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七章

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 今年学院を受けた人数は、各所で五千名近くに及び、初等科だけで二千名、中等科で千名受け、高等科だけで二千名受験した。

 初等科は満十一歳までの子どもが受けることができ、中等科は初等科を卒業した者か、数年に及ぶ薬学に何らかの形で携わった者が受けられる。

 高等科は、言わば無制限入院試験合格者であり、十一以上で無学でも受けることが可能になっている。

 そして、今回初等科で受かった者は六十名近くであり、その中にダブハ以来初の満点単頭合格者が現れた。

 満点単頭合格者カロナ、次頭合格者ノノ、末頭合格者トスル。

 そう掲示板に張られた時、ケイカでも久々の満点単頭者の名が知れ渡る事となる。

「もう町中カロナの噂で持ち切りよ!お店のお客さんもカロナ見たさに来てね、ハルヤを見て勘違いすること多いのダブハさん!」

 興奮気味のユイナは、カロナの満点単頭合格を自身のことのように喜んでいた。

 当の本人はそれほど喜んではいない、ただ、ダブハに褒められ、ユイナに褒められ、ハルヤに凄いと言われてカロナは今、母であるカイナに褒めてもらいたくて、褒めてもらいたくてソワソワして今すぐにでも狼の姿で伝えに行きたい気持ちでいっぱい過ぎて。

「お母さん!カロナちゃんが狼の姿で走り回ってる!」
「え!ちょ!カロナ!どうしちゃったの!」

 グルグルと囲炉裏の回りを走り回るカロナ、店側からも見えるため、その時いた客にも見られてしまう。

「へ~犬飼ってたんかユイナさん、白い毛の犬なんて初めて見たな~」

 バタンと戸を閉めたユイナは、苦笑いを浮かべて必死に誤魔化して、その音でダブハも奥の部屋から出て来てカロナの行動に気が付く。

「カロナ、落ち着きなさい」

 そうダブハが言うと、カロナはピタっと足を止め、裸の少女の姿に戻る。

「ごめんなさい、でも、お母さんに早く教えたいの」
「……なら、手紙を書くかい?今書けば、明日中には届くと思うよ」

「はい!書きます!」

 カロナが書いた手紙は、次の日にはカイナの手元にあった。

 同時に送られてきたダブハの手紙の内容は、カイナの手紙から察することができたカイナは、それを読む前から合格を確信していた。

 ニマニマしながらカロナの手紙を読むカイナは、ある一文にとても心を打たれてしまう。

 〝お父さんにも褒めて欲しいです〟

「カロナ……そうよね、ロウに褒めて欲しいよね」

 ポロポロと涙が溢れるカイナは、自分は父との思い出があるのに、カロナはそれが無いことをずっと気にしていた。死んでしまってしかたがない、そう諦められたらカロナは苦しまないで済むのに、そう考えたことも今まで何度もあった。

 ホウデンシコウにロウへのカロナの手紙を渡してはあるが、その返信も直ぐにとはいかないと思うと、カイナは少しだけいたたまれない気持ちで旨を押える。

 カイナは便箋に筆を執ると、ロウの過去の話、ムロやロウの母や父のこと書こうとするが、ある程度書いてそれを止めた。

「ムロのことを書いてどうするのよ、カロナが辛くなるだけ、は~もう!自分が寂しいだけじゃない!親なんだから!しっかりしなさい!」

 自分に言い聞かせるカイナも、ロウと会えない時間の長さに心を痛めていた。

 ただ、母という立場がカイナに重くのしかかり、カロナの存在が彼女を支えていた。

「よし!カロナに合格のお祝い書かなきゃ、それにこれも送らないとだね」

 そう言ってカイナが手に持つのは、可愛らしい花の髪飾りだ。

 カロナの合格祝いは、ずいぶん前から悩んでこの髪飾りに決めたカイナ。

「いつまでも子どもだって思ってたのに、もう一人で学院生活をするのか~カロナは偉いな~さすがロウの子だな~」

 再びニマニマするカイナは、一切ダブハの手紙を読もうとはしない。

 そうしていると、不意に家の戸がガタガタガタと誰かが開けようとしている音が響く。

「だ、誰だろう手紙を持ってきてもらったばかりだから、アシュさんではないだろうし」

 そう言いつつ戸へ近寄るカイナは、妙に懐かしい感覚に覚えがあり、呟くように誰かという予想を口にする。

「ホウデンシコウ?あなたなの?」

 そうして開いた戸の前に立っていたのは、十代後半の女の子で、その耳には猫の耳と背中から時々左右に見え隠れする細い尻尾を持つ存在がいた。

 カイナはホウデンシコウではない事実ではなく、人の姿の猫であろうそれに驚きを表した。
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