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本編
44 意外な関係と結婚報告
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「……王女殿下」
何ともいえない複雑な顔でジャックは黙り込む私を見つめていた。
この手の事は他人が口を出すべきではないと分かっていても、今日で私と会えるのが最後だからジャックは言わずにいられなかったのだろう。
部下でなくなっても、ジャックは妾妃が大切なのだ。
それは、おそらく恋愛感情などではない。そんな代えのきく想いなどではない。
唯一無二の絶対の主。
誰も代わりなどいない。
だからこそ、ジャックにとって家族に対する愛情よりも、妾妃に対する忠誠心のほうが何よりも強く深いのだ。
気まずい沈黙がこの場を支配した。私が「帰る」と立ち上がる前に、裏口の扉が開かれた。
「お父さん。ケイティとヴォーデンの若様が」
扉を開けて入って来たのは、ジョシュアと、もう二人――。
「ケイティ!? エリック!?」
「姫様!?」
「王女殿下?」
狭い食堂で、私とケイティとエリックは驚いた顔で見つめ合った。
「いいのか悪いのか分からないが、絶妙なタイミングで帰って来たな。ジョシュア」
ジャックは呆れたような眼差しを息子に向けている。
ジョシュアは、そんな父親も目に入らない様子で、驚いた顔で私を凝視していた。
(何で、そんなに私を見るの?)
と少しの間、不思議に思っていたが、今は長い前髪の鬘を外し素顔をさらしているのだと、ようやく気づいた。
「……えっと、ジョシュア?」
何と言ったらいいのか分からず取りあえず彼の名前を呼んでみた。
ジャックの若い頃を思わせる容姿のジョシュアは、何ともいえない複雑な表情で言った。
「……はい。王女殿下」
現在、テューダ王国で紫眼の女性は王女だけだ。だから、ジョシュアでなくても私が王女だと一目で分かる。
これ以上はジョシュアとどう話せばいいのか分からず、私はまずケイティとエリックに疑問をぶつける事にした。
「ケイティとエリックは、ジャックとジョシュアの知り合いなの?」
お店の定休日に裏口に回ってまでジャックに会いに来たのだ。おまけに、彼の息子と一緒にだ。十中八九、ケイティとエリックは、この親子の知り合いだ。
「いえ、私の知り合いではなく」
エリックは、ちらっとケイティに視線を流した。
「ケイティは、私の姪です」
エリックに続いて答えたのはジャックだった。
「姪?」
確かに、顔は全く似ていないがジャックとジョシュアはケイティと同じ栗色の髪と瞳だ。けれど、どの国でも栗色の髪と瞳は珍しくもない(だから、私も栗色の鬘を被って、この店で働いていた)。
「ケイティの亡くなった母親が私の姉なので」
「両親と兄姉が亡くなり、私の身内は叔父と従兄だけになりました。だから、結婚の報告に来たのですが」
私と話した翌日、ケイティは、さっそくエリックに結婚を承諾する旨を告げたようだ。
そのまま結婚する相手と共に身内であるジャックとジョシュアに結婚報告しようとして、思いがけず王女に遭遇したという所か。
「……今、結婚と言ったか?」
ジャックは複雑な顔でケイティとエリックを見比べている。ケイティの結婚相手がエリックなのは一目瞭然で、入って来た時のジョシュアの科白からして彼の身分を知っているのだ。だからこその、この表情だろう。
ケイティが嫁ぐ相手は辺境伯になる男性だ。平民から嫁ぐとなると想像を絶する苦労をするのは、妾妃の元部下で他の平民よりも貴族を知っているジャックには簡単に予想できるのだ。
「あなたが心配するのは分かるけど、彼の人柄は私が保証するわ。大変なのは確実だと思うけど、二人なら乗り越えられると思う。それに、私だって力になるわ」
ジャックは私の言葉を聞いているのかいないのか、無表情で、ただじっとケイティとエリックに視線を向けている。彼が何を考えているのか私には分からなかった。
「……王女殿下」
ジョシュアから、そっと声を掛けられた。
「父とケイティと若様の三人で話してもらいましょう。俺も貴女と話したい事がありますし」
「そうね」
私は頷くと、ジョシュアに続いて店を出た。
何ともいえない複雑な顔でジャックは黙り込む私を見つめていた。
この手の事は他人が口を出すべきではないと分かっていても、今日で私と会えるのが最後だからジャックは言わずにいられなかったのだろう。
部下でなくなっても、ジャックは妾妃が大切なのだ。
それは、おそらく恋愛感情などではない。そんな代えのきく想いなどではない。
唯一無二の絶対の主。
誰も代わりなどいない。
だからこそ、ジャックにとって家族に対する愛情よりも、妾妃に対する忠誠心のほうが何よりも強く深いのだ。
気まずい沈黙がこの場を支配した。私が「帰る」と立ち上がる前に、裏口の扉が開かれた。
「お父さん。ケイティとヴォーデンの若様が」
扉を開けて入って来たのは、ジョシュアと、もう二人――。
「ケイティ!? エリック!?」
「姫様!?」
「王女殿下?」
狭い食堂で、私とケイティとエリックは驚いた顔で見つめ合った。
「いいのか悪いのか分からないが、絶妙なタイミングで帰って来たな。ジョシュア」
ジャックは呆れたような眼差しを息子に向けている。
ジョシュアは、そんな父親も目に入らない様子で、驚いた顔で私を凝視していた。
(何で、そんなに私を見るの?)
と少しの間、不思議に思っていたが、今は長い前髪の鬘を外し素顔をさらしているのだと、ようやく気づいた。
「……えっと、ジョシュア?」
何と言ったらいいのか分からず取りあえず彼の名前を呼んでみた。
ジャックの若い頃を思わせる容姿のジョシュアは、何ともいえない複雑な表情で言った。
「……はい。王女殿下」
現在、テューダ王国で紫眼の女性は王女だけだ。だから、ジョシュアでなくても私が王女だと一目で分かる。
これ以上はジョシュアとどう話せばいいのか分からず、私はまずケイティとエリックに疑問をぶつける事にした。
「ケイティとエリックは、ジャックとジョシュアの知り合いなの?」
お店の定休日に裏口に回ってまでジャックに会いに来たのだ。おまけに、彼の息子と一緒にだ。十中八九、ケイティとエリックは、この親子の知り合いだ。
「いえ、私の知り合いではなく」
エリックは、ちらっとケイティに視線を流した。
「ケイティは、私の姪です」
エリックに続いて答えたのはジャックだった。
「姪?」
確かに、顔は全く似ていないがジャックとジョシュアはケイティと同じ栗色の髪と瞳だ。けれど、どの国でも栗色の髪と瞳は珍しくもない(だから、私も栗色の鬘を被って、この店で働いていた)。
「ケイティの亡くなった母親が私の姉なので」
「両親と兄姉が亡くなり、私の身内は叔父と従兄だけになりました。だから、結婚の報告に来たのですが」
私と話した翌日、ケイティは、さっそくエリックに結婚を承諾する旨を告げたようだ。
そのまま結婚する相手と共に身内であるジャックとジョシュアに結婚報告しようとして、思いがけず王女に遭遇したという所か。
「……今、結婚と言ったか?」
ジャックは複雑な顔でケイティとエリックを見比べている。ケイティの結婚相手がエリックなのは一目瞭然で、入って来た時のジョシュアの科白からして彼の身分を知っているのだ。だからこその、この表情だろう。
ケイティが嫁ぐ相手は辺境伯になる男性だ。平民から嫁ぐとなると想像を絶する苦労をするのは、妾妃の元部下で他の平民よりも貴族を知っているジャックには簡単に予想できるのだ。
「あなたが心配するのは分かるけど、彼の人柄は私が保証するわ。大変なのは確実だと思うけど、二人なら乗り越えられると思う。それに、私だって力になるわ」
ジャックは私の言葉を聞いているのかいないのか、無表情で、ただじっとケイティとエリックに視線を向けている。彼が何を考えているのか私には分からなかった。
「……王女殿下」
ジョシュアから、そっと声を掛けられた。
「父とケイティと若様の三人で話してもらいましょう。俺も貴女と話したい事がありますし」
「そうね」
私は頷くと、ジョシュアに続いて店を出た。
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