【完結】夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!

青空一夏

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37 これからもここで

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 レオン団長との結婚が決まってから、食堂は少しずつ、新しい姿へと生まれ変わろうとしていた。

 「こっちの壁、全部取り払ってしまえば、奥にもう一棟建てられますよ。中庭を囲むようにすれば、動線も自然で使いやすいはずです」  
 建築師の提案に、私はうなずいた。

 従来の食堂スペースはそのままに、隣の空き地を買い取って、新しい棟を増築する計画が始まっていた。そこは、静かで優雅な空間になる予定だった。上品なソファや繊細なレースのカーテンが似合うような、貴婦人たちが午後のお茶を楽しめる場所に。

「エルナちゃんも、いよいよ侯爵夫人になるのねぇ」  
 八百屋の女将さんが、目尻に笑い皺を寄せながら、嬉しそうに微笑んだ。  
「でもさ、エルナちゃん、本当にそんな貴族用の建物なんか作っちゃうの? 私たち庶民の相手なんて、もうしませんってことなの?」
「まさか! ここは私の原点ですから。どっちも続けますよ。新しく作る建物は、貴族のお付き合い用のスペースなんです。お茶会とか、そういう場はそっちで開こうかなって。そうしたら、私も食堂をやめずに済むし、侯爵夫人としての社交の役目もちゃんと果たせると思うんです」

 その言葉に、女将さんたちが一斉にうなずいて、ぱちぱちと手を叩いてくれた。
 「貴族のマダムたちの相手はそっちで、あたしらはいつも通りここで騒がしくやるってわけね!」
 「ふふ、そうです。これからも、よろしくお願いします」

  気づけば、もう何人もの商店街の仲間たちが、食堂の増築工事に協力してくれている。馴染みの大工さん、壁や扉の仕上げをしてくれる建具職人さん、家具職人さんまで来てくれた。

 翌日の午後には、別の準備も着々と進められた。食堂の2階の居住空間ーー居間では女将さんたちが、私のためのドレスの生地を選びながら、まるで自分たちの娘のように盛り上がっている。

「ねぇ、ねぇ! やっぱり純白のドレスに、胸元から裾にかけて繊細なレースをあしらったほうがいいと思うの! それに、花の刺繍が少し入ってたら絶対素敵よ!」
「でも、私は淡いブルーのシフォン生地が重なるデザインも似合うと思うのよ。きっと清楚で上品な花嫁さんになるわ!」

 私はというと、もう、なんだか照れくさくて仕方なかった。
 はじめは、まさか自分がウェディングドレスなんて――と、恥ずかしさが先に立っていたけれど。

 でも、レオン団長が「君の花嫁姿を、ちゃんと目に焼き付けたい」って真っすぐな目で言ってくれて……。
 顔が熱くなるくらい照れたけれど、心の奥がじんわりとあたたかくなった。
 本当に愛されるって、きっと、こういうことなんだろうな。

 中庭はほぼ完成していて、噴水の水音が心地よく響いていた。
 ここで結婚式を挙げよう――そう決めた瞬間から、この場所は私にとって特別で、どこか神聖な空間になった。

 昔の、苦しくて息の詰まるような結婚生活も、こうしてひとつずつ塗り替えていける。
 増築で広くなった厨房には、新しく人を雇うことも決めた。
 少しずつだけど着実に、未来は変わっていくのだと思う。

「エルナらしく生きていけばいい。食堂を続けて、ここで暮らすのもいい――だったら、いっそグリーンウッド侯爵家のタウンハウスから、俺が引っ越してくるよ。2階の居住スペースを広げて、1階も少し部屋数を増やせばいいだろう?」

 その言葉に涙がでた。
 変わらず今を大事にしてくれることも、未来を一緒に描いてくれることも、全部が嬉しくてたまらなかった。

 そして、本当にその通りに話は進んでいった。
 家の増築、陽だまりの中庭、そして貴族向けの食事スペース、――それは、まるでおとぎ話みたいに優しくて、幸せの形そのものだった。
 ここが、私たち家族の新しい暮らしの場になる。

 アルトは新しく整備された中庭をすっかり気に入った様子で、尻尾を高く掲げながら嬉しそうに駆け回っている。​その姿を見て、ルカは小さな手を叩きながら、楽しげな笑い声を上げていた。​二人の無邪気な様子に、思わず頬が緩む。​この子たちなら、貴族のご婦人方にもきっと愛されることだろう。​

「ねえ、アルト。これからは、毎日ここでルカと一緒に遊べるわね」​

 そう声をかけると、アルトがこちらに駆け寄ってきて、ふわふわの体を私の足元にすり寄せてきた。​その柔らかな感触に、自然と笑みがこぼれる。​

 その後ろから、ルカが小さな足でトコトコと走ってきて、両手を広げて抱っこをせがんできた。​私はしゃがみ込み、ルカを優しく抱き上げる。​その小さな体の温もりが胸に広がり、幸せな気持ちで満たされた。​

「ふふ、アルトもルカも、ここが大好きになったみたいね」​

 中庭に響く笑い声と、愛しい存在たちの温もり。

 ――なんて幸せな気分かしら?

 こんなふうに笑える日々が続いていくのだと、そう思えるだけで、胸がいっぱいになった。

 こうして、私の新しい日常は――
 誰よりも大切な人たちと一緒に、ゆっくり動き始めていた。

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