89 / 165
31~40話
報告に行きましょう【中】
しおりを挟む
盛大に混乱しながらも、クロの手を借りて急いで身支度を整える。
受け取ったばかりの服の山からクロが選んでくれたドレスは、『人形』に着せつけることを想定してか見た目よりも単純な構造になっていたので助かった。
「どこもおかしくないですか!? 大丈夫!?」
「大丈夫――ではないな」
「! やっぱり似合わ――」
「この世のものとは思えぬ可愛らしさだ。こんなにも愛らしく可憐な令嬢は見たことがない。一目見れば間違いなく誰もが心奪われるだろう……。父上の目に入れるのが不安になってきた」
「…………」
見たことがないのはきっと、このサイズの令嬢が他にいないせいだ。
的外れな心配をするクロをおざなりに宥めつつ、ドレスがシワにならないよう慎重にポケットに収まる。クロも渋々と指輪を収めた箱を手にして部屋を出た。
クロの私室から執務室までの往復とは違う、長い長い道のり。目指しているのはきっと、この大きなお城の中心部。
迷路のように入り組んだ回廊に、私は早くも道順を見失ってしまった。
一人で執務室に戻れと言われたらたどり着けない自信がある。
すれ違う使用人たちは皆一様に足を止め、壁沿いに立って深く礼をする。
お城勤めの役人と思しき人たちとも軽く挨拶を交わしながら歩を進めていたクロが、不意に足を止めた。
「王国の光、クローヴェル王太子殿下にお目にかかります」
凛とした鈴の音のような声。
ポケットの縁からこっそりと覗き見れば、進行方向正面に従者を連れた一人の令嬢が立っていた。
綺麗な笑顔を乗せた顔も、たおやかな所作も、精巧に作り上げられた陶器の人形のように美しい。
「久しいな、マリエラ。息災か?」
「ご高覧の通りに」
「そうか……。今日はどうした?」
「兄の遣いに参りました。せっかくの機会ですので、図書館へも訪れようかと」
「ふむ。最近、西方薬学に関する珍しい本が入ったと聞く。ゆっくりしていくといい」
「お心遣い痛み入ります」
二人は軽く言葉を交わして別れる。
会話にはどこもおかしな点なんてなかった。
なかったけれど……。
親しげな様子のクロとは反対に、やわらかな物腰のなかにもあえて壁を隔てたかのような令嬢の雰囲気が気になった。
受け取ったばかりの服の山からクロが選んでくれたドレスは、『人形』に着せつけることを想定してか見た目よりも単純な構造になっていたので助かった。
「どこもおかしくないですか!? 大丈夫!?」
「大丈夫――ではないな」
「! やっぱり似合わ――」
「この世のものとは思えぬ可愛らしさだ。こんなにも愛らしく可憐な令嬢は見たことがない。一目見れば間違いなく誰もが心奪われるだろう……。父上の目に入れるのが不安になってきた」
「…………」
見たことがないのはきっと、このサイズの令嬢が他にいないせいだ。
的外れな心配をするクロをおざなりに宥めつつ、ドレスがシワにならないよう慎重にポケットに収まる。クロも渋々と指輪を収めた箱を手にして部屋を出た。
クロの私室から執務室までの往復とは違う、長い長い道のり。目指しているのはきっと、この大きなお城の中心部。
迷路のように入り組んだ回廊に、私は早くも道順を見失ってしまった。
一人で執務室に戻れと言われたらたどり着けない自信がある。
すれ違う使用人たちは皆一様に足を止め、壁沿いに立って深く礼をする。
お城勤めの役人と思しき人たちとも軽く挨拶を交わしながら歩を進めていたクロが、不意に足を止めた。
「王国の光、クローヴェル王太子殿下にお目にかかります」
凛とした鈴の音のような声。
ポケットの縁からこっそりと覗き見れば、進行方向正面に従者を連れた一人の令嬢が立っていた。
綺麗な笑顔を乗せた顔も、たおやかな所作も、精巧に作り上げられた陶器の人形のように美しい。
「久しいな、マリエラ。息災か?」
「ご高覧の通りに」
「そうか……。今日はどうした?」
「兄の遣いに参りました。せっかくの機会ですので、図書館へも訪れようかと」
「ふむ。最近、西方薬学に関する珍しい本が入ったと聞く。ゆっくりしていくといい」
「お心遣い痛み入ります」
二人は軽く言葉を交わして別れる。
会話にはどこもおかしな点なんてなかった。
なかったけれど……。
親しげな様子のクロとは反対に、やわらかな物腰のなかにもあえて壁を隔てたかのような令嬢の雰囲気が気になった。
43
あなたにおすすめの小説
【完結】タジタジ騎士公爵様は妖精を溺愛する
雨香
恋愛
【完結済】美醜の感覚のズレた異世界に落ちたリリがスパダリイケメン達に溺愛されていく。
ヒーロー大好きな主人公と、どう受け止めていいかわからないヒーローのもだもだ話です。
「シェイド様、大好き!!」
「〜〜〜〜っっっ!!???」
逆ハーレム風の過保護な溺愛を楽しんで頂ければ。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる