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01 プロローグ
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今年17歳になるアスタヴァイオンは、歳の割に小柄な少年だった。
薄桃色の髪はさらさらと肩の上で揺れ、今は瞼に隠れて見えないが新緑を思わせる緑の瞳は、見る者の庇護欲を誘った。
すやすやと眠るアスタヴァイオンに肩を貸していたヴィラジュリオは、絹のような細い髪に恐る恐る触れてから、その指先をゆっくりと移動させていた。
連日の魔法研究の疲れが滲む少し血の気の引いた頬は、滑らかで数度指を往復させていたのは無意識のことだった。
「……ラス様?」
少し幼さを感じさせるアスタヴァイオンの眠たげな声に、ヴィラジュリオは慌てて手を引っ込める。
「まだ時間はある。寝ていろ」
ヴィラジュリオがそう言うも、アスタヴァイオンは小さく頭を振ってヴィラジュリオにもたれ掛かっていた頭を起こして謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ございません。殿下にもたれ掛かって眠ってしまうなんて……」
アスタヴァイオンが、心底申し訳なさそうにそう言うのを、ヴィラジュリオは笑い飛ばすのだ。
「いいよ。ヴィオになら。それよりも、殿下じゃなくて、ラスだ」
ヴィラジュリオは、王族と一部の高位貴族だけが持つことを許された祝福名で呼ぶようにとアスタヴァイオンにねだる。
アスタヴァイオンは、視線をさまよわせた後に俯きながらか細く声を発した。
「む……無理です……。僕みたいな」
弱々しい声を聴くため顔を寄せていたヴィラジュリオは、自分を卑下するアスタヴァイオンの声にムッとした表情になる。
「ヴィオは、俺の大事な親友だ。祝福名で呼んでほしいと思うのは、お前だけなんだ。頼むよ」
「でも……」
「くすっ。寝ぼけている時は素直に呼んでくれたのになぁ」
「っ! そ、それは!!」
首筋まで瞬時に朱くさせたアスタヴァイオンの慌てた様子が可愛く思えたヴィラジュリオは、それだけで何もかも許してしまう。
触り心地のいいアスタヴァイオンの髪を少し乱暴に掻き回した後に、にこりと微笑み言うのだ。
「うん。わかった。でも、二人だけの時は善処して欲しいな?」
そう言われたアスタヴァイオンの胸は、ドキリと跳ねた。
無意識に胸元のシャツを握りしめ、少し潤む瞳で下からヴィラジュリオを見上げたアスタヴァイオンは、小さく頷く。
「はい……。善処します……」
親友のそんな姿に、ヴィラジュリオの胸がざわりと揺れた。
その揺れが何なのか、考えようとした瞬間だった。脳裏にアスタヴァイオンによく似た幼い少女の笑顔が横切る。
ヴィラジュリオの心はそれだけで深く沈み込む。
今はもういない少女。ヴィラジュリオの初恋だった。
ヴィラジュリオは、自分の胸の内を本当は理解していた。
胸が騒めく本当の意味を。ヴィラジュリオに向ける思いが、欲望がどんなものなのか。
最初は、失ってしまった初恋の相手に重ねているだけだと思い込もうとしたが、無駄なことだった。
命の期限の迫るヴィラジュリオは、決断する。
この想いは絶対にアスタヴァイオンには伝えないことを。
伝えてどうするのだ。自分が死んだあと、重い告白を一人で抱えなければならなくなるアスタヴァイオンの姿が容易に想像できた。
自分が楽になるためだけに、この想いを伝えることなど出来ないと。
そしてその日の夜、ヴィラジュリオは生まれて初めて苦痛を感じない夜を過ごすこととなった。
薄桃色の髪はさらさらと肩の上で揺れ、今は瞼に隠れて見えないが新緑を思わせる緑の瞳は、見る者の庇護欲を誘った。
すやすやと眠るアスタヴァイオンに肩を貸していたヴィラジュリオは、絹のような細い髪に恐る恐る触れてから、その指先をゆっくりと移動させていた。
連日の魔法研究の疲れが滲む少し血の気の引いた頬は、滑らかで数度指を往復させていたのは無意識のことだった。
「……ラス様?」
少し幼さを感じさせるアスタヴァイオンの眠たげな声に、ヴィラジュリオは慌てて手を引っ込める。
「まだ時間はある。寝ていろ」
ヴィラジュリオがそう言うも、アスタヴァイオンは小さく頭を振ってヴィラジュリオにもたれ掛かっていた頭を起こして謝罪の言葉を口にする。
「申し訳ございません。殿下にもたれ掛かって眠ってしまうなんて……」
アスタヴァイオンが、心底申し訳なさそうにそう言うのを、ヴィラジュリオは笑い飛ばすのだ。
「いいよ。ヴィオになら。それよりも、殿下じゃなくて、ラスだ」
ヴィラジュリオは、王族と一部の高位貴族だけが持つことを許された祝福名で呼ぶようにとアスタヴァイオンにねだる。
アスタヴァイオンは、視線をさまよわせた後に俯きながらか細く声を発した。
「む……無理です……。僕みたいな」
弱々しい声を聴くため顔を寄せていたヴィラジュリオは、自分を卑下するアスタヴァイオンの声にムッとした表情になる。
「ヴィオは、俺の大事な親友だ。祝福名で呼んでほしいと思うのは、お前だけなんだ。頼むよ」
「でも……」
「くすっ。寝ぼけている時は素直に呼んでくれたのになぁ」
「っ! そ、それは!!」
首筋まで瞬時に朱くさせたアスタヴァイオンの慌てた様子が可愛く思えたヴィラジュリオは、それだけで何もかも許してしまう。
触り心地のいいアスタヴァイオンの髪を少し乱暴に掻き回した後に、にこりと微笑み言うのだ。
「うん。わかった。でも、二人だけの時は善処して欲しいな?」
そう言われたアスタヴァイオンの胸は、ドキリと跳ねた。
無意識に胸元のシャツを握りしめ、少し潤む瞳で下からヴィラジュリオを見上げたアスタヴァイオンは、小さく頷く。
「はい……。善処します……」
親友のそんな姿に、ヴィラジュリオの胸がざわりと揺れた。
その揺れが何なのか、考えようとした瞬間だった。脳裏にアスタヴァイオンによく似た幼い少女の笑顔が横切る。
ヴィラジュリオの心はそれだけで深く沈み込む。
今はもういない少女。ヴィラジュリオの初恋だった。
ヴィラジュリオは、自分の胸の内を本当は理解していた。
胸が騒めく本当の意味を。ヴィラジュリオに向ける思いが、欲望がどんなものなのか。
最初は、失ってしまった初恋の相手に重ねているだけだと思い込もうとしたが、無駄なことだった。
命の期限の迫るヴィラジュリオは、決断する。
この想いは絶対にアスタヴァイオンには伝えないことを。
伝えてどうするのだ。自分が死んだあと、重い告白を一人で抱えなければならなくなるアスタヴァイオンの姿が容易に想像できた。
自分が楽になるためだけに、この想いを伝えることなど出来ないと。
そしてその日の夜、ヴィラジュリオは生まれて初めて苦痛を感じない夜を過ごすこととなった。
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