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11章 禁則領域 『異世界創造の主要』
書の1後半 掟、破りますか?『負けるとヤバイんですよね』
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■書の1後半■ 掟、破りますか? will be breaking away from placed properly
現実を見限る替わりに仮想世界にはまり、その中で……こうありたいという仮想の自分を演じて自分を慰めている。
否定なんぞするか、嫌って位分かっている。それは自慰行為だ。でも自慰でも何でも欲求を満足出来ずに鬱憤を溜めるよりは全然健全だと俺は思っている。こういうのを昇華ってんだろ?自慰行為に崇高もクソもあるか。手段は人それぞれの嗜好による、人のセクロス笑うなって話。
自慰も出来ねぇ奴の鬱憤で現実が振り回されたらたまんねぇ。
それでも現実世界を無視すんな、目を向けろ?
なんでだ。
俺が仮想に逃げ込む事で何か、誰かに迷惑かけたか?世界を壊してしまうような事態にでもなるってのか?
なんねぇだろうが。仮想は仮想、現実は現実とちゃんと分別つけてるゲーマーにまで社会の敵とかレッテル貼るのはよしてくれ。何が社会の敵だ。
世界をゲームみたいに考えて天井付けて、自分の都合の良いようにしようとしている奴はどっちだってーの。
しかし……トビラはどうなんだろう。アレも一応ゲームだ。あまりにリアルな体験として夢を見るという、新しい規格のゲーム。
ゲームであるなら世界の中にプレイヤーがいるのではなく、プレイヤーの為に世界がある事になるのだろうか?
それならば俺と阿部瑠、俺らの関係性が夢の中で反復されてしまうのにも納得する。世界の中に俺達がいるのではなく、俺達のためにトビラ世界が用意されているなら、そのような歴史のつじつま合わせはアリだろう。
けどなぁ……トビラにおけるプレイヤーは俺一人じゃない。
俺と、阿部瑠と、他にも多くの経験を共にする者達がいる。それら全員と同じ夢を見るという摩訶不思議な事が起こっていて、それぞれのリアルの関係性が反復されるとするなら……どれだけのつじつま合わせを世界は行わなければ行けないのだろう?
それが凄まじい規模になるだろう事を考えると果たして、従来と同じモデルで世界を考えて良いものかと疑問に思う。
世界は俺達のために用意されたものなのだろうか、それとも……旧式ゲーム世界の掟を破り、トビラは世界の上に俺達プレイヤーが降り立つゲームなのだろうか。
え?大人数参加型ネットゲームはどうなるんだ?あれはトビラに限りなく近いだろ?
いやぁ、そうかな。確かに同じ世界を共有する訳だから一人のプレイヤーのために世界がある訳じゃねぇだろって事になるかもしれないが……。
俺が言っている世界というのはフィールドという意味じゃないんだ。どっちかっていうと……シナリオ、に近い。
見える触れ得るオブジェクトとしての世界を言っているんじゃなくて、その世界の中で俺達が繰り広げるドラマ、シナリオ、イベントとしての『世界』。
大人数参加ネットゲーム通称MMOは参加者全員が共有できるシナリオをプレイヤーが作る所まではまだ進化していない。そういう大きなシナリオは、あくまで世界の提供者である者達が設定しているだろう?
まぁ共有されているシナリオがないわけでもない。そういうのを作るためにコミュニティを作ったりしている所もあるが、それはMMOゲームの中ではなく、むしろ外で行っている場合がほとんどだろう。
特定のアイテムを取りに行く事、合成の手順はプログラム的に定められている事。特殊モンスターの配置もお使いイベントも、それは世界に降り立っているプレイヤーに向けて世界がしてもいいし、しなくてもいいと用意したものだ。
プレイヤーの為に世界が用意しているもの。
トビラは違う、俺達は世界の中に投げ出される。世界は何も俺達に課さない。好きなようにその世界で歴史を紡げばいいと放られる。ただ唯一与えられるのはその世界の中における自身が背負った過去の記憶だけ。
世界は仮想世界の中のにおける『自分』の過去をそれぞれに用意してくる。それを各々に思い出させる。
その世界で俺達は、何が出来るだろうと考えてあくまで自分が出来る事をやる。
本当は世界を破壊するだとか救うとか、そんな大それた事には手が届かないし、そもそもそんな事は起こるはずがなのだろうが……いや、そうじゃないのか。
……出来るならやってもいい、っていう世界なんだっけか。
でもその、起こるはずがない事が起こった。
それは……世界をプレイヤーに向けて用意するためにフラグという『世界にとっては一種のバグ』をばらまいた所為だろうと俺は考えている。
世界ありき所にプレイヤーありきにすべくシナリオの種を蒔き、本来変える事が出来ない『世界』を個人の都合で変える事が出来るようにしてしまったからじゃないだろうか?
その果てに赤い旗が生まれた。誰かの都合で世界を破壊しうるバグの中のバグ。フラグシステムをばらまいた方も把握していなかった事態を引き起こす、正体不明のプログラムが爆誕してしまった。
トビラは俺達プレイヤーの為にあるのだろうか?それとも、プレイヤーがトビラの上にいるのだろうか。
もし、トビラという世界ありきだとするなら……。
俺と阿部瑠のリアルの経験が、仮想世界トビラの中で俺であるヤトとアベルに当てはめられて同じように反復するのはなんでだろう。俺か、阿部瑠か、どちらか同じ事を望んだからか?
望でいるなら……もうちょっとマシな展開に落ち着けよとぼやいてしまう。
出来れば俺はあんな、自分でも情けない事はしたくなかったんだ。阿部瑠だってもっとマシな返事を俺から引き出したかっただろう。
それなのにオチまで同じようでは溜まったもんじゃない。
理想がトビラの中に叶えられているというのならもうちょっと幸せな展開になってもいいんじゃねぇの?
でも、そうならなかったという事は……どういう事なのだろう。
仮想世界は理想の姿を写し込んでいる?
逆に考えてトビラの中の俺はリアルの俺とは『違う存在』と思っているけどそうじゃなくって、本当は俺自身の別の姿なのだろうか。こっちの俺は、あっちの俺みたいにもう少しマトモに現実世界で立ち回る事が出来る事を暗示しているのだろうか……とか。
いやいやいや、混ぜちゃいかんだろうよ。こっちはこっち、あっちはあっちだって。
俺は思考の果てに、そのようにむずがゆくなって頭を抱えていたりした。
「さっきから何してるんですか?」
「うぇ?」
突然突かれて慌てて顔を上げる。レッドが俺の方を見ないで、話し込んでいる阿部瑠とマツナギの方を向いたままこっそり囁いた。
「上の空で顔を歪めてみたり笑ってみたり眉を顰めてみたり……」
「そ、そんな事していたか?」
レッドは眼鏡の下の視線だけこちらに向けた。
「ええ、皆さんの話を聞いているにしては表情が合っていないというか……」
う、そんなに観察されていたとは気がつかなかった……。当然恥ずかしい。そうだ、メシも食ったし……そろそろ逃げないとな。ゲーム定例に合わせて帰るには丁度良い時間になったかもしれない。
俺はその様に照れ隠しに携帯を弄りながら現在時刻を確認。
さて、問題は。
どのようにこの場を逃げ出すか……だ。トイレに行くと言ってそのまま逃げるか?いや、会計はどうすればいいだろう。レッドにこっそり持たせておくか?
「ああ、そろそろ帰るんですか?」
俺のそんなちょっとした挙動不審を見てレッドが声を掛けてくれる。
「……ん?」
それでもそうだと素直に言えない俺は、中途半端に惚けてしまった。
「確か、用事があると言っていませんでしたっけ?」
……レッド、お前気が利く奴なんだなぁ。
口先が上手いのはこっちでも同じなんだな。でも、嘘じゃないって所があっちと違う。
俺とレッドは用事があるからと、話し込んでいる連中をその場に残して飲食店を脱出してきた。
嘘を言って抜け出してきたんじゃないぞ。真っ当とは言い難いが用事が在る事は間違いないし……。
な、嘘じゃないよな?
俺は最寄り駅まで一緒に歩いているレッドを振り返った。別段俺達お互いにおしゃべりって訳じゃないので無言で歩いていたりする。
「お前も本当に、用事があったのか?」
「ええ、言ったでしょう。趣味仲間との定例があるって」
ふぅん、まぁその趣味が何だとかはあえて聞かないけどな。大凡分かっているし俺には理解出来ない世界だ。レッドの趣味の裾野は広い上に深い。しかし根本にあるのは『特撮趣味』と聞いている。多分そっちの方面だろうと予測。
「貴方は?」
「ん?」
「だから、貴方は。本当にそのような『ゲーム定例』なんて用事があるんですか?」
心外だ、嘘付いていると思われているのか。
いや……確かに。俺はそういう嘘を軽々しくついて逃げ出したりするわな。ナッツや阿部瑠だったら本気で疑って掛かってくるだろう。
あの場を抜け出せたのは、俺の事情をレッドが説明したからだ。俺の口から言っていたら阿部瑠の奴、それホントなのかしらとか言って散々チクチク聞いてくるに違いない。
俺が嘘吐きなチキンである事をあえて、レッドに吹聴するような事はしないのな。
レッド、そいつの言う事大半嘘よ、本気にしているなら気を付けた方が良いわ、とか後でこっそり助言するつもりなのだろうか。だとしたら……余計なお世話もいいトコだ。言うんだったら今言えよ、俺の前で言えよ、俺の知らない所でコソコソやってんじゃねぇよ。
いや、どっちみち俺はダメージ被弾するんだけどさ。
あと、実際阿部瑠が俺をどう思っているかは知らんし興味なんてねぇけど!
レッドの事は、ネット上では昔から知っている。だが、オフでこうやって顔をつきあわせたのはごく最近だ。トビラのテストプレイヤーをやる事になって始めてリアル姿を拝んだ。それは双方同じで、奴もその時初めて俺のリアルを拝むことになったはず。
仮想世界に置いてある俺という、偽りのアイコンを見ていて俺の本当の姿まで迫れるとは俺は、思っていない。そこまで推測されたら仮想世界で、仮想アイコンを置いてリアルの俺を隠している意味がない。
数度顔を合わせただけでこいつは、俺がリアルでとんでもない嘘吐き属性があるという事を見抜いているのだろうか?
嘘吐き、ダメ人間、チキン、とか遠慮無く俺の周りの奴は俺を評価して言う。誰って、アベルとテリーとナッツだけど。
それを真に受けているだろうか?
……今、俺達は仮想世界を通していない。現実の、生身で顔をつきあわせているのだったと……思い出す。
「嘘も方便、といいますし」
「別に、嘘じゃねぇよ」
などと口から言っているが実は嘘だ。
……本日定例狩り日というのは嘘でである。狩りはしない。本当は城攻防戦だ。が、仮想世界でログインして落ち合う約束があるのは事実である。
そう、在る意味嘘で。在る意味……真実。
え?なんでそんな嘘ついたかって?
阿部瑠に城攻めがある某MMOをやっている事実をバラしたくなかったからだ。
ご存じの通り俺とナッツ、阿部瑠で同じ某MMOを同じサーバーで遊んでいる。主にコピーさんと言うクランリーダーが率いるグループに属していてそこが定期的に行うクエスト集合に出たり、実際オフで合ったりもする。付き合いはそこだけではない、多数のクランに属していても別に、そのMMOゲーム上は問題はない。
数多くあるMMOゲームではそこのゲームをメインにやっている俺なわけだが、間違いなくゲームジャンキーの俺はもちろん、他にも多くのMMOに手を出していてたりするのだ。
……俺は阿部瑠の奴をうざいと思っている所が少なからずあるのは、もぅご理解頂いていると思われる。
あいつの友人を辞めるつもりはないが……それ以上に踏み込んでくるのは勘弁して欲しいと本気で願っている。
ゲームを愛する俺には、リアルの人付き合いの深い奴は無理だ。
だから、俺は無理だと言った。でも奴はどうして無理なのだと言う俺の理由を理解しなかった。それで諦める私だと思うか?とか言って、どこまでも俺の言葉を受け入れてくれなかった。
だから、つまり。
お前とは付き合えませんと断ったのに、嫌!そんなの嘘だから聞かない!聞かなかった事にする!
……と言う事になっているのだぞ?理解頂けている?
とどのつまり俺達の関係は……もうとっくに破綻している。
それで奴は、まるでその俺の否定を無かった事にしていつもの通りで振る舞っている。恐らく……再びリベンジする隙をそのようにして伺っているんだろうなぁ。
よろしい、何度でも来てみろ。その都度同じセリフで拒否ってやるわ!負けねぇ、俺は負けないんだからッ!
そんな風に色々身構えている俺であるがぶっちゃけて、それが疲れるからさっさと色々諦めてくれないかなぁと願っているんだ。
友人だと思えば近くにいるのも嫌ではない。だが、もう一歩こっちに踏み出してこようとしている動作を思うと身構えてしまう。
それが……嫌だ。
友人を装って結構あっちこっちでひっついて来やがるしな。
そんなんで奴は楽しいんだろうか?俺にはよく分からない。
そもそもあいつ、コントローラー操作とか反射神経を必要とする手先は神掛かっているが、その引き換えに、という具合で攻略本が『読めない』。実はアレで音ゲー関係にかなり強かったりするのに、俺が音ゲー方面にあまり興味を示してないもんだから今はあんまりやってないみたい。
音楽ゲーム等の大型筐体分野が得意なマツナギと戦わせた面白そうだな。
そういえば、彼女らさっきかなり音ゲージャンルの話で盛り上がっていたようにも思える。
中におけるアベルと同じ、阿部瑠は地図やダンジョン構造にもの凄く弱い。それなのにRPG系なんかやって面白いんだろうか?
酷いからな、自分一人で某MMO潜ると100%迷子になっている。地図にルートが書いてあっても見当違いな所に行く。拠点地に戻れる魔法とか道具を欠かさず持っていって、それで各地を彷徨ったあげくなんとか戻ってくるっていうアホなゲームプレイをやっている。でなければ必ず同行者を呼びかけて一緒に目的地に行って貰っているらしい。
RPG系は苦手だとはっきり言っている癖に。
俺がゲームやってると何のジャンルに関係なく興味示して近づいて来やがる。MMOなんて大概RPG系だ、俺がやっていると知ると登録無料とかいうタイプだったりする場合突然ふらりと入って来やがって……同じサーバーだったりした日にゃぁ……。
俺、リアルはともかく仮想世界ではチキンではないしダメ人間ではない。
仮想には仮想の人格がある。YATOという名前で築いているキャラクターがある。
知り合いを、ぞんざいに扱えない。何だかんだいって地図も読めずにフラフラしている奴を放っておけず、色々面倒みてしまうのだ。
え?それはお前が悪い?
ええ……俺もなんでうざいと思っているのに面倒みているのだろうと、リアルパソコンの前で頭を抱えている。だが、コンソールに置いた手がリアルの思いとは裏腹な事を叩いてしまうのだからしょうがないだろう。
そのギャップこそが俺がダメ人間と言われる所以だ。俺も自分がダメだなぁとそこのあたり、思う所なんだよ……ど畜生。
面倒な奴、と思いつつ同じゲームをしているとなると好きとか嫌いとか苦手とか、そんな話は別になっちまう。
俺はゲームジャンキーだから、ゲームの話を振られたりゲームの中で頼りにされるとどーしても断れない。あと、正直に言うと割とそう云うのが嬉しい。面倒な奴でも同じゲームをしているっていうのは嬉しいだろう?
この自らのギャップに苦しむ俺に、親友のナッツさんからのありがたいお言葉は以下の通り。
「なら、阿部瑠に他のゲームやってんの黙ってればいいじゃない」
嘘も方便。レッドも言っていた。嘘推奨と受け取りました。
……俺が狩り日だ、とレッドに言った理由は以上の通りである。
実は城攻めである、と言っていたら『え?何そのゲーム?今度は何やってるの?』とか聞かれるに決まっている。聞かれたら俺、言い逃れられない弱っちぃ性格してますから……だから先に嘘をついて誤魔化しているという具合だ。
「大変ではないのですか?」
「……何が?」
駅が近い。おかげで人通りも多くなってきた。声が聞き取りにくくて俺はレッドを振り返る。
「……ですから……いや、……」
何やら口ごもっている相手を無視して俺は帰宅の為の路線確認。この辺りは普段は余り来ないので詳しくない。
「お前、確か山手、埼京線だったよな。俺は地下鉄だからここで……」
「ああ、そうですね……では」
………。
何か言いたい事、言うの諦めたなお前?
「何かあるなら言えよ」
まだ時間的には余裕ある訳だし。俺は珍しくそのように積極的に聞いてしまった。奴がそうしろと云うから、男友達だと思う事にしている。すると格段に話しかけやすいもんだな。
「……いや、別に?」
「別に、って顔してねぇじゃん」
「そうでしょうか?」
自分の表情に自信がないように顔を背けてレッドは、なんかてんぱってんなぁ……。俺はさっきの仕返しをしただけなんだけど。
「すいません……ボク、本当は余り……人付き合いが上手い方ではないので……」
「そりゃ、俺もそうだ。正直オフばっかじゃなぁ、トビラやり始めてからウザい連中が増えた気がするし」
「……すいません」
「別にお前の事じゃないって」
阿部瑠は……まぁ、前からああだけど最近さらに酷くなった気がする。それに加えてテリーもちょっかい出して来やがるようになっただろ?
「……そういや、お前何の用事だったんだ?」
今日の『原因』はお前だったな。あ、だからすいませんなのか?
「いや、それは言った通りです……とくに用事は」
っと、そういやすでに聞いた質問でした。答えが理解出来なかったので聞いた事になってなかったみたいだ。そう、正直そんなのは答えとして受け取れない。
「人見知りのニートがわざわざ人とメシ喰いに行こうとするかよ」
とはいえ、俺の状態はニートに近いが残念ながらこれで一応働いているので完全なニートではない。レッドだってトビラのテストプレイヤーを引き受けているんだから脱ニートだろうに。
この場合ニートじゃなくて引きこもり、の方が合っていたかもしれん。しかしニュアンスは十二分に伝わっている。
「やっぱり、嫌なものでしょうか」
「……場合にもよるな」
「というと?」
「美味いもんでも奢ってくれるってんなら話は別だ」
お金の問題はいつでもシビアであります。
「……別にいいですよ?奢る事くらい」
あーもぅ、お金持ちのボンボンはもぅこれだから。
「いや、んなタカるような事はしねぇって。嘘だ」
やっぱり、人と会うのは誰であろうと面倒だ。俺は地下鉄駅の方面に向いてレッドに後ろ手を振った。
「じゃぁな、まぁ自宅周辺がうるさかったらまた邪魔するかもしれないけど……引っ越しも視野に入れとくかな」
嘘だけど。
俺ん家であるアパートは立地とか色々都合良いから引っ越すつもりさらさらねぇけど。
「……あの、やっぱりボクは瑠衣子さんみたいには出来そうにありませんのでお聞きするんですが」
どうにもまだレッドがついてくるみたいなので仕方が無く振り返る。
「……そのうち、貴方の家に遊びに行っても良いですか?」
「……は?」
「いや……ですから、たまに集まって鍋囲んだりするとか聞きまして、よかったらアンタも来なさいよと瑠衣子さんから誘われておりまして……それで」
ああ、それで自分も上がり込んでも良いものかと。
そういう事を聞いている訳か。
勝手にしろ、と言いそうになって……いや、待て待て。それだといつもの二の舞だ。これ以上上がり込んでくる人間が増えるのは勘弁だ……と、言ってやろうかと思ったけど。
……言えないよなぁ俺、チキンだし。
「まぁ、いいんじゃねぇの?」
他人事みたいに言ってしまった。
そこらへんに心の中の葛藤というか、矛盾というか……そういうのが込められていると思ってください。
するとレッド、にっこり笑うのな。なまじ夢の中でも色彩までもが全く同じ顔をしているもんで、なんだか不思議な気分になる。
だって、こいつトビラの中だとこんなに爽やかに笑う事ほとんど無い。別人だ。いや、間違いなく別だろうよ。
トビラの中の俺も、レッドも別人だ。
演じられている、現実の中に混じる事の無い仮想キャラクター。こちらからあちらに混じる事はできるのに、あちらがこちらに混じってくる事は無い。
というか、思い出すにトビラの中だとこいつ男だもんな。
でも今……俺が顔をつきあわせているこいつは成りは男っぽいが女なんだ。そういう意識をしないでくれと本人から言われているから今更ああ、こいつ女だったと認識する様な事は努めて、しないけど。
というか今、その努力の真っ最中ですけど。
嬉しいのだろう。
その微笑みは間違いなく嬉しい感情の表れだと思う……けど、そう言う顔見てしまうと意識しちゃいけない事を意識してしまいそうになるんだ。
いや、やめた方が良いよな……いろいろな意味で、アイン姉さんが黙っていないだろう、ネタにされてしまったら敵わん。
……と、そういやアイン。
先週はログインまで会えなかったもんなぁ。彼女とはなんとかオフで会えないものだろうか。
出来れば、ええと、個人的に。
そんな事を思い出す。
「では、ボクはそろそろ時間なので」
「ああ、ちょっと待て。なぁレッド」
「何でしょう?」
「お前、アインとオフで会った事在るか?奴が集合かけた奴以外で」
「そう言う事は瑠衣子さんに……相談出来ない事なのですね。はい、その当たりは聞いております」
俺が嫌な顔をしただけで俺の気持ちを即座に了解しやがったレッドだが、いやまて。誰からナニを聞いているのだ。
何を、どこまで?そんな俺のココロの疑問も見事に読み解いてレッドが答える。
「瑠衣子さんから直接、それらしい事を聞いております」
それらしい?……詳しく何を聞いたと尋ねるのも墓穴を掘るような気がするので推測で我慢。
あー、そうですか。あの厚顔無恥め!人の羞を広めて何がしたいんだか。
「……なんだか、一応釘刺されている気分でしたねぇ……」
「なんだそれ?」
「いや、これは独り言です。しかしアイさんも『事情』は分かっているのでしょう?……何の用事ですか?」
ええと、俺と阿部瑠がどういう関係にあるかという『事情』な。
「何って、まぁ……トビラの中でやらかした約束をR・リコレクトしてさ。ついでだからあの相棒の妹はなんとかならんものかと改めて相談でもしてみようかなぁと」
レッドは少し考えてから携帯端末を取り出す。何を確認しているのかと思ったら、カレンダーを見ているようだ。
「ああ、もしかすれば何とかなるかもしれません」
「何とかって?」
「会いたい訳でしょう、瑠衣子さんに知られないように、アイさんと」
現実を見限る替わりに仮想世界にはまり、その中で……こうありたいという仮想の自分を演じて自分を慰めている。
否定なんぞするか、嫌って位分かっている。それは自慰行為だ。でも自慰でも何でも欲求を満足出来ずに鬱憤を溜めるよりは全然健全だと俺は思っている。こういうのを昇華ってんだろ?自慰行為に崇高もクソもあるか。手段は人それぞれの嗜好による、人のセクロス笑うなって話。
自慰も出来ねぇ奴の鬱憤で現実が振り回されたらたまんねぇ。
それでも現実世界を無視すんな、目を向けろ?
なんでだ。
俺が仮想に逃げ込む事で何か、誰かに迷惑かけたか?世界を壊してしまうような事態にでもなるってのか?
なんねぇだろうが。仮想は仮想、現実は現実とちゃんと分別つけてるゲーマーにまで社会の敵とかレッテル貼るのはよしてくれ。何が社会の敵だ。
世界をゲームみたいに考えて天井付けて、自分の都合の良いようにしようとしている奴はどっちだってーの。
しかし……トビラはどうなんだろう。アレも一応ゲームだ。あまりにリアルな体験として夢を見るという、新しい規格のゲーム。
ゲームであるなら世界の中にプレイヤーがいるのではなく、プレイヤーの為に世界がある事になるのだろうか?
それならば俺と阿部瑠、俺らの関係性が夢の中で反復されてしまうのにも納得する。世界の中に俺達がいるのではなく、俺達のためにトビラ世界が用意されているなら、そのような歴史のつじつま合わせはアリだろう。
けどなぁ……トビラにおけるプレイヤーは俺一人じゃない。
俺と、阿部瑠と、他にも多くの経験を共にする者達がいる。それら全員と同じ夢を見るという摩訶不思議な事が起こっていて、それぞれのリアルの関係性が反復されるとするなら……どれだけのつじつま合わせを世界は行わなければ行けないのだろう?
それが凄まじい規模になるだろう事を考えると果たして、従来と同じモデルで世界を考えて良いものかと疑問に思う。
世界は俺達のために用意されたものなのだろうか、それとも……旧式ゲーム世界の掟を破り、トビラは世界の上に俺達プレイヤーが降り立つゲームなのだろうか。
え?大人数参加型ネットゲームはどうなるんだ?あれはトビラに限りなく近いだろ?
いやぁ、そうかな。確かに同じ世界を共有する訳だから一人のプレイヤーのために世界がある訳じゃねぇだろって事になるかもしれないが……。
俺が言っている世界というのはフィールドという意味じゃないんだ。どっちかっていうと……シナリオ、に近い。
見える触れ得るオブジェクトとしての世界を言っているんじゃなくて、その世界の中で俺達が繰り広げるドラマ、シナリオ、イベントとしての『世界』。
大人数参加ネットゲーム通称MMOは参加者全員が共有できるシナリオをプレイヤーが作る所まではまだ進化していない。そういう大きなシナリオは、あくまで世界の提供者である者達が設定しているだろう?
まぁ共有されているシナリオがないわけでもない。そういうのを作るためにコミュニティを作ったりしている所もあるが、それはMMOゲームの中ではなく、むしろ外で行っている場合がほとんどだろう。
特定のアイテムを取りに行く事、合成の手順はプログラム的に定められている事。特殊モンスターの配置もお使いイベントも、それは世界に降り立っているプレイヤーに向けて世界がしてもいいし、しなくてもいいと用意したものだ。
プレイヤーの為に世界が用意しているもの。
トビラは違う、俺達は世界の中に投げ出される。世界は何も俺達に課さない。好きなようにその世界で歴史を紡げばいいと放られる。ただ唯一与えられるのはその世界の中における自身が背負った過去の記憶だけ。
世界は仮想世界の中のにおける『自分』の過去をそれぞれに用意してくる。それを各々に思い出させる。
その世界で俺達は、何が出来るだろうと考えてあくまで自分が出来る事をやる。
本当は世界を破壊するだとか救うとか、そんな大それた事には手が届かないし、そもそもそんな事は起こるはずがなのだろうが……いや、そうじゃないのか。
……出来るならやってもいい、っていう世界なんだっけか。
でもその、起こるはずがない事が起こった。
それは……世界をプレイヤーに向けて用意するためにフラグという『世界にとっては一種のバグ』をばらまいた所為だろうと俺は考えている。
世界ありき所にプレイヤーありきにすべくシナリオの種を蒔き、本来変える事が出来ない『世界』を個人の都合で変える事が出来るようにしてしまったからじゃないだろうか?
その果てに赤い旗が生まれた。誰かの都合で世界を破壊しうるバグの中のバグ。フラグシステムをばらまいた方も把握していなかった事態を引き起こす、正体不明のプログラムが爆誕してしまった。
トビラは俺達プレイヤーの為にあるのだろうか?それとも、プレイヤーがトビラの上にいるのだろうか。
もし、トビラという世界ありきだとするなら……。
俺と阿部瑠のリアルの経験が、仮想世界トビラの中で俺であるヤトとアベルに当てはめられて同じように反復するのはなんでだろう。俺か、阿部瑠か、どちらか同じ事を望んだからか?
望でいるなら……もうちょっとマシな展開に落ち着けよとぼやいてしまう。
出来れば俺はあんな、自分でも情けない事はしたくなかったんだ。阿部瑠だってもっとマシな返事を俺から引き出したかっただろう。
それなのにオチまで同じようでは溜まったもんじゃない。
理想がトビラの中に叶えられているというのならもうちょっと幸せな展開になってもいいんじゃねぇの?
でも、そうならなかったという事は……どういう事なのだろう。
仮想世界は理想の姿を写し込んでいる?
逆に考えてトビラの中の俺はリアルの俺とは『違う存在』と思っているけどそうじゃなくって、本当は俺自身の別の姿なのだろうか。こっちの俺は、あっちの俺みたいにもう少しマトモに現実世界で立ち回る事が出来る事を暗示しているのだろうか……とか。
いやいやいや、混ぜちゃいかんだろうよ。こっちはこっち、あっちはあっちだって。
俺は思考の果てに、そのようにむずがゆくなって頭を抱えていたりした。
「さっきから何してるんですか?」
「うぇ?」
突然突かれて慌てて顔を上げる。レッドが俺の方を見ないで、話し込んでいる阿部瑠とマツナギの方を向いたままこっそり囁いた。
「上の空で顔を歪めてみたり笑ってみたり眉を顰めてみたり……」
「そ、そんな事していたか?」
レッドは眼鏡の下の視線だけこちらに向けた。
「ええ、皆さんの話を聞いているにしては表情が合っていないというか……」
う、そんなに観察されていたとは気がつかなかった……。当然恥ずかしい。そうだ、メシも食ったし……そろそろ逃げないとな。ゲーム定例に合わせて帰るには丁度良い時間になったかもしれない。
俺はその様に照れ隠しに携帯を弄りながら現在時刻を確認。
さて、問題は。
どのようにこの場を逃げ出すか……だ。トイレに行くと言ってそのまま逃げるか?いや、会計はどうすればいいだろう。レッドにこっそり持たせておくか?
「ああ、そろそろ帰るんですか?」
俺のそんなちょっとした挙動不審を見てレッドが声を掛けてくれる。
「……ん?」
それでもそうだと素直に言えない俺は、中途半端に惚けてしまった。
「確か、用事があると言っていませんでしたっけ?」
……レッド、お前気が利く奴なんだなぁ。
口先が上手いのはこっちでも同じなんだな。でも、嘘じゃないって所があっちと違う。
俺とレッドは用事があるからと、話し込んでいる連中をその場に残して飲食店を脱出してきた。
嘘を言って抜け出してきたんじゃないぞ。真っ当とは言い難いが用事が在る事は間違いないし……。
な、嘘じゃないよな?
俺は最寄り駅まで一緒に歩いているレッドを振り返った。別段俺達お互いにおしゃべりって訳じゃないので無言で歩いていたりする。
「お前も本当に、用事があったのか?」
「ええ、言ったでしょう。趣味仲間との定例があるって」
ふぅん、まぁその趣味が何だとかはあえて聞かないけどな。大凡分かっているし俺には理解出来ない世界だ。レッドの趣味の裾野は広い上に深い。しかし根本にあるのは『特撮趣味』と聞いている。多分そっちの方面だろうと予測。
「貴方は?」
「ん?」
「だから、貴方は。本当にそのような『ゲーム定例』なんて用事があるんですか?」
心外だ、嘘付いていると思われているのか。
いや……確かに。俺はそういう嘘を軽々しくついて逃げ出したりするわな。ナッツや阿部瑠だったら本気で疑って掛かってくるだろう。
あの場を抜け出せたのは、俺の事情をレッドが説明したからだ。俺の口から言っていたら阿部瑠の奴、それホントなのかしらとか言って散々チクチク聞いてくるに違いない。
俺が嘘吐きなチキンである事をあえて、レッドに吹聴するような事はしないのな。
レッド、そいつの言う事大半嘘よ、本気にしているなら気を付けた方が良いわ、とか後でこっそり助言するつもりなのだろうか。だとしたら……余計なお世話もいいトコだ。言うんだったら今言えよ、俺の前で言えよ、俺の知らない所でコソコソやってんじゃねぇよ。
いや、どっちみち俺はダメージ被弾するんだけどさ。
あと、実際阿部瑠が俺をどう思っているかは知らんし興味なんてねぇけど!
レッドの事は、ネット上では昔から知っている。だが、オフでこうやって顔をつきあわせたのはごく最近だ。トビラのテストプレイヤーをやる事になって始めてリアル姿を拝んだ。それは双方同じで、奴もその時初めて俺のリアルを拝むことになったはず。
仮想世界に置いてある俺という、偽りのアイコンを見ていて俺の本当の姿まで迫れるとは俺は、思っていない。そこまで推測されたら仮想世界で、仮想アイコンを置いてリアルの俺を隠している意味がない。
数度顔を合わせただけでこいつは、俺がリアルでとんでもない嘘吐き属性があるという事を見抜いているのだろうか?
嘘吐き、ダメ人間、チキン、とか遠慮無く俺の周りの奴は俺を評価して言う。誰って、アベルとテリーとナッツだけど。
それを真に受けているだろうか?
……今、俺達は仮想世界を通していない。現実の、生身で顔をつきあわせているのだったと……思い出す。
「嘘も方便、といいますし」
「別に、嘘じゃねぇよ」
などと口から言っているが実は嘘だ。
……本日定例狩り日というのは嘘でである。狩りはしない。本当は城攻防戦だ。が、仮想世界でログインして落ち合う約束があるのは事実である。
そう、在る意味嘘で。在る意味……真実。
え?なんでそんな嘘ついたかって?
阿部瑠に城攻めがある某MMOをやっている事実をバラしたくなかったからだ。
ご存じの通り俺とナッツ、阿部瑠で同じ某MMOを同じサーバーで遊んでいる。主にコピーさんと言うクランリーダーが率いるグループに属していてそこが定期的に行うクエスト集合に出たり、実際オフで合ったりもする。付き合いはそこだけではない、多数のクランに属していても別に、そのMMOゲーム上は問題はない。
数多くあるMMOゲームではそこのゲームをメインにやっている俺なわけだが、間違いなくゲームジャンキーの俺はもちろん、他にも多くのMMOに手を出していてたりするのだ。
……俺は阿部瑠の奴をうざいと思っている所が少なからずあるのは、もぅご理解頂いていると思われる。
あいつの友人を辞めるつもりはないが……それ以上に踏み込んでくるのは勘弁して欲しいと本気で願っている。
ゲームを愛する俺には、リアルの人付き合いの深い奴は無理だ。
だから、俺は無理だと言った。でも奴はどうして無理なのだと言う俺の理由を理解しなかった。それで諦める私だと思うか?とか言って、どこまでも俺の言葉を受け入れてくれなかった。
だから、つまり。
お前とは付き合えませんと断ったのに、嫌!そんなの嘘だから聞かない!聞かなかった事にする!
……と言う事になっているのだぞ?理解頂けている?
とどのつまり俺達の関係は……もうとっくに破綻している。
それで奴は、まるでその俺の否定を無かった事にしていつもの通りで振る舞っている。恐らく……再びリベンジする隙をそのようにして伺っているんだろうなぁ。
よろしい、何度でも来てみろ。その都度同じセリフで拒否ってやるわ!負けねぇ、俺は負けないんだからッ!
そんな風に色々身構えている俺であるがぶっちゃけて、それが疲れるからさっさと色々諦めてくれないかなぁと願っているんだ。
友人だと思えば近くにいるのも嫌ではない。だが、もう一歩こっちに踏み出してこようとしている動作を思うと身構えてしまう。
それが……嫌だ。
友人を装って結構あっちこっちでひっついて来やがるしな。
そんなんで奴は楽しいんだろうか?俺にはよく分からない。
そもそもあいつ、コントローラー操作とか反射神経を必要とする手先は神掛かっているが、その引き換えに、という具合で攻略本が『読めない』。実はアレで音ゲー関係にかなり強かったりするのに、俺が音ゲー方面にあまり興味を示してないもんだから今はあんまりやってないみたい。
音楽ゲーム等の大型筐体分野が得意なマツナギと戦わせた面白そうだな。
そういえば、彼女らさっきかなり音ゲージャンルの話で盛り上がっていたようにも思える。
中におけるアベルと同じ、阿部瑠は地図やダンジョン構造にもの凄く弱い。それなのにRPG系なんかやって面白いんだろうか?
酷いからな、自分一人で某MMO潜ると100%迷子になっている。地図にルートが書いてあっても見当違いな所に行く。拠点地に戻れる魔法とか道具を欠かさず持っていって、それで各地を彷徨ったあげくなんとか戻ってくるっていうアホなゲームプレイをやっている。でなければ必ず同行者を呼びかけて一緒に目的地に行って貰っているらしい。
RPG系は苦手だとはっきり言っている癖に。
俺がゲームやってると何のジャンルに関係なく興味示して近づいて来やがる。MMOなんて大概RPG系だ、俺がやっていると知ると登録無料とかいうタイプだったりする場合突然ふらりと入って来やがって……同じサーバーだったりした日にゃぁ……。
俺、リアルはともかく仮想世界ではチキンではないしダメ人間ではない。
仮想には仮想の人格がある。YATOという名前で築いているキャラクターがある。
知り合いを、ぞんざいに扱えない。何だかんだいって地図も読めずにフラフラしている奴を放っておけず、色々面倒みてしまうのだ。
え?それはお前が悪い?
ええ……俺もなんでうざいと思っているのに面倒みているのだろうと、リアルパソコンの前で頭を抱えている。だが、コンソールに置いた手がリアルの思いとは裏腹な事を叩いてしまうのだからしょうがないだろう。
そのギャップこそが俺がダメ人間と言われる所以だ。俺も自分がダメだなぁとそこのあたり、思う所なんだよ……ど畜生。
面倒な奴、と思いつつ同じゲームをしているとなると好きとか嫌いとか苦手とか、そんな話は別になっちまう。
俺はゲームジャンキーだから、ゲームの話を振られたりゲームの中で頼りにされるとどーしても断れない。あと、正直に言うと割とそう云うのが嬉しい。面倒な奴でも同じゲームをしているっていうのは嬉しいだろう?
この自らのギャップに苦しむ俺に、親友のナッツさんからのありがたいお言葉は以下の通り。
「なら、阿部瑠に他のゲームやってんの黙ってればいいじゃない」
嘘も方便。レッドも言っていた。嘘推奨と受け取りました。
……俺が狩り日だ、とレッドに言った理由は以上の通りである。
実は城攻めである、と言っていたら『え?何そのゲーム?今度は何やってるの?』とか聞かれるに決まっている。聞かれたら俺、言い逃れられない弱っちぃ性格してますから……だから先に嘘をついて誤魔化しているという具合だ。
「大変ではないのですか?」
「……何が?」
駅が近い。おかげで人通りも多くなってきた。声が聞き取りにくくて俺はレッドを振り返る。
「……ですから……いや、……」
何やら口ごもっている相手を無視して俺は帰宅の為の路線確認。この辺りは普段は余り来ないので詳しくない。
「お前、確か山手、埼京線だったよな。俺は地下鉄だからここで……」
「ああ、そうですね……では」
………。
何か言いたい事、言うの諦めたなお前?
「何かあるなら言えよ」
まだ時間的には余裕ある訳だし。俺は珍しくそのように積極的に聞いてしまった。奴がそうしろと云うから、男友達だと思う事にしている。すると格段に話しかけやすいもんだな。
「……いや、別に?」
「別に、って顔してねぇじゃん」
「そうでしょうか?」
自分の表情に自信がないように顔を背けてレッドは、なんかてんぱってんなぁ……。俺はさっきの仕返しをしただけなんだけど。
「すいません……ボク、本当は余り……人付き合いが上手い方ではないので……」
「そりゃ、俺もそうだ。正直オフばっかじゃなぁ、トビラやり始めてからウザい連中が増えた気がするし」
「……すいません」
「別にお前の事じゃないって」
阿部瑠は……まぁ、前からああだけど最近さらに酷くなった気がする。それに加えてテリーもちょっかい出して来やがるようになっただろ?
「……そういや、お前何の用事だったんだ?」
今日の『原因』はお前だったな。あ、だからすいませんなのか?
「いや、それは言った通りです……とくに用事は」
っと、そういやすでに聞いた質問でした。答えが理解出来なかったので聞いた事になってなかったみたいだ。そう、正直そんなのは答えとして受け取れない。
「人見知りのニートがわざわざ人とメシ喰いに行こうとするかよ」
とはいえ、俺の状態はニートに近いが残念ながらこれで一応働いているので完全なニートではない。レッドだってトビラのテストプレイヤーを引き受けているんだから脱ニートだろうに。
この場合ニートじゃなくて引きこもり、の方が合っていたかもしれん。しかしニュアンスは十二分に伝わっている。
「やっぱり、嫌なものでしょうか」
「……場合にもよるな」
「というと?」
「美味いもんでも奢ってくれるってんなら話は別だ」
お金の問題はいつでもシビアであります。
「……別にいいですよ?奢る事くらい」
あーもぅ、お金持ちのボンボンはもぅこれだから。
「いや、んなタカるような事はしねぇって。嘘だ」
やっぱり、人と会うのは誰であろうと面倒だ。俺は地下鉄駅の方面に向いてレッドに後ろ手を振った。
「じゃぁな、まぁ自宅周辺がうるさかったらまた邪魔するかもしれないけど……引っ越しも視野に入れとくかな」
嘘だけど。
俺ん家であるアパートは立地とか色々都合良いから引っ越すつもりさらさらねぇけど。
「……あの、やっぱりボクは瑠衣子さんみたいには出来そうにありませんのでお聞きするんですが」
どうにもまだレッドがついてくるみたいなので仕方が無く振り返る。
「……そのうち、貴方の家に遊びに行っても良いですか?」
「……は?」
「いや……ですから、たまに集まって鍋囲んだりするとか聞きまして、よかったらアンタも来なさいよと瑠衣子さんから誘われておりまして……それで」
ああ、それで自分も上がり込んでも良いものかと。
そういう事を聞いている訳か。
勝手にしろ、と言いそうになって……いや、待て待て。それだといつもの二の舞だ。これ以上上がり込んでくる人間が増えるのは勘弁だ……と、言ってやろうかと思ったけど。
……言えないよなぁ俺、チキンだし。
「まぁ、いいんじゃねぇの?」
他人事みたいに言ってしまった。
そこらへんに心の中の葛藤というか、矛盾というか……そういうのが込められていると思ってください。
するとレッド、にっこり笑うのな。なまじ夢の中でも色彩までもが全く同じ顔をしているもんで、なんだか不思議な気分になる。
だって、こいつトビラの中だとこんなに爽やかに笑う事ほとんど無い。別人だ。いや、間違いなく別だろうよ。
トビラの中の俺も、レッドも別人だ。
演じられている、現実の中に混じる事の無い仮想キャラクター。こちらからあちらに混じる事はできるのに、あちらがこちらに混じってくる事は無い。
というか、思い出すにトビラの中だとこいつ男だもんな。
でも今……俺が顔をつきあわせているこいつは成りは男っぽいが女なんだ。そういう意識をしないでくれと本人から言われているから今更ああ、こいつ女だったと認識する様な事は努めて、しないけど。
というか今、その努力の真っ最中ですけど。
嬉しいのだろう。
その微笑みは間違いなく嬉しい感情の表れだと思う……けど、そう言う顔見てしまうと意識しちゃいけない事を意識してしまいそうになるんだ。
いや、やめた方が良いよな……いろいろな意味で、アイン姉さんが黙っていないだろう、ネタにされてしまったら敵わん。
……と、そういやアイン。
先週はログインまで会えなかったもんなぁ。彼女とはなんとかオフで会えないものだろうか。
出来れば、ええと、個人的に。
そんな事を思い出す。
「では、ボクはそろそろ時間なので」
「ああ、ちょっと待て。なぁレッド」
「何でしょう?」
「お前、アインとオフで会った事在るか?奴が集合かけた奴以外で」
「そう言う事は瑠衣子さんに……相談出来ない事なのですね。はい、その当たりは聞いております」
俺が嫌な顔をしただけで俺の気持ちを即座に了解しやがったレッドだが、いやまて。誰からナニを聞いているのだ。
何を、どこまで?そんな俺のココロの疑問も見事に読み解いてレッドが答える。
「瑠衣子さんから直接、それらしい事を聞いております」
それらしい?……詳しく何を聞いたと尋ねるのも墓穴を掘るような気がするので推測で我慢。
あー、そうですか。あの厚顔無恥め!人の羞を広めて何がしたいんだか。
「……なんだか、一応釘刺されている気分でしたねぇ……」
「なんだそれ?」
「いや、これは独り言です。しかしアイさんも『事情』は分かっているのでしょう?……何の用事ですか?」
ええと、俺と阿部瑠がどういう関係にあるかという『事情』な。
「何って、まぁ……トビラの中でやらかした約束をR・リコレクトしてさ。ついでだからあの相棒の妹はなんとかならんものかと改めて相談でもしてみようかなぁと」
レッドは少し考えてから携帯端末を取り出す。何を確認しているのかと思ったら、カレンダーを見ているようだ。
「ああ、もしかすれば何とかなるかもしれません」
「何とかって?」
「会いたい訳でしょう、瑠衣子さんに知られないように、アイさんと」
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