108 / 266
第二章『瑞花繚乱編』
第百四話 兄弟の絆【中】
しおりを挟む
一羽の烏が、ひろい室で力なくうずくまっている。
硬く冷たい大理石に転がっても、燃え上がるような熱はおさまることを知らない。
苦しい、苦しい。
翼が動かせない。辛い。
からだが熱いのは、陽功が制御できていないあかしだ。じぶんが未熟なせいだ。
(むかしからそうだ。僕が至らないせいで、みんなを不幸にする……)
倒れ込んだ黒慧は、何周したかもわからない思考をめぐらせ、濡れ羽色の頭を垂れる。
(情けない……消えてしまいたい。でも、父上がそれをお許しにならない)
いつ何時も、太陽たれ、と。
黒慧が逃げだすことを、許してはくれない。
こんな使命は、実力に見合わぬ重責でしかないのに。
(くるしい、つらい……さびしい、さびしい)
不調のせいで、気が滅入ってしまう。
もう嫌だ、独りは嫌だ。嗚呼。
「あいたいです……梅雪さま」
喉から絞りだした声も、か細く消え入って。
「呼んだかい?」
「……え?」
とどくはずなど、なかったのに。
無意識のうちに名を呼んだ彼女が、そこにいた。
「夢、なのかな……」
「じゃあ、そういうことにしとこう」
からころと、鈴のような声音が転がる。とても心地よい。
羽毛をなでる手も、冷たくて、きもちいい。
(もっと……もっとさわってほしい)
行き場のないこの熱を、鎮めてほしい。
そのことでたちまち頭がいっぱいになる。
熱した鉄の塊のように重いからだのことも忘れ、夢中で翼をひろげた。
「梅雪さま、梅雪さま……」
「はは、私はここにいるよ」
「梅雪さまっ……」
「おっと!」
烏が飛び立ったかと思えば、風が吹いて、腕をめいっぱい伸ばした黒髪の少年が抱きついてくる。
これに早梅は仰天して、まんまと文字どおり熱い抱擁を頂戴する流れとなった。
「あっつ……! すごい高熱じゃないか、黒慧!」
「くるしいんです、どうにかなっちゃいそうなんです……たすけて……ぎゅって、してください……」
「氷功だね? いいとも、今日はすこぶる調子がいいからたんまりあげよう!」
高熱に浮かされているのか、ぐすぐすとすすり泣く黒慧。
しがみついてくるからだを抱きとめながら、早梅も腕をまわして、とんとんと背に規則正しく拍子をきざむ。
(梅雪さまの香りがする……やわらかい)
ふれたとたん、すぅ……と熱が引いてゆく。
倦怠感がふき飛び、吐き気やめまいもおさまる。
うそのようにからだは軽くなり、やがて残ったのは、ひんやりとした心地よさと、やわらかな感触だけ。
「きもちいい……」
「それはよかった」
「もっと……ほしいです」
「って、え? 黒慧くん?」
「もっとふれてください……僕にさわって、梅雪さま……」
「寝ぼけてるのかな? 黒慧くん、おーい、黒慧くーん!」
ほおずりをしたら、焦ったような声が上がって。
やけに現実的な夢だなぁと思った黒慧は、一瞬後。
「ん……あれ、えっ、あの、えぇっ!?」
我に返る。そして早梅へ一分のすきまもなく密着していたことを理解し、かっとほほを羞恥に染め上げた。
「うそっ、なんで梅雪さまが、僕の室にっ!」
「目が覚めたかい。元気になったみたいで安心したよ。とりあえず、はなしてもらえるとうれしいかな? 苦しくて」
「ももも、申しわけありませんでしたッ!」
現実へ引き戻された黒慧の行動は早かった。
早梅からがばりとからだをはなし、その流れで五体投地をくりだす。
あまりに洗練された土下座に、早梅はぎょっとした。
「いやっ、そこまでしなくていいから! まだ本調子じゃないだろう?」
「いえ、一度ならず二度までも気交をおこなうなんて……僕はなんて欲に弱いんだ。こどもができてしまうかもしれない!」
「あの、妊娠ならもうしてるからね?」
「やっぱり責任を取らせていただくしかありません。番になってください!」
「どうしたってその話題に行き着くのね!?」
なぜ土下座で求婚されているのだろうか。看病にやってきたはずなのに。
「君は疲れてるんだ。ほら休もう?」
「僕は梅雪さまと結婚を……ふぁ」
「いいこだね、黒慧。よしよーし」
「番になったら、こどもができても……はぅぅ」
抱きしめて、撫でくりまわすことで黙らせる寸法。もう力業だった。
黒慧も早梅のやわらかな胸へ顔をうずめさせられ、その極楽の心地に意識が飛びかけた。いや、一瞬飛んでいたかもしれない。
「ねぇ黒慧、つらくない? 寝台へ横にならないかい?」
「梅雪さまが添い寝してくれるなら、いきます……」
「かわいい顔してグイグイ来るね、君」
これで無自覚なのだから、とんだつわものである。
とかなんとか考えていたら、ひょいと抱き上げられてしまう。おかしい。これでも身重のからだなんだが。
さらにいうと了承したおぼえもないのだが、ご満悦な黒慧を見上げるに、添い寝は決定事項らしい。これ如何に。
「梅雪お嬢さまは渡せないな。ごめんね、小慧」
いよいよ悟りをひらくという寸前で、たくましい腕にさらわれた。
黒慧に抱き上げられていた早梅はいま、黒皇の腕のなかにいる。
硬く冷たい大理石に転がっても、燃え上がるような熱はおさまることを知らない。
苦しい、苦しい。
翼が動かせない。辛い。
からだが熱いのは、陽功が制御できていないあかしだ。じぶんが未熟なせいだ。
(むかしからそうだ。僕が至らないせいで、みんなを不幸にする……)
倒れ込んだ黒慧は、何周したかもわからない思考をめぐらせ、濡れ羽色の頭を垂れる。
(情けない……消えてしまいたい。でも、父上がそれをお許しにならない)
いつ何時も、太陽たれ、と。
黒慧が逃げだすことを、許してはくれない。
こんな使命は、実力に見合わぬ重責でしかないのに。
(くるしい、つらい……さびしい、さびしい)
不調のせいで、気が滅入ってしまう。
もう嫌だ、独りは嫌だ。嗚呼。
「あいたいです……梅雪さま」
喉から絞りだした声も、か細く消え入って。
「呼んだかい?」
「……え?」
とどくはずなど、なかったのに。
無意識のうちに名を呼んだ彼女が、そこにいた。
「夢、なのかな……」
「じゃあ、そういうことにしとこう」
からころと、鈴のような声音が転がる。とても心地よい。
羽毛をなでる手も、冷たくて、きもちいい。
(もっと……もっとさわってほしい)
行き場のないこの熱を、鎮めてほしい。
そのことでたちまち頭がいっぱいになる。
熱した鉄の塊のように重いからだのことも忘れ、夢中で翼をひろげた。
「梅雪さま、梅雪さま……」
「はは、私はここにいるよ」
「梅雪さまっ……」
「おっと!」
烏が飛び立ったかと思えば、風が吹いて、腕をめいっぱい伸ばした黒髪の少年が抱きついてくる。
これに早梅は仰天して、まんまと文字どおり熱い抱擁を頂戴する流れとなった。
「あっつ……! すごい高熱じゃないか、黒慧!」
「くるしいんです、どうにかなっちゃいそうなんです……たすけて……ぎゅって、してください……」
「氷功だね? いいとも、今日はすこぶる調子がいいからたんまりあげよう!」
高熱に浮かされているのか、ぐすぐすとすすり泣く黒慧。
しがみついてくるからだを抱きとめながら、早梅も腕をまわして、とんとんと背に規則正しく拍子をきざむ。
(梅雪さまの香りがする……やわらかい)
ふれたとたん、すぅ……と熱が引いてゆく。
倦怠感がふき飛び、吐き気やめまいもおさまる。
うそのようにからだは軽くなり、やがて残ったのは、ひんやりとした心地よさと、やわらかな感触だけ。
「きもちいい……」
「それはよかった」
「もっと……ほしいです」
「って、え? 黒慧くん?」
「もっとふれてください……僕にさわって、梅雪さま……」
「寝ぼけてるのかな? 黒慧くん、おーい、黒慧くーん!」
ほおずりをしたら、焦ったような声が上がって。
やけに現実的な夢だなぁと思った黒慧は、一瞬後。
「ん……あれ、えっ、あの、えぇっ!?」
我に返る。そして早梅へ一分のすきまもなく密着していたことを理解し、かっとほほを羞恥に染め上げた。
「うそっ、なんで梅雪さまが、僕の室にっ!」
「目が覚めたかい。元気になったみたいで安心したよ。とりあえず、はなしてもらえるとうれしいかな? 苦しくて」
「ももも、申しわけありませんでしたッ!」
現実へ引き戻された黒慧の行動は早かった。
早梅からがばりとからだをはなし、その流れで五体投地をくりだす。
あまりに洗練された土下座に、早梅はぎょっとした。
「いやっ、そこまでしなくていいから! まだ本調子じゃないだろう?」
「いえ、一度ならず二度までも気交をおこなうなんて……僕はなんて欲に弱いんだ。こどもができてしまうかもしれない!」
「あの、妊娠ならもうしてるからね?」
「やっぱり責任を取らせていただくしかありません。番になってください!」
「どうしたってその話題に行き着くのね!?」
なぜ土下座で求婚されているのだろうか。看病にやってきたはずなのに。
「君は疲れてるんだ。ほら休もう?」
「僕は梅雪さまと結婚を……ふぁ」
「いいこだね、黒慧。よしよーし」
「番になったら、こどもができても……はぅぅ」
抱きしめて、撫でくりまわすことで黙らせる寸法。もう力業だった。
黒慧も早梅のやわらかな胸へ顔をうずめさせられ、その極楽の心地に意識が飛びかけた。いや、一瞬飛んでいたかもしれない。
「ねぇ黒慧、つらくない? 寝台へ横にならないかい?」
「梅雪さまが添い寝してくれるなら、いきます……」
「かわいい顔してグイグイ来るね、君」
これで無自覚なのだから、とんだつわものである。
とかなんとか考えていたら、ひょいと抱き上げられてしまう。おかしい。これでも身重のからだなんだが。
さらにいうと了承したおぼえもないのだが、ご満悦な黒慧を見上げるに、添い寝は決定事項らしい。これ如何に。
「梅雪お嬢さまは渡せないな。ごめんね、小慧」
いよいよ悟りをひらくという寸前で、たくましい腕にさらわれた。
黒慧に抱き上げられていた早梅はいま、黒皇の腕のなかにいる。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる