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第1章『リンゴンの街編』

第12話 ちょっと、おこです

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「『おともだち』ってなんですか? あなたたちにとっての『ペット』って……もうなくなりそうだから買い足せる、簡単に捨てたり買ったりできるものなんですか!?」

「なにを偉そうに……っ!」

「彼の言うことは、なにも間違ってはいません。アナタたちはあの子を『おともだち』だとか『ペット』だって言っているけど、それじゃあ、あの子がどれだけ苦しんできたか想像して、それに寄り添おうとしたことがありましたか? あの子と向き合って、ちゃんと知ろうとしたことがありましたか? ないですよね? 『面倒くさい』って、放り投げただけですよね?」

「アタクシにお説教のつもりですの!? 不愉快ざます! すぐに黙ってちょうだい!」

「黙りません」

「お黙りなさい!!」

「黙りません。アナタたちが『ゴミ捨て場のスライム』とあざ笑ったあの子が『何者』なのか、教えてあげます」

「なっ……なにを言っているのだか! その子はただの『スライム』でしょう!?」

「有機物と無機物」

「いきなり意味がわかりませんわ!」

 だんだん声を荒げていくクリベリン夫人を目の前にしても、ご主人さまは動じない。

「燃やしたときに黒く焦げるものが有機物、そうじゃないものが無機物です。とすると、おや、おかしいですね? 夫人はあの子に、書き損じのお手紙や割れた花瓶を食べさせていたとおっしゃっていました。紙は有機物、ガラスは無機物ですよ? はじめに言いましたよね? 『スライム』は有機物か無機物の『どちらかを溶かす』能力があると」

「そんなの、知りませんわ……パクパクなんでも食べたのは、その子ざます!」

「ノン、不正解です。夫人もご立腹でしたよね? 『ここに散らばっているものはなんだ!』って。これは、夫人たちがあの子に『食べさせようとしたものすべて』──あの子は有機物と無機物の『どちらも溶かしてはいない』のですよ」

 つまり、どういうことかっていうと。

「あの子は、『スライム』じゃない」

「そんなっ……じゃあなんだって言うんですの!?」

「分裂増殖する『スライム』はゼリー質の単純一層構造をもっていますが、あの子はさらに本体となる『核』があります。あれは、マナをたくわえる『魔力核』と呼ばれるもの。とくに、水と親和性の高い『魔力核』をもつ『スライム』とよく似た存在といえば──水の妖精『パプル』。それ以外に考えられません」

「ま……また、おかしな作り話を……ぎゃっ!」

 鼻で笑おうとしたクリベリン夫人のすぐそばで、ヒュンッとくうを切るものがある。

「ウゥ……ァアア」

 トッティだ。低くうなりながら、尖らせた根っこでクリベリン夫人の顔スレスレを攻撃したんだ。
 縦巻きロールの金髪をはらり、とひとふさ切り裂かれて、クリベリン夫人は顔面蒼白になった。

「一説によると、『パプル』は四大精霊、そのうち水をつかさどる『ウンディーネ』の魔力から分けいでる妖精なのだそうです。つまり、一般ピーポーがおうちで飼っていていいような子じゃないんですよ」

「……そ、そんなことを、どうしてあなたみたいな子供が、知って、いるの……」

「見た目で判断しちゃいけませんねぇ、ヒトも、モンスターも」

 すっかり腰をぬかしたクリベリン夫人へ、スタスタと歩み寄るご主人さま。
 その右手が、胸もとへ添えられた。

「ここのポケットに旗があるのが見えますか? プラチナのフラッグバッジは、冒険者ギルドがさだめるランクSS──『最上級調教師テイマー』のあかしです。……はぁ、自慢は好きじゃないんですけどね」

「最上級、『テイマー』ですって……!?」

「そうです。なのでモンスターだとか精霊に詳しいんですよ。すくなくとも、アナタよりはね。よかったですね? トッティがやさしくなかったら、いまごろアナタの頭はからだとバイバイしてました」

「ひッ……!」

「で、そこのぼうや」

 クリベリン夫人に続いて、となりへ視線を向けるご主人さまだったけど、叱られる空気を肌で感じたのか。男の子がじわりと涙をにじませる。

「うっ……うぁあ、へいたいさぁ~ん!」

 わんわんと男の子が泣きべそをかいたと思ったら、どこからともなく、屈強な男性があらわれる。腰には剣。

「生半可なお金持ちが私的な騎士団をもてるわけがないですし、傭兵さんってとこですかね……あんなちびっこにあごで使われて、いやじゃないんですか? 用心棒のおじさん」

「仕事だからな」

「はぁ、まぁそうですよね」

「こわいひと、やっつけてぇ~!」

「悪いが、そういうことだ。すこし痛い目を見てもらう」

 傭兵の男性が、腰からすらりと剣を抜く。
 これからどうなるか。
 そんなの、深く考えるまでもない。

 タンッ──……

 地面を蹴ったら、あとは追い風に身をまかせるだけ。

「──ご主人さまに、手を出すな」
 
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