剣と紋と未来の約束

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5.宿主と自称・剣

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 空中へ投げ出された体はどうなるかといえば、重力に従って落ちていく。ナオは何がどうなっているのかわからないまま、ザブンッと全身が水中に浸かった。そこで自分が川へ落ちたのだと理解が追いつく。
 咄嗟に息を止めた自分を褒めたい。それによって大量に水を飲むはめにはならなかったが、いつまでも息を止め続けられるわけがない。反射的にもがいてどうにかしようとするも、ナオの体はちっとも浮上しなかった。川の流れが早いのだ。しかも着衣のままで水を吸ったことにより思うようには動けない。
 水面を目指し必死に腕を動かす。何度も何度も無我夢中で。生きることが億劫だと思っていたのに、こうなるとおかしなほど必死だ。やはり本心は生きたいのか。手足をばたつかせたことで、どうにか水面上へ顔を出すことができた。

「かはっ……!」

 口を開けた途端、一気に肺へ空気が流れる。今のうちとばかりにナオは急いで何度も吸い込んだ。ほっとしつつ、けれど状況は最悪のままで突然変わりはしない。細身のナオが普段から鍛えているわけもなく、体力なんてものはなかった。ありはしない貴重な体力は、もがいたことによって大きく消耗してしまったのだ。どうにか息は吸えたものの、立ち泳ぎなどできるはずもなく。まともに呼吸が整わないまま、体は再び水中へ沈んでいく。

(くっ──)

 苦しい。パニックに陥ってもおかしくない状況で冷静に把握している部分と、どうにもならず薄れていく思考。
 何のためにナオが生き続けようとしているのかといえば、それは妹のためだ。自分のせいで未来が摘まれてしまった可哀想な妹。せめてもの償いとして、可能な治療と困らない生活を送らせてやりたかった。十ノ宮から送金されたうちの一部を匿名で妹名義の口座へ送った。許されることはないとわかっていてもナオはそうせずにはいられなかった。
 未練があるとしたらそれくらいのこと。自分が死んだとしても誰も困らない。何かあれば金にできるものはすべて妹の口座へ振り込まれるよう手続きしてある。おそらく十ノ宮にとってもナオは異能者の一人にすぎず、消えたところで大した痛手ではないだろう。

 息が──

 このまま川底へ沈んでしまえば、事故として終わらせることができる。何がって、ナオの人生のことだ。
 諦めてもいいんじゃないか。必死になって助かろうとせずこのままでも──よくない考えが脳裏を掠めた。ほんの僅かだったその考えが次第に大きくなっていく。黒く広がり、やがて大部分を占めていった。

 ああ、もういいや……

 ナオが全身から力を抜いて、引き結んでいた唇を薄く開いた。多量の水が入り込み、溺れていく。苦しい。苦しいのに、けれど何かから解放されるような気がして望んでしまった。
 暗い水底へ落ちていくように、ナオの意識も沈んでいった。


『──みつけた……お前が宿主だ』


 しかしナオの体は水中で炎に包まれた。水流に逆らってふかりと浮遊したかと思うと、その場に留まっている。そしてどこからともなく響いた声と、揺蕩うナオの体を抱き上げる男の輪郭がはっきり現れた。
 刹那、二人の周りにあるはずの川の水が球状に消えていく。まるで炎に触れた水が蒸発していくかのようだ。そこにだけ空間ができていた。

「勝手に死なれては困る」

 黒髪の男は腕の中にいるナオへ視線を向けた。ぐったりしている様子から男は眉を寄せる。腕にナオを抱いたまま、瞬時に陸上へ移動する。動きが人でないことは明らかだ。それから当然のようにナオへ口付けた。

「うっ……ぐほっ、ゴホッ」

 するとナオは咳き込み、飲み込んでしまった水を吐き出した。涙目になりながら口元を手で拭い、そこでようやく自分が誰かの腕の中にいることに気付く。

「なっ……!!」

 溺れたばかりだ。ナオは力の入らない腕を突っ張り、男と距離を取ろうとしたが叶わない。何をされるのかわからない恐怖で暴れる。しかし男はナオの動きを気にした様子もなく、池面へそっと下ろされた。

「あんた、だれ……?」

 助けられたのだろうとは思う。しかし組織の人間しかいないはずの場所にこうしているのだから警戒はする。迷って入り込むようなところじゃない。施設を維持するために配置された者でもなかった。見たことがない。それに、気配が──

「お前の剣、とでも言っておこうか」
「剣……?」
「まあ拒否権はないがな。宿らせてもらう」
「どういう……っ!」

 黒髪の男はナオの問いかけに答えるどころか、いくつもの疑問を増やした。それらをひとつも理解できていないナオには構わず左手を掴む。すると、手首に残る火傷の痕へ噛みついた。

「い゙っ……!!」

 取られた腕を自分の方へ引き戻そうとするが、力で敵うはずもなかった。ナオよりも頭ひとつ分は背が高い。体格だって鍛えているそれで、どう考えても勝ち目はない。

「はな、せっ!!」

 肌へ立てられた歯がめり込む。痛みにナオは顔を歪めた。それでも男が手を離すことはなく、口元が血の色で赤くなっている。
 じゅるりとナオの血が吸われた。そうすると男は口角を上げ、笑ったのだ。

 その瞬間、いたはずの男の姿は消え、手首にあったはずの火傷痕が見たことのない紋様へと変わっていた。

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