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51~最終話

差し伸べられた手《クロ視点》【上】

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 見返り目当てに手を差し伸べる者は多い。
 与えられた職務に忠実に働く者もいる。
 しかし媚びでもなく、義務でもない、純粋な思いやりを向けられたのは初めてだった。


 小さく可憐な姿は見るものの庇護欲をそそり、愛されるために存在しているのだという確信すら抱かせる。
 人のことわりに囚われない存在妖精だからこそ、地位や権力といった俺の『利用価値』にも関心を示さないのだろう。
 それだけで十分だった。

 利害なく手元に置き、一方的に愛でて癒しを得る。
 ぬいぐるみや小動物を可愛がるのと変わりない、無数にある愛情の一欠片。

 生活環境を整え、食事を与え、何不自由ないように。
 そして可愛らしい願いの十や二十叶えてみせれば、気まぐれに現れたこの愛らしい妖精も居心地よく長く留まってくれるのではないか。

 ところが小さな妖精は、そんな浅はかな考えを一蹴するかのように俺をいさめて言ったのだ。

 助けになりたい――と。


 瞬間、目の前を覆っていた膜がボロボロと剥がれ落ち、世界に光が満ちた。



 小さな身体で自身もなにやら思い詰めているようなのに、知り合ったばかりの俺へと心を砕いてくれる。
 事実彼女は、俺に乞われて姿を現す以前からこっそりと魔力を吸収し、俺を助けてくれていたのだ。
 見つかりたくない様子でありながら、触れるというリスクまで負って。

 真っ直ぐに向けられた瞳からも、その行動からも、助けになりたいという言葉を疑う余地などなかった。


 手のひらに囲われ、守り、可愛がられるだけの存在ではない。
 そこにいるのは、しっかりと自分の足で立ち、困っている時にも他者に手を差し伸べる優しさを持った、強く美しい女性だった。

 ――その日から、俺の心のすべてはヒナのものとなったのだ。





 種族など関係ない。ヒナがヒナでありさえすれば。
 けれど妖精である以上、どんなに共にいたいと願おうと『結婚』という人間のルールで縛りおくことは難しいだろうとも思っていた。
 伝承を信じるならば、寿命だって天と地ほども違うのだ。

 そのヒナが、人間であった。

 この喜びがわかるだろうか。

 ヒナとの結婚が叶う。
 ヒナとともに人生を歩める。
 苦楽を分かち、愛しあい、同じ時を生きられる。

 婚約披露を二週間後に控え、俺の全身からは絶えず喜びがあふれ出ているような心地がした。
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