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ダイバー編
七話 サブマスター
しおりを挟むう~と唸っている声が、チカミチの一席で響き続けている。様子を見かねたベルギット・ベルベットは声をかけた。
「どうしたんだい、カイネル」
「ベルギットさん……実は」
カイネルが唸っている理由、それはギルドの実質的な欠点を見つけたからで、それはカイネルがダイバーとして活動している間、他のダイバーたちを指導したり指揮したりする人材がいないことだった。
「サブマスターを探しているんですが、どこにもいい人がいなくて、どこかにフリーで経験豊富なダイバーがいないかなって」
そんなカイネルの悩みに、ベルベットは胸を押し当てて言う。
「そういえば、噂で黄昏の旅団ってところのサブマスターが、大けがで引退するとかって言ってたな、でも引退するような奴じゃだめかね、歳も四十近いって聞くし」
ただ単に噂話程度にとそう言うベルギットに、カイネルは真剣な表情で言う。
「黄昏の旅団のサブマスター、あのレイフさんが引退……」
そう呟いたカイネルは、少しだけ慌てた風にチカミチを飛び出した。
そして、カイネルがレイフを見つけたのは彼の家の前で、一人で椅子に座って黄昏る彼に声をかけた。
「どうも、久しぶりですねレイフさん。僕の事を覚えていますか?」
「……誰かと思えば、ノラのダイバーのカイネルじゃないか……なんだ、俺が引退するって聞いて挨拶にでもきたのか?律儀な奴だ」
以前は生気に満ち満ちた表情だった彼は、まるで老後を迎えた老人のように気が抜けて。
「実は今ギルドを作ろうとしているんですが……、聞きますか?」
「暇だからな……いいぜ、人生の先輩として聞いてやるよ」
「ギルドを作るために必要なものは、初資金・人材・後資金・施設です、ボクが困っているのは人材という部分で」
「なんだ、ギルド教会に斡旋してもらえばいいだろ?」
ギルド協会に登録すれば、ギルド教会から人材がまわされるのは理解していた。
しかし、カイネルはギルド協会には登録しないと言う。
「協会には登録しません、クエストの依頼費が高くなりますからね」
クエストは、個人や店や他国から国を通じて依頼がギルドにまわる。その間に国に税をとられて、さらにギルドからも張り出しの手数料がとられる。これらが協会に登録しなければ払わずに済み、個人でのクエスト依頼がしやすくなる。
「お前、そんなことで後資金は大丈夫なのか?ギルドの維持費もバカにならんぞ?」
「スポンサーにはチカミチがなってくれます」
「あのチカミチか?道具屋としてポッと沸いたと思ったら、魔法の紙のダンジョンマップで一躍有名になったあの?」
魔法の紙のダンジョンマップは、その簡易な写しでさえ約二百万ギリーもして、階層ごとにちゃんとした情報が記載されているものでは、数千万もの値が付いた。
「実はあのマップ、ワールドって名前でボクがチカミチに譲ったものなんです」
「……な、なに!あの正体不明のダイバー、ワールドがお前だって!アッツ!」
レイフは驚きのあまり、手元のタバコの火種を落としてしまい、慌ててそれを払い落す。
「年老いた老夫婦や小さな子どもが、正規のギルドに依頼できないクエストを格安で引き受けたいなって、だから、ボクは探していたんですよ、レイフさんのような人を」
「俺を?」
「はい、知識、経験、どれをとっても今のボクのギルドのサブマスターに必要なもので、それをレイフさんは持っていて、その上フリーじゃないですか!ぜひ、ボクのギルドに入ってサブマスターを引き受けて下さい!」
カイネルの輝く瞳に、レイフは一瞬呆れた表情を浮かべて笑うと、冷静に言う。
「悪いが、断るぜ」
「……どうしてですか?」
「俺はもう足を引き摺てしか動けない、そんなんでサブマスターなんて引き受けられるわけがない」
レイフはそう言ってタバコを吸う。
「たしかにダイバーとしては無理なのかもしれません。でもそれは、今はでしょ?来年、それが無理でも五年後か十年後、その頃にはきっと治ってますよ」
「……何を根拠に……」
呆れた表情のレイフに、カイネルは言う。
「その足、怪我じゃないですよ、状態異常です。特定のモンスターによって付けられた傷で呪いの効果を受けると、そのモンスターを倒すまでは残り続けるんです」
「……な、ど、え?」
「治るまで、それまではボクのギルドでレイフさんの経験を活かして、サブマスターとしてダイバーを手助けしてほしいです、呪いをかけたモンスターは必ずボクが倒して見せますよ」
レイフはタバコをザッと潰して、カイネルの目を見る。
「お前の目、どこまで見えてるんだ?お前のレベル俺よりも低かったよな?」
その問いかけにカイネルが答えることはなく、手を伸ばしてレイフがそれを握り返すのを笑顔で待つ。
「レイフさん僕は、あなたの経験には価値があると思います。それに、未登録のボクのギルドのサブマスターなんて、たいした地位でもありませんよ、気負わないで下さい」
「……シア……妻がいるんだ、二人で話して決めたい、返事はそれからでもいいか?」
「大丈夫ですよ、いくらでも待てますから」
さすがにその日のうちには返事はもらえないまま、カイネルはレイフの返事を待っていた。
と言っても、二日後にはレイフは妻シアと二人でやって来た。
「よく来てくれました、レイフさん、それに奥さんも」
「あぁ、悪いな、二人できちまってさ」
「いいえ、レイフさんなら直ぐに来てくれると分かってました、と言っても、今日じゃなかったら、ボクに会えるのはまた日を開けることにはなってましたけどね」
レイフは34歳、妻のシアは30歳で、二人でカイネルのギルドに入りたいと言った。
「で、このギルドの名前は何て言うんだ?」
「ギルドの名前ですか?……ノラの集いってのいうはどうですか?」
その場で考えた名前にレイフは、「まぁいいんじゃないか」と言う。
「カイネル、俺はサブマスターとして入るが、妻は、シアはモンスター図鑑を制作するのが趣味でな」
「そうなのカイネルくん!私モンスターの事なら何でも書きとめてるの!だから、モンスターの話を聞かせてくれない?」
その表情にカイネルは笑みを持って返す。
しばらくカイネルの話を聞いて興奮したシアは、そのまま図鑑製作に没頭し始める。
「イモータルオブジェクト……オーダグラン……」
その様子を見たレイフは、青色の瞳を寂しそうにカイネルに向けて言う。
「カイネル、一つ、妻に嘘を吐いちまった」
「……何ですか?」
「このギルドのマスター、お前じゃなくて、ワールドだってシアに言っちまったんだ」
「……どうしてですか?」
「シアはさ、モンスターの話を聞くのが好きで、ワールドに興味を持ってたんだ。あの詳細な地図を作るワールドなら、珍しいモンスターの話を聞かせてくれるんじゃないかってさ。そんな事聞いちまったら、カイネルがワールドだって言えなくてよ、悪い、俺の弱い部分が出ちまって」
そんなレイフの言葉に、カイネルは少しだけ考える。
「いいですよ、ボクもギルドマスターの肩書を背負うのは少しだけ嫌だったんです」
「……嫌?お前、ギルド作りたいのにマスターにはなりたくなかったのか?」
「ボク、レッドの持ち主じゃないですか、ギルドマスターなのにレッド持ちってなると、依頼とかもされないのかもって考えがずっと頭のどこかにあって、そうなった時はレイフさんにギルドマスターをしてもらおうかなって思ってたんですよ」
レイフが赤色の短髪を掻きながら、「冗談だろ?」と言うと、「本気ですよ」とカイネルは言う。
「そうですね、ワールドって人をギルドマスターにしてしまえばいいんですよ。サブマスターレイフ・ラドクロス、稼ぎ頭のカイネル・レイナルドで、ギルドマスターワールド、いいんじゃないですか、それで」
カイネルがそう言い終えると、レイフは小さく「すまねえ」と呟いた。
その後はエリカがやって来て、「何こいつ?このおっさんもギルドに入るの?え?サブマスター、あ~頑張んなさいよ」と悪態を吐きまくり、カイネルからワールドの話を聞くと、彼女は「なら初期メンバーだけの内緒ってことね」と不敵な笑みを浮かべた。
こうしてギルド【ノラの集い】は結成されて、その名はチカミチを使って大いにコドーデ内に知れ渡る。
ワールド名前を出せば注目されるのは必然だったが、加えて風の噂で有名なノラのカイネルと、グレゴールの名を持つアルバー家のエリカ、加えてギルド教会ナンバー2のギルドの元サブマスター、レイフ・ラドクロスの名前に、チカミチの後見となれば有名になるのに時間はかかるはずもなかった。
「ギルドノラの集い、クエスト受注します?ギルド教会非加入なため、価格最安?ほんとかな~疑わしいな~」
「なんでも、あのワールドがギルドマスターらしいぞ」
「あのチカミチが後資金持ちらしいぞ」
「私、今度依頼出してみようかしら」
そうして噂が広まり、初日の客の列は異様に長かったが、そのほとんどがチカミチに貯め込んだカイネルの在庫だけでその日のうちに完了してしまう。
「カイネル……問題だぞ、このままだと」
「レイフさん?」
レイフはメガネ姿で緊張感を漂わせて、カイネルの肩を押さえる。
「カイネル……このままだと、俺たち大金持ちになっちまうぞ」
そう言うレイフだが、後ろから怒号が聞こえると少しビクっとする。
「テメーレイフ!」
「なっなんだ、ベルギットか……テメーって言うなよなマジで驚くから」
「テメーがふざけたこと抜かしやがるからだろ!」
ベルギットはレイフの手元から今日の収入を掴み取ると、それを一から説明しながら分け始める。
「チカミチの在庫出資分がこの額!人件費がこの額!カイネルへの報酬がこの額!」
「……0ギリーどころかマイナスじゃねーか!」
「そう!このギルドはマイナススタートなんだよ!」
「この人件費ってのは?削れないのか?」
「あんたとシアの給料だよ!」
レイフはうな垂れ、シアは苦笑いで、ベルギット怒ってる。
カイネルはいつの間にかいなくなっていて、その後レイフはギルドの台帳と睨めっこが始まる。
「く~どうやったらプラスになるんだ?」
「そうだね、まずは人を増やすことからだろうね!」
「赤字なのに人を増やしてどうすんだ?」
「テメー!」
「なっ!お、俺の方が年上だぞ!」
「うるせぇ!ならあたしに言われなくても理解しやがれ!」
「……すんません」
人を増やす事でチカミチの在庫からアイテムを出すことなく、人材にアイテムを仕入れさせることができ、加えて余分な収集アイテムはギルドからチカミチが買い付けてプラスになる。
「なるほどな~頭いいな」
「テメーは頭悪いな」
ベルギットの言葉に、小さく「俺のが年上……」と呟くレイフ。
「あとは、そうさね、うちから人材の借り受けもしようじゃないか、出店の店員が少なくてね丁度困っていたところだし」
「そっちで雇った方が楽なんじゃないか?」
「バカだね!常駐なんかしてたら収入が落ちるだろ、テメーは本当に!」
「すんません」
ノラの集いは、そうしてゆっくりとしたスタートを切る。
その翌週には、張り出されたギルドメンバー募集の紙に、大勢の希望者が殺到した。
「不採用」
レイフは言う。
「不採用」
世の中には、迷惑にもシーフの様に目先の利益だけを得ようとする奴がいると。
「不採用」
溜息を吐くレイフにエリカが声をかける。
「どうして採用しないの?さっきから不採用ばかりじゃないの……」
「どうしてって、ワールドのマップやら、エリカのブラックスミスとしての腕やら、ベルギットの体やらが目的の奴らばっかりだからに決まってるだろ?」
「私はブラックスミスの腕だけなのね……やっぱり胸かしら、カイネルもよくベルギットの胸に顔を埋めてるし……」
話しかけたと思えばカイネルカイネルカイネル、レイフは溜息を吐くと、「まともな奴はいないのか!」と叫んだ。
「あの~失礼しますぅ」
「ん?募集の人?今日は面接予定は済んでるけど?」
現れたのは薄い赤色の髪の若い女の子で、ギルド内を一瞥すると女の子は言う。
「ワールド様は?」
「はい?」
「ウチ!ワールド様に憧れてダイバーになったんですぅ!」
この手合いは大体断るレイフだが、その次の一言に考えを改める。
「ウチな、レッドスキル持ってん、だからどこのギルドも断られてしもうてな……そんな時にワールド様のギルドがあるって聞いて来てみたんやけど」
「……分かった、特別だぞ、こっちで面接受けて見ろ」
カイネルの言葉で、レッドスキル持ちは優先で面接をするように、それにレイフは理解を示した。
「レッドスキル……ネガティブアップか、なるほどな、これはソロでダイバーするしかないか」
「やっぱそうなるわなぁ……ワールド様のとこも、レッドスキルなんて抱えてられへんやろ
うしな」
「……えーっと名前なんて言ったっけか?」
「レミーナ・ハウスですわぁ~、歳は16ですぅ」
「西部の農家の子だな、特徴的な訛りだ」
西部は温暖な地で、農業に適した土地柄で、その地方には独特な言葉の訛りがある。
「レミーナ、うちにはレッドスキルを持つ奴が今一人いる」
「へ!そんな人がいるんですかぁ!どんな人なんですぅ?」
「カイネル、うちの二番手の稼ぎ頭で、ワールドとも一緒に階層攻略している。歳もお前と同じだ」
レミーナは、へ~と少しだけ興味を持つ。
「もちろんレッド持ちだから、結局のところ一人でモンスターと戦うことになる」
「分かってますぅ、ウチも少しは調べてるんですわ」
「一人で戦って一人で死ぬこともあるんだぞ?」
「家を追い出された時から分かってたことですぅ、ただ、頑張るんで、ギルドに入れて下さい!ほんまにたのんます!」
言葉は変でも、その熱意は本物で、レイフはレミーナを初めての採用者として選んだ。
「採用!」
「ほ、ほんまですか!ありがとうございますぅ!」
それからも何人も面接したが、結局採用はレミーナだけになった。
人数を増やしたいが、条件にあう者が現れることはないのが現状で、ノラの集いはダイバー二人の弱小ギルドのままになってしまう。
ただ、一人は日に数千万稼ぐダイバーであるため、潰れるということはない。だが、いつまでもカイネルだけに頼っていたら、エリカやベルギットのレイフへのプレッシャーが日に日に強まっていく。
「レイフさん、あんたバカ?」
「なっ!急になんだよ!俺は年上だぞ!」
「だったら鉱石の発注ミスるな!どうすんのよ!こんなに硬化砥石買って!」
「う……個数ミスった、すまん……」
レイフも四苦八苦しながら、サブマスターとして奮闘していた。
その頃になると、カイネルはさらに階層を上り、ディープダイバーとして稀に顔をギルドに出すだけになる。
「あ~カイネル先輩はどこに?」
「カイネルなら!今日はまだ来てないけど!」
「お~こわ、エリカ譲さん虫の居所悪いな~アレはカイネルがずいぶん帰って来てない様子ですなサブマス」
「……こっちがこうで、こっちをこう……で、これがアレで、これがソレで……」
忙しいレイフに不機嫌なエリカ、ギルド内の雰囲気は最悪に近かった。
そんな時、カイネルが新たなる人材を連れてくる。
ギルド設立から半年と少しが経過して、それでもレミーナ以外に加わる者が現れないそんな時に、カイネルが連れて来たのは若い少女で。
「カイネル、その子は?」
「ボクの妹のアリアだよ、今日からここで色々手伝いをしてもらいたくてね」
「アリア・レイナルドです!よ、よろしくお願いいたします!」
「へ~カイネルの妹か~にしても……似てね~」
「そうだね、アリアとは血が繋がってないから」
「そうなんですよ、私は兄さんに拾われて、生涯を通して兄さんに返す恩義があるんです」
レイフは、「あ~」と頭を掻く。
「へ~カイネルの妹さんか、かわいいわね」
「お、エリカ、なんだ?そんなに息を切らして」
「いやいや、カイネルが帰って来ているって聞いたから」
明らかに走ってやって来た様子のエリカは、アリアの頭に触れようとする。
しかし、それはサッと避けられて、彼女はカイネルの隣にピタッとくっつく。
「兄さん、不審者ですよ、変な女の人がいます」
「ちょっちょっと!不審者って!」
アリアが警戒してカイネルの背に隠れると、エリカは苦笑いになって言う。
「あれれ?どうしてそんなに警戒してるのかな~」
「あはは!嫌われたらしいなエリカ!アリアは年頃だからテメーのことを警戒しているのさ」
ベルギットがそう言いつつ久しぶりのカイネルに絡まろうとすると、その手をアリアが掴んで離す。
「兄さんに触れないでください……不審者」
「あ……不審者って、あたしもなのか?」
カイネルの力になれればとアリアがギルドに入りたいと言って、カイネルもそれを受け入れた。ただ、本当はチカミチに雇用してもらうはずだったが、カイネルがギルドに入った話をしたことで、アリアも入りたいと言い出したのが現状の始まりだった。
「今日から兄さんの周囲に不審者はいりません!」
その様子を見ていたレイフは溜息混じりに言う。
「カイネルの妹……変な妹だな」
すると、シアがモンスター図鑑片手に呆れた様子で言う。
「もうレイフ、女心ってのは複雑なのよ」
「どういう意味だ?」
「カイネルは良い男だってこと」
「シア!確かにカイネルは良い男だろうが、まだまだ子どもで!」
「子どもに見えるわけないでしょ?あれだけ強い男を子どもって考える女はいないと思うわ、もちろん私もそう思ってるしね」
もうカイネルの妹どころではなく、レイフはシアに言葉の意図を知るために彼女に何度も聞く。
「お前もカイネルに惚れそうか?俺はもう男に見れないか?」
「もう、レイフ、その話は止めましょ。私これからモンスター図鑑の更新があるから」
そうしてギルドノラの集いにアリアが加入して、ギルドの雰囲気は大きく変わっていく。
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