迎えに来た梶原が車から下り、ナオの前に立った。金髪にキャップ、Tシャツにジーンズという姿。これまでメッセージのやりとりを何回かしていたが、顔を合わせるのは初めてだ。年齢は大学生くらいでどこにでもいる若者、話し方や雰囲気もスーツ男たちのようにかたくない。
ナオが助手席へ乗り込むと梶原も車内へ戻り出発した。
『俺のことは梶原くんでいいから~』という馴れ馴れしさ。ナオのつれない態度を気にした様子もなく、ぐいぐい話しかけてくる。
「あ、ごめんねー。うるさかった?」
「別に……」
「尚くん、猫ちゃんみたいだね~」
『慣らすの大変そう。こりゃ手こずりそうだ』内心で留めるべき言葉すら隠さず口にしている。煩いやつをあてがわれたとナオはうんざりした。しかし日を追うごとに梶原に対する評価は変化していった。
一線を引くナオを理解しているのか梶原は詮索してこないし、必要以上に踏み込まない。けれど、伝えるべきことは簡潔でわかりやすく、これから何をどうするのかきちんと事前に説明する。そしてナオが不安に思うことも疑問も持たないよう先回りできる男だった。
一緒にいて居心地が悪くなることは一度もなかった。
出発してから休憩を挟みつつ車でおよそ三時間。梶原が言っていたように、ナオは異能力を自由に扱える必要があった。十ノ宮所有の施設が国内にはいくつもある。そのうちのひとつにナオは案内された。ということは、何が起ころうとも周辺へ影響を及ぼさない僻地だ。端的に言えば山の中である。
『さあ着いたよ』と声がかかり、車内から下りたそこはひとつの建物以外なにもない場所だった。入口をくぐってからの二週間、梶原が合宿と呼んでいたとおり、ナオが異能力を自在に操れるようになるための日々が始まったのだ。
「ナオくん、へったくそだね」
「……うるさい」
「不貞腐れてもしょうがないんだって。こうさ、簡単でしょ? ちょちょいのちょいってね」
「できないもんはできない」
「うーん、なんでだろうねぇ。いやホント、下手だわ」
梶原は腕を組み、しみじみと呟いた。そんなことは言われなくても、本人が一番よくわかっている。何度も繰り返さないでほしい。
ナオが炎に特化していることは既に判明していた。何しろ相手を一瞬で丸焦げにしたのだから。あのとき感情の昂りによって発現したのであれば、あとは自分の意思どおり操る術を身につければいいだけだ。さほど難しいことではないらしい。梶原いわく、既に持っているものを小さな穴から絞り出すようなイメージ……らしいのだが、ナオはどうしても加減ができなかった。
意識を向ける、集中する。しかし過度なほど炎は舞い上がり、梶原ですらいなせてしまう。虫眼鏡を使った実験を思い出してほしい。太陽の光を集中させ、黒い紙を焦がすというもの。一点に集中させれば高熱になるが、広範囲へ分散させてしまっては威力が弱い。
自分の意志で炎を出せるようになったものの、とてもじゃないが目指す到達点からはかけ離れている。そんなナオに対して梶原は『下手』を連呼していた。
「あー…… とにかくさ、十ノ宮がバッグにつくくらい異能力は強いんだから。あとは加減なわけよ」
「……」
ナオはうまくいかない苛立ちと自分への不甲斐なさで、梶原を置いて施設の敷地から外へ出た。『気が済んだら戻ってこいよー』と背後から声がかかる。気が済んだらってなんだ。今日はこの場所へ戻るつもりなどない。もう終わりでいいだろ。戻るなら自室へ帰る。
外の空気が頬をかすめた。
周りは樹木が広がり、間違っても無関係な人間はやってこない。舗装された道ではなく、誰かが歩いて踏み固められてできたガタガタの山道を進んでいく。きっとここへ連れてこられた人間がナオと同じように頭を冷やすため歩いたに違いない。一本道。迷うことはないだろうが、このまま進んだって何もないことはわかっている。何かあるにしても少し拓けた場所や異能力でも放ったのかところどころ抉れた斜面くらいだ。
(……下手、って)
イラッとした気持ちを発散させるように乱雑な足取りで歩き続けた。ズンズンズン。梶原に対してどうこう思っているわけじゃないのだ。彼は何も悪くない。いつまでも上手くできない自分のせい。わかっていても八つ当たりした態度は消せやしないのだ。
(はぁ……)
ただの苛立ちなんていつまでも持続するものではない。少し落ち着いてくれば木々の隙間に感じるのは自分の気配だけ。そのうち何のために歩いているのかわからなくなり、同じ道を引き返すことが馬鹿らしくなってくる。けっこう歩いてきてしまった。
(……戻るか)
ある程度の時間がたつと、ナオは冷静さを取り戻した。こんなところに用はない。立ち止まって踵を返す。
が、何しろ斜面にできた獣道のようなものだ。足場が悪かった。
「っ……!」
体が傾いでいく。踏ん張ろうにも足元を取られ、靴底が斜面を滑っていった。咄嗟に何かを掴もうと動いた手は、空を切るだけだ。
ズザザッッ──ッ
木に引っかかるなり勢いが治まるなりしてもよさそうなのに、滑り落ちるナオの体は止まらない。場所が悪かったようでそれだけ急斜面ということだ。
体のあちらこちらを擦ってはいるが、幸い岩などに強打しておらず骨折は免れている。
(くそっ……!!)
戻りの遅いナオに気付き、梶原が探しに来てくれるかもしれない。その可能性が一番高いだろうが、いや、落ちるところまで落ちて登る覚悟もした方がいいだろう。現在進行系で滑り落ちている距離を考え、げんなりする。
何より、誰かに頼ることが当たり前になっている自分の考えがおかしかった。
(止まれっ)
ぐっと脚に力を入れたとき、落ちる速度が変わり体が少し浮いたような気がした。しかしそれは状況が好転したわけではなく、むしろ悪手だった。
ナオの体が空中へ投げ出されたのだ。
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