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後日談

75 リズという愛称

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「……リズ」

「……リズと呼ばないで言ったはずよ」

 本来「リズ」と呼ばれるのは私じゃない。

 王妃が産んだ私の亡くなった異母姉妹、リジーだ。本来なら彼女が「リズ」と呼ばれるはずだった。

「お母様が……王妃様が娘のために考えた愛称よ。あなたに気安く呼ばれたくはないわ」

 その「娘」は、本当は私ではなくリジーなのだけれど。

「え?」

 妾妃は最初驚いた顔になり、そして何やら納得したように呟いた。

「……あなた、知らなかったのね。ああ……だから、いつも、わたくしが『リズ』と呼ぶと嫌がったのね」

「何よ?」

 目の前で私の知らない事を勝手に納得されても苛々させられる。特に、この女にされると。

「娘に『リズ』という愛称を付けたのは、王妃様ではないわよ」

「では、あなたが?」

 訊いておきながら私は自分で即座に否定した。

「いや、それはないわね。私と同じく、あなたをこの世で一番嫌っている王妃様が自分の娘の名前や愛称をあなたに付けさせるはずないもの」

 いつも思っている事なので無意識に口から出ていた。「あなたをこの世で一番嫌っている」と。

 面と向かって我が子わたしに、言われてしまった妾妃だが、彼女に気にした様子はない。このくらいでへこたれるようなかわいい神経なら私とアルバートを復讐の道具になどできるはずがない。

 妾妃の代わりという訳ではないだろうがグレンダが何か言いたそうだけれど、妾妃に「黙っていなさい」という視線を向けられると顔を伏せて黙っている。

「陛下よ」

「お父様が?」

 我が子である私にもアルバートにも無関心な国王が娘の愛称を付けた?

「王妃様にエリザベスの愛称は何がいいかと訊かれて『リズ』と仰ったのよ」

 王妃は愛する夫であり娘の父親である国王に娘の愛称を決めてほしいと思ったのだろう。……本当は私は王妃が産んだ娘ではなかったのだけれど。

「適当に答えたのね」

 それなら納得できる。

 エリザベスの愛称は多いが王妃の愛称である「ベッツィ」以外なら何でもいいと思ったのだろう。国王はわたしを「王女」としが呼ばないが、さすがに王妃と同じ愛称では周りが混乱する。

「適当ではないわ」

「え?」

「『リズ』は陛下の大切な方の愛称だもの」

「大切な方?」

 国王に大切な女性がいた?

 信じられなかった。

 国王はアーサーとは違う意味で人間として何かが欠けている。

 国王は、私とアルバートの父親は、愛されなければ愛せない人間だと気づいたからだ。

 愛されなくても愛してしまうのが人間だ。……私も私を愛してくれないアーサーを愛しているのだから。

 国王は「ベッツィ(王妃)を愛している」と言った。

 これだけ聞けば、妻(王妃)を愛しているのだと思うだろう。

 けれど、こうも言ったのだ。「俺を一人の人間として愛してくれるベッツィを愛している」と。

 言い換えれば「一人の人間として愛してくれなければ愛せない」だ。

 国王がそういう人間だからアーサーを王配とするのに必要な王女わたしを排除しようとした王妃をあっさり切り捨てられたのだ。

 本当に王妃を愛しているのなら、あれだけ自分を愛してくれる王妃に対して、そんな事できやしない。

「あのお父様に、大切に想う女性がいたとして」

 信じられなかったが妾妃が嘘を吐く理由もないので真実なのだろう。

「その人の愛称が『リズ』だったのなら、どうしてわたしに付けたの?」

 無関心な娘に大切な女性の愛称を付けるだろうか?

「そんなの決まっているわ」

 妾妃は「なぜそんな事も分からないの?」という顔になった。

あなたの事も大切に想っているからじゃない」

「はあっ!?」

 私は素っ頓狂な声を上げた。

「それはない! あのお父様に本当に大切に想う女性がいたとしてもわたしまで大切に想うなど、どこをどうすれば思えるのよ!」

 私以上に長く国王と付き合っているくせに、国王のわたしへのあの態度で、どこをどうすれば、思えるのか。私には理解できない。

「確かに、陛下は、あなたにもアルバートにも父親の情を示した事はないわ」

「だったら」

「でも、陛下は、自分の子供あなた達を愛しているわ。それは、真実ほんとうよ」

 私の反駁を妾妃は静かだが力強い口調で遮った。

「陛下が王妃様を切り捨てたのだって王妃様があなたを拒絶したからよ」

「……アーサーを王配にするのに唯一の王女である私が必要だからでしょう」

 私の異母姉妹であるリジーが生きていたら公式の場で婚約破棄宣言や妊娠発言をした王女わたしなど国王はあっさり切り捨てただろう。もう一人の王女であるリジーをアーサーと結婚させればいいのだから。

「アーサー様の事は関係ないわ。あなたを拒絶した。が陛下には許せなかったのよ」

 この女なりに産んだ娘わたしを愛しているのを知っているが、私を喜ばせるために、こんな嘘を吐くような女でもない事も知っている。

 妾妃は本気で国王お父様が私を愛していると思っているのだ。

 怜悧で冷酷、他人に興味がないくせに人の心の機微に聡い妾妃が断言しているのなら、そうなのかもしれない。

 けれど――。

「……信じられない」

 かつて妾妃は私に「わたくしの言う事など何一つ信じないでしょう?」と言った。あの時は「確かに」と納得したが……心の奥底では分かっている。

 この女は決して私にだけは嘘を吐かない、と。

 それでも、お父様がわたしを愛しているという話だけは信じられなかった。












 






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