陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥

文字の大きさ
6 / 29

第6章:女王様の命令

しおりを挟む
「きょ、共犯者って……いったい……?」

 俺の声は、自分でも情けないくらいに震えていた。

 だって、そうだろ?
 さっきまで学園のアイドルだと思っていた女子が、実はとんでもない秘密を抱えていて、その秘密を偶然知ってしまった俺に、「共犯者になれ」とか言ってくるんだぞ?
 
 普通の男子高校生が、平常心でいられるわけがない。
 俺の脳内辞書で「共犯者」を検索すると、出てくるのは「犯罪を共同して実行する者」みたいな、ろくでもない意味ばかりだ。

 美月さんは、俺の混乱ぶりを心底楽しんでいるかのように、くすくすと喉を鳴らして笑っている。
 その笑顔は、さっきまでの「本物の笑顔」とはまた少し違う。
 もっと小悪魔的で、こちらの反応を試すような、そんな含みのある笑みだ。
 
「うふふ、そんなに怯えなくても大丈夫よ。田中くん」
「え、なんで俺の名前を……?」
「あなた田中優人くんでしょ? クラスメイトの名前くらい覚えているわよ」

 美月さんは、悪戯っぽくウインクしてみせる。
 その仕草一つ一つが、いちいち俺の心臓に悪い。
 
 可愛いけど、怖い。
 怖いけど、可愛い。
 
 感情がジェットコースターだ。

「で、その……共犯者っていうのは、具体的に何を……?」

 俺は恐る恐る尋ねる。
 もう、まな板の上の鯉状態だ。
 彼女が何を言い出すのか、固唾を飲んで見守るしかない。

「簡単よ」

 美月さんは、まるで子供に言い聞かせるように、ゆっくりと、しかし有無を言わせぬ口調で言った。

「私の、『実験』に付き合ってもらうだけ」
「じ、実験……?」

 また新しい不穏なワードが出てきた!

 実験って何だ?
 まさか俺、カエルみたいに解剖されたりするのか?
 それとも、怪しげな薬でも飲まされるとか?
 
 俺の顔は、みるみるうちに青ざめていったに違いない。

 そんな俺の不安をよそに、美月さんはニコリと微笑むと、おもむろに俺の胸元に手を伸ばしてきた。
 そして――俺のネクタイを、クイッと掴んだ。
 
「ひっ!?」

 思わず変な声が出た。
 ネクタイを掴まれ、グイッと顔を引き寄せられる。
 
 さっきよりもさらに近い距離に、彼女の顔。
 もう、お互いの鼻先が触れ合いそうなくらいだ。
 
 シャンプーと、ほんのり甘い汗の匂いが混ざったような、クラクラするような香りが、俺の思考を麻痺させる。

「嫌だと言っても、無駄、だから……」

 美月さんの声は、吐息まじりの囁きに変わっていた。
 
「あなたに、拒否権なんてないのよ、田中くん。……分かってるわよね?」

 その瞳は、獲物を捕らえた蛇のように、俺を絡め取る。
 ああ、もうダメだ。
 この人に逆らったら、俺、本当に社会的に抹殺されるかもしれない。

 俺が絶望的な気分でこくこくと頷くと、美月さんは満足そうに目を細めた。
 そして、さらに顔を近づけ、俺の耳元に唇を寄せた。

「それじゃあ、最初の『お願い』よ」

 ゾクッ、と鳥肌が立つ。
 耳に直接吹き込まれる、彼女の甘い息。
 
「明日の昼休み、図書館の奥にある、個人ブース。そこで待ってるわ」
「と、図書館……?」
「そう。……もし、来なかったら」

 美月さんの声のトーンが、一瞬だけ、ゾッとするほど低くなった。
 
「私があなたに襲われたって、学園中に言いふらしてあげるから。もちろん面白おかしく脚色してね♡」
「そ、それって、完全に冤罪じゃないですかぁっ!!」

 俺は、思わず魂の叫びを上げていた。
 
 俺はただ、偶然通りかかっただけなのに!
 しかも、面白おかしく脚色って何だよ! 

「あら、冤罪かどうかを決めるのは、私じゃなくて周りの人たちよ?  あなたと私、どっちの言うことをみんなが信じると思う?」

 美月さんは、くすくす笑いながら、残酷な真実を突きつけてくる。
 ぐうの音も出ない。

 学園のアイドルで優等生の白鳥美月さんと、日陰者の陰キャ田中優人。
 どっちの証言に信憑性があるかなんて、考えるまでもない。
 俺が百パーセント悪者にされて、社会的に抹殺される未来しか見えない。

 なんて卑劣な!
 なんて狡猾な!

 でも、それが彼女のやり方なんだろう。

「……分かったでしょ?」
 
 美月さんは、俺のネクタイを掴んだまま、顔を離してにっこりと微笑む。
 その笑顔は、天使のように愛らしいのに、言っていることは悪魔そのものだ。
 
「……は、はい。行きます。行かせていただきます……」

 俺は、もはや抵抗する気力もなく、力なく頷いた。
 こうして、俺と美月さんの、歪で危険な「共犯関係」が、強制的に結ばれてしまったのだった。

「よろしい」
 
 美月さんは満足そうに頷くと、ようやく俺のネクタイを解放した。
 俺は、ふらつきそうになるのを必死にこらえる。
 
「じゃあ、帰りましょうか。もうすっかり暗くなってしまったわ」

 何事もなかったかのように、彼女はそう言って、教室のドアに手をかける。
 その切り替えの早さ、さすがとしか言いようがない。

 俺たちは、薄暗い旧校舎の廊下を並んで歩く。
 
 さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った校舎に、俺たちの足音だけが響いていた。
 美月さんは、時折鼻歌でも歌い出しそうなご機嫌な様子だが、俺の心は鉛のように重い。
 
(俺の平穏な日常は、どこへ行ってしまったんだ……)

 そんなことを考えているうちに、昇降口に着いた。
 下駄箱から自分の靴を取り出しながら、俺はチラリと美月さんの横顔を盗み見る。

 夕焼けの残光が差し込む窓辺に立つ彼女は、やっぱりどこからどう見ても完璧な美少女で。
 さっきまでの出来事が、まるで悪夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。
 
 でも、耳に残るあの脅迫めいた囁きと、これから始まるであろう「実験」とやらのことを思うと、これが紛れもない現実なんだと、改めて思い知らされるのだった。

 ああ、明日からの俺の学園生活、一体どうなっちまうんだ……?
 一抹の不安と、ほんの少しの……いや、気のせいだ。気のせい。

 俺は、どんよりとしたため息を、誰にも聞こえないように、そっと吐き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…

senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。 地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。 クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。 彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。 しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。 悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。 ――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。 謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。 ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。 この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。 陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!

洗脳機械で理想のヒロインを作ったら、俺の人生が変わりすぎた

里奈使徒
キャラ文芸
 白石翔太は、いじめから逃れるため禁断の選択をした。  財閥令嬢に自作小説のヒロインの記憶を移植し、自分への愛情を植え付けたのだ。  計画は完璧に成功し、絶世の美女は彼を慕うようになる。  しかし、彼女の愛情が深くなるほど、翔太の罪悪感も膨らんでいく。  これは愛なのか、それとも支配なのか?  偽りの記憶から生まれた感情に真実はあるのか?  マッチポンプ(自作自演)の愛に苦悩する少年の、複雑な心理を描く現代ファンタジー。 「愛されたい」という願いが引き起こした、予想外の結末とは——

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...