三州の太守

芙伊 顕定

文字の大きさ
9 / 54

【第九話】次世代へのバトン

しおりを挟む
 元の侵攻を食い止めてから3年の月日が流れていた。

 島津久経は死の床にあった。
「忠宗よ、薩摩守護職と家督はそなたに継がせる。久長にはすでに所領を分配してある故、兄弟力を合わせて島津の家を守ってくれ」
「はっ‥、ち、父上‥」
「泣くな、忠宗よ」
「はい‥」
「それと、三郎のことじゃが、あやつは薩摩一国に収まる器ではないぞ」
「はっ」
「あやつには、大将の器が備わっておる。のびのびと育てるがよい」
「畏まりました」
「元とのいくさはしんどかったが、楽しくもあったの」
「また、父上の背中を見ながら戦いとうございます」
「はっはっはっ、無理を申すな。もう身体が動かんわ」
「久長よ、兄をよく助けよ」
「はい、父上!」
 傍に控えていた、弟の伊作久長も頬が濡れている。
 父・島津久経は初代忠久公の嫡孫として、立派に島津の家を守り抜き、自分に跡を継がせた。
 陰謀渦巻くあの鎌倉で、何事もなかったように島津家を守った。
 九州に下向してからは、明るい表情が目立つようになり、鎌倉での日々がいかに重圧であったかを物語っているかのようであった。
 父が息を引き取ったのは、その夜のことであった。
 最後は息子たちに囲まれ、多難な人生を生き抜いた充実感に満ちた表情であった。


 鎌倉の足利屋敷は騒然としていた。
 当主、足利家時が自害して果てたのである。
 執権・北条時宗が34歳の若さで死んでから2ヶ月後のことであった。
 鎌倉中での噂では、時宗の死に殉じたものとして、なんと忠義に篤き男よ、さすが足利一族よ、と持て囃されていた。

 足利貞氏は呆然としていた。まだ12歳である。当然であった。
 高師氏・師重親子が貞氏を支えていた。
「貞氏さま」
 師氏が重い口を開いた。
「今から言うことは、亡き殿からのご遺言とお心得ください」
「師重も心して聞くがよい」
「執権さまがお亡くなりになったその日、私は殿に呼ばれ次のように言われました」

「師氏よ、これは秘中の秘ぞ‥」
「‥足利は将軍にならねばならぬ家である。ただ、現在の鎌倉ではそれは無理であろう。」
「さきの元寇で、幕府の支配力はより強力になったと同時に、御恩を施さなければならぬ対象が増えた」
「このことの意味がわかるか?元寇は防衛戦であったが故に、勝利しても恩賞とする土地がない」
「まだ幕府の支配は針の穴も開かぬほど盤石であるが、いずれ立ち行かなくなるのは目にみえておる」
「幕府の綻びが明白になってきた時が我らの出番である。ただしそれはまだ先の話であろう。それまでは雌伏の時である。幕府にわずかでも疑われてはならぬ。」
「このことは、代々の足利家当主に秘中の秘として引き継いでほしい。わしはわしなりに、幕府への忠義を示したいと思っておる。わし共々、貞氏のこともよろしく頼むぞ」

「‥とのことでした」
「貞氏さま、つまりお父上は、執権さまに殉じることによって幕府への最大の忠義を示したのです」
「我らがお支えします故、貞氏さまは足利の当主としていかに処すべきがよくよくお考えになってください」
「‥よくわかった。師氏に師重、父上同様わしのこともよろしく頼んだぞ」
「はっ!畏まりました」

 新田基氏・朝氏親子が弔問に訪れた。
「この度はご愁傷様でした」
「まさか家時さまが殉死なさるとは‥」
「新田の家は、足利一族である。父同様この貞氏のこともよろしく頼むぞ」
「はっ、畏まってございます」
「我が息子朝氏は、貞氏さまと歳も近うございます故、よくよくお支えするよう申し聞かせます」
「うむ、頼もしい限りである」
「こちらこそ、我が新田を今後ともよしなにお引き立てくだされ」


 第9代執権には、時宗の嫡男・北条貞時が就任した。
 次世代に残された課題は山積みである。
 新たな世代の船出が始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...