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前編
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かはぁっ!と、血を吐く。
彼の剣が私の胸を貫いた。
周りは、キャーキャーと騒ぎ出す。
今日は、学院の卒業式。式の後のパーティーにて、私は私の婚約者だった第2王子から婚約破棄を大勢の前で伝えられた。1年半前から聖女である男爵令嬢の恋仲の噂は聞いていた。
私は、それに対して何もしなかった。彼女に嫌がらせをすることも、諫めることも。
彼らは私を殺すつもりはなかったらしいが、一歩前に出ようとしたら、王子の護衛騎士であり、私の幼馴染の彼に刺されたのである。
私は、口から溢れる血を気にせず、胸が痛いし、熱いと意識も朦朧とするけど、最後の矜持と思い、何とか意識を踏み留めながら、彼に問う。
「殺したい…くらい、私が…憎かった…の?」
その質問に、彼は顔を歪める。
彼の何とも言えない顔が答えである。
主君の忠誠心。彼女への恋情。それは、幼馴染である私への友情より勝るということである。
剣が引き抜かれて、血が流れ続ける。熱いと思ったけど、だんだん身体が冷たくなっていくのがわかる。意識も保てなくなっていく。
ただ最後に彼にあんな顔をさせたことで、私は満足した。
幼いころからどんなに驚かせようとも、全く表情が動かない。
そんな彼が表情を動かしたのだから。
次は、笑顔が見れたらいいな。
そう思いながら、意識が沈んでいった。
――――――――――
これで何回目のタイムループだろう。
10歳の誕生日から、18歳の卒業式の日までをもう何度も繰り返している。
そして、卒業式の日に必ず、命を落とす。
幼馴染の彼 ユリウスに殺されたのは、これで2桁になった。
第2王子 レオンに殺されたのは、4回くらい。
帰りの馬車が横転したり、ならず者に襲われ凌辱の上、首を絞め殺されたり、卒業式のパーティーに出たくなくて自死したり。
色々な死に方をしたが、どれも苦しいし、辛い。
何度も繰り返すうちに、10歳の誕生日にレオンとの婚約が決まったことが要因だと思った。
何回かは我儘を言って、婚約は回避されたが、結局最後は聖女をイジメたとかで断罪されて殺されり、毒を賜ったり。
だから、前回は本当に何もしなかった。王子妃教育のため、学院には初めから通っていない。卒業式には、レオンのパートナーとして出席しただけだったのに。王城でも出会ったことないのに、何故かいじめの主犯として断罪されていた。学院には通っていないことを伝えようとして刺されてしまった。
1歩前に出たことで、聖女は怯えてレオンの後ろに隠れた。ユリウスは、レオンに危害が及ぶと察して、私を刺したのだろう。
そしてまた戻ってきた午後、父に呼ばれ、執務室に行く。
「第2王子レオン様と婚約が決まった。」
何十回も聞いたセリフ。
「お断りをお願いします。」
今回の私はどうしてもやりたいことがあった。なので、断った。
王命だなんだと父は断れない理由を挙げる。
私は隠し持っていたナイフを出し、自分の首に刃を当てる。
「お断りできないのであれば、自死を選びます。」
父は顔色を青褪めながら、どうにか了承してくれた。流石に疎んでいるとはいえ、10歳の娘が死を選ぶとは思わなかったようだ。
母は私を産むと、出血多量のため亡くなった。父も兄も母を愛していたこそ、私に行き場のない感情をぶつけていた。私も母を殺したとばかりに受け入れてしまっていた。誰も悪くはないと、気がついたのは、何回目かのループの時だった。
それでも、私は父からも兄からも愛情が欲しかった。
婚約者となったレオンから愛情が欲しかった。
今となっては、そんなものを求めていた自分が酷く醜く見えた。
「ルイーゼ、第2王子からの婚約断ったって?」
ユリウスに久しぶりに会った時に聞かれた。
「そうよ。」
「ルイーゼなら、礼儀作法も勉強もできるのに、何故だい?」
「私には無理よ。人からの愛情がわからないのに、国のため、国民のためになんて。」
「…ルイーゼ。」
「ユリウス、そんな顔しないで。私はやりたいことがあるの。だから、断っただけだわ。」
まだこの頃のユリウスは、表情が豊かだ。私の事情も知っているから、何かある度に心配してくれる。表情がなくなったのは、レオンと婚約した後だったと気付く。
「…ルイーゼこの前誕生日だったよね。何かプレゼントするよ。」
「本当!嬉しいわ。プレゼントよりお願いあるの?」
「なんだい?」
「1回だけ、私の我儘を聞いて欲しいの。今じゃなくて、もう少し大人になってから。」
「?わかった。その時は、言ってね。」
「ありがとう。ユーリ」
あれから、私は13歳で学院に入学した。15歳からの入学だが、飛び級で入学した。卒業までの資格ももらえたので、今回はある専門学を学ぶことにした。毎回真面目に勉強していて良かったと思った。
ユリウスは、騎士団の見習いで忙しくて会えていない。
レオンも中立派の貴族令嬢と婚約をしたと聞いた。
15歳になりデビュタントを迎える。社交界の仲間入りができる。が、私はデビュタントをしなかった。
父も兄も完全に忘れていたのだ。ドレスの用意も何もかも。
前回までは私が催促をしたので、用意はしてくれた。レオンがパートナーでいてくれていたので、父や兄がいなくても良かった。
王城での夜会の日。夜半過ぎにユリウスが屋敷に訪ねてきてくれた。
「ルイーゼ!どうして、出席しなかった!」
「ドレスも用意してもらってないのに?」
「ルイーゼ!」
「怒らないで、ユリウス。私はこれで良かったと思っているの。」
「それは、本心かい?」
「ええ、そうよ。」
「なら、なんでそんな悲しい顔をしているんだい?」
「悲しくはないわ。ユリウスが来てくれたことが嬉しいのに。」
「ルイーゼ。」
ユリウスは、私を抱きしめてくれた。
もう、体格も声も大人の男だ。私を大切に、力強く抱きしめてくれる。
「ユリウス、私の我儘を聞いて。」
「うん、約束だったね。なんでも聞くよ。」
「来月の私の誕生日の夜、私を抱いて欲しいの。」
「……ルイーゼ、それは、ダメだよ。」
「お願い、ユーリ。今日、デビュタントできなかったから、私はどこかの後妻か、修道院に入るしかないわ。だから、私は貴方との思い出が欲しい。」
「ルイーゼ。」
「すぐに決めなくていいわ。ただ、私に少しでも情があるなら。」
「ルイーゼ、わかった。よく考えさせてくれるか?」
「えぇ、誕生日に私の部屋で待っているわ。」
ユリウスはもう一度私を抱きしめて、帰って行った。
夜会から帰ってきた父と兄は、私に謝罪をしてきたが、私は再来月には領地の屋敷に行き、二度と王都には戻らないことを告げた。父も兄も慌てたが、15歳のデビュタントは、この国の貴族令嬢にとっては、重要なことであった。だからこそ、父も兄もそれ以上は言ってこなかった。
誕生日を迎えた日。久しぶりに父から夕食の誘いがあった。先月の夜会から、構ってくるようになったが、私は全て拒否している。でも、今日は誕生日だから、とあまり執事長が食い下がって言ってくるから、根負けしてしまい、夕食を共にした。何故か兄もいた。
「ルイーゼ、来月には本当に領地に行くのか?」
「行きます。」
「次回のデビュタントでは、ダメなの「ダメです。女性は15歳と決まっています。余程の理由もなしに、欠席したため、もう無理です。」」
王城から半年前にデビュタントの招待状が当主宛てに届いていたが、父はそれを忘れていた。
「貴族令嬢としては、致命的です。もう私はいない人間としてください。除籍して、領地で平民として生きていくことも仕方なしだと思います。」
シェフには申し訳ないが、美味しい料理が砂を食べているような感覚になる。これ以上は、食べれなかった。
「母を殺した私が疎まれても仕方ないと思い生きてきましたが、家名に泥を塗る行為を行ったのは、あなた方です。他に穏便に済ます方法はないのです。私は、これで失礼します。」
私は席を立ち、自室へと速足で向かう。涙が出てしまう前に。
父と兄は、私の言葉でショックを受けていたらしい。
部屋に入り、鍵を締める。枕を抱きしめて、声が漏れないように泣いた。
いくらか泣いていたら、優しく頭を撫でられた。
顔を上げると、ユリウスがベッドの脇に座って、私の頭を撫でてくれる。
「ユーリ。」
「ルイーゼ。誕生日なのに、何故泣いているの?俺は笑顔が見たいな。」
「ユーリ。」
私は、ユリウスに抱きつく。ユリウスは何も言わずに頭を撫でてくれた。
気持ちが落ち着いた頃、ユリウスに聞いた。
「今日は、本当にいいの?」
「ルイーゼの一生に一度のお願いは、今日何でしょ?」
「うん、ありがとう、ユーリ。」
私の願い通り、ユリウスは私を抱いてくれた。
《後編に続く》
彼の剣が私の胸を貫いた。
周りは、キャーキャーと騒ぎ出す。
今日は、学院の卒業式。式の後のパーティーにて、私は私の婚約者だった第2王子から婚約破棄を大勢の前で伝えられた。1年半前から聖女である男爵令嬢の恋仲の噂は聞いていた。
私は、それに対して何もしなかった。彼女に嫌がらせをすることも、諫めることも。
彼らは私を殺すつもりはなかったらしいが、一歩前に出ようとしたら、王子の護衛騎士であり、私の幼馴染の彼に刺されたのである。
私は、口から溢れる血を気にせず、胸が痛いし、熱いと意識も朦朧とするけど、最後の矜持と思い、何とか意識を踏み留めながら、彼に問う。
「殺したい…くらい、私が…憎かった…の?」
その質問に、彼は顔を歪める。
彼の何とも言えない顔が答えである。
主君の忠誠心。彼女への恋情。それは、幼馴染である私への友情より勝るということである。
剣が引き抜かれて、血が流れ続ける。熱いと思ったけど、だんだん身体が冷たくなっていくのがわかる。意識も保てなくなっていく。
ただ最後に彼にあんな顔をさせたことで、私は満足した。
幼いころからどんなに驚かせようとも、全く表情が動かない。
そんな彼が表情を動かしたのだから。
次は、笑顔が見れたらいいな。
そう思いながら、意識が沈んでいった。
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これで何回目のタイムループだろう。
10歳の誕生日から、18歳の卒業式の日までをもう何度も繰り返している。
そして、卒業式の日に必ず、命を落とす。
幼馴染の彼 ユリウスに殺されたのは、これで2桁になった。
第2王子 レオンに殺されたのは、4回くらい。
帰りの馬車が横転したり、ならず者に襲われ凌辱の上、首を絞め殺されたり、卒業式のパーティーに出たくなくて自死したり。
色々な死に方をしたが、どれも苦しいし、辛い。
何度も繰り返すうちに、10歳の誕生日にレオンとの婚約が決まったことが要因だと思った。
何回かは我儘を言って、婚約は回避されたが、結局最後は聖女をイジメたとかで断罪されて殺されり、毒を賜ったり。
だから、前回は本当に何もしなかった。王子妃教育のため、学院には初めから通っていない。卒業式には、レオンのパートナーとして出席しただけだったのに。王城でも出会ったことないのに、何故かいじめの主犯として断罪されていた。学院には通っていないことを伝えようとして刺されてしまった。
1歩前に出たことで、聖女は怯えてレオンの後ろに隠れた。ユリウスは、レオンに危害が及ぶと察して、私を刺したのだろう。
そしてまた戻ってきた午後、父に呼ばれ、執務室に行く。
「第2王子レオン様と婚約が決まった。」
何十回も聞いたセリフ。
「お断りをお願いします。」
今回の私はどうしてもやりたいことがあった。なので、断った。
王命だなんだと父は断れない理由を挙げる。
私は隠し持っていたナイフを出し、自分の首に刃を当てる。
「お断りできないのであれば、自死を選びます。」
父は顔色を青褪めながら、どうにか了承してくれた。流石に疎んでいるとはいえ、10歳の娘が死を選ぶとは思わなかったようだ。
母は私を産むと、出血多量のため亡くなった。父も兄も母を愛していたこそ、私に行き場のない感情をぶつけていた。私も母を殺したとばかりに受け入れてしまっていた。誰も悪くはないと、気がついたのは、何回目かのループの時だった。
それでも、私は父からも兄からも愛情が欲しかった。
婚約者となったレオンから愛情が欲しかった。
今となっては、そんなものを求めていた自分が酷く醜く見えた。
「ルイーゼ、第2王子からの婚約断ったって?」
ユリウスに久しぶりに会った時に聞かれた。
「そうよ。」
「ルイーゼなら、礼儀作法も勉強もできるのに、何故だい?」
「私には無理よ。人からの愛情がわからないのに、国のため、国民のためになんて。」
「…ルイーゼ。」
「ユリウス、そんな顔しないで。私はやりたいことがあるの。だから、断っただけだわ。」
まだこの頃のユリウスは、表情が豊かだ。私の事情も知っているから、何かある度に心配してくれる。表情がなくなったのは、レオンと婚約した後だったと気付く。
「…ルイーゼこの前誕生日だったよね。何かプレゼントするよ。」
「本当!嬉しいわ。プレゼントよりお願いあるの?」
「なんだい?」
「1回だけ、私の我儘を聞いて欲しいの。今じゃなくて、もう少し大人になってから。」
「?わかった。その時は、言ってね。」
「ありがとう。ユーリ」
あれから、私は13歳で学院に入学した。15歳からの入学だが、飛び級で入学した。卒業までの資格ももらえたので、今回はある専門学を学ぶことにした。毎回真面目に勉強していて良かったと思った。
ユリウスは、騎士団の見習いで忙しくて会えていない。
レオンも中立派の貴族令嬢と婚約をしたと聞いた。
15歳になりデビュタントを迎える。社交界の仲間入りができる。が、私はデビュタントをしなかった。
父も兄も完全に忘れていたのだ。ドレスの用意も何もかも。
前回までは私が催促をしたので、用意はしてくれた。レオンがパートナーでいてくれていたので、父や兄がいなくても良かった。
王城での夜会の日。夜半過ぎにユリウスが屋敷に訪ねてきてくれた。
「ルイーゼ!どうして、出席しなかった!」
「ドレスも用意してもらってないのに?」
「ルイーゼ!」
「怒らないで、ユリウス。私はこれで良かったと思っているの。」
「それは、本心かい?」
「ええ、そうよ。」
「なら、なんでそんな悲しい顔をしているんだい?」
「悲しくはないわ。ユリウスが来てくれたことが嬉しいのに。」
「ルイーゼ。」
ユリウスは、私を抱きしめてくれた。
もう、体格も声も大人の男だ。私を大切に、力強く抱きしめてくれる。
「ユリウス、私の我儘を聞いて。」
「うん、約束だったね。なんでも聞くよ。」
「来月の私の誕生日の夜、私を抱いて欲しいの。」
「……ルイーゼ、それは、ダメだよ。」
「お願い、ユーリ。今日、デビュタントできなかったから、私はどこかの後妻か、修道院に入るしかないわ。だから、私は貴方との思い出が欲しい。」
「ルイーゼ。」
「すぐに決めなくていいわ。ただ、私に少しでも情があるなら。」
「ルイーゼ、わかった。よく考えさせてくれるか?」
「えぇ、誕生日に私の部屋で待っているわ。」
ユリウスはもう一度私を抱きしめて、帰って行った。
夜会から帰ってきた父と兄は、私に謝罪をしてきたが、私は再来月には領地の屋敷に行き、二度と王都には戻らないことを告げた。父も兄も慌てたが、15歳のデビュタントは、この国の貴族令嬢にとっては、重要なことであった。だからこそ、父も兄もそれ以上は言ってこなかった。
誕生日を迎えた日。久しぶりに父から夕食の誘いがあった。先月の夜会から、構ってくるようになったが、私は全て拒否している。でも、今日は誕生日だから、とあまり執事長が食い下がって言ってくるから、根負けしてしまい、夕食を共にした。何故か兄もいた。
「ルイーゼ、来月には本当に領地に行くのか?」
「行きます。」
「次回のデビュタントでは、ダメなの「ダメです。女性は15歳と決まっています。余程の理由もなしに、欠席したため、もう無理です。」」
王城から半年前にデビュタントの招待状が当主宛てに届いていたが、父はそれを忘れていた。
「貴族令嬢としては、致命的です。もう私はいない人間としてください。除籍して、領地で平民として生きていくことも仕方なしだと思います。」
シェフには申し訳ないが、美味しい料理が砂を食べているような感覚になる。これ以上は、食べれなかった。
「母を殺した私が疎まれても仕方ないと思い生きてきましたが、家名に泥を塗る行為を行ったのは、あなた方です。他に穏便に済ます方法はないのです。私は、これで失礼します。」
私は席を立ち、自室へと速足で向かう。涙が出てしまう前に。
父と兄は、私の言葉でショックを受けていたらしい。
部屋に入り、鍵を締める。枕を抱きしめて、声が漏れないように泣いた。
いくらか泣いていたら、優しく頭を撫でられた。
顔を上げると、ユリウスがベッドの脇に座って、私の頭を撫でてくれる。
「ユーリ。」
「ルイーゼ。誕生日なのに、何故泣いているの?俺は笑顔が見たいな。」
「ユーリ。」
私は、ユリウスに抱きつく。ユリウスは何も言わずに頭を撫でてくれた。
気持ちが落ち着いた頃、ユリウスに聞いた。
「今日は、本当にいいの?」
「ルイーゼの一生に一度のお願いは、今日何でしょ?」
「うん、ありがとう、ユーリ。」
私の願い通り、ユリウスは私を抱いてくれた。
《後編に続く》
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