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第58話
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◆高梨百合恵 視点◆
4日ぶりに帰宅した。まだ悠一さんは帰ってきていなかったのでホッとした。
改めて実感する。悠一さんとはもう続けられないのではないかと。
家を見渡すとあちらこちらが散らかっているし、台所の流しには洗っていない食器が置かれている。こうやって見てから考えると、悠一さんは家事をしたくないということがよく理解できる。
結局は世間体を守るための子供と都合の良い家政婦が欲しかっただけなのかもしれない。ほんとマンションを買う時に共働きローンしていなくてよかった。
自分が散らかしたわけではないけど、手持ち無沙汰なのもあり片付けをしながら悠一さんが帰ってくるのを待った。
19時を過ぎた頃、玄関の鍵が解錠される音が聞こえ怯える気持ちをあることを再認識した。そして、ドタドタと走る物音が聞こえリビングのドアが開いた。
「百合恵!帰ってきたのか!」
「おかえりなさい。お風呂の用意はできています。お食事はされてきました?」
「メシは買ってきた。風呂をやってくれたんなら、先に入らせてもらう」
「わかりました。では、お風呂とお食事が終わったら、お話させてもらって良いですか?」
「あ、ああ」
悠一さんがお風呂に入り、上がってきてから食事をしている間にわたしもお風呂を済ませ、落ち着いたところで悠一さんとわたしはリビングのテーブルを挟んで向かい合い話をする状況になった。
「まずは、いくら許せない発言をされたとは言え、急に家を空けてしまったことは謝罪します。
その上で改めて、婚姻を解消してください」
「だから、何でいきなり離婚と言う話になるんだ?」
「悠一さんにはいきなりかも知れませんがわたしは以前から考えていたことで、川越の家へ行った時に最後のひと押しをされたというだけです」
「なにが不満なんだよ」
「それについては既に申し上げたと思いますが、こどもができないことで肩身が狭い思いをさせられている上に、わたしの仕事について貶めることを繰り返し言われていることに我慢ができないからです」
「たしかに、言い過ぎたところはあるかもしれないが、たったそれだけのことで何も別れるはないだろう」
「そのたったという認識がダメなんですよ」
「いや、でもっ」
「なら、わかりました。いきなり過ぎると言う事は理解できますので、今後一度でもわたしの仕事を蔑ろにしたり辞めるようにという発言をするか、こどもができないことを責めるような発言をしたら、その時は別れてください。
あと、今の心境で悠一さんと肌を重ねるのは苦痛なのでわたしの気持ちが落ち着くまでは私に触れないでください。
これを呑んでくださるのでしたら、離婚については一度保留にします」
「おい!一方的過ぎないか!」
「いいえ、先程も言いましたけどわたしにとっては既に婚姻関係を継続したくないほどの苦痛を悠一さんから与えられ続けていて、今すぐにでも別れて欲しいのです。
それを譲歩しているのですから、一方的ということはありません。
むしろ、今まで一方的にわたしに苦痛を与え続けてきていたのは悠一さんですから」
「それにしたって、急過ぎるだろう!」
「だから猶予として条件をお出ししたんじゃないですか?
嫌なら今すぐ別れてください。そちらの方がわたしの望みなのですから。
第一、わたしと婚姻関係を続けるよりも、こどもを生んで専業主婦をしてくれる女性と再婚される方が悠一さんにとっても良いことだと思いますよ。
御存知の通りわたしはこどもを産めないですし、音楽教師を天職だと思っている女ですから、悠一さんとの相性は悪いんですよ」
「いや、俺も言い過ぎたところはあったと思うし、それは謝るし反省もするから、考え直してくれないか?」
「では、先程わたしが言った条件は呑んでいただけますね?」
「・・・わかった。百合恵の言う通りにするよ」
◆岸元美波 視点◆
お姉ちゃんのせいで冬樹のマンションにお泊りできなかった。でも、お姉ちゃんもわたしを連れて帰ってきたから、ふたりきりにさせずに済んだのでそこは良かったかもしれない。
期せずして夏休みが始まったけど、冬樹が住んでいる場所はわかったし、今度こそお泊りしたりして前の様な関係に戻れたらいいな。
結局お姉ちゃんともあまり話をしないまま時間が過ぎ、夏休みをどう過ごそうかと考えているくらいで特になにもないまま一日が終わった。
目が覚めて夏休みの初日、お姉ちゃんはもう起きてて慌てて出掛ける支度をしているので聞いてみた。
「おはよう、お姉ちゃん。こんな朝早くからどうしたの?」
「美波、起きたのね。私はこれから冬樹くんのところへ行ってくるけど、その前に言っておくわね。
あなたは冬樹くんに近付いてはダメ。詳しい話は、後で夏菜ちゃんが来て説明してくれるからちゃんと聞いてね」
「え?どういうこと?」
「簡単に言うと、昨晩春華ちゃんとふたりきりでいて冬樹くんが苦しそうに嘔吐していたんだっていうの。
春華ちゃんは一緒にいることで冬樹くんを精神的に追い詰めているからじゃないかって考えているみたいで、たしかにその可能性も十分あり得ると思うから私が付き添って病院へ行ってくるわ」
「それじゃ、わたしも・・・」
「あなたはダメに決まっているでしょ!
本当に精神的な事が理由なら、美波は春華ちゃん以上に冬樹くんにとって負担になってるはずよ。
それくらい、ちゃんと考えなさい!」
「そ、そうだよね。考えが足りなかった・・・」
「そういうことで、私は冬樹くんのところへ行ってくるし、状況次第では向こうに泊まるから、美波は連絡を待ってなさい。
あと、さっき言ったように後で夏菜ちゃんが来て説明してくれるから、もし用事があるなら夏菜ちゃんに相談してね」
「用事は大丈夫・・・」
お姉ちゃんにしては本当に珍しいくらい慌てていたけど、冬樹のことだからそれも当然なのだろう。
朝食を終えて夏休みの宿題を行っていたら夏菜お姉ちゃんがやってきて、事の顛末を聞いた。
夏菜お姉ちゃんも状況を把握できている様子ではなかったけど、春華ちゃんが真夜中に泣きながら電話をしてきたというのだから思っていたより深刻な状況に思えたし、それを聞いたお姉ちゃんの慌て様にも納得ができた。
4日ぶりに帰宅した。まだ悠一さんは帰ってきていなかったのでホッとした。
改めて実感する。悠一さんとはもう続けられないのではないかと。
家を見渡すとあちらこちらが散らかっているし、台所の流しには洗っていない食器が置かれている。こうやって見てから考えると、悠一さんは家事をしたくないということがよく理解できる。
結局は世間体を守るための子供と都合の良い家政婦が欲しかっただけなのかもしれない。ほんとマンションを買う時に共働きローンしていなくてよかった。
自分が散らかしたわけではないけど、手持ち無沙汰なのもあり片付けをしながら悠一さんが帰ってくるのを待った。
19時を過ぎた頃、玄関の鍵が解錠される音が聞こえ怯える気持ちをあることを再認識した。そして、ドタドタと走る物音が聞こえリビングのドアが開いた。
「百合恵!帰ってきたのか!」
「おかえりなさい。お風呂の用意はできています。お食事はされてきました?」
「メシは買ってきた。風呂をやってくれたんなら、先に入らせてもらう」
「わかりました。では、お風呂とお食事が終わったら、お話させてもらって良いですか?」
「あ、ああ」
悠一さんがお風呂に入り、上がってきてから食事をしている間にわたしもお風呂を済ませ、落ち着いたところで悠一さんとわたしはリビングのテーブルを挟んで向かい合い話をする状況になった。
「まずは、いくら許せない発言をされたとは言え、急に家を空けてしまったことは謝罪します。
その上で改めて、婚姻を解消してください」
「だから、何でいきなり離婚と言う話になるんだ?」
「悠一さんにはいきなりかも知れませんがわたしは以前から考えていたことで、川越の家へ行った時に最後のひと押しをされたというだけです」
「なにが不満なんだよ」
「それについては既に申し上げたと思いますが、こどもができないことで肩身が狭い思いをさせられている上に、わたしの仕事について貶めることを繰り返し言われていることに我慢ができないからです」
「たしかに、言い過ぎたところはあるかもしれないが、たったそれだけのことで何も別れるはないだろう」
「そのたったという認識がダメなんですよ」
「いや、でもっ」
「なら、わかりました。いきなり過ぎると言う事は理解できますので、今後一度でもわたしの仕事を蔑ろにしたり辞めるようにという発言をするか、こどもができないことを責めるような発言をしたら、その時は別れてください。
あと、今の心境で悠一さんと肌を重ねるのは苦痛なのでわたしの気持ちが落ち着くまでは私に触れないでください。
これを呑んでくださるのでしたら、離婚については一度保留にします」
「おい!一方的過ぎないか!」
「いいえ、先程も言いましたけどわたしにとっては既に婚姻関係を継続したくないほどの苦痛を悠一さんから与えられ続けていて、今すぐにでも別れて欲しいのです。
それを譲歩しているのですから、一方的ということはありません。
むしろ、今まで一方的にわたしに苦痛を与え続けてきていたのは悠一さんですから」
「それにしたって、急過ぎるだろう!」
「だから猶予として条件をお出ししたんじゃないですか?
嫌なら今すぐ別れてください。そちらの方がわたしの望みなのですから。
第一、わたしと婚姻関係を続けるよりも、こどもを生んで専業主婦をしてくれる女性と再婚される方が悠一さんにとっても良いことだと思いますよ。
御存知の通りわたしはこどもを産めないですし、音楽教師を天職だと思っている女ですから、悠一さんとの相性は悪いんですよ」
「いや、俺も言い過ぎたところはあったと思うし、それは謝るし反省もするから、考え直してくれないか?」
「では、先程わたしが言った条件は呑んでいただけますね?」
「・・・わかった。百合恵の言う通りにするよ」
◆岸元美波 視点◆
お姉ちゃんのせいで冬樹のマンションにお泊りできなかった。でも、お姉ちゃんもわたしを連れて帰ってきたから、ふたりきりにさせずに済んだのでそこは良かったかもしれない。
期せずして夏休みが始まったけど、冬樹が住んでいる場所はわかったし、今度こそお泊りしたりして前の様な関係に戻れたらいいな。
結局お姉ちゃんともあまり話をしないまま時間が過ぎ、夏休みをどう過ごそうかと考えているくらいで特になにもないまま一日が終わった。
目が覚めて夏休みの初日、お姉ちゃんはもう起きてて慌てて出掛ける支度をしているので聞いてみた。
「おはよう、お姉ちゃん。こんな朝早くからどうしたの?」
「美波、起きたのね。私はこれから冬樹くんのところへ行ってくるけど、その前に言っておくわね。
あなたは冬樹くんに近付いてはダメ。詳しい話は、後で夏菜ちゃんが来て説明してくれるからちゃんと聞いてね」
「え?どういうこと?」
「簡単に言うと、昨晩春華ちゃんとふたりきりでいて冬樹くんが苦しそうに嘔吐していたんだっていうの。
春華ちゃんは一緒にいることで冬樹くんを精神的に追い詰めているからじゃないかって考えているみたいで、たしかにその可能性も十分あり得ると思うから私が付き添って病院へ行ってくるわ」
「それじゃ、わたしも・・・」
「あなたはダメに決まっているでしょ!
本当に精神的な事が理由なら、美波は春華ちゃん以上に冬樹くんにとって負担になってるはずよ。
それくらい、ちゃんと考えなさい!」
「そ、そうだよね。考えが足りなかった・・・」
「そういうことで、私は冬樹くんのところへ行ってくるし、状況次第では向こうに泊まるから、美波は連絡を待ってなさい。
あと、さっき言ったように後で夏菜ちゃんが来て説明してくれるから、もし用事があるなら夏菜ちゃんに相談してね」
「用事は大丈夫・・・」
お姉ちゃんにしては本当に珍しいくらい慌てていたけど、冬樹のことだからそれも当然なのだろう。
朝食を終えて夏休みの宿題を行っていたら夏菜お姉ちゃんがやってきて、事の顛末を聞いた。
夏菜お姉ちゃんも状況を把握できている様子ではなかったけど、春華ちゃんが真夜中に泣きながら電話をしてきたというのだから思っていたより深刻な状況に思えたし、それを聞いたお姉ちゃんの慌て様にも納得ができた。
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