(本編完結・番外編不定期更新)愛を教えてくれた人

青空一夏

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36  礼子さんの再手術

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 私が大学4年の夏・・・・・・それはなんの前触れもなくやってきた。礼子さんの定期検診の3日後のことだ。結果の説明に私と柊君は付き添って病院に行った。

「ご家族の方に担当医からお話がありますので、別室にいらしてください」
 看護師さんの言葉に、私は震える手をぎゅっと握りしめる。

「言いにくいのですが、癌の転移がみうけられます・・・・・・」
 担当医の言葉は私の耳には、はいってきたけれど理解はできない。・・・・・・ううん、そうじゃない・・・・・・理解というより納得がいかなかったって言ったほうがいいのかな。

 もう、癌なんかすっかり治ったって思っていたんだ。礼子さんはいままで元気で、一緒に音楽のコンサートや旅行、大作の絵画を仕上げての個展活動など精力的に活動していた。

 癌はきっと、この礼子さんの気迫に負けて逃げ出したんだって信じていた。けれど、それは実際は違ったんだ。

「手術をして・・・・・・また経過を見るしかありません。・・・・・・全力を尽くしたいと思います」

ーー全力を尽くしたい・・・・・・その言葉は医者がかなり危ない患者さんに向けて言うことじゃなかったっけ?



「大丈夫だよ、紬ちゃん。そんな辛い顔したら礼子さんが悲しむよ」

「う、うん。でも、こんなのって、ないよ。・・・・・・孫の顔だって見せていないのに・・・・・・」

「今すぐ死ぬって決まったわけじゃないよ。まだ、なにもわからない。奇跡だって世の中にはあるんだし・・・・・・」

 奇跡? ちょっと、待ってよ! 礼子さんは奇跡でもおきないと生きられないの? 私は、担当医師の言葉をぼんやりとしか聞けていなかった。

 転移という言葉で、頭のなかに霧がたちこめた感じ。その言葉のショックで、他の説明が頭にはいってこなかった。そのぶん、柊君は医者の卵だから詳細に質問していた。柊君は内科医になる勉強に励んでいるから、担当医との話も専門的だった。







 私は礼子さんのところに戻る前に化粧室で、涙を拭いた。こんな情けない顔で礼子さんの前に出ちゃだめだ。悲しいときほど、にっこり笑わなきゃいけないんだから・・・・・・

 私は鏡に向かって、笑った顔をつくる。半泣きの笑顔は、自分でもみっともない顔になっていると思う。でもこんな時に泣かないようにする・・・・・・これってすごく難しいよ・・・・・・



 
 かなり長い時間戻ってこなかった私を、礼子さんと柊君は待合室でおしゃべりしながら待っていた。にこやかに手を振る礼子さんに私は走り寄って言った。

「なんかお腹の具合が悪くてごめんなさい。朝にいっぱい食べすぎたかなぁ。えへへ」

「あら、まぁーー。大丈夫? 気をつけないといけないわね。夕食は消化のいいものがいいわねぇーー」

「う、うん」

「ふふふっ。再手術の話は柊君から聞いたよ。紬ちゃん、心配しなくても大丈夫よ。今、すぐ死んだりなんかしないわ。それに、こんな時の為に紬ちゃんには柊君がいるでしょう? 啓吾先生も真美さんも莉子ちゃんも、菊名さんも健一叔父さんも。紬ちゃんの周りにはいっぱい、守ってくれる人がいるからね。一人じゃないよ?」

 その言葉は礼子さんがいなくなっても、ひとりじゃないよって言われているみたいだ。私は、やっぱり我慢できなくて、さっき無理矢理引っ込めた涙を溢れさせたのだった。

 礼子さんは私にとって、こんなにもかけがえのない大事なお母さんなのに!

「お・・・・・・かぁ・・・・・・さん。お母さん。おかぁ・・・・・・さん。嫌だよ。いなくなっちゃうなんて酷いよぉーー。いやだよ・・・・・・」

「おバカさんね。まだ、死ぬ気はないわよ。さぁ、泣かないで・・・・・・」

 私の背中を撫でてくれた礼子さんをその日から、私は『お母さん』と呼んだ。世界中でたた一人だけの大事な私の『お母さん』だ。
  



❦ஐ*:.٭ ٭:.*ஐೄ❦ஐ*:.٭ ٭:.*ஐೄ


夜も投稿予定です。

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