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ローデンに離れまで案内され、アリーシアは従う。
忙しいであろう執事がわざわざアリーシアを案内するところをみると、よほど監視しておきたいらしい。
余計な事をしでかさないように。
この三年、手のかかるようなことなど一切していない。
それでも信用ないようだ。
「今日から、こちらでお過ごしください」
「わたくしの私物が少ないようですが……」
「あなた様の私物は伯爵家のものでもあります。ここで過ごす分には贅沢品は必要ないでしょう。」
「わたくしの財産で買ったものも含まれております」
正論を言ったつもりでも、ローデンはあからさまにため息を吐きたそうな雰囲気だった。
まるで、躾けの出来ていない子供を相手にしているような雰囲気だ。
「あなた様の財産はひいては伯爵家のもの。正式に婚姻されているのですから、夫婦の財産は共有されるべきものです。そのような事も学ばれていないのですか?」
「そうですか……それがこの家の法律なのですね? 無知なわたくしを許してほしいわ」
「分かっていただけたのなら何より。これから先、必要なものはすべて私を通して下さい。決して旦那様に縋ることはしないように。ああ、もちろん。手紙の類も検閲させていただきます。伯爵家にとって不都合な事でも書かれては困りますので。では失礼いたします」
用件だけ述べると、ローデンはすぐに離れを出て行った。
すでに日が落ちはじめ、夏に近づいてきているとはいえ朝晩はまだ冷え込む時がある。
それなのに、火を入れることも明かりをつけることも許されていないようだ。
今まで認められていなくても、伯爵家の女主だったアリーシアは、一応形ばかりの侍女やメイドがいた。
歴史ある家のプライドがあるのか、最低限の事は言われる前に彼女たちがこなしていた。
だから、火を入れて室内を温かく保つ事などは、全てやってもらっていた。
しかし、今はどうか。
侍女どころかメイドもいない。
部屋の運ばれていたのは粗末な部屋着が数着と寝巻だけ。
他にはろうそくが数本用意されているだけで、外からの光の方がよっぽど明るくさえ感じた。
離れは広い敷地内でも北側に位置している。
そのため、他よりもっと肌寒く感じた。
――ろうそくだけで暖を取れという事なのかしら……
そもそも、この離れは何代か前の当主が愛人を囲うために作った場所だと、伯爵家の歴史で知った。
なぜ、北側なのかと言えば、正妻がそこしか許さなかったそうだ。
当然だ。
どこの世界に愛人を優遇する正妻がいるというのだろうか。
いるのかも知れないが、一般的ではない。
それでも、囲うことを許すぐらいにはまだこの正妻は寛大だったとアリーシアは思う。
それに、愛人は一時の享楽。
結婚した正妻は家同士の繋がり。
愛がなくても尊重するのが当然。
社交界でも、愛人を囲う夫妻は少なからずいるが、それでもお互い尊重し子供でできるまでは愛人を作らないのが一般的だ。
しかし、三年も子供に恵まれない場合は、男性側が愛人を囲うことが公然と認められているのもまた事実。
跡継ぎを残すのが貴族の義務。
そしてその跡継ぎを産めないのなら口出しは出来ない。
アリーシアもまたそうだ。
三年たっても子供に恵まれなかった。
しかし、それには理由がある。
でもその理由だって、外から見れば分からない。
だからこそ、愛人を寛大に受け入れるか、もしくは夫に自ら進めるのが当然だとヘンリー自ら、気の利かない女だと罵りながら公然とマリアを連れてきた。
「あの人だって、上級貴族とは名ばかりじゃない」
実は、マリアも生まれ持つ血筋でいえば、アリーシアとそう変わらない。むしろ、それ以下の存在とも言える。
一応ヘンリーと同格の伯爵家の血を持つが、愛人の娘で公的には認知もされていない。
そのため、実際に結婚することは出来なかった。
貴族の結婚には、国王の許可書が必要になる。
特別な事情がない限りは、平民との結婚は許されることはない。
つまり、マリアが認知されていないという事は、貴族ではないという事だ。
産みの母親が貴族なら、貴族籍を持つことも可能だったが、彼女はそうではないと聞く。
ただの平民。
だけど、愛人は父親の寵愛深く、マリアは伯爵家で娘のように教育を受けていた。
でも、それだけ。
どれほど寵愛深くても、マリアが伯爵に認知されるためには正妻の許可が必要になる。
類にもれず、正妻はマリアの母親とマリアを憎んだのだろう。
だからこそ、マリアは平民のままなのだ。
「いっそのこと、離婚してほしいわ」
どういう事情でヘンリーとマリアが通じ合ったのかは分からない。
出会いはおそらくアリーシアとの結婚前。
「本当に、わたくしはお金のためだけだったのね。分かっていたけど」
疲れたように、椅子に座りこむ。
その椅子だって埃で汚れていたが、気にしなかった。
どうせ、この先自由などないと思うと、埃を気にする以上に精神が疲弊した。
確かに、結婚は家同士の繋がり。
政略結婚に愛を求めてはいけない。
それでも、結婚当初はまだ子供ともいえる年齢だったのだ、アリーシアは。
どこかで夢に見ていた。
実家からも冷たい仕打ちをされていたアリーシアは、政略結婚を父親から命じられても家から解放されるのならばと喜んだ。
そして相手をまるでおとぎ話の王子のように思ってしまった。
だからこそ、相手が初対面だったとしても少なくても妻として尊重してくれるものだと思っていた。
自分が至らなくても、必死で学んでいこうと覚悟も決めていた。
その全ては、初対面の結婚式で壊れたのだが。
アリーシアは、初めて夫ヘンリーに会った結婚式の事を思い出していた。
忙しいであろう執事がわざわざアリーシアを案内するところをみると、よほど監視しておきたいらしい。
余計な事をしでかさないように。
この三年、手のかかるようなことなど一切していない。
それでも信用ないようだ。
「今日から、こちらでお過ごしください」
「わたくしの私物が少ないようですが……」
「あなた様の私物は伯爵家のものでもあります。ここで過ごす分には贅沢品は必要ないでしょう。」
「わたくしの財産で買ったものも含まれております」
正論を言ったつもりでも、ローデンはあからさまにため息を吐きたそうな雰囲気だった。
まるで、躾けの出来ていない子供を相手にしているような雰囲気だ。
「あなた様の財産はひいては伯爵家のもの。正式に婚姻されているのですから、夫婦の財産は共有されるべきものです。そのような事も学ばれていないのですか?」
「そうですか……それがこの家の法律なのですね? 無知なわたくしを許してほしいわ」
「分かっていただけたのなら何より。これから先、必要なものはすべて私を通して下さい。決して旦那様に縋ることはしないように。ああ、もちろん。手紙の類も検閲させていただきます。伯爵家にとって不都合な事でも書かれては困りますので。では失礼いたします」
用件だけ述べると、ローデンはすぐに離れを出て行った。
すでに日が落ちはじめ、夏に近づいてきているとはいえ朝晩はまだ冷え込む時がある。
それなのに、火を入れることも明かりをつけることも許されていないようだ。
今まで認められていなくても、伯爵家の女主だったアリーシアは、一応形ばかりの侍女やメイドがいた。
歴史ある家のプライドがあるのか、最低限の事は言われる前に彼女たちがこなしていた。
だから、火を入れて室内を温かく保つ事などは、全てやってもらっていた。
しかし、今はどうか。
侍女どころかメイドもいない。
部屋の運ばれていたのは粗末な部屋着が数着と寝巻だけ。
他にはろうそくが数本用意されているだけで、外からの光の方がよっぽど明るくさえ感じた。
離れは広い敷地内でも北側に位置している。
そのため、他よりもっと肌寒く感じた。
――ろうそくだけで暖を取れという事なのかしら……
そもそも、この離れは何代か前の当主が愛人を囲うために作った場所だと、伯爵家の歴史で知った。
なぜ、北側なのかと言えば、正妻がそこしか許さなかったそうだ。
当然だ。
どこの世界に愛人を優遇する正妻がいるというのだろうか。
いるのかも知れないが、一般的ではない。
それでも、囲うことを許すぐらいにはまだこの正妻は寛大だったとアリーシアは思う。
それに、愛人は一時の享楽。
結婚した正妻は家同士の繋がり。
愛がなくても尊重するのが当然。
社交界でも、愛人を囲う夫妻は少なからずいるが、それでもお互い尊重し子供でできるまでは愛人を作らないのが一般的だ。
しかし、三年も子供に恵まれない場合は、男性側が愛人を囲うことが公然と認められているのもまた事実。
跡継ぎを残すのが貴族の義務。
そしてその跡継ぎを産めないのなら口出しは出来ない。
アリーシアもまたそうだ。
三年たっても子供に恵まれなかった。
しかし、それには理由がある。
でもその理由だって、外から見れば分からない。
だからこそ、愛人を寛大に受け入れるか、もしくは夫に自ら進めるのが当然だとヘンリー自ら、気の利かない女だと罵りながら公然とマリアを連れてきた。
「あの人だって、上級貴族とは名ばかりじゃない」
実は、マリアも生まれ持つ血筋でいえば、アリーシアとそう変わらない。むしろ、それ以下の存在とも言える。
一応ヘンリーと同格の伯爵家の血を持つが、愛人の娘で公的には認知もされていない。
そのため、実際に結婚することは出来なかった。
貴族の結婚には、国王の許可書が必要になる。
特別な事情がない限りは、平民との結婚は許されることはない。
つまり、マリアが認知されていないという事は、貴族ではないという事だ。
産みの母親が貴族なら、貴族籍を持つことも可能だったが、彼女はそうではないと聞く。
ただの平民。
だけど、愛人は父親の寵愛深く、マリアは伯爵家で娘のように教育を受けていた。
でも、それだけ。
どれほど寵愛深くても、マリアが伯爵に認知されるためには正妻の許可が必要になる。
類にもれず、正妻はマリアの母親とマリアを憎んだのだろう。
だからこそ、マリアは平民のままなのだ。
「いっそのこと、離婚してほしいわ」
どういう事情でヘンリーとマリアが通じ合ったのかは分からない。
出会いはおそらくアリーシアとの結婚前。
「本当に、わたくしはお金のためだけだったのね。分かっていたけど」
疲れたように、椅子に座りこむ。
その椅子だって埃で汚れていたが、気にしなかった。
どうせ、この先自由などないと思うと、埃を気にする以上に精神が疲弊した。
確かに、結婚は家同士の繋がり。
政略結婚に愛を求めてはいけない。
それでも、結婚当初はまだ子供ともいえる年齢だったのだ、アリーシアは。
どこかで夢に見ていた。
実家からも冷たい仕打ちをされていたアリーシアは、政略結婚を父親から命じられても家から解放されるのならばと喜んだ。
そして相手をまるでおとぎ話の王子のように思ってしまった。
だからこそ、相手が初対面だったとしても少なくても妻として尊重してくれるものだと思っていた。
自分が至らなくても、必死で学んでいこうと覚悟も決めていた。
その全ては、初対面の結婚式で壊れたのだが。
アリーシアは、初めて夫ヘンリーに会った結婚式の事を思い出していた。
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