(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏

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前編

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 私はミリアン・ヴァノ。ヴァノ男爵家の三女で、コンベ男爵家の三男アンセルと結婚している。お互い貴族ではあるけれど、三女と三男では爵位も財産も継げず、夫は文官として王宮で働いていた。

「ただいま」

「え? ずいぶんお早いお帰りですね? まだお昼ですよ。いつもは夕方までお仕事でしょう?」

「あぁ、文官を辞めてきた」

「え? 辞めたのですか? いきなり辞めるなんて・・・・・・どうして相談してくださらなかったのですか?」

「女のミリアンに言ってもわからない話だからだよ。わたしの仕事が正しく評価されていない、と常々思っていたのだ。わたしにはもっと相応しい仕事があると思う。上司はバカで最悪だし、同僚も使えない奴ばかりだからね。わたしは運がなかった」

「でも、これからどうやって生計を立てていくのですか?」

「それは安心していいよ。わたしはこれから事業を興し、社長となりビッグになってやるんだ! 大丈夫、いい案があるからね。必ず成功するさ。まずは、その資金を借りてくるよ」

 夫はそう言って、うだるような暑さのなか馬車でお金を借りに行った。




 夜になっても戻らず、捜索を自警団にお願いして・・・・・・それから二日後、治安の良くない繁華街の裏通りで馬車が発見された。馬車内にはおびただしい血痕があり、恐らく物盗りに襲われたのだろうと推測された。

 死体すらない状況で1年が経ち、失踪宣告がなされ夫は死んだものとみなされる。死体のないお葬式の後に押し寄せたのは、夫が借金をした債権者達だった。

「金を返してくれ。借用書はここにあり、あんたの旦那のサインもある」
「同じく、あいつはわたしからも借りている。もちろん借用書はあるぞ」
「あたしも貸したわ」
「俺も貸した」

 複数の人達から借金をしていた為、総額すると私にとっては莫大な金額になっていた。






 実家のヴァノ男爵家に頼ってもみたが、すでにお父様は亡くなりお兄様が家督を継いでいる。
「ごめんよ、ミリアン。これしか貸すことはできない。わたしにも家族がいるし、ヴァノ男爵家はもともと裕福ではない」

「はい、お兄様。迷惑をかけてごめんなさい」

 借金の返済にはほど遠いわずかなお金でも、お兄様が用立てるのは大変だったと思う。お兄様の奥方ローラ様から私は好かれていなかったし、もう嫁に行った身なのだから。


「もう二度と来ないでちょうだい。私達には3人の子供がいるわ。教育費だけだって大変なのよ。妹に貸すお金なんてないです」
 帰り際に門を出て行く際、ローラ様が駆け寄って来てそう言い捨てる。

「そうですよね。申し訳ありませんでした」
 もっともなことだから、思わずお兄様から借りたお金をローラ様に返した。

「お返しします。お兄様には迷惑をかけられませんもの」

「そうよ、当然よね。悪く思わないでね。本当にヴァノ男爵家には余裕がないのよ」
 ローラ様は迷うことなく私からお金を受け取り、そのまま屋敷のなかへと足早に消えて行った。

 お母様は病気で伏しており、ほんの少しだけ会話をしたが、もちろんこのことはお話しはしていない。余計な心配は身体に良くないから。

 夫の実家のコンベ男爵家も夫の兄が継ぎ、この話をしても『弟の借金は当家には関係ない』の一点張りだった。彼の両親は健在だったが、『息子にすべてを譲り、すでに隠居の身ではそんな大金は用意できない』と、言われた。

(私はこれから夫の借金を返していくのに、なにをしたらいいのだろう?)




 


 住み込みで働くガラス工房に仕事を見つけ、暑い作業場で高温のガラスに息を吹き込む毎日。この仕事は辛かったけれど、お給料がかなり高いので選んだ。家は売り、ドレスも宝石も質屋にいれた。それでも、利息だけを払う毎日。どんなに働いても借金は減らずガラス工房の仕事の他に、夜中もやっている定食屋の厨房で調理補助として働く。

 手は荒れお化粧品すら買えない状況で、寝る間も惜しんで働いて半年。私はついに倒れた。目を開けると病院で、久しぶりに会う従兄弟が心配そうにこちらを見ていた。

「なんで頼ってくれなかったのですか? こんなに痩せ細って倒れるまで我慢する必要があったのかい? わたしのことは少しも思い出さなかったのですか?」

「行けませんわ。だって、昔のことですが、私はアラン様のプロポーズを断ったのですよ。そんな身の程知らずな女が、亡くなった夫の借金を返す為に行けるわけがないです」
 彼はラディスラス伯爵家の次男だったが、お兄様が侯爵家に婿入りしたので伯爵家を継いだのは噂で聞いていた。

「過労で倒れるまで働いて、見たところ君は心身ともにボロボロのようだ。わたしの屋敷に来なさい。これは従兄弟としてのアドバイスだ。昔のことは済んだ話しで、今はなんとも思っていないよ」

「・・・・・・なにもしないでお世話になることなんてできません。・・・・・・そうだ! でしたら私を侍女として雇っていただけませんか? 一生懸命働きますから」
 こんなわけで、私はラディスラス伯爵家で生活するようになった。







「借金が返せないなら、娼館で働くなり、炭坑婦として働くなりしろよ。侍女の給金じゃぁ、一生かかっても返せないだろう?」
 私がラディスラス伯爵家にいることをつきとめた債権者達が、そう言って押しかけて来た時にはアラン様がお金を代わりに立て替えてくださった。

「本当にごめんなさい。一生、ここでお給金なしの侍女として働かさせていただくので、その労働で返済ということでいいですか?」

 私はアラン様に、床に頭を擦りつけてお願いをしようとすると、彼はゆっくりと私を立たせてソファに座らせた。

「いいんだよ。お給金も、もちろん渡すよ。ただ働きなんてさせるわけがないだろう? 君は大事なラディスラス家の使用人だ。わたしは使用人を家族同然だと思っている。彼らのお陰でわたしが快適に暮らせて、仕事も頑張れるのだからね。しっかり働いてくれればそれでいいんだよ」
 感謝しかなくて、私は泣き崩れてお礼を言った。








 それから数日後のこと、市井で夫にそっくりの男性を見かけた。傍らには赤ちゃんを抱いた若い可愛い女性がおり、その肩を抱いている。

 彼らは幸せそうに微笑みあい、私には気にもとめずに通り過ぎて行ったのだった。
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