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本編
73 私は、あなたと結婚する
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今日は私とアーサーの結婚式だ。
赤ん坊の頃から会っているから約十八年、婚約して約十三年の付き合いか。
長いような短いような年月は、あっという間に過ぎ去り、今、私とアーサーは結婚する。
ペンドーン侯爵令息であるアーサーとの結婚により私は王太子になり、アーサーは王太子の配偶者、王太子配になった。これから彼は王子殿下と呼ばれるようになる。
アルバートはペンドーン侯爵家の養子になった。元々王家とペンドーン侯爵家は何度も婚姻を結んでいる。そして、彼の婚約者エレノアはペンドーン侯爵家とは親戚だ。二人の子供がペンドーン侯爵になっても何の問題もないのだ。
アーサーが王配と宰相を兼任するはずだったが代わりにペンドーン侯爵家の養子になったアルバートに宰相になってもらうのだという。
宰相としての有能さを見せつければ誰も慣習などで彼を死なせるのは惜しいと思われるはずだからと。
確かに、アーサーには及ばなくてもアルバートは充分王になる資質を兼ね備えている。宰相としての役割も立派に果たしてくれるだろう。
アーサーは私の願いを叶えようとしてくれているのだ。
弟を死なせたくないという。
結婚式する今日はアーサーの十八歳の誕生日でもある。
テューダ王国では男性の結婚可能年齢が十八歳。アーサーが十八になる今日、結婚式を挙げる事になったのだ。
「結婚記念日と誕生日が同じなんて嫌じゃない? ずらしてもいいのよ」
誕生日は誕生日、結婚記念日は結婚記念日で祝ってもらいたいと思うのだが、アーサーは違うらしい。
「王族となる私の誕生日と結婚記念日が同じ日ならパーティーも一度で済んで経済的にも参加する人間の負担も減るでしょう」
私と違ってアーサーはお祝い事には興味ないらしい。確かに、パーティーに掛かる費用や参加してくれる人間の負担を考えるとそのほうがいいのだろう。
「何より、早く貴女と結婚したいのです」
「今更逃げないわよ。ちゃんと結婚するわ」
アーサーも国王も私を逃がさないために早く結婚式を挙げたいのだろう。
二年前に公式の場で婚約破棄宣言と妊娠発言をした私だ。彼らの私への信頼など全くといっていいほどないのだ。
「そういう事ではないのです」
アーサーは真摯な顔で言った。
「貴女を一刻も早く手に入れたいのですよ」
愛する男性に言われれば嬉しい科白だが、私は心から喜べない。
他人が何を言おうと、私はまだ信じていないのだ。アーサーが私を愛しているという事を。
私の過去のアーサーへの態度で好かれるはずがないという思い以上に……この彼に人を愛せる心があるのかという疑いが拭えないのだ。
それでも、王配としてアーサー以上の男性はいない。
何より、私は彼を愛している。
私個人としても王女としても彼以上の結婚相手などいない。
政略結婚が当たり前な王侯貴族で愛する男性と結婚できるのだ。
愛されたいと願うのも愛されない事で苦しむのも贅沢な悩みだ。
けれど、それもいつか彼の子供を産めば私のこの悩みも苦しみも、きっと解消する。
彼との子供を愛して愛されれば、愛する夫に愛されない苦しみなど、きっと霧散するだろうから。
「……美しいな」
控室にいる私を迎えに来た国王がウェディングドレス姿の私を見て、しみじみと呟いた。
心からそう思っているのは、その表情から伝わってきたので私は国王に微笑みかけた。
「ありがとうございます。お父様」
どんな女性でもウェディングドレスを着れば美しく見える。まして、私の外見は国王や異母弟に似た絶世の美少女だ。
鏡に映した時は誰が見ても「美しい」だろうと思ったし、他人の美醜に興味がなく、それについては全く言及しない国王まで、そう言ってくれたのだ。
これは自信を持っていいかもしれない。
何せ、これから超絶美形な花婿の隣に並ばなければならないのだ。
本当は誰よりも、この姿を王妃に、お母様に見てほしかった。
私が娘だと信じていた頃は、誰よりもこの日を待ちわびていただろう。愛する娘とお気に入りの甥っ子の結婚式なのだから。
二年前、夏休みの間、私をペンドーン侯爵家に滞在させた国王は、すでに王妃を王妃の領地に追いやっていた。
夏休みの間、私をペンドーン侯爵家で過ごさせたのは、王妃を追いやるのを邪魔させないためだったのだ。
国王には娘への愛情など全くない。それでも、王妃と王女なら何のためらいもなく王妃を切り捨てるだろう。
王妃が誰より何より自分を愛してくれているのを分かっていても、国王は彼女の夫である前に「国王」なのだ。
国王はアーサーを王配に、次期「王」にしたい。そのためには唯一の王女である私が必要だ。
王妃がいくら王女の顔など見たくない。遠くに追いやってくれと懇願しても絶対にできない。
私と暮らせないというのなら王妃を遠くに追いやるしかないのだ。
国王の腕に手を掛け彼と共にしずしずとバージンロードを歩いていた私は、祭壇の前で花嫁を持つ花婿を見て、ほのかな自信が砕け散った。
(いやぁ――っ! このアーサーの隣に並ばなきゃいけないの!? 誰よ!? 「負けてない」とか思った馬鹿は!? 私よ!)
つい思っている事を口にしてしまう私だが、この厳粛な結婚式の空気の中で一人脳内ツッコミを口に出さないくらいの自制心はあった。
「今更逃げない」という言葉を撤回したかった。
この時ほど心底逃げたいと思った事はない。
アーサーは外見が完璧なだけでなく誰もが目を奪われるカリスマ性や迫力を兼ね備えた男性だ。
特に今、目の前にいる花婿姿の彼は、いつも以上に美しく、すでにもう王族にも負けない気品に満ちていた。
ただ外見が美しいだけの女など霞んでしまうに決まっている。
そんな事は分かっていたはずだのに、花嫁姿の自分を鏡で見て「負けてない」などと自惚れていた自分が恥ずかしかった。
「王女?」
花婿の元に向かわず自分の腕に手を掛けたまま固まっている花嫁に国王が怪訝そうに声をかけた。
逃げたいが逃げる訳にはいかないのは分かっている。
仕方なく差し出されていたアーサーの手を取った。
アーサーはレースの手袋に包まれた私の手を思いの外強く握ると耳元で囁いた。
「今更逃がしませんよ」
射貫くような強い眼差し。男でも竦みそうだ。とても花婿が花嫁に向ける瞳ではない。
「……今更逃げないわ」
隣に並ぶのを躊躇している様子からアーサーは私が「逃げたがっている」と思っているようだ。
確かに逃げたい。
花婿より見劣りする花嫁と思われながら結婚式を挙げなければならないなど、どんな拷問だ。
女性が人生で最も美しく輝く主役になれる瞬間だというのに。
女としての自信は砕け散ったが、それでも、愛する男性と夫婦になれるのだ。
これ以上の幸せはない。
心を無にして滞りなく結婚式を終わらせた。
私の予想通り、アーサーはテューダ王国史上最高の王配となったが、なぜか私、エリザベス・テューダまで偉大なる女王として後世に名を残した。
王の兄弟姉妹を殺す慣習を撤廃した事。
《脳筋国家》と他国に揶揄されるほどの尚武の国でありながら、私が王位に就いている間、ただの一度も戦争が起きなかった事。
この二つが最も有名であるが、その他にも臣民がより暮らしやすくなるような改革をいくつも行った。
それらが後世の歴史家から高い評価を受けたようだ。
それらは全てアーサーが尽力してくれたからだのに、彼は全て女王の指示で動いたのだと周囲に吹聴してくれたので私は「偉大なる女王」となったのだ。
私自身はお飾りの女王で何もしていないのに、「偉大なる女王」と思われるのは正直、複雑な気持ちだが結局は黙認した。誓って言うが、周囲からの賛辞が心地よかったからではない(ごく普通の女性としての幸せを望む私にとって女王としての権力も賛辞も何の魅力も感じないのだ)。
そのほうがアーサーが動きやすいと思ったからだ。聞けば絶対に嫌がるだろうが彼は妾妃と同じ種類の人間だ。自分が表立って動くよりも誰かを隠れ蓑にして裏であれこれするほうが得意なのだ。
「偉大なる女王」「テューダ王国史上最高の女王」と後世に名を残す私が一人の女性としてはどうだったのかというと――。
私はアーサーとの間に二男一女を儲けた。
結婚前は考えられなかった。彼との子供は一人できればいいと思っていたのだ。
アーサーと夫婦として過ごすうちに彼の分かりにくい(周囲から見れば、あからさまらしいが)私への愛情にも気づく事ができた。
私は女王としてだけではなく一人の女性としても最高の幸福を手に入れたのだ。
赤ん坊の頃から会っているから約十八年、婚約して約十三年の付き合いか。
長いような短いような年月は、あっという間に過ぎ去り、今、私とアーサーは結婚する。
ペンドーン侯爵令息であるアーサーとの結婚により私は王太子になり、アーサーは王太子の配偶者、王太子配になった。これから彼は王子殿下と呼ばれるようになる。
アルバートはペンドーン侯爵家の養子になった。元々王家とペンドーン侯爵家は何度も婚姻を結んでいる。そして、彼の婚約者エレノアはペンドーン侯爵家とは親戚だ。二人の子供がペンドーン侯爵になっても何の問題もないのだ。
アーサーが王配と宰相を兼任するはずだったが代わりにペンドーン侯爵家の養子になったアルバートに宰相になってもらうのだという。
宰相としての有能さを見せつければ誰も慣習などで彼を死なせるのは惜しいと思われるはずだからと。
確かに、アーサーには及ばなくてもアルバートは充分王になる資質を兼ね備えている。宰相としての役割も立派に果たしてくれるだろう。
アーサーは私の願いを叶えようとしてくれているのだ。
弟を死なせたくないという。
結婚式する今日はアーサーの十八歳の誕生日でもある。
テューダ王国では男性の結婚可能年齢が十八歳。アーサーが十八になる今日、結婚式を挙げる事になったのだ。
「結婚記念日と誕生日が同じなんて嫌じゃない? ずらしてもいいのよ」
誕生日は誕生日、結婚記念日は結婚記念日で祝ってもらいたいと思うのだが、アーサーは違うらしい。
「王族となる私の誕生日と結婚記念日が同じ日ならパーティーも一度で済んで経済的にも参加する人間の負担も減るでしょう」
私と違ってアーサーはお祝い事には興味ないらしい。確かに、パーティーに掛かる費用や参加してくれる人間の負担を考えるとそのほうがいいのだろう。
「何より、早く貴女と結婚したいのです」
「今更逃げないわよ。ちゃんと結婚するわ」
アーサーも国王も私を逃がさないために早く結婚式を挙げたいのだろう。
二年前に公式の場で婚約破棄宣言と妊娠発言をした私だ。彼らの私への信頼など全くといっていいほどないのだ。
「そういう事ではないのです」
アーサーは真摯な顔で言った。
「貴女を一刻も早く手に入れたいのですよ」
愛する男性に言われれば嬉しい科白だが、私は心から喜べない。
他人が何を言おうと、私はまだ信じていないのだ。アーサーが私を愛しているという事を。
私の過去のアーサーへの態度で好かれるはずがないという思い以上に……この彼に人を愛せる心があるのかという疑いが拭えないのだ。
それでも、王配としてアーサー以上の男性はいない。
何より、私は彼を愛している。
私個人としても王女としても彼以上の結婚相手などいない。
政略結婚が当たり前な王侯貴族で愛する男性と結婚できるのだ。
愛されたいと願うのも愛されない事で苦しむのも贅沢な悩みだ。
けれど、それもいつか彼の子供を産めば私のこの悩みも苦しみも、きっと解消する。
彼との子供を愛して愛されれば、愛する夫に愛されない苦しみなど、きっと霧散するだろうから。
「……美しいな」
控室にいる私を迎えに来た国王がウェディングドレス姿の私を見て、しみじみと呟いた。
心からそう思っているのは、その表情から伝わってきたので私は国王に微笑みかけた。
「ありがとうございます。お父様」
どんな女性でもウェディングドレスを着れば美しく見える。まして、私の外見は国王や異母弟に似た絶世の美少女だ。
鏡に映した時は誰が見ても「美しい」だろうと思ったし、他人の美醜に興味がなく、それについては全く言及しない国王まで、そう言ってくれたのだ。
これは自信を持っていいかもしれない。
何せ、これから超絶美形な花婿の隣に並ばなければならないのだ。
本当は誰よりも、この姿を王妃に、お母様に見てほしかった。
私が娘だと信じていた頃は、誰よりもこの日を待ちわびていただろう。愛する娘とお気に入りの甥っ子の結婚式なのだから。
二年前、夏休みの間、私をペンドーン侯爵家に滞在させた国王は、すでに王妃を王妃の領地に追いやっていた。
夏休みの間、私をペンドーン侯爵家で過ごさせたのは、王妃を追いやるのを邪魔させないためだったのだ。
国王には娘への愛情など全くない。それでも、王妃と王女なら何のためらいもなく王妃を切り捨てるだろう。
王妃が誰より何より自分を愛してくれているのを分かっていても、国王は彼女の夫である前に「国王」なのだ。
国王はアーサーを王配に、次期「王」にしたい。そのためには唯一の王女である私が必要だ。
王妃がいくら王女の顔など見たくない。遠くに追いやってくれと懇願しても絶対にできない。
私と暮らせないというのなら王妃を遠くに追いやるしかないのだ。
国王の腕に手を掛け彼と共にしずしずとバージンロードを歩いていた私は、祭壇の前で花嫁を持つ花婿を見て、ほのかな自信が砕け散った。
(いやぁ――っ! このアーサーの隣に並ばなきゃいけないの!? 誰よ!? 「負けてない」とか思った馬鹿は!? 私よ!)
つい思っている事を口にしてしまう私だが、この厳粛な結婚式の空気の中で一人脳内ツッコミを口に出さないくらいの自制心はあった。
「今更逃げない」という言葉を撤回したかった。
この時ほど心底逃げたいと思った事はない。
アーサーは外見が完璧なだけでなく誰もが目を奪われるカリスマ性や迫力を兼ね備えた男性だ。
特に今、目の前にいる花婿姿の彼は、いつも以上に美しく、すでにもう王族にも負けない気品に満ちていた。
ただ外見が美しいだけの女など霞んでしまうに決まっている。
そんな事は分かっていたはずだのに、花嫁姿の自分を鏡で見て「負けてない」などと自惚れていた自分が恥ずかしかった。
「王女?」
花婿の元に向かわず自分の腕に手を掛けたまま固まっている花嫁に国王が怪訝そうに声をかけた。
逃げたいが逃げる訳にはいかないのは分かっている。
仕方なく差し出されていたアーサーの手を取った。
アーサーはレースの手袋に包まれた私の手を思いの外強く握ると耳元で囁いた。
「今更逃がしませんよ」
射貫くような強い眼差し。男でも竦みそうだ。とても花婿が花嫁に向ける瞳ではない。
「……今更逃げないわ」
隣に並ぶのを躊躇している様子からアーサーは私が「逃げたがっている」と思っているようだ。
確かに逃げたい。
花婿より見劣りする花嫁と思われながら結婚式を挙げなければならないなど、どんな拷問だ。
女性が人生で最も美しく輝く主役になれる瞬間だというのに。
女としての自信は砕け散ったが、それでも、愛する男性と夫婦になれるのだ。
これ以上の幸せはない。
心を無にして滞りなく結婚式を終わらせた。
私の予想通り、アーサーはテューダ王国史上最高の王配となったが、なぜか私、エリザベス・テューダまで偉大なる女王として後世に名を残した。
王の兄弟姉妹を殺す慣習を撤廃した事。
《脳筋国家》と他国に揶揄されるほどの尚武の国でありながら、私が王位に就いている間、ただの一度も戦争が起きなかった事。
この二つが最も有名であるが、その他にも臣民がより暮らしやすくなるような改革をいくつも行った。
それらが後世の歴史家から高い評価を受けたようだ。
それらは全てアーサーが尽力してくれたからだのに、彼は全て女王の指示で動いたのだと周囲に吹聴してくれたので私は「偉大なる女王」となったのだ。
私自身はお飾りの女王で何もしていないのに、「偉大なる女王」と思われるのは正直、複雑な気持ちだが結局は黙認した。誓って言うが、周囲からの賛辞が心地よかったからではない(ごく普通の女性としての幸せを望む私にとって女王としての権力も賛辞も何の魅力も感じないのだ)。
そのほうがアーサーが動きやすいと思ったからだ。聞けば絶対に嫌がるだろうが彼は妾妃と同じ種類の人間だ。自分が表立って動くよりも誰かを隠れ蓑にして裏であれこれするほうが得意なのだ。
「偉大なる女王」「テューダ王国史上最高の女王」と後世に名を残す私が一人の女性としてはどうだったのかというと――。
私はアーサーとの間に二男一女を儲けた。
結婚前は考えられなかった。彼との子供は一人できればいいと思っていたのだ。
アーサーと夫婦として過ごすうちに彼の分かりにくい(周囲から見れば、あからさまらしいが)私への愛情にも気づく事ができた。
私は女王としてだけではなく一人の女性としても最高の幸福を手に入れたのだ。
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