陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥

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第22章:盗聴された聖域

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 あの盗撮写真以来、俺と美月さんの間には、目に見えない、しかし分厚い壁ができていた。
 教室で目が合っても、お互いに気まずく逸らしてしまう。
 廊下ですれ違っても、交わす言葉はない。
 
 常に誰かに見られているかもしれない、という疑心暗鬼。
 あの日のカフェで、確かに通じ合ったはずの俺たちの心は、得体のしれない恐怖によって、バラバラに引き裂かれようとしていた。

 放課後、俺のスマホに届いたのは、彼女からの、短くも、強い意志のこもったメッセージだった。
 
『このままじゃ、ダメよ。美術準備室に来て』

 ◇

 旧校舎の二階、一番奥にある美術準備室は、俺たちの聖域となるのに、ふさわしい場所だった。
 油絵の具と、テレピン油の、ツンと鼻をつく懐かしい匂い。
 
 窓ガラスは埃で白く曇り、西日が差し込む室内では、無数のチリが、まるで金粉のようにキラキラと舞っている。
 壁際に無造作に置かれた、白い布を被った石膏像やイーゼルが、まるで墓標のようだ。
 
 そこは、世界から忘れ去られたかのような、静かで、完璧な密室。

「私たちの関係が、あの程度の脅しに壊されるなんて……そんなの、絶対に嫌」

 先に着いていた美月さんは、俺の顔を見るなり、そう言って、唇をきつく結んだ。
 その瞳には、不安と、そして、それを上回るほどの、強い決意の光が宿っている。

「だから、聖域を取り戻しましょう。二人だけの、秘密の『実験』で」

 彼女は、部屋の中央にあった、古い木製の椅子に、こつんと腰を下ろした。
 そして、俺に向かって、挑発的に微笑む。

「今日の実験は、あなたの『眼』よ。私が、今、どういう状態になっているか……当ててみてちょうだい」
 
 そう言うと、彼女は、すっ、と目を閉じた。
 長いまつ毛が、白い頬に、影を落とす。

 俺は、ゴクリ、と喉を鳴らす。

「……まず、呼吸が、少しだけ、速くなっています」
 
 俺は、震える声で、目の前の光景を、言葉にしていく。
 
「肩に、力が入ってる気がします……緊張してるからですか?」
「……ふふっ、どうかしら。もっと……もっと詳しく。あなたの言葉で、私を、丸裸にしてちょうだい」

 目を閉じたまま、彼女の唇が、妖艶な弧を描く。
 その声に煽られ、俺の体の奥で、何かが、カチリと音を立てて切り替わった。

「……指先が、冷たくなってるはずです。緊張すると、血流が体の中心に集まるから。でも、頬は、ほんのり赤い。それは、羞恥心と……期待感のせい」
「……ん……」

 美月さんの喉から、小さな、甘い呻きが漏れた。
 俺の言葉が、直接、彼女の神経を、その感度を、刺激しているのが分かった。

「スカートの中で、太ももを、強く、締め付けてる。……俺に見られてるって、意識して。……違う、俺だけじゃない。この部屋の外の、誰かに、この姿を、見つけられたいって、心のどこかで、願ってるから……」

 俺は、もはや、自分が何を言っているのか、分からなかった。
 昨夜叩き込まれた知識と、俺の妄想が、ごちゃ混ぜになって、口から滑り出ていく。

「……はぁ……ん、んん……」
 
 美月さんの体が、ピクン、ピクンと、小さく痙攣を始めた。
 呼吸は、どんどん浅く、速くなっていく。
 白いブラウスの胸元が、小刻みに、しかしはっきりと、上下している。
 閉ざされた瞼が、ぷるぷると震え、目尻には、生理的な涙が、キラリと浮かんでいた。

「……美月さん、今、下腹部が、すごく、熱くなってるはずです。そこに、意識が、全部、集まってる。もう、限界だって、思ってる。でも、その限界を、超える瞬間に、最高の快感があるって、知ってるから……我慢、してるんですよね……?」
「――っ、は、ぁ……! も、もう、やめ……て……」

 彼女が、喘ぐような声で、懇願する。
 その声は、拒絶しているのに、どこか、もっと、と求めているように、俺の耳には聞こえた。

 俺は、まるで催眠術にかかったかのように、彼女に近づき、その耳元に、唇を寄せた。
 
「……ダメですよ、美月さん。俺が、許しません」
 
 その、最後の一言が、引き金だった。

「―――んっ、ぁあ……ッ!」

 彼女の体は、大きく、弓なりにしなった。
 椅子から崩れ落ちそうになるのを、俺は、咄嗟に、その華奢な肩を抱いて、支える。
 俺の腕の中で、彼女は、しばらくの間、小刻みに、ぷるぷると震え続けていた。

 やがて、長い長い痙攣が収まると、彼女は、ゆっくりと、その潤んだ瞳を開けた。
 その瞳は、熱に浮かされ、とろとろに蕩けて、俺の姿を、映している。

「……合格よ、優人くん。あなたには、全部、お見通しね……」
 
 彼女は、弱々しく、しかし、満足げに微笑んだ。
 俺たちの間に流れていた、疑心暗鬼の壁は、この、あまりにも濃密な儀式によって、完全に溶け去っていた。

「やっぱり、私たちだけの秘密は、誰にも邪魔されないわね」

 安堵の表情を浮かべ、彼女は俺の腕から、そっと離れる。
 俺たちは、絆が、より深く、強く、結ばれたことを実感しながら、誰もいない美術準備室を、後にした。

 ◇

 ――静まり返った、美術準備室。
 二人が去った後、そのドアが、ゆっくりと、音もなく開いた。

 入ってきたのは、氷室雅人だった。
 彼は、冷徹な、しかし、獲物を見つけた狩人のような、獰猛な目で部屋の中を見渡すと、一直線に、部屋の隅の、石膏像が置かれた棚の裏へと向かう。

 そして、そこに隠されていた一台のスマートフォンを、手慣れた様子で、回収した。

 その場で、彼は、自分のカバンから取り出したイヤホンを耳につけ、録音されたばかりの音声データの一部を、再生する。
 そこから流れてきたのは――美月の、甘い喘ぎ声と、優人の倒錯的な囁き。

 氷室の口元が、ゆっくりと、歪んでいく。
 その表情は、嫉妬でも、怒りでもない。
 ただ、ただ、純粋な、愉悦。

 獲物を、完璧な形で、罠にかけた、狩人の、残忍で、歪んだ笑みだった。
 
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