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本編
45 ジョシュアの告白
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お店の二階、住居部分の居間兼台所。テーブルを挟んで椅子に座って話す事になった。
「……ジャックから聞いていたのよね。『リズ』が王女だという事は」
「……はい。でも、父に聞く前から分かっていました」
ジャックと同じでジョシュアも敬語だ。「リズ」と話す時は、もっとこう、ざっくばらんだったのに。それを寂しく思ってしまうが、たとえ、ばればれだったとしても彼を騙していた私がそう思う資格はないのだ。
「俺は妾妃メアリー様の部下です」
ジャックがそうだったのだから息子のジョシュアがそうでもおかしくはない。
「何度か後宮にも行ったので、遠目ですが王女殿下を何度かお見掛けしました。だから、『リズ』として現れた貴女を見て一目で分かりました。王女殿下だと」
ジョシュアも父親と同じで顔だけでなく体の部位を見て気づいたのだろう。
「ジャックには話したけど、私、もうここには来ないわ。ジャックに迷惑をかける事もなくなる。安心した?」
ジョシュアの休みは不規則なので今日会えるか分からなかった。けれど、思い立ったが吉日とばかりに「もうここには来ない」とジャックに告げにきたのだ。こうしてジョシュアと会えて、ちゃんとお別れを言えたのはよかった。
「……話があります。忘れてくださって結構な話ですが、聞いていただけますか?」
ジョシュアは思いつめた顔になった。
私は何だか嫌な予感がした。
――あいつが貴女を好きになったので。
ジャックの言葉を思い出した。
(……いや、まさかね)
「……王女殿下……リズ、君を愛している」
……ジョシュアが意を決して言ったのは、その「まさか」だった。
沈黙が、この場を支配した。
何を言っていいか分からない私に向かってジョシュアは沈痛な表情で言った。
「……分かっている。俺にこんな事言う資格はない。俺のせいで、俺の母は貴女の兄君を殺したのだから」
「あなたのせいじゃないわ」
当時赤ん坊だったジョシュアが責任を感じる必要はない。
「今日で貴女に会えるのが最後だから、俺の自己満足で告げただけだ。忘れてくれて構わない」
(……いや、忘れてくれて構わないと言われても無理でしょう?)
と思いつつ私は疑問に思った事を口にした。
「……私のどこが好きなの?」
「リズ」が王女だと知っていたとしても、ジョシュアがエドワードのように王配狙いで告白したのではないのは分かる。そもそも平民の彼が王女と結婚できる訳がないのだ。
ジョシュアはエリオットのように、一人の女として、王女を、「リズ」を好きになってくれたのだ。
けれど、その理由が分からない。
強引にジョシュアの父親の店に雇ってもらって迷惑をかけるばかりだったのだ。
好きになってもらう要素など何一つないのに。
「人を好きになるのは理屈ではない。……貴女の兄君の事があっても、貴女が王女で、あんな怖い婚約者がいても、貴女への恋情を断ち切れなかった」
私はエリオットと似たような会話をしたのを思い出した。
相手がどういう人間でも恋に堕ちる時は堕ちるのだ。
「でも、今日で貴女に会うのは最後だ。だから、俺のこの告白は忘れてくださって構いません」
「……私は」
私は一瞬言おうか迷ったが最後だから言うべきだと思った。……それが彼を傷つける言葉であっても。
「……知っていると思うけど、私には婚約者がいるわ」
この国で王女とアーサー・ペンドーン侯爵令息が婚約している事を知らない者はいない。
「婚約者を愛しているの。だから、あなたの気持ちには応えられない。ごめんなさい」
私は、ぺこりと頭を下げた。
「……あの方、アーサー様が、本当はどういう方か知っていて、それでも、愛していらっしゃるんですか?」
確認するように尋ねるジョシュアに、私は首を傾げた。
「……もしかして、アーサーに会った事がある?」
ジョシュアは「怖い婚約者がいても」と言った。アーサーという人間を知らなければ「怖い」などと言わないだろう。
「……二年前、貴女が《君影草》で働き始めた頃です。貴女がいない日にアーサー様が訪ねてきました」
驚く事ではない。妾妃に知られていたのだ。彼女以上に目端が利くアーサーが気づかないはずがない。
だが、わざわざ私がいない日に、私が働いていた店に来た理由は何だろう? ジョシュアの口ぶりからして、ただ単にジャックの作る料理を食べに来た訳ではないだろう。
「……仕事で何度も死にそうな目に遭いましたが……ただ会話しているだけで、あれだけ恐怖を感じたのは初めてです」
ジョシュアは遠い目になった。
エリオットの言っていた「凄まじい圧力」だろうか?
エリオットだけでなくジョシュアの事も気に入らないのか? 妾妃の部下だから?
アーサーが考える事など何一つ分からない。だから、私はジョシュアの質問に答えるだけにした。
「……アーサーが妾妃以上に厄介な人間だというのは、もう分かっている。それでも、彼を愛しているわ」
「……なら、よかった」
ジョシュアは寂しそうな、それでいて何かが吹っ切れたような笑顔で言った。
「……ジャックから聞いていたのよね。『リズ』が王女だという事は」
「……はい。でも、父に聞く前から分かっていました」
ジャックと同じでジョシュアも敬語だ。「リズ」と話す時は、もっとこう、ざっくばらんだったのに。それを寂しく思ってしまうが、たとえ、ばればれだったとしても彼を騙していた私がそう思う資格はないのだ。
「俺は妾妃メアリー様の部下です」
ジャックがそうだったのだから息子のジョシュアがそうでもおかしくはない。
「何度か後宮にも行ったので、遠目ですが王女殿下を何度かお見掛けしました。だから、『リズ』として現れた貴女を見て一目で分かりました。王女殿下だと」
ジョシュアも父親と同じで顔だけでなく体の部位を見て気づいたのだろう。
「ジャックには話したけど、私、もうここには来ないわ。ジャックに迷惑をかける事もなくなる。安心した?」
ジョシュアの休みは不規則なので今日会えるか分からなかった。けれど、思い立ったが吉日とばかりに「もうここには来ない」とジャックに告げにきたのだ。こうしてジョシュアと会えて、ちゃんとお別れを言えたのはよかった。
「……話があります。忘れてくださって結構な話ですが、聞いていただけますか?」
ジョシュアは思いつめた顔になった。
私は何だか嫌な予感がした。
――あいつが貴女を好きになったので。
ジャックの言葉を思い出した。
(……いや、まさかね)
「……王女殿下……リズ、君を愛している」
……ジョシュアが意を決して言ったのは、その「まさか」だった。
沈黙が、この場を支配した。
何を言っていいか分からない私に向かってジョシュアは沈痛な表情で言った。
「……分かっている。俺にこんな事言う資格はない。俺のせいで、俺の母は貴女の兄君を殺したのだから」
「あなたのせいじゃないわ」
当時赤ん坊だったジョシュアが責任を感じる必要はない。
「今日で貴女に会えるのが最後だから、俺の自己満足で告げただけだ。忘れてくれて構わない」
(……いや、忘れてくれて構わないと言われても無理でしょう?)
と思いつつ私は疑問に思った事を口にした。
「……私のどこが好きなの?」
「リズ」が王女だと知っていたとしても、ジョシュアがエドワードのように王配狙いで告白したのではないのは分かる。そもそも平民の彼が王女と結婚できる訳がないのだ。
ジョシュアはエリオットのように、一人の女として、王女を、「リズ」を好きになってくれたのだ。
けれど、その理由が分からない。
強引にジョシュアの父親の店に雇ってもらって迷惑をかけるばかりだったのだ。
好きになってもらう要素など何一つないのに。
「人を好きになるのは理屈ではない。……貴女の兄君の事があっても、貴女が王女で、あんな怖い婚約者がいても、貴女への恋情を断ち切れなかった」
私はエリオットと似たような会話をしたのを思い出した。
相手がどういう人間でも恋に堕ちる時は堕ちるのだ。
「でも、今日で貴女に会うのは最後だ。だから、俺のこの告白は忘れてくださって構いません」
「……私は」
私は一瞬言おうか迷ったが最後だから言うべきだと思った。……それが彼を傷つける言葉であっても。
「……知っていると思うけど、私には婚約者がいるわ」
この国で王女とアーサー・ペンドーン侯爵令息が婚約している事を知らない者はいない。
「婚約者を愛しているの。だから、あなたの気持ちには応えられない。ごめんなさい」
私は、ぺこりと頭を下げた。
「……あの方、アーサー様が、本当はどういう方か知っていて、それでも、愛していらっしゃるんですか?」
確認するように尋ねるジョシュアに、私は首を傾げた。
「……もしかして、アーサーに会った事がある?」
ジョシュアは「怖い婚約者がいても」と言った。アーサーという人間を知らなければ「怖い」などと言わないだろう。
「……二年前、貴女が《君影草》で働き始めた頃です。貴女がいない日にアーサー様が訪ねてきました」
驚く事ではない。妾妃に知られていたのだ。彼女以上に目端が利くアーサーが気づかないはずがない。
だが、わざわざ私がいない日に、私が働いていた店に来た理由は何だろう? ジョシュアの口ぶりからして、ただ単にジャックの作る料理を食べに来た訳ではないだろう。
「……仕事で何度も死にそうな目に遭いましたが……ただ会話しているだけで、あれだけ恐怖を感じたのは初めてです」
ジョシュアは遠い目になった。
エリオットの言っていた「凄まじい圧力」だろうか?
エリオットだけでなくジョシュアの事も気に入らないのか? 妾妃の部下だから?
アーサーが考える事など何一つ分からない。だから、私はジョシュアの質問に答えるだけにした。
「……アーサーが妾妃以上に厄介な人間だというのは、もう分かっている。それでも、彼を愛しているわ」
「……なら、よかった」
ジョシュアは寂しそうな、それでいて何かが吹っ切れたような笑顔で言った。
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