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ダイバー編
二話 ダイバーのルール
しおりを挟むあれから約半年、いよいよカイネル・レイナルドはレベル7へ昇格していた。
そして、試しにバクハへ挑む為に階層を駆け上がっていた。
二階層のレベル8から9のダータスは、経験値を3ポイント素材は落とさないモンスターで噛む攻撃をしてくる。ダータスは、クリムに比べると野性的な動きをする厄介なモンスターでレベリングするのには向いていない。
三階層へ到着してまず目に入ったのは、先に戦っていたダイバーたちだった。
「凄い、こんなにダイバーが戦ってる!」
パーティーらしき集団がバクハと戦闘をしているのを見て、初めてパーティーでの戦闘を見るカイネルは、その目を輝かせていた。
「経験値効率とかどうなんだろう?もしかして非効率だったりするのかな?」
カイネルはしばらくそれを眺めていたが、数撃倒されてしまうバクハの行動パターンを全て理解することはできなかった。
「よし、ボクもバクハと戦うぞ!」
いよいよバクハと対峙すべく階層を彷徨い、数分後一匹のバクハを見つけた彼は、背負った楯と剣を構えた。
しかし、戦闘になる前にそのバクハは目の前で両断された。
男は屈強な身体つきをしていて、大きなスパーダという大剣を振るっていた。
「誰の許可を得て狩をしている、ここは我々ギルド【ファルファーン】の狩場だぞ」
狩場――特定のモンスターが生息する場所をギルドで占有することを指す。
聞いてはいたけど、まさかここまで広範囲に占有してるとはカイネルも思ってもいなかったことで、ならばと質問をぶつける。
「どこならモンスターと戦ってもいいんですか?」
「ん?知らないのか、この辺はもう全体を色んなギルドで占有されてノラが狩りするような場は無いぞ」
驚愕の事実にもカイネルは、再びあの言葉を思い浮かべていた。
「大丈夫!何とかなる!」
まずはとにかく三階層を駆け回って、バクハと戦う場を探した。
「お願いします1体でいいんです」
「だめだだめだ!日に狩れる数が決まっているんだ、他人に譲っている余裕は無いんだよ」
リスポーンじゃない【リグロウ】再成長のモンスターであるバクハは、狩れる数が限られていて、分ける余裕はないと断られ続けた。
「しかたない、こうなればダータスと戦って経験値稼ぎしよう!」
その日から、二階層のダータスと戦うことにしたカイネル。決して自棄を起こしたわけではない、むしろダータスと戦った方が、彼の将来の糧となると思ったためである。
しかし、そんなカイネルもひと月後には頭を抱えることになる。
その理由は、武具防具の劣化と、それを新調することによる出費が原因だ。
「剣が1200、防具が計4000、一番厄介なのが以外にも楯なんて……3000ギリー」
最初の装備一式は結局2000ギリーで買えたが、それは父の親友だったブラックスミスのダイルが割引によるもので、これからは実費で購入しなくてはならない。
「それにしても、8000ギリーのものを2000まで割り引いてくれていたなんて、ダイルさんありがとうございます」
いつか必ず恩を返そう、そう思いながらもやはり現状に頭を悩ます。
色々思考した結果防具は脛当てだけで、楯は買わずに剣を2本購入することにしたカイネルは、3000ギリーが今出せる精一杯の金額で、これにローブを150ギリーで購入して装備を揃えた。
新調してから初めてのタワー、対峙するモンスターは装備を新調するのを早めた敵であるダータスだ。
脛当てしか付けていないカイネルは、つまり攻撃は受けない前提で今ここにいる。
モンスターも目で対象を捉える、相手の間合いを錯覚させる為にローブを纏った。
さらに長さの違う剣を二本左右に持つことで、さらにこちらの間合いをも惑わせる。
敵の攻撃が一撃でも当たれば即死はないにせよ、大けがを意味する。
敵の動きを全て見切り、敵の攻撃をこちらの攻撃の起点にすれば、防御と攻撃を同時に行えると彼は考え付いた。
そして、ダータスは確実に戸惑っていた。
その戸惑いが手に取るように分かって、ダータスの不用意な攻撃にもカウンターで攻撃を加えることができた。
「カウンター!」
いつか見たケンカ祭りで優勝した男の攻撃を見て、父が口にした言葉だった。
傍から見ているとリスキーに見えるのだろうが、カイネルにはダータスの呼吸と戸惑いが手に取るように分かった。
「これなら戦えるぞ!」
この時の彼はまだ気付いていなかったが、後に気付くことになるのだ。
この戦闘スタイルが、ダンジョン史上初で革新的なものだという事に。
「次!何体だって倒して見せる!」
そして、武器を新調して3日後、カイネルは二階層である発見をすることになる。
隠し部屋、一階層も二階層も三階層も大きな階段で区切られているが、実際には細かく意味の無い階段や坂があり、一層の間に2階3階といった空間や段差があったりする。
そういった入り組んだ作りのせいで発見されてない部屋があったり、隠れた部屋や隠された部屋があったりするのだ。勿論どういった理由で隠されているのかは判明していない。
そして、彼が見つけた隠し部屋は、レバーが壁にありたまたま天上が崩れたことでレバーに瓦礫が当たって扉が開かれた。
「これって隠し部屋かな?」
開いた扉から中を覗くと、広い部屋にモンスター図鑑で見たことのあるモンスターがいた。
「あれは、アーリルハウだ!」
十六階層で生息するアーリルハウという魔法生命体で、十六階層でのみ生息し魔法生命体の中で唯一錬金術でスポーンしていない。
アーリルハウは、二足歩行の楯のみを持ったモンスターで、見た目は異形で不気味なモンスターだが、倒せば魔法石の欠片を落とし、それを商人に売ることもできる。
値段は据え置きではあるが、確実な収入になる。
十六階層で生息しているアーリルハウは、対となる剣を持ったシースナハウという魔法生命体がいるため、戦闘を回避するダイバーの方が多い。
レベルも20あり強力なモンスターだ。
しかし、ここに生息していたアーリルハウは、単独で数も少なくレベルも15と低い。
「もしかして、低階層で数を増やしているのかな?」
カイネルとアーリルハウとのレベル差は8、相手が普通のモンスターなら戦闘するのも危ういが……カイネルは倒せると分かっていた。
「アーリルハウは楯のみ装備するモンスター、しかも自身から攻撃することはできない」
その知識は街の図書館から得られた知識だ。
カイネルは試しに楯を持つアーリルハウの背後に回り、その背中をショートソードで一突きしてみると、アーリルハウはすぐに反応して、振り向くもその後ジッと動くことはなかった。
その日、4体ほどアーリルハウ倒して2体残した。その理由は、アーリルハウが日に二回ほど分裂し、自らの数を増やす習性があるからだ。
「これは誰も知らない効率的なレベル上げができるぞ!バクハよりも効率的だしお金も稼げる!っひゃっほ!」
ハイテンションなカイネルは、その日久しぶりに肉入りのスープを買って帰ることにした。
「ただいま~」
「お帰りんちょすな、お兄ちゃん」
「お帰りんちょ、お兄ちゃん」
妹たちの妙な出迎えの挨拶にも動じないカイネルは、「ただいまんちょす!」と答えた。
そうして出された肉入りのスープを一口食べると、妹たちはすぐに声を大きくして言う。
「お肉入ってる~」
「ホントだ!お肉お肉!」
妹たちの笑顔に、母マリアも「本当ね、お肉なんて久しぶり」と笑顔を浮かべた。
三人の笑顔に、カイネルも疲れを忘れて言う。
「今日から時々買ってこれるようになったんだ!」
そう言って今日あった出来事、もちろん街で手伝いをしていると嘘をついているため、彼が話す内容は換金や街の噂で聞いた話をしているだけだ。
次の日から、ダータスを倒しながら人目を避けてアーリルハウ狩りを始めたカイネル。
ドロップする魔法石の欠片は、すぐには売ることができないもので、その理由は十六階層にしかいないモンスターから取れるアイテムを、カイネルが売ってしまうとそれとなく他のダイバーにアーリルハウの居場所を感ずかれてしまい、せっかくの狩場を失ってしまう可能性があった。
この幸運を掴んでおかなければ、カイネルは母や妹たちのあの笑顔に当分会えなくなる。
順調に狩りを続けた結果、ひと月後にカイネルはレベル9まで達していた。
既にバクハではなく、その上の四階層のオーダムスと戦っていて、【黒石】と呼ばれる鉱石をその体から採取していた。
ちなみに、鍛冶師が黒石を精錬することが多く、その様子がブラックスミスと呼ばれる所以でもある。
オーダムスは、鉱石食モンスターの一種で数が多く、四階層にうじゃうじゃと生息しているため占領しているギルドもいない。
ただ、囲まれると一体一体の処理が難しいため、あまり好まれないから狩り場にしないという理由の方が大きい。
その頃になると、カイネルはようやくダイバーだけで生計を立てれるようになっていた。
ただ、ある日カイネルの母マリアが倒れてしまう。
元々体の丈夫だった母マリアは、以前に倒れた頃から咳を時々出していた。
それがまさか魔瘴病の罹り始めだと気がつけなかったカイネルは、珍しく一人でいる時に泣いてしまった。
「ボクがもっとしっかりしてれば!」
魔瘴病(ましょうびょう)、ダンジョンの瘴気によって発病する気管系に異常がでる病気であり、本来ダイバー以外がそれを発症するのは稀。
ダンジョンとは無縁の母がそれを発症する理由は、カイネルがダンジョンへ日々通っていることから、そのわずかな瘴気をマリアが吸い込んだせいだと彼は考えていた。
日に日にやつれていく母マリアを見守ることしかできないカイネルは、街の書庫で医学書を読み漁り、知識を蓄えて魔瘴病に関する知識を得た。
「魔瘴病は完治する方法が確立していない、症状を抑えることのできる薬はあるが、その素材となる一つがモンスターから入手でき、そのモンスターは二十六階層に生息していている。今のボクじゃどうすることもできない……」
そのモンスターの素材自体は、簡単に店頭に並んでいるのを見つけることができたのだが、値段は50,000,000ギリーというでたらめな値段で到底購入できる物じゃなかった。
「高いな~……五千万ギリーは無理だよな~」
眺めていたカイネルの横で、どこかの貴族の執事らしき男がやってくるとそれを購入していく。
「ほう、珍しいものが市場にあるではないか、予備に買っておくとするか」
その様子を目にした時は、カイネルも本当に格差を現実に見た瞬間だった。
その日からタワーの中で戦って、帰らずに朝を迎える様になったカイネルは、【ディープダイバー】と呼ばれる人種になっていた。
「お兄ちゃん今日も帰ってこないねお姉ちゃん」
「そうだね、でも、お兄ちゃんだから大丈夫!」
妹たちもカイネルを手伝うように、夕飯の買い出しもするようになった。
日に数回ダイブしてはまた上り、繰り返し繰り返し、何度も何度も、上ってはダイブしダイブしては上った。
「カイネル、大丈夫?」
「なに?母さん」
ある日、カイネルが久しぶりに家でくつろいでいると、母マリアがそう声をかけてきた。
「家にいる時くらい、自分の好きなことしていいのよ」
「……うん、大丈夫、ボクはしたいことしてるから」
その嘘は母には通用しない嘘。
「ごめんね、母さんこんなんで……本当にごめんね」
ポロポロ泣き崩れる母に、カイネルはそっと肩に触れて言う。
「大丈夫、ボクに任せてくれれば大丈夫だから」
その日からカイネルは一心不乱にタワーに上った。
母の病状も徐々に悪くなる、お金を稼いでも幸せになれない日々。
美味しいものを食べても母の事で食欲さえ失せてしまう。
ただ、確実にカイネルは強くなっていた。
約一年、ディープダイバーとして、それを続けていると、カイネルはレベル17になっていた。正確にはひと月前に鑑定してもらって以来してないから、正確なレベルは分からない。
今は十九階層で狩りをしているカイネルは、日のほとんどをレベリングに費やして家に帰るのも月に一度ぐらい、目指す二十六階層まであと少しまで来ていた。
本当ならレベル16で二十六階層へ挑むつもりだったのだが、大きな誤算があったために断念した。その誤算とは、レベル15で出現するはずだった第二スキルが出現しなかったこと。
人は人生において、レベル2で第一スキルを取得して、レベル15で第二スキルを得る。
そして25、35、55でもスキルを取得して最大で5つの個人スキルを取得する可能性がある。得られるスキルは第一が天性的で、第二スキルは決まって強力な攻撃的スキルを取得する者が多く、第三より後は冒険者としての経験から発動するものが多いとされている。
その知識を本で読んでから、彼は第二スキルを取得したなら二十六階層でも戦えるだろうと考えていた。しかし、現実は想像より厳しかった。
「カイネルぼうや、レッドスキルの保持者は稀に第二スキルを開花させないまま第三スキルを取得する可能性があるのじゃ。もしかするとぼうやも」
ルーディばぁちゃんが、そう言って口ごもったのを今でも鮮明に思い出せる。
才能って奴にとことん見放されているんだな、とその日痛感させられたカイネル。
その日人生で初めて酒を口にしたカイネル。
「これは……人の飲み物じゃないよ」
一口含んで飲み込んで、残りは隣でちまちま飲んでいたおじさんに彼は譲った。
第二スキルが発動しないなら、レベルを19まで上げるだけだ。そう開き直った彼は再びタワーへ上る。
そうしていると、気が付けばダイバーになって1年が過ぎてしまっていた。
先日カイネルはある光景を目にし思わず立ち止まってしまった。成人になった貴族がダイバーとして初の冒険に向かうようで、デリス鉱石の長剣に二重層の楯、さらに高価とされるヘレス鉱石の防具を身に着けていた。
「いいな……あのデリス鉱石の剣が一本あれば、鉱物系のモンスターも簡単に倒せるのに」
現状の自身よりもかなりいい装備を身に着けている貴族。そして、そんなギルドのパーティーがこちらを見てほくそ笑んでいる、ただ、カイネルはそれ自体に何か不満を想うことはない。装備や生まれではないと、ダイバーとして一年過ごした彼が、今さらそんなこと理解していないわけがないのだ。
世界は残酷だ、だけど、彼の底知れぬ楽観主義の前には、他人と自身を比べる秤は無い。
実は多忙な彼にも、前々から続けている趣味が一つある。それが【マッピング】である。
燃えない破れないと有名な高級な魔法紙、それを彼はダイバーになる前から所持していた。
本来その魔法紙は、父が農業に関する知識を書きとめて後世に残すために買いだめた言わば形見にあたる。その紙に、一層づつ精密な地図を作っていくのがカイネルの密の趣味だ。
勿論いきなり書き込むのではなく、ある程度別に安い紙に記載して一層分書きためた後、仕上げに高級な魔法紙に写して額に入れる。家の地下にあるカイネルの部屋には、十六層までのマップが保管してある。
それらを使う機会は今のところないが、自分だけが知っている隠し部屋や通路なんかを書き足していくのが宝探し気分で昔からの趣味だった。ちなみに、モンスターの生息域や安全な道も記載されているため、新人や熟練のダイバーにとっても助かること間違いない作品に仕上げている。
「よし、これでまた新しい道が書き足せたぞ!」
それでも、やはり彼が使う機会はない。
マッピングは彼にとってただの趣味というだけでなく、将来的に母の病である魔瘴病を完治できる薬を買うための可能性だと考えてもいた。
そして、この頃だった、歴史に残るあの大事件が起こったのは。
ある日、いつものように十九階層へ向かっている時にそれをカイネルは目撃した。
「おい!あんた!頼む助けてくれ!パーティージャックだ!」
聞き覚えがあるのも当然だった。そのスキルはカイネルの天性的に持っているスキル。
男に言われるまま付いていくと、十一階層の階層主ガダラスがそこにいた。
今彼らがいるのは十七階層で、錬金生命体のガタラスの出現圏ではないはず。
カイネルが作っているマップにも、その生息域は十一階層に記載され、この層では戦ったことも無かった。
そんなガダラスが、目に見えるだけで十二体はいる。
ダイバーの数はその倍ほどだろうか、しかし、そのほとんどが死体だった。
「俺たちはこの階層にいるタルタロスってモンスターを狩る為に集まった寄せ集めのパーティーなんだが、どうやらレッドスキル持ちが混ざっていたらしいんだ!」
タルタロス――凶悪な獣型のモンスターで、タワー内を徘徊してダイバーを襲うため、目撃されるとすぐに討伐依頼がでる。報酬は高額でギルド以外のダイバーで大規模なパーティーを組んで討伐することもある。
「どこのどいつかはしらないが、レッドスキルのことを黙ってやがったんだ!くそ!俺のスキル【サーモアイ】も発動しやがらねぇ!」
サーモアイ――体温のあるモンスターを視覚できるスキルで討伐などの依頼に向いている。
「とんだデスパレードだったってことさ!」
デスパレードとは、大軍を率いて全滅することをいい、文字通り死への行軍ということだ。
男はそう言うと腰の短剣を抜いて構えた。
「待ってろリグレッド!ハンナ!」
「ま、待ってください!」
巻き込まれる形で戦闘に参加する流れになったカイネル。
男はきっと事前にカイネルを見ていたのだろう、十六階層でシースナハウとアーリルハウと戦ってレベリングしていた彼の力量も知っていたから、彼を呼ぶために十七階層の入り口まで来たのだ。
しかし、カイネルはすぐには動けなかった。なぜなら、自分と同じレッドスキルの本当の効果という奴をまざまざと見せ付けられているのだから。
「ハンナ!」
男の声にようやくカイネルはその死地に駆け込んだ。
「あなたは仲間の救出を優先してください!戦闘はボクが引き受けます!」
ガダラスのレベルは鑑定力の低いカイネルでは見えないもので、現状確認できるレベルは30程度で、目の前のガダラスがそれ以上なのは間違いなかった。
「推定三十以上……、本来ならガダラスは単独で戦う相手じゃない」
相手は二十九階層クラスで、しかも数は十二体。他のダイバーは状況に混乱しているのか、まともに連携もできていない。その上、カイネルが戦闘に混ざらなくても、彼らはレッドスキルの影響でスキルが扱えない。
こんな時ほど恐怖を感じるのが普通なのだろう、だが、カイネルはまったくと言っていいほどにそれを感じていなかった。
「スキルの使えない人は、負傷者を助けて下さい!」
その第一声は階層内に響きわたり、その声によって混乱していたダイバーが視線をカイネルへと集めた。
一体のガダラスの側面から一撃を当てると、反応するように反撃してくる。少し大きめの全身鎧に、ロングソードを装備したモンスターのガダラスだが、間接などという概念は無い。
カイネルは基本モンスターをレベルではなく、戦い易いか否かで危険性を基準にしている。
ガダラスがどちらに入るかというと、やはり前者の部類だろう。
地面に立っているモンスターは間合いが計りやすいし、武器を持っているなら攻撃の起点が読みやすい。
逆に飛び跳ねたり、壁に掴まったりして、爪や尻尾、あるいは体などで体当たりされると非常に戦いづらい。
常に一対一の戦闘を意識して動き、素早く左右の武器で攻撃を加えて、相手が大振りしてくるとそれにカウンターで攻撃をする。
カイネルが1体のガダラスを倒したのを見て、他のダイバーもようやく冷静に対処し始めることができ始めた。だが、3体目のガダラスを切り伏せた時にそいつは現れた。
「ゴガァァアア!」
天井をまるで床のように這い回る白い悪魔。
「タルタロスだ!」
腹を空かせたモンスターが獲物を品定めするように、遠巻きにこちらの様子を窺っている。
唾液をポタポタと落とす姿に一人のダイバーが声を漏らした。
「ヒ!」
一瞬の出来事だった。声を漏らしたダイバーが瞬きせぬ間に姿を消した。
6体のダガラスといまも戦闘中なのに、現れたタルタロスのせいで再びダイバーたちが戸惑いを見せた。
「アレはボクが引き受けます!そのうちにダガラスを!」
タルタロスを誘うように声を出しながらカイネルは自身へとヘイトを上げる。
「こっちだ!こっちへ来い!」
うまくいけばタルタロスと一対一で戦うことができて、この隙にダイバーたちが退却することも可能性として出てくる。
ただ、途端に恐怖心が湧いた理由を彼はすぐに理解した。それは初めて戦闘で仲間という存在が意識的に勇気を与えていて、今はそこから遠ざかろうとしているからだった。
駆け抜ける広めの通路で足を止めた。その数バレン先へとタルタロスが天井から飛び降りてくると、白い口元に赤い血を滴らせていた。
先に述べたとおり、カイネルは基本モンスターをレベルではなく戦い易いか否かで危険性を基準にしているが、タルタロスは完全に後者であり現状救いなのはそのレベルが21という比較的近いということぐらいである。
「ゴガァァアア!」
しかし、それらの苦手意識は対複数でのことであると言える。つまり、一対一の場合はそれには該当しない。
タルタロスの行動を観察しながら、一手二手先を予測し、常に回避し続ける。
戦いにおいて素人の領域からスタートしたカイネルは、既に完成系に近づいていた。
そんなカイネルに対して、タルタロスは混乱していた。
攻撃が一撃当たれば、そう思いつつ腕を振り爪を当てようとするが、一度たりともそれが当たらない。そして、とうとう避けていた相手が攻撃してくると、徐々に自分より小さい相手が大きく見えていく。
それはやがて恐怖に変わり、それを感じ取ったカイネル・レイナルドは転じて攻撃にでた。
連続してくり出される攻撃を避けようと、背中を見せたタルタロスは既にその身に突き立てられたロングソードのアシュレインと、待ち構えていたセカンドソードのアルファールに貫かれた。
背後にいたはずの敵が、いつの間にか逃げた先にいるのだから、タルタロスからしたら何が起こったのか不思議でならないだろう。
しかし、タルタロスがそれを理解することはもうない。なぜなら、もう既にその命の灯は消えてしまっているのだから。
「タルタロス……意外と弱かった?」
その場にドサッと腰をついて、フーと溜め息を吐く。
契約を交わしていない以上、タルタロスを倒した報酬はでない。つまり無償の討伐であり武器の手入れをしたら赤字だった。
「それでも――」
それでも気分は悪くなかった。
その後、討伐に集まっていたダイバーたちは逃げていて、カイネルは数時間だけ十九階層でレベリングした後、地上に一度降りると助けた男が仲間連れで待っていた。
「や!あんた!さっきはありがとうな!タルタロスから逃げられてよかったぜ!」
「いいえ、大丈夫ですよ、というか、タルタロスは倒しましたよ」
「へ?」
驚いた様子の男に詳細を話すと、男はタルタロスの討伐報酬を国から受け取って全て譲ると言い出した。
「頼む、受け取ってくれ」
「俺たちからも頼む、あんたがいなかったら全滅だってありえた」
「レッドスキルの奴はノラだったらしい、どさくさで死んでたと後で分かったよ」
結局レッドスキルを持った者は、戦闘の中で命を落としたらしい。
「一部だけ貰ってもいいですか?あの戦闘で装備の整備が必要で」
そう言ってカイネルは、前金の一部を男から受け取った。
「それにしてもレッドスキル持ちめ!目障りな連中だ!」
「あいつさえいなければ……」
そう言う男たちに、カイネルは隠さず話した。
「そう悪く言わないで下さい、全員が悪い人間じゃないんですよ、現にボクはあなたたちを助けたし」
その言葉にその場の人間は驚きを表した。
「あんたもレッド?!……そいつはすまなかった。そうだよな、レッドが全員悪もんじゃないよな」
「そう言ってもらえると助かります」
そう、死んだ人間は確かに責められて然るべきだとカイネルも思っていた。
彼らと別れた後、久々にルーディばぁちゃんの所に向かったカイネル。
ルーディばぁちゃんの家は、カイネルの稼ぎがそれなりに良くなった時に、タワーに近い場所に新しく購入してあげたため、数分で会いにいけるようになっていた。
勿論世話になったブラックスミスのダイルにも、それなりに恩返しできている。
「よくきたねカイネルぼうや、鑑定かい?それともご飯食べていくかい?」
「やぁ、ルーディばぁちゃん。ステータスを更新してもらいにきたよ」
杖を突きながらテクテクと歩み寄ってくるルーディばぁちゃんは、以前に比べて腰が曲がっている。
本当なら鑑定士として働かせずにのんびりしてほしいところだが、身寄りのない彼女も日々の糧を得る必要がある。
瞳を覗いたルーディばぁちゃんは、いつものように淡々とステータスを口にする。
「敏捷230、レベルは――18じゃの……ほう~スキルが出現しとるな」
カイネルは耳を疑った。
「ほ、本当に?」
レベル15で出現しなかったスキルが、18になって出現したのだ。
「本当に本当?」
「間違いないの、……古代語で【ソロ】?単独かの?単一や個という意味じゃったかな」
そのスキルを彼は知っていた。
何せスキル図鑑の中で、一番出現してほしいスキルだったからだ。
「古代名称で【ソロフェンサー】だよルーディばぁちゃん!効果が」
「図鑑でもう予習済みかい?カイネルぼうや」
「うん!」
効果は所持者が独行動時のヘイト減少と、奇襲時のアタックステータス2倍。つまり相手の死角から攻撃した場合に限り力・速さが倍になる。
このスキルがあればレベルが倍の差があろうが、一人で倒せる可能性が生まれる。
神には見放されているものだとばかり思っていた彼は言う。
「ありがとう!神様!」
「きっと神様から、頑張っているカイネルぼうやへの贈り物だろうね」
笑顔でそう言うルーディばぁちゃんは、カイネルの頭をワシャワシャと撫でる。
これでボクは二十六階層でも戦える、魔瘴病を緩和させられる薬の素材を手に入れられる。
しかし、そんなカイネルの思いは、簡単に遠のいてしまうのが現実だった。
ギルド教会が決めた決まり、二十六階層における占領権をギルド【クロスハート】へ与えたのだ。その結果、他のギルドやノラダイバーたちは、一切戦闘行為ができなくなってしまう。
「なんで、なんでこんな」
これから、これから時に、世界は残酷だった。
その日から、いくらカイネルがレベリングしようが、ギリーを稼ごうが、母の病気は進行してその予防も完治もできない状況が続く。
ただただ弱っていく母の姿を見ていられなかったカイネルは、以前よりもさらにタワーに入り浸るようになった。
そうして半年後、母マリアは病によって他界してしまう。
「嘘だ……嘘だ!」
息を引き取る前に母は言った。
「ごめんね……カイネル……あなたにばかり苦労かけて……これからも苦労かけるけどメイネとネテルの事よろしくね」
「やだよお母さん!」
「いなくならないで!お母さん!」
泣き崩れる二人の妹たちを抱えて、カイネルは言う。
「大丈夫だよ、母さん、何とかなるよ」
たとえ世界が残酷であっても、母を助けられなかった自分には、もう誰かの為にしか生きていけないから。
楽観的な彼の正確に大きな穴を開けたその出来事は、その心に虚空を作ってしまう。
しかし、彼が立ち止まることはもうない。
「お兄ちゃん、もう行くの?」
「うん、メイネ……ネテルが起きたら二人で一緒に買い物してきなよ、ほら、このお金を使って好きなもの買っていいから」
「……お兄ちゃん、傍にいて」
「……そうか、そうだね、今日くらい休もうかな」
メイネは気が付いていた、葬式でも埋葬の時も、カイネルが一度も泣いていなかったことに気が付いていた。
メイネをそっと抱きしめたカイネルは、しばらく声を殺して涙を流した。
そんなカイネルは数日後には、タワーに再び姿を見せるようになる。
なぜなら、カイネル・レイナルド、彼の職業は【ダイバー】だからだ。
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