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ダイバー編
六話 ブラックスミス
しおりを挟む鍛冶師、ブラックスミスの称号【グレーゴル】を与えられたアルバー家。その一族の歴史上でも、誰一人として加工することができなかった金属を【イモータルオブジェクト】という。
コトーデ王国にあるダンジョン、ギルド教会が所有するタワーの三十階層から四十階層のどこかに存在すると噂される希少金属だ。
それの在りかは、アルバー家の者しか知らず、知った所で手に入らない。
オブジェクトは物体の意味を持つ古代語、ゆえに、ブラックスミスの間では鉱物の意を表す【オー】と変え【イモータルオー】とも称される。
エリカ・アルバー、それがワタシの名前。
アルバー家の長女として生まれた私が、ブラックスミスの道に興味を持つのは必然だった。
けど、私は女で、ブラックスミスの世界は本来男のものだって風習は根強く残っていた。
それでも、14にして耐久値6千の剣を加工して作ったり、耐久値1万2千の防具を加工して作ったりと、才能じゃ男のスミスにも劣らない才能を持っていた。
兄が作り出す剣の耐久値はいいとこ4千が最高クラス、初代から父の代まで見ても最高が5千2百で、いつからか、父からグレーゴルを引き継ぐのは私に違いないという考えを持つようになるのも必然だった。
でも、15になってすぐ、父は兄にグレーゴルを譲ることを決めた。
勿論私は反対した。
「ならばエリカ!一つだけお前がグレーゴルを引き継げる条件を出そう!それを成し遂げたならば」
父の条件、それはイモータルオブジェクトの取得および加工。
それが意味する所は『絶対に不可能』である。
私がまず始めたのはレベルを上げること。
レベル2で得たスキルは【名工】、この呼び方はブラックスミスの中で広がった呼び方で、本来の呼び方等は私も知らない。
【名工】はまさにブラックスミス向けのスキルで、鉱石の加工で得る経験値の量が増加するというものだ。
それからレベル15で得たのは【匠】、それは初代が第四次スキルで得たものと同じで、武器に関して常に最上級生成という効果だ。
当時の私はこの2つのスキルを所持していて、第三次スキルが得られるだろうレベル25まではあと4だった。
本来、次に何が得られるかは一切わからない。だけど、私は次に得られるスキルこそ望むものであると確信していた。
日々の修練と別に日替わりでギルドの武器や防具の整備をして経験値を稼ぎ、16になる少し前に私はレベル25なった。
その時得たスキルこそ、ワタシがブラックスミスのグレーゴルを引き継ぐための鍵だった。
【錬金工】どんなもの、どんな硬度、どんな質量でも加工することができるというブラックスミスが取得できる最高のスキルとされている。
そのスキルは歴史上得られたブラックスミスは皆無で、唯一私、エリカ・グレーゴル・アルバーのみ。
おそらくだけど、このスキルはイモータルオブジェクトを加工できる条件の一つ。
アルバーの所有するイモータルオブジェクト、それを錬金工のスキルで加工しようとしたが、【エクスピレーション】と表示されて錬金対象に選べなかった。
その意味が【有効期限切れ】と分かり、ワタシはある仮説を立てた。
イモータルオブジェクトは、それをダンジョンから持ち出した時から一定期間で加工対象にならなくなってしまう期限付きのアイテム。
つまりは、それ自体をダンジョンから新たに持ち帰らなければいけないということ。
ただダイバーに頼めばいい問題でもなく、アルバーの所有していたイモータルオブジェクトも、発見された時には縦7バレン(m)、横5バレン、幅1バレンの巨大なものと、30クレン(cm)四方のものがいくつかあった。けど、持ち帰ったのは小さいほうで、大きい方はカットや破壊もできないためとてもじゃないけど持ち帰れなかったらしい。
それらはダイバーが語って聞かせたもので、実際にそれをみたブラックスミスはいないのが、現状で、唯一アルバー家は大金でそれを譲って貰ったが結局加工できなかったのだ。
ダイバーではその大きなものを適度な大きさにもできないため、質量もあって重く大きなそれを持ち帰る術はなかった。つまり、今回は私が同行しカットして持ち帰る必要がある。
「あん?三十七階層だ~?おっと、そんな金額出すのかい」
「別に構わないぜ」
「ウチのギルド雇うつもりならそれなりにいるぜ?」
一言声をかけて大金を積むと、どのギルドもそう言って笑顔を見せる。けど、その後でエリカ・アルバーの名を聞いた途端。
「悪いが他を当たってくれ」
「あ~急に依頼が入ったようだ」
「……その金じゃ足りねーな」
どうして皆が急に依頼を断ったのか、それは兄が裏で手を回していたからだ。
全くもって我が兄ながらに姑息。
「どこかない?私と三十七階層へ行ってくれるギルドは!」
私が叫んでいるのはタワーのゲート内。
足を止める者がいても、引き受けてくれるダイバーはいなかった。兄の手回しがよほどなのか、ダイバーたちの度胸がないのか。
「腰抜けばかりね」
半ば挑発的に私はダイバーを探していた。すると、明らかにガラの悪いパーティーが近寄ってきて言う。
「三十七階層に連れてけって?俺らならいいぜ」
5人パーティー、レベル29から32、この強さなら大丈夫だと思う。
「金ならいくらでも出すわ!だから三十七階層へ連れて行って!」
男たちは前金を出すと簡単に引き受けてくれた。
即席でそろえた装備を身に纏い、早速タワーへと上がっていく。
「楽な仕事だな――」
そんな言葉を吐いている時点で、こいつらがたいしたダイバーじゃないことはすぐに分かった。けど、ワタシにとっては好都合、切り捨てるには、という意味で。
タワーの三十五階層についた時だった。
「こいつで最後!」
クリムの上位種クリムバス8体を倒して、パーティーが一心地ついていた。
その瞬間に音も無くそれが現れた。
「デルシウスだぞ!」
それはタワーの二十階層以上で稀に現れるモンスターで、錬金生命体ながら討伐すればデルシウスという鉱石を落とすモンスターだ。
男たちはすぐに現れたそれを追い出す。
「ちょ!ちょっとあんたたち!」
そこに穴があれば入りたくなる、そんなバカなやつらが誘われるように一箇所に走っていく姿はまさに滑稽だった。
さらに、その集団が大きなゴツゴツの物体に一瞬にして吹き飛ばされた様は、並べられたゴミの筒に石を当てた時のように吹き飛ぶと、いよいよ人がゴミのようだった。
一人は大きな岩の下敷きに、一人は壁に激突、一人は左足を小さな岩の下敷きに、一人は床に這い蹲った。
「あれは……いったい何?」
後から知ったことだけど、それをダイバーは【オーダグラン】と呼ぶそうだ。
オーダムスの変異種で、十から三十階層のどの階層でも出現し鉱石を貪る。
強さはレベル50前後らしい。
「何だこいつ!ステータスが全く見えね!」
一人だけ足の遅かった男は、その鈍足のおかげで一切傷を負っておらず。
左足を潰された男を肩に担ぎ、その場を逃げようとする。
「ちょっと!何してるのよ!」
「何って!逃げるんだよ!」
「は?!それじゃ約束が違うじゃない!」
知ったことか!と怒鳴った男は、来た道を慌てて戻って行った。
残された私は、その場でオーダグランがデルシウスを貪るのを眺めて、それがいつこっちを向くのかと警戒し動けずにいた。
オーダグランは、デルシウスを食べ終えるとゆったりとした足取りでダンジョンの奥へと姿を消した。
タワーの三十五階層で私は一人取り残されて、何分かその場で止まっていたけど、その時は地上に戻ることを優先することにした。
でも、来た道を数分戻ると、ダイバーがモンスターに襲われていて、それが先に逃げようとしていたあの男で間違いなかった。
「かなり前に逃げたはずなのに……」
物陰から様子を窺っていると、男は6体のモンスターと戦っているようで、一緒に連れてきていた仲間の姿はどこにも見当たらなかった。
「くそ!なんでだよ!見逃せよ……すぐそこなんだぜ!」
男の言葉どおり、その先に横穴があり、しかしモンスターたちに道は阻まれていて、倒さないととてもじゃないけど通れない。
その後すぐに男の断末魔が響き、私は引き返した道をさらに引き返すことになった。
モンスターの巣窟で三流の短剣と、二流の防具で身を固めた戦闘に関してド素人のブラックスミスが野ネズミのように這い回る。滑稽過ぎて泣けてくる。
あれから何時間経ったか分からない程に、私はずっと耐えていた。
「タワーを上り始めたのが昼過ぎ……三十五階層までに二時間弱、それから大体一時間だとしたら夕方まではそれなりに時間があるはず」
できるだけ姿勢を低く、気配を消して、三十五階層の横穴を探して。
「で、迷子になりました!」
笑えない、本当に、笑えない。
逆にどんどんタワーの上に向かっていたりして、なんて思っていると、そこに三十六階層へと続く階段がいくつか見つかる。
「むしろ上へ上れって?」
上等!
息巻いて上った階段の先で、私はモンスターと会う。
「冗談止めてよね!」
クリムバスが一体、私はそれと追いかけっこした挙句、足を滑らせて狭い横穴へと転がり、頭部を強打して意識を失った。
次に目覚めた時、私は足首を捻っていて、手で壁を支えにしながら立ち上がる。
気絶していた時間は分からないけど、夕方を過ぎているのは明らかだった。
「アレは――」
ダークサイド、レベルが70以上のモンスターで、【歩く死兵】と呼ばれている。ダイバーが夕方には地上へと降りる理由が、こいつを含む凶悪なモンスターの活動時間が夜だから。
昼間のタワーがハングステンの硬度ならば、夜のタワーはデリス並の硬度も違う。もっと極端に言うと、その辺の小石と宝石との価値の差ぐらいの差がある。
夜のモンスターの脅威はダイバーも恐れをなすほどで、そんな所に、ブラックスミスのかよわい少女が一人取り残されるなんて。
「でも大丈夫、ここから動かなければ」
しかし、その考えはすぐに間違いだったと気付かされる。
ダークサイドがその数を徐々に増やしている。時々、そいつらが私の存在に気付いているように見えた。
そして、私の隠れていた狭い横穴に入ってきた拳くらいのそれと目が合った。
「ん!(目玉!?)」
細長い触手の先に確かに目玉がついていて、タワー内を照らす光源に当たって光っている。
一瞬声を上げようするが、今声を出せばダークサイドに気付かれるかもしれないため、私は手にしたニリスでできた短剣を衝きたてた。
その判断が正しかったのか、そうでないかはすぐにわかった。
駆け出して、穴の中を触手とは反対に逃げていくと、次々に触手が伸びてきた。
「ひ!(キモチ悪い!)」
穴の大きさがもう少し小さかったら間違いなく追いつかれていた。痛む足で若干の上り坂を駆けていくと、唐突に体が宙へと浮いた。
「え!」
それが床に開いた穴であると気付いたのは、下まで落ちてからだった。
落ちた先で完全に足を挫いた私は、伸びてくる触手から逃げる手段を失った。
先に目玉の付いたそれは、私の体を拘束してゆっくりと締め上げだした。
「ぐ!きゃぁあぁぁあ!」
締め上げながら、落ちてきた穴へと連れ込まれそうになる。
助けのない状況で、酷く喚いた。誰にも聞こえない、誰も助けに来ない、自分で助かることができない状況で私は叫んでいた。
私が諦めるのにそう時間はかからなかった。
称号を得ようと遥々タワーに上った挙句に、一人で名前も分からない気持ち悪いモンスターに殺される。
「やだぁぁああ!わたし!はぁああ!」
死にたく、ない!
最後の抵抗、無駄なあがき、なんと言われようとも。
「私はぁああ!」
そのあがきは無駄にはならなかった。
私の絶体絶命の場面に現れたのは、栗色の髪を揺らしながら、ニリスの長剣リュシエールを手にした男の子だった。
まるで羽のようにリュシエールを振り回し、私を拘束する触手を切り払ってしまう。
重力に引かれて落下する体を受け止めると、優しいく耳を撫でるような声で話す。
「大丈夫?」
「……うん」
酷い格好で鎧はボロボロ、服もところどころ破けている私は、はだけた部分を隠していると彼はそっと自身が着ていた上着を貸してくれた。
「あ、ありがとう」
彼は私が足を挫いていることに気がつくと、腰のカバンから回復薬を取り出して飲ませてくれた。
それはもちろん私も持っていたけど、いつの間にかカバン自体を無くしていたことにその時気が付いて、男の子はその朱色の瞳を私に向けて言う。
「少しすれば傷も捻挫も治るから、その後外を目指そうか……」
「カバンを無くしたの」
「カバンを無くした?大切なもの?探してこようか?」
冷静、その言葉で彼を言い表すことができるほど落ち着いていた。彼は周囲を警戒していながら、私のことを気遣ってくれた。
カバンを見つけた彼は、「途中で引っかかっていたよ」と言って落ちた縦穴から出てくる。
「どうしてこんなところに」
「それは僕のセリフだよ、こんな時間に、見たところダイバーでもなさそうだし」
私はすぐに、それもそうかと思って立とうとするが、足の痛みでよろめいてしまう。が、彼が受け止めてくれたけど、私はその違和感に視線を向けると、決して小さくはないが豊満とも言いがたい胸に彼の指が完全に埋まっていた。
パチンとなるはずの私の平手打ちは空を切り。
「ダーク!」
彼の視線にはダークサイドの大剣が映っていて、それかわすために彼が私を抱えて飛び退いたから空ぶっただけで、私を抱えながら走り出すと彼は言う。
「絶対に動かないで!」
彼の駆ける足はとても速くて、ダークサイドからどんどん離れていった。
しかし、彼が向かう先はどう見ても壁だけしかない行き止まり。
「ちょっと、このままだと!」
「黙っていないと舌を噛むよ!」
彼が壁に迫ったその瞬間、私の体は重力に逆らって上へ上へと上った。
壁がまるで床だと思わせるほどの速さで駆ける彼は、まさに『天駆ける』というやつだ。
タワーの壁を駆け上がると、長年何者にも侵されていないのが目に見える縦穴が視界に入ってくる。
「悪いけど……アレに突っ込むよ!」
アレって――目の前にある『謎の植物』や『謎の白い糸』や『何かしらの体液』が付着したアレのこと?
「ちょ、無理無理無理ぃいいいい!むー」
ザザザザザ、ベタベタ、ベチョ。
それらの擬音が私の耳に響く。ああ、私汚れちゃったな。
今まで家のおかげでキレイで真っ直ぐ生きてこれた。ありがとう父さん、母さん。
私がそんなことを考えている間に、私と彼は縦穴を抜けてそれなりの広さの空間に出る。
「ここまでくれば一先ず安心だ……僕はカイネル、キミは?」
「……私はエリカ、ブラックスミスの――ただのエリカよ」
答える私に背を向けてゴソゴソと何かし始めるカイネル。
彼の装備を見て疑問が浮かんだ。どう見ても三十階層以上で戦っている冒険者には見えないからだ。
粗末な剣、防具は胸当てすらつけていなく、ブラックスミスで言う『ハダカ』というやつだった。装備はブラックスミスにとって服のようなものだから、そう言うんだけど。
「……カイネル、助けてもらってこんなこと言うのは間違っているかもしれないけど……、その格好は何?」
彼は自身の体を一瞥して、何が?と問い返してきた。
「何が?って装備よ!そ・う・び!」
首を傾げてすっ呆ける彼の剣を奪い取り言う。
「この剣、刃もボロボロだし、元々質の低い武器だったんでしょうけど、もう使い物にならないわ!それに防具は?軽装なんてもんじゃないわハダカよハダカ!」
「……それだけ話せるならもう安心だね」
何こいつ――、それがカイネルの第一印象だった。
彼がこそこそと何かをし始めるのに気が付いて、近寄って覗き込むとよく分からない生物の生皮を大きな方のカバンから取り出していた。
「何それ?」
「……質問が多いな、キミは――」
カイネルは呆れながらも私に一から説明してくれた。
「リトロスの皮、そのニオイでレベルが30以下なら近寄ってこなくなるんだ、この縦穴を利用するモンスターはいないだろうけど、大きさからレベルの低いモンスターなら入ってこれるからね。例えば、さっき見かけた触手のモンスターとかね」
ちなみにリトロスは獣系のモンスターで素早いやつね、と言うと、カイネルは大きなカバンから何かの包みを取り出して私に手渡す。
何だろうと受け取りその包みを広げると、野菜にソーセージやミンチした肉を固めて焼いたものをパンで挟んだサンドが入っていた。
「ダイバーの非常食って奴?」
「違うよ、昼に食べようと思って忘れてたものだよ」
「あんたのは?」
「僕はさっき食べたから遠慮は要らないよ」
「それよりもタオル貸して……頭に変なのが」
「たしかにモンスターの~何かがくっついているね」
タオルで拭き終えた私は、受け取った食べ物に視線を向ける。
私はこういうのを食べたことがなかったせいか、変に口に合わないんじゃないかという先入観を持ってしまって、恐る恐るそれを口にした。
口にして分かる冷めていてもソーセージの食感や、ミンチ旨みが密かに空腹だった胃が加わり舌に衝撃を与えた。
「何これ……美味しい!」
噛めば噛むほどにそれの美味しさが口に広がり、さらにその具とパンにたっぷりと付けられたソースに本当に驚かされた。
「ねーこれ何?ウチの料理人にも教えたいぐらい美味しいわ」
「家に料理人がいるのかい?お金持ちってやつだね」
何か棘のある言い方……。
「で、これからどうするの?カイネルも帰りそびれちゃったんでしょ?」
質問にカイネルはカバンから布を取り出してそれを被る。
「……まさか寝るつもり?」
「だって夜だよ?モンスターのレベルは昼とは段違いだし、今は寝るのが最善だよ」
そう言ったカイネルに、私は本当に寝るのかと尋ねた。
「なら少し話す?僕も聞きたいことがあるし」
「聞きたいこと?一体何、言っておくけど私はブラックスミスだからそっち方面の話しかできないわよ」
「どうしてブラックスミスのキミがこんな所に?別にタワーを上る理由もないよね?」
私はアルバーの名を伏せて経緯を説明し、今日のことを事細かにカイネルに話した。
「それで、一人になった私は穴に落ちて気絶、気がついたら夜になってて後はあの触手がね」
「なるほど……困ったことになったね」
「そう、現在進行形なのよ」
「おそらく勘違いしているだろうから訂正するけど、困ったことってのいうのは、そのイモータルオブジェクト……このままじゃ無くなっちゃうよ」
その言葉に少しウトウトしていた私の睡魔が吹き飛ぶ。
「な、無くなる!どどどどどういうこと?」
「オーダグランだよ、あいつは本来走ったりはしないんだ。そんなあいつが走ったってことはとてもお腹が空いているってことだから、このままだとそのイモータルオブジェクトも食べられてしまうかも」
寝耳に水、私はあまりのことにパニックになって、モンスターに襲われても泣かなかったのにわんわんと泣きじゃくってしまう。
「そんなのないよ~、私の苦労がぁああ、私の人生がぁああ」
一流としての称号を得ることだけが私の夢であり、願望だったのだとその時ほど自分が思っていた以上に、それにこだわっていたことに気付かされることはなかった。
何のために汗だくになって、日に何回もハンマーで金属を叩いたり、鉱石を加工したり。
「それが全部水の泡って何よ~」
子どものように泣きじゃくる私だったが、カイネルの言葉でピタッと泣き止んだ。
「諦めるのかい?キミのこれまでを簡単に捨てることができるのかい?」
「……でも、もう――」
背を向けて布に包まっていたカイネルは、スッと立ち上がると言った。
「諦められない、捨てられない、ならどうするべきか」
「……」
「キミは今すぐボクに頼むべきだ」
突然何をと一瞬思ったが、カイネルの瞳はすでに何かを決意しているようで。
私は何故だか、その瞳に勇気付けられてその場で彼に頭を下げた。
「お願い!私を連れて行って!」
「いいよ任せて――」
笑顔でそう言ったカイネルの顔を、はっきりと私の記憶に刻んだ。
身を潜めていた空間から横穴を切り開いて外へと出ると、そこは三十七階層への階段がある空間でモンスターも驚くほどいた。
ナイトリッチは、その姿が古代人の物語に出てくる首なし騎士に似ていることから、【デュラハン】とも呼ばれているらしい。
クリムブラックは、通常のクリムより強くて大きいハサミの武器を持っているのが特徴。
カイネルがすぐにあのボロイ剣で、クリムブラックを切り捨てていき、足の遅いナイトリッチを無視してタワーの中を走っていく。
私はその後ろを鎧も武器も持たない状態で、人生で発したことのない奇声を上げながら駆け抜けた。
あのリュシエールは確かにボロボロで切れ味など到底ないのに、彼の剣技があの剣の限界を引き出しているのか、それとも彼の剣技にたいしてあの剣が限界を超えようとしているのか。
武器とは本来、斬って突ければいい、なんて言われるほどに道具としてしか見られない。
ブラックスミスの中にもそう考える人も少なくないのに、カイネルを見ていると。
「ねぇ、あのナイトリッチってモンスターレベルいくつだったの?」
「あれは44とか46とかだったよ」
それが見えるってことは、彼がレベル40以上だということ。
「それより見えてきたよ」
「階段!」
昼間の階段にモンスターが近寄ることはそうそうないが、夜間には下へ上へと時間や場所を変えての移動が確認されている。
今もまた昼間にいたモンスターがいた。
「あれがリトロスね――」
大きな口に鋭い牙、二足歩行だが腕は無い。
「本来攻撃的なモンスターだけど、夜はおとなしいものだから無視して進もう」
「え!う、うん」
カイネルは平然と横を通り過ぎるが、私は恐る恐る階段を上るそれの横を抜いていった。
彼の言葉通り、リトロスは一切こっちを警戒することなく上っていく。
「ねぇ、アレなんで襲ってこないの?」
「……本当に質問が多いね……、あの集団は昼間に下の階層でレベルが一定以上上がったから上の階層に移動しているんだよ」
一つ勉強になった、と私はもう一度振り返ってモンスターを一瞥した。
そうやって聞いてからそれらを見ると、なんだか、生真面目だな、と変に感心してしまう。
「ところで、もう三十七階層だけど、そのイモータルオブジェクトってどこにあるの?」
「あ!……入り口――って言うかなんて言うかアーチみたいなのがあるって」
そう言うとカイネルは、「アーチ?……あの門のことかな――」と指を鳴らす。
「そこならすぐ近くだ……でも、あそこには何かあったかな?」
彼はそう呟きながら再び駆け出す。
しばらくすると、私たちの目の前に3バレンの高さがあるアーチが現れる。
「ようやく……やったわ!カイ――」
私が部屋に入ろうとすると、カイネルが突然飛びついてきて押し倒された。
「……へ?なに!」
彼の視線は私ではなく部屋の中に向いていた。すぐに私も部屋の中を見て、自分の視界にそれを入れた。
モンスターの名前は変な記号で見えず、耐久値も数字のないただのバー。
何こいつ!ヤバイ、こいつは。
「キミはさがってるんだ、まさかこいつがここにいるなんて」
「知っているのこいつ」
「ソードブレイカー……以前はこいつに殺されかけた」
「殺され――逃げなきゃ!」
カイネルは、ボロボロの剣を背中の方の腰の鞘に収めると、背負っていたカバンを床に落として中から剣を取り出した。
「とっておきってやつだよ」
取り出された剣を鞘から引き抜くと、黒光りするデリスの長剣ブリノールが姿を現す。
「そんなの持ってるなら最初から――」
私が言い終わる前に彼は駆け出していた。
キィン!とかん高い音が響くと、デリスの長剣ブリノールが、細いというのか薄いというのか、剣の様で剣ではないソードブレイカーのそれに防がれた。
「なに、あの武器――」
ブラックスミスの鑑定力は、ほぼ武器防具専用と言っていい。だからこそ、その武器のステータスを見ることができた。
「……【ザンハトウ】種類は、【カタナ】?……耐久値2万!?」
化け物級の耐久値に、見覚えも聞き覚えもない武器の種類。
戦いは始めから、カイネルの攻撃が圧倒的に優勢に見えて、でも、ブラックスミスの私にはその戦いの行方がはっきりと見えていた。
「嘘でしょ……ブリノールの耐久値がもう半分!さっきまで八割もあったのに――」
おそらくはあのカタナの特性。
ソードブレイカーがそれを一度鞘に収めると、素早い一撃がカイネルを襲う。
見えない攻撃!?
私の視界には、ソードブレイカーのその黒い腕が腰の辺りから前に振り出され、振り終わるとそこにカタナが現れたように見えた。
長剣を前に構えて防ごうとしていたカイネル。しかし、ぶつかった衝撃も音もなにもない。
彼の持つ長剣がいきなり中ほどからポロっと、落ちてそれを見て私は漸く悟った。
斬られたんだ!
斬撃の速度が速すぎて目に見えなかっただけで、実際にはカタナと長剣は接触していた。
「剣が折られちゃったら戦いようがないじゃない!」
その時の私は、カイネルの剣だけが斬られたのだ、という錯覚をしていた。
長剣が落ちた後も、ソードブレイカーもカイネルも全く動く気配がなかった。けど、彼が口から血を吐いて後ろ向けに体が倒れると、私はその意味がすぐには理解できなくて、立ち尽くした。自分の視界に映っていた彼の耐久値のバーが赤く点滅している。
それは武器なんかを作っていると、よく目にした光景だった。折れた武器、そうそこに転がっているブリノールもそうだ。赤く点滅している、耐久値が0になったからだ。
私は腰を抜かして、声も上げずに、ボロボロと零れる涙に視界をゆがませながら彼を見つめていた。
「……やだ」
彼は死んだ……、おそらくソードブレイカーは、カタナを振り抜いた後に突きを放っていたのだろう。彼の背中から血が広がっているため、刃が貫通してないとそうはならない。
私の無謀な頼みで、カイネルが。
ソードブレイカーが、ゆっくりとその黒い全身を一歩また一歩と彼に歩み寄る。振り上げられたカタナが振り下ろされる所を、私は直視できずに顔を背けた。
ギャィン!
鈍い音が私の耳に響いて、すぐに視線をそこへと戻す。
「……なんで――」
死んだと思ったカイネルが、ソードブレイカーと競り合っていたのだ。互いの目の前で交錯するカタナと、そのボロボロの長剣は。
「リュシエール!?」
彼が手にしていたのは腰に収めたはずの長剣で、現状も彼の耐久値は赤く点滅したままで、もう何が何だか分からなかった。
「漸く奥の手を出したな――速すぎて腹を突かれたのは予想外だったよ」
立って、話して、戦っている。
「耐久値がないのに……なんで?」
再び始まったカイネルの攻撃に、モンスターはそのカタナを鞘に収めた。またアレが来る!と私は思った、けど今度は、それを抜いた瞬間にカイネルの姿が消える。
いや、速すぎる動きを目で追えなかった。伸ばされたモンスターの腕に、カタナはおろか手すらなかった。
振りぬかれたカタナは、柄を握る手ごとカイネルの後ろに飛んでいる。
彼はカタナを引き抜く手首を斬ってしまったのだ。
「3回も……受けるはずもないだろ」
そのまま彼は、モンスターの首を刎ねて剣を鞘に収めた。
勝った……カイネルが。
私は腰が抜けて動けなかったため、その場で彼の笑みを見た。優しい笑顔のまま彼はその場に崩れてしまった。
立てない私は床を這いつくばって彼の傍に寄る。
「し、死んだの?」
相当動転していたせいか、私はそんな第一声を浴びせてしまう。
「……こんな時でも質問かい?生きているよ、見ていたよねあいつを倒すところ」
コクコクと肯く私は、すぐに自分のカバンから回復薬を取り出す。
「これ」
「……ごめん、少し気を失うかも……しれ……な……」
そう言って彼は本当に気を失ってしまった。
「え?ええ!?ちょっとコレ飲みなさいよ!」
片手で回復薬を彼の口に当てるが全て外へと零れてしまう。それは私が焦っていたせいでもあるけど。
頭を押さえて口を開けて、回復薬を飲ませる……て!手が足りない!
私は意を決して回復薬を口に含むと、彼の頭を押さえて、口を開けて、口と口を合わせて回復薬を飲ませた。
彼の服を捲って血が止まったのを確認すると、漸く一心地吐く。
数十分後、彼が目を覚ます頃には私も冷静さを取り戻していた。取り戻して赤面していた。
今日初めて出会った人と、よもや唇を交し合うとは夢にも思わず。傷ついた体を確かめる彼の姿が、まるで耐久値1万越えの良質な大剣のように輝いて見えてしまう。
落ち着くのよエリカ!私の愛するものは自身で造形したものなの!アレは違うわ!私の知らないところで勝手に生まれて、今日まで生きてきた存在よ!
「僕の心配はもういいから、早く用件を済ませば?」
私がちらちら見ていることに気がついたカイネルがそう言う。
「わ、分かってるわよ!」
カバンからハンマーを持ち出して、コンコンと鉱石を片っ端から叩いていく。すると、叩いた鉱石の中にハンマーを弾き返した上、視界に古代語が表示されるものがあった。
「あったわ」
拳程のそれのそばに大きな岩塊があった。表面はツルツルとした肌触り、光りを弾くことはなく、全て吸収しているようだった。
両手で触れて錬金工のスキルを発動させると、視界にパラメーターが現れる。
「何これ……すごい」
最も優れている鉱石のダグステンの倍ほどのステータスで、耐久値は数値が記号ばかり並んでよく分からなかった。
この前みたいなエクスピレーションの文字は浮かばない。
「錬金工のスキルは本来錬金工房があってこそだけど――」
私の意思で手が青白く光り始める。
「切断だけなら!」
大きさを固定、切断面は荒くなっちゃうけど後で加工すれば問題はない。
赤い閃光が左右にもれると、絶対不滅のそれがキレイに切り取れた。
「やった!やったわ!」
それを急いでカイネルに見せる。
「ほらコレがイモータルよ」
「へー耐久値がない鉱石か……それで武器を作れば最強だね」
私はその長さ1バレン、高さと幅が30クレンのそれを、カバンに入れようとするが到底入りきらない。仕方なく布を被せて直接抱きしめると思わず顔がにやけてしまう。
そんな私の後ろで、イモータルオブジェクトの岩塊を凝視していたカイネル。
「……どうしたの?」
「……これ、斬れるんじゃないかなってさ――」
そう言った彼は、腰から本当にボロボロのリュシエールを引き抜いて構える。
その空気が私に、斬れるかも、という期待を持ってしまった。
下から上へと振り上げられたそれが、もう一度下へと振り下ろされる。
ギィイン!
鈍い音と共にリュシエールが根元から折れてしまう。
「あっ」
「……やっぱり無理だったみたいだ、斬れそうだったんだけどな……手が痺れちゃった」
何やってんの……と言った私は彼に聞く。
「その剣大事なものじゃなかったの?」
「ん?あ~まぁね、こいつはかなり使い込んだから――でも、僕の勝手な言い分だけど、こいつも最後に、斬れないものを斬ってみたい、って思ったと思うし、ま~いいかな」
珍しいことを言うなと思っていると、カイネルは、「あ!」と声を上げて私を見る。
「何?どうかした?」
「……どうしよう、もう武器がないや」
「え?!」
私も目的を達成して気が抜けていたけど、彼もこの後のことをすっかり頭から忘れていたみたいだった。
「……でも大丈夫だよ、あそこに横穴もあるし」
彼の言うとおり、そこには横穴があるけど、また何かしらの体液がへばり付いている。
「私……嫌なんだけど」
そんな私を無視するかのように、カイネルはすでにそこへ入ってしまう。
私も渋々その後を追っていく。
再び狭い空間でカイネルと二人きりになると、さっきのことが脳裏に蘇って私はそれを口出す。
「ねーさっき戦っている時にさ、カイネルの耐久値が赤く点滅していたのに……どうして生きているの?」
オーダグランにダイバーが襲われた時にも、壁に激突した一人は血も流していない状態で耐久値を失ったせいで死んでいた。
「普通なら耐久値が無くなったら、即死するんだと思っていたけど――」
「耐久値か……アレは確かになくなると体が硬直する。けど、実際に体が無事ならまだ死んでいない、仮死状態ってのに近いかも」
言ってることの半分は理解できた。
「耐久値は、タワーやこの星のシステムの一部で、無くなることで体を硬直させる命令が出される……って言っても分からないよね。簡単に言うと、意思の持ちようで僕は死ななかったって言えばいいのかな」
私もレベルシステムのことは理解の浅い部分で、知っていることは知っているけど、彼はそれについてかなり勉強しているらしい。
ナノマシンやら回復薬やらの説明のあと、頭の中に耐久値と深い関係があるナノマシンがあって、耐久値の消失で体が硬直するようシステムに組み込まれていると説明をされた。
「……分かったわ――ある程度だけど……」
「よかった……ところで寒くないかい?」
「え?別に寒くは無いけど――」
寒い?と言った彼を見ると、手足がガタガタと震えていた。
「どうやらボクの体の異変らしいな……寒い」
「何その震え方!危ないんじゃない?」
私は体を温めようと、擦ってみるが状況は改善されなかった。
「どうしようカイネル――」
「……」
気がつくと彼は意識を失っていた。
「カイネル!」
慌てに慌てた私は咄嗟に考えた。人の体温は人の体温で温めることができる、そんなことを思い出しながら、躊躇なく彼の服を脱がせて自身もハダカになる。
「ちょっとなに死にそうになってるのよ!」
彼はうわ言のように何度も言う。
「僕は死なない、死ねないんだ」
何度も繰り返していた。
「か、勝手に死なないでよね!私が最高の剣を作ったら!絶対にカイネルに使ってもらうんだから!」
ピッタリと体をくっ付けて、私は彼を暖めた。
カイネルを暖めながら、あの戦いで見た彼の動きから、剣ではなくもっと軽くて、切れ味に特化した武器がいいと考えた。
「そうカイネルの新しい武器は、あのモンスターが使っていたカタナがいいんじゃ……」
明け方、朝日を背に二つのタコがゆっくりと舞い降りた。片方はイモータルオーだ。
カイネルは朝にはすっかり元気を取り戻し、寝ていた私のハダカの感触をしっかり覚えたに違いない。思い返しても顔が熱くなる。
アルバー家に帰った私は、一日休んでからすぐに工房に父を呼んで【カタナ】を作った。
「確かに確認した、認めよう!今日からお前がグレーゴルを引き継ぐのだ!」
父の言葉に兄は膝を崩し、私の工房の助手たちは一斉に手を鳴らした。
正式に私はグレーゴル・アルバーと名乗り、陛下にも謁見して今後も精進していくことを誓った。
その後、私はすぐにカイネルの下を訪れる。
「探したわよカイネル」
「……キミは…:エリカ?」
チカミチという道具屋で、胸の大きな美人な女と親しげに話してる彼に話しかけるのは、少しだけ嫉妬が混ざっていて。
「カイネルのおかげで色々上手くいったの、だからそのお礼にあなたにこの武器を受け取ってほしいの」
「これはカタナだね……悪いけど、それを受け取ることはできないかな」
「え!何で?これはあなたを想って作ったのに!」
ついうっかり本音が漏れてしまうほど、私は驚いた。
「ボクは、ボクの専属のブラックスミスの武器しか握らない、あと、耐久値じゃなくて、細いカタナのような武器は扱うのが怖いかな」
「……そ、そうなの……いるんだ、専属のブラックスミス」
明らかに肩を落とす私にカイネルは言う。
「ボクは今ギルドを作っててね」
カイネルはギルドを作るために奔走していて、専属のブラックスミスを探していた。
「当てにしていた知り合いのおじさんが、もうすぐ引退するらしいんだ。だから一からブラックスミスを探さなくちゃいけなくてね」
私はその話を聞いた途端、自分の今後が見えた気がして。
「じゃー私なんてどう?こう見えてもアルバーっていうブラックスミスの名家の出で、この間グレーゴルの称号を継いだんだけど」
彼は少しの間固まっていた。
「エリカってアルバー家の人間だったのか……どおりで珍しい髪の色だと思ってたんだよ、とても綺麗だしね」
私の金髪はアルバー家特有のもので、この国だけじゃなく、周りの国を入れてもアルバー家だけのものだ。自分でもあまり気にしたことはなかったし、今までも『綺麗だ』とか『美しい』だとか言われたことはあったけど。
「どうしたのエリカ……顔が赤いけど?」
好きな人に髪を褒められただけで、ここまで動揺するなんて思いもしなかった。
「べ、別になんでもないんだからね!で、どうするの雇うの?雇わないの!どっち!」
私の手を握った彼は、出会ったときのように優しく微笑んで頷いた。
こうして私、エリカ・グレーゴル・アルバーは、ギルド【ノラの集い】専属……いや、カイネル・レイナルド専属のブラックスミスになったのだ。
最後に、言っておくけど、一目惚れってやつは、自分じゃどうにもならないんだからね!
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