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第1章/1-36
12 ▼大罪の印▼
しおりを挟む「やあ、待たせたね」
クロノスが車で迎えに来る。大きな、悪路でも走れそうな実用的な車だ。王立の研究所の科学者だから、そこのかもしれない。俺は助手席に乗ってクロノスの研究施設まで向かう。
「君と2人きりでデートできて嬉しいよ」
クロノスが運転しながら微笑む。不気味。なんで俺がお前みたいなサイコパス男とデートせにゃならんのだ。
「…見せたいものってなんだ?」
「まあ、着いてから話そう。長くなるからね。でも君に話しておかなければならないことだ。君のためにも、私のためにも。くれぐれも、私が君と接触していることは軍には内緒にしてくれよ」
エリオットに一方的に俺の秘密バラしといて、自分の秘密は守ってくれとは、都合のいいやつだな。まあ俺もバレたら困るし言うこときくが…それにしても軍に秘密持つとかちょっと怖いな…
エレノアの怒った顔がふと頭をよぎる。
…怖!!
俺は頭をぶんぶんと振って頭の中のエレノアを振り払う。
車は王都の市街地を出て、しばらく郊外を走る。山奥に入り、さらに進む。
だいぶ森の中まで進んだのだが、道が綺麗に舗装されている。しかもかなり広い道幅だ。何か大きな重要な物でも運ぶためとしか思えない。兵器の研究所というのは本当か。
やがて一つの小さな古い屋敷のような建物に辿り着く。研究所? そんな感じは全くしない。
「着いたよ」
俺とクロノスは車を降りて、建物の中に入る。中はちょっと高級な貴族の屋敷といったところ。絵画が壁に掛けてあったり、百科事典ふうの装丁の本が本棚に並べられていたり、なんというか、兵器の研究とは程遠い。
部屋に通される。中央に来客用のソファと机。仕事用と思われる机の上は本や資料でごった返している。
ん? ちょっと様子がおかしい…美術品の彫刻の類いにまじって、なにか不穏なものがある…
磔にするための手錠付きの十字架。目的の分からない不気味な刃物の類い。
「…やっぱ拷問の研究してんじゃねえか…」
「まあ、表ではその肩書きを使うこともあるんでね。この間みたいに」
てめえの趣味だろ。知ってるぞ俺は。
「レンブルフォートでは拷問が盛んだからね」
産業みたいに言うな。
部屋の隅に大きな鉄の棺のようなものがある。ちょうど人ひとり入れるくらいの大きさだ。
「これは何だ?」
「気になるかい? レンブルフォート製さ」
クロノスが棺の蓋を開ける。
針針針針針針針針針…
…
「…見なかったことにする…」
クロノスは微笑んで蓋を閉じる。
「せっかくだから、もう少し君の興味につきあってもいいんだけども」
クロノスは眼鏡に手をやってずれを直す。
「こんなオモチャはどうでもいい」
クロノスは真っ直ぐ俺を見る。一瞬で目が変わる。
クロノスは部屋の壁の、埋め込みの小さな隠し扉を開く。その手を入れ、少し操作する。どこかで、ガチャッ、と鍵の開く音がした。クロノスが音のした方へ進むと、壁が開いた。こりゃ分からんな。クロノスは俺の方を振り向く。
「見せたいものがある。レンブルフォートの真の姿だ。来たまえ」
▼ ▼ ▼
隠しドアを通って、地下への階段を下りる。けっこう長い。上の古めかしい屋敷はカモフラージュか。研究所の本体は地下だな。
こっちのエリアは周りの材質が金属的だ。扉の前までくると、クロノスは横のパネル部分を操作する。なにか複雑な鍵のようだ。扉が開いた。
目の前に大きな空間が広がる。薄暗く、ひんやりとしている。用途の分からない装置の数々。青く発行する石が、ガラスのケースに入れられていくつも並べられている。正面に大きなタンクのようなものがそびえている。タンクには大きくマークが描かれている。変わったマークだな…
…
…!!
これは!! 間違いない。大罪の印だ!! ただし逆さまに描かれている。どういうことだ? 鳥が上に向けて飛んで行っているように見えるじゃないか。
クロノスはあっけにとられてる俺を見て、問いかける。
「このマークに心当たりがあるかい?」
「当たり前だ。レンブルフォート正教の大罪の印。なんで逆さまなんだ?」
「君はこの印が何を表しているのか知っているかい?」
「羽が折れて落下する鳥…全てを失って滅びていく者の象徴だろ?」
「本当にそう見えるかい?」
抽象化されたデザインだから、他のものにも見ようと思えば思えないこともないが…
「君の知る向きならそう解釈もできるだろう。その向きになったのは後になってからだ。本来この大罪の印は、今君の左肩に存在するものとは上下が逆なのだ」
クロノスに見せてはいないのだが。俺が大罪の印をおされたことも知ってるのか。いったい何者なんだ?
「君は鳥だといったね。だが本当は違う。何だと思う? これは大きな爆発、それも大陸の一部を消滅させるほどの巨大な爆発の後に、空に舞い上がる巨大な爆煙を表しているのだよ」
…なんだそれは。いきなりそんなこと言われても意味が分からない。クロノスは構わず続ける。
「かつてレンブルフォートは、現在よりも遥かに文明が進んだ巨大な帝国だったんだよ。その優れた科学力で、レンブルフォートでは、ある特定の鉱石を使って巨大なエネルギーを取り出す実験をしていた。それが実用化されれば異次元の破壊力を持つ爆弾になる。周辺の国々に対して、圧倒的な力を持つことができたんだ。鉱石はそのままでは使えない。反応に関係する物質だけ抽出して濃縮する必要がある。危険で、人体への汚染が強く、難しい技術だったが、レンブルフォートは着実に実験を進展させた。このマークは実験段階でのその爆発の煙幕を、勝利のシンボルとして象ったものだ。これで一体感と士気を高めたんだな。だが実験の最終段階で事故が起きた。鉱石は暴発して帝国の領土の一部を壊滅させたんだ。レンブルフォートとフランタルの間の海峡、君も渡って来たあの海は、もともと陸地だったんだよ。鉱石の爆発で、陸地が吹き飛んで、海になった。こちら側の土地はその後フランタルに吸収されて、王国領になった。この一帯はかつてレンブルフォート領だったのさ。この場所はレンブルフォートの実験施設の跡地で、このタンクも当時のものを修復して使っている。マークが残っているのはそのためだ。王国はレンブルフォートの痕跡を消すためにかなり労力を費やしたから、今ではほとんど気がつかないが、それでも注意深く探せばこの周辺がもともとレンブルフォート領だった名残を見つけることもできるよ」
クロノスは装置のひとつの近くへ歩く。そこに掛けてあった実験用のコートを取って、はおる。
!! コートにも大罪の印がある。もちろん逆さまだ。
「このコートもこの実験施設に残されていたものだ。だいぶ古くて貴重なものだが、かなり丈夫な特殊な素材が使われていてね、実は十分現役で使える。私は今でもたまに着用させてもらう時があるよ。例えば今のような、特別な瞬間にね。このコートを着て、この奇跡の爆煙を身に纏うと、かつてのレンブルフォートの研究者達の情熱が乗り移ってくるような感じがするんだよ。しかしこの爆発のもとで多くの人間が死んだことを考えると、これが今の君たちの帝国で『大罪の印』として使われているのは、なんとも皮肉だね。これが、この大罪の印の『大罪』の本当の意味だ」
クロノスはガラスの中の青く光る石のそばに行く。まさか!?
「私達はずっとそのレンブルフォートの失われた技術について研究してきた。レンブルフォート皇鉱石は知っているだろう。君達が帝位の継承に使う青い石を。あれはその特別な鉱石の、エネルギー抽出に関係する部分を取り出し、限界まで濃縮したものの結晶なんだ。極めて危険な物質で、素手で触れれば一瞬で骨の髄まで汚染され数秒で死に至る。たしか先代の皇帝がそれで死んだはずだね。これはその皇鉱石の劣化版、といったところかな。私達が現時点で達成できている成果だ。だがこれでも十分危険だよ」
皇鉱石!! これが全部!?
「だが、どうもうまくいかない。究極の爆弾を作るには全然純度が足らない。やはり我々は本物を手に入れて研究する必要があるんだ。特にフランタル王国の軍部がどうしても君達のレンブルフォート皇鉱石を欲しがっていた。しかし帝国が帝位の象徴として用いている石を、そう簡単に手に入れられるはずもない。その辺の宝石を買うようにはいかないんだ。非常に危険な物質だから扱いが難しく、スパイ達が秘密に持ち出すこともできない。戦争でもして無理矢理奪わなくてはならなくなるだろう。王国軍部が主導して戦争をすることになるが、下手をして犠牲が大きくなれば、王国内での軍部の立場は弱くなってしまう。逆にうまくやれば、軍部の力は強くなるだろう。彼らはどうやら最終的には政権を取りたいとさえ考えているようだからね。とんでもないことだが。
君ならどうする?
ここで君達の兄弟喧嘩の話がスパイから伝わった。願ってもないタイミングだ。まずは適当に事態を泳がせておいて、国の分裂を進めさせる。弟の方はおそらく処刑される段取りになるだろう。そこまで進んだところで王国スパイ達が一致団結して反乱する。弟は混乱に乗じてさらっておく。後で使うために恩を売っておくわけだ。内部から混乱し弱体化している帝国を、フランタル王国が一気に攻め入り制圧する。こうすることで最小限のコストで帝国を倒すことができるわけだ。レンブルフォートは王国の植民地になり、そこの新領主にさらっておいた弟をおく。レンブルフォート民はフランタル人の支配には強く抵抗するだろうが、自分達の皇族が再び首長につけば話は別だ。レンブルフォート民は新しいこの領主を受け入れ、ここでも最小限のコストで新支配体制を構築できる。ただし弟は命の恩人のフランタル王国を決して裏切ることができない。王国の傀儡領地の誕生だ。皇鉱石の要求にも従うしかない。フランタルはこうしてほとんど傷を負わずにレンブルフォートの皇鉱石を手に入れることができるのだ。これが今回君が生き延びられた理由だ。君は知らされていないだろうが、戦争が終わって、君が新帝国の皇帝にさせられてほどなくして、フランタル王国軍部は皇鉱石をよこすよう要求してくるだろう」
そんな目的があったとは…王国の軍部もうまく進めたもんだな。
「さて、続けようか。ここからは、我々研究者と王室は知っているが、王国軍部は知らない話だ。この青いレンブルフォート皇鉱石は、これだけでも十分強力な爆弾の原料になる。だが、どうもおかしいんだ。この鉱石単体では、かつてのような都市を一瞬にして壊滅させてしまうようなエネルギーを取り出せないんだ。これは十分な研究の末、今分かっていることだ。そして私達の研究の結果、皇鉱石には2種類あるはずだという結論に至った。青い皇鉱石と反応過程が逆なのだが、甚大なエネルギーを放出することができるのは同じだ。その科学的性質から、それはおそらく赤く光っているはずだということも分かっている。私達は、計算の結果、かつてレンブルフォートの帝都を壊滅させた爆弾は、青い皇鉱石のエネルギー放出反応を、赤い皇鉱石のエネルギー放出反応で増幅させて作られたものであるはずだということをつきとめた。それ以外にはありえない。実際に都市が一つ滅びている以上、史実として、その2種類の皇鉱石を使用した爆弾が存在していなければおかしいんだ。したがって赤い皇鉱石は必ず存在する。
我らが高貴なる女王陛下がどうして軍部の主導する今回の戦争を承認したか? それは、今我々フランタル王国が本当に恐れていることが、レンブルフォートが今この2つの皇鉱石を持っていて、やがてかつての技術力を取り戻して、あの悪魔の爆弾を再び完成させてしまうことであるからなんだ。これだけはなんとしても防がなければならない。フランタルがどうしても今のうちにレンブルフォートを潰しておきたい理由が分かったろう。
私達は赤いレンブルフォート皇鉱石を探している。王国軍部の手に渡ってしまうと、王国内で軍部が必要以上の政治力を持ってしまう。もちろんレンブルフォート領地内に置いておくわけにもいかない」
クロノスは俺の前まで来て、俺の目を見る。
「君は赤い皇鉱石の在り処を知っているね?」
赤い皇鉱石。知らない。本当に、何も。俺は首を横に振る。
「…まあいい。今日はちょっと話しすぎてしまったからね。君も疲れたろう。返事はゆっくり待つよ。ただ、もう戦争が始まってしまった以上、あまり時間は無いと思うけどね」
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