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第二章『瑞花繚乱編』

第百三話 兄弟の絆【前】

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 早梅はやめは手早く身支度をすませると、黒皇ヘイファンをともなって金瓏宮こんろうきゅうへと急いだ。
 そこで、目にしたものは。

小風シャオフォンは怒りんぼうですねぇ」
「ばーあーちゃーん?」
「はわわ、いひゃいれふ」

 ……そこで目にしたものは、金王母こんおうぼ晴風チンフォンだったのだが。

「えぇっと、あれはなにをしてるところだと思う? 黒皇」
青風真君せいふうしんくんが、満面の笑みで金王母さまのほほを引っ張っておられるところでしょうか」
「その心は?」
「残念ながら、わかりかねます」

 一大事だと駆けつけた早梅、黒皇の両者は、よくわからない光景を前に、肩すかしを食らう。

「兄さんたら、ずっとあの調子なのよ」
燕燕イェンイェン! おまえも共犯だ、こっちきて座れ! まとめて説教してやる!」
「あらあら……わかったわ、わかったから」

 静燕ジンイェンが事情を知っているようだったが、真相を知らされる前に、晴風の言葉が飛んでくる。
 やれやれだわ、と観念した静燕が歩み寄ると、晴風が手近な椅子を引っつかんて、そこに座るよう興奮気味に言い放つ。

「ったくもう! とんでもねぇやつらだぜ!」

 かくして、金王母と静燕を仁王立ちで叱りつける晴風という、なんとも奇妙な構図が出来上がった。

 ふたりを地べたではなく椅子に座らせているあたり、晴風らしい。
 すかさず「梅梅メイメイも座れ、でかい腹かかえてしんどいだろ!」とのひと言。やさしい。
 早梅もよくわからないながら、黒皇が用意してくれた椅子へ腰かけ、そっと挙手をする。

「あのう、これはどういった状況なのでしょうか?」
「おう、よく聞いてくれたな」

 疑問をいだかないほうが問題だと思うが。
 食い気味な晴風に苦笑をかえし、続きをうながす。

「ばあちゃんにはめられてよ。しかも燕燕までグルになってやがったんだ」
王母おばあさまたちが、フォンおじいさまになにを……?」
「術をかけられてた。黒皇の失踪に関わる記憶を操作する術を、だ」
「どういうことですか、青風真君」
「俺はな黒皇、おまえがばあちゃんに使いをたのまれて、その途中でいなくなっちまったって聞かされてたんだよ」
「それは……」
「くそ真面目なおまえが、無断でいなくなるわけがねぇ。いま思えば違和感だらけだよ。けどな、疑問を感じないように

 晴風は、黒皇が失踪した理由を知っていた。
 だが、のだという。
 それはなぜなのか。

「俺が……おまえに弟たちを託されてたからだ」

 そこまでいって、晴風は唇を噛む。

 黒慧ヘイフゥイがいなくなったこと。
 金玲山こんれいざんを飛びだす弟たちを止められなかったこと。
 すべては餓鬼の侵入によるもの。早梅だって、それを理由に責めるような黒皇ではないことを知っている。

 だからこそ、晴風はおのれを責めたのだろう。
 じぶんがそばにいたのに。
 じぶんがついていながら、と。

(なんとなく、わかる気がする……王母さまは風おじいさまにじぶんを責めてほしくなくて、術をかけたんだよね)

 その行動は、だれより晴風を想う静燕のためでもある。
 たいせつに想うがゆえに、うそをつく。
 その気持ちは、早梅も痛いほどわかる。けれど。

「そうやって守らきゃならないほど、俺はたよりないか? だいじなことを忘れたまま、黒皇や慧坊フゥイぼうが背負ってる痛みに気づいてやれないのが、正しいことだって言えんのかよ」
「言い訳はできませんわね。小風の言うとおりですわ」

 痛みをわけ合い、寄り添いたかった。
 そう願っていた晴風にとって、金王母らの選択は間違いだったと言えるだろう。
 神といえど、全知全能ではないのだ。

 では、だれが悪いのか。
 当事者ではない早梅も、これだけは断言できる。
 だれも悪くはないのだ、と。
 そこで早梅は、はたと気づく。

「もしかして……黒慧も、風おじいさまとおなじように?」

 はっと息をのむ気配がある。一歩後ろに控えていた黒皇だ。
 早梅がなにを言わんとするのか、いち早く理解したらしかった。

「梅梅はするどいな。そうだよ、慧坊も『勘違い』をしてる。だからあんなに黒皇に反抗してたんだ」

 やはり、そうか。
 金王母が晴風の記憶を操作したなら、黒慧にそれをしない理由などない。
 黒皇がいなくなり、もっとも傷つくのは、黒慧だからだ。

 では、正しい記憶を取り戻せば万事解決ではないか。
 しかしながら、現実はそれほど甘くはなかった。

「この間、黒慧ちゃんが陽功ようこうを暴走させたでしょう? その反動で、術がとけたようなの」

 早梅をめぐり、黒皇が黒慧をいさめた一件のことだ。あのときは晴風が止めに入り、事なきを得たが。

「それで風おじいさま、黒慧は?」
「ふさぎ込んじまって、体調もくずしてる。俺が診てやりたいとこだが、慧坊がへやにだれも入らせたがらねぇんだよ」
「そんな……!」

 苦々しい晴風の面持ちから察するに、黒慧の状態は芳しくないのだろう。

「私が行きます」

 黒皇がそう宣言するまで、さほど時間はついやさなかった。

「弟が苦しんでいるというのに駆けつけずして、なにが兄か」

 静寂は、その後の一瞬のみ。
 強い輝きをはなつ黄金の隻眼を、早梅はまぶしげに見つめる。

「私も行こうか。力になれることがあるはずだ」
「お嬢さま……ありがとうございます」
「いいんだよ。そうと決まれば、さてと」

 黒皇の手を借りて椅子から立ち上がり、辞去の意を告げようと向き直ったところで、おなじく腰を上げた金王母、静燕に気がついた。

小慧シャオフゥイにはいま、そなたたちが必要です」
「王母さま……」
「余計なお世話がまねいたことね。私が言うのもなんだけど、黒慧ちゃんをよろしくお願いね」
「燕おばあさま!」

 そう言うなり、そろって頭をさげるふたり。

「小慧はだいじょうぶです。私が行くのですから」

 即座に返した黒皇は、下手な制止よりもそのひと言が金王母と静燕にひびくことを、よく理解していた。
 敵わないなと、その場にいただれもが感嘆した。
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