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本編

7 婚約者の本性2

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「……ケイティに何を言ったんだ?」

 ようやくアーサーは私を放したが扉の前で腕組みして立っている。抜かりなく鍵もかけられた。話が終わるまでは、ここを通さないという意思表示だろう。

「彼女が貴女に知られたくない事を」

「何?」

 怪訝な顔をする私を無視してアーサーは話題を変えた。

「公衆の面前で、よくも、あんなふざけた事が言えましたね」

 アーサーが言っているのは、誕生日パーティーでの私の婚約破棄宣言と妊娠発言だろう。

「……怒っているのか?」

 はっきり言って意外だった。公衆の面前での婚約者わたしの婚約破棄宣言と妊娠発言に全く動じず、他の男の子を宿した(実際は違うけど)婚約者とすら婚約継続した男だ。私が何をしでかそうと気にしないと思っていたのに。

「なぜ私が怒っていないと思うのか、そちらのほうが不思議ですね」

 アーサーが皮肉を言った事に驚いた。私が高慢に振舞おうと邪険に接しようと淡々と受け流していたのに。

「……だって、アーサーだから」

「……訳が分かりません」

 確かに、アーサーには意味不明だろうが、私には「アーサーだから」の一言で納得できるのだ。

「とにかく怒っているのだな? それで、こんな、お前らしくない事を?」

 私が今日しでかした事が男性の面目を潰すものだという事くらいは理解できる。今まで私が何をしても動じなかった彼だが、さすがに許容範囲を超えたのだろう。

「私らしくない?」

 突然アーサーは哄笑した。低音の美声の笑い声は音楽的で耳に心地いいが聞き惚れるより私は戸惑った。なぜ、彼が突然哄笑したのか分からないからだ。

「……私の表面しか見てないくせに」

 哄笑したのと同様に唐突に笑いをおさめたアーサーは冷ややかな視線を私に向けた。

「……貴女に私の何が分かるというんだ」

 寝台の傍に立つ私にアーサーが近づいてきた。

 アーサーの気迫に気圧された私は思わず後ずさった。寝台に足がぶつかり座り込んでしまった。そんな私をアーサーは、すかさず押し倒した。両手首は頭上で彼の左手で押さえつけられ体は彼の体で押さえ込まれたため身動きできなくなった。

「何をするんだ! 離れろ!」

 普通に見れば女性にとって危機的状況だが、私は、のほほんと考えていた。「アーサーが私に、そんな事・・・・をするはずがない」と。

 弟からは「アーサーは貴女に自分の全てを見せてない」、アーサー本人からも「私の表面しか見てないくせに」と言われたにも係わらず、この時の私は「今まで婚約者わたしに見せていたアーサーの一面」だけで彼を判断していたのだ。

「貴女が私と婚約破棄するために、あんな下劣な男と関係を持って子を孕んだと公言するのなら」

 私は目を瞠った。「エドワードと結婚したいから婚約破棄」したいのではなく「アーサーと婚約破棄したいからエドワードと関係を持った(実際は違うけど)」のだと彼は見抜いている。

 けれど、私がアーサーと婚約破棄したい正確な理由までは分からないはずだ。単に私が「アーサーが嫌い」だから婚約破棄したいのだと思われているだろう。……そう思われる態度でしか彼に接してこなかったのだから。

「私は貴女に婚約破棄させないため・・・・・・・・・・に同じ事をしても構いませんよね?」

「……何、言っているのよ?」

 私にはアーサーが何を言っているのか理解できなかった。

 そんな私に構わずアーサーが私の首筋に顔を埋め口づけた。肌を這う唇や舌の感触、かかる吐息に私は震えた。

「……や、やめて」

 私の弱々しい懇願を無視して彼の長い指が襟元のリボンに伸びた。すすすとリボンを解かれそうになった私は焦った。

「お願い! やめて!」

 今度は大声で懇願した私にアーサーは顔を上げないまま苛立ったように言った。

「あいつはよくて、何で婚約者の私は駄目なんですか?」

「……あいつ? 誰?」

 アーサーが誰の事を言っているのか、私は本当に分からなかった。

「エドワード・ヴォーデンですよ。私と婚約破棄するために、あんな下劣な男にさえ体を許したのでしょう? だったら、婚約者の私でもいいはずだ」

「あいつとは何もなかった!」

 顔を上げたアーサーに私は涙目で叫んだ。

「エドワードとは何もなかった! 妊娠は嘘だ!」

「ええ。あなたのここからなのは知っています」

 アーサーは私の下腹を長い人差し指でつついた。

「三日前まで月の物があった貴女の胎に子がいるはずありませんからね」

 瞬時に私の頭の中は真っ白になった。

「……どうして、あなたが私の月の物事情を知っているのよ?」

 素の話し方になっているが私は気づかなった。それくらい動揺していたのだ。

「聡明な貴女なら、ご存知のはずですが」

(……聡明って、嫌味か?)

 テューダ王国の七歳から十八歳までの貴族の子女が学ぶテューダ王立学院。

 クラス分けは学年ごとの成績順。上から特A、A、B、C、Dだ。飛び級制度もありアルバートは十二歳、アーサーはテューダ王国史上最速の九歳十一ヶ月で卒業した。

 私は最下位のDクラスだ。私の実力ではない。「将来、女王に相応しくない」そう周囲に思わせるためにテストでわざと手を抜きまくった結果だ。そんな事情をアーサーが知るはずがないから彼の「聡明な貴女」という言葉は嫌味にしか聞こえない。

「王家の侍女は王家に仕えている。王女あなた個人ではない。王女あなたの下に配属されようと、侍女達の真の主は王女あなたではなく陛下です。侍女達が見聞きした事は全て陛下に筒抜けですよ」

 ……常に国王に監視されていたのは知っているが、これは、あんまりだ。

 ……百歩譲って同性の妾妃やケイティに知られたのは我慢しよう。けれど、いくら国王父親だからって、婚約者だからって、踏み込んではいけない領域があるのだ。

 怒りをぶつけようとして、はたと気づいた。

「……ちょっと待て。私が妊娠していないって知っていたのに、なぜ、あの時・・・言わなかった?」

 誕生日パーティーの時だ。

「あの時の私には嘘だという確信はありませんでした」

 ……そういえば、私の妊娠発言に、いつもは冷静なアーサーも目をむいていた。あれは演技ではなかったのか。私が妾妃に連れ去られた後、国王から私の月の物事情を聞いて嘘だと確信したのだ。

「……でも、国王は知っていたのでしょう? なぜ、言わなかった?」

「貴女に思い知らせるためでしょう」

 ……他の男と通じ子を孕んでも婚約破棄は認めないという事をだろう。

「……あのクソ親父」

 私は思わず呟いた。結局、私は国王クソ親父の掌の上でいいようにされていただけか。

 国王は武人としての側面が強い人だが王妃と違って脳筋ではない。

「脳筋国家」と揶揄されようと国を運営するためには文官達の力も必要不可欠だ。過去には国王が脳筋でも文官達が優秀だったお陰でテューダ王国が存続できた時もあったのだから。

 国王は兄弟姉妹きょうだいを殺して即位した当初、武官達からは圧倒的な支持を集めたが文官達からの支持は皆無だった。それを文武で絶妙なバランスをとる人事を行い政治家としても優れた能力を示した事で文官達の忠誠も勝ち得たのだ。

 国王が愚鈍な人間でない事は分かっていたつもりだったが、腹黒な妾妃が基準になっているせいか、彼をどこかなめていたのも事実だ。

「……でも、私は諦めないわよ。絶対に婚約破棄してやる」

「……それを、当の婚約者わたしの前で言いますか」

 呆れたような声が降ってきた。

 ……しまった。つい思ったままを口に出すのは私の悪い癖だ。喚き散らして暴れるのが私のストレス発散法なのだ。さすがに周囲に人がいない時だけにしているが思考に入り込みすぎてアーサーの存在を忘れていた。

「……やはり本当に・・・孕ませたほうが手っ取り早い気がしてきた」

 ぼそりと不穏な発言をするアーサーに私は焦った。

「な、何、言っているのよ。あな……お前が妾に、こんな事・・・・をしたのは、妾が本当にエドワードと肌を重ねたか知りたかったからだろう?」

 確かに、私はアーサーの表面しか見てなかったかもしれない。けれど、どれだけ怒っていても、彼が女性に無体を働く男性ではないと信じているのだ。

「あいつとは何もなかったのが分かっただろう? だから、どいてくれ」

「……私と婚約破棄するためとはいえ、あんな下劣な男と肌を重ねる貴女ではないとは思っていましたよ」

 私の今までのアーサーに対する態度で、どうしてそう思えるのか不思議だったが、分かった事はある。

(……何とも思っていない婚約者でも他の男と肌を重ねるのは、やっぱり嫌みたいね)

 だったら――。

「……今、ものすごく不埒な事を考えていたようですが」

 アーサーの冷たい声に私はぎくりとした。

「貴女が私以外の男と本当に・・・肌を重ねたら、その男には死ぬよりもつらい目に遭わせるし」

 アーサーは至近から私の眼を覗き込んだ。

「……貴女は生涯、後宮から出られないと思いなさい」

 ……本気だと思った。

 アーサーは本気で言っている。

 これでは、まるで――。

「……どうして、そんな事言うの? 私の事など何とも思ってないくせに」

 私がそう言った時のアーサーの顔は何ともいえないものだった。哀しそうな苛立ったような顔だ。

「……本当に貴女は何も分かってない」

 確かに、そうかもしれない。彼自身が言うように、私は彼の表面しか見てなかったのかもしれない。

 ……私自身が彼に対して「本当の私」として向き合わなかった。そんな私に彼が「冷静沈着な婚約者」以外の一面を見せてくれるはずがない。

 ――アーサーはメアリー以上の食わせ者ですよ。

 今はもう弟の言葉を否定できない。

 冷静なだけではない。凄まじい怒りも見せられた。それだけではないだろう姿もあるのだ。

 アーサーが今まで私に見せていた姿が全て嘘だとは思わない。あれもまた彼の一面だ。私のような演技ではない。

 きっと、もっと別の顔もある。それを知りたいと思う。

 ――けれど。

「分かってない? お前の事をか? だったら、分からなくていい。お前の事など理解したくもないからな」

「いつもどおり」高慢な王女の態度で言い放った。

 アーサーの隠された一面を知る度に彼に惹かれても結婚はしない。彼との結婚は即ち私が女王になる事だからだ。

 女王にならないためなら、初めて恋した男性アーサーとの結婚さえ犠牲にする。

 それは、物心ついた頃から決めていた事。

 今更、覆せない。

「……私の事だけじゃない。でも、そんな事は、どうでもいいんです」

 アーサーは未だに私を押さえ込んだまま懐から小さな瓶を取り出し、それを呷った。

(何をするのだろう?)とぼけーと見ている私の顎を摑むとアーサーは口を塞いだ。……自分の口で。

 驚きで固まった私の口に何かが流し込まれた。反射的に飲み込んだ後、ようやくアーサーが離れた。

 抗議しようとした私は唐突に眠気に襲われた。

「……何を飲ませた?」

「ただの眠り薬ですよ」

 意識が眠りに落ちる寸前、アーサーの言葉を聞いた気がした。

「私の事を理解しなくていい。貴女の心も望まない」

 再び口づけられ囁かれた。

「他の男になど渡さない。貴女は私のものだ」

 私の意識は完全に眠りに呑み込まれた。











 






















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