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本編

*85* でっかいおちびの大活躍

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 視界を真っ赤に染めた火柱が、空高くまで燃え上がったかと思えば、ふっと消えゆく。

 吹き荒れる風が凪いで、静けさに包まれる庭園。

 だれもが固唾をのんで見守るなか、かかげた右手を下ろしたクリムゾンレッドの髪の青年が、そっとつぶやく。

「……どうか、来世は幸福に」

 和装に似た黒装束をまとった青年が、両手を合わせ深々と頭を垂れた先では、土が黒く焼け焦げ、ぱちぱちと炎がくすぶっている。

 わたしたちを苦しめたコカトリス……いや、怪鳥のすがたをした三体の『デベディ』たちは、灼熱の炎に焼かれ、骨ひとつ残らなかった。

 硝煙に似た死のにおいを、ふいに吹き抜けた風がさらっていく。

 庭園をいろどる薔薇がそよいで、ほのかな甘い香りが鼻をくすぐる。

 蒼い空のもと、『日常』がもどってきた瞬間だった。

「ユウヒ……」

 無意識のうちに、名前を呼んでいた。

 祈りを捧げていた青年──ユウヒが、背すじをただし、わたしをふり返る。それから。

「はい。どこも痛いところはないですか? 主さまーっ!」
「うわぁっと!?」

 黒い袖と裾をひるがえしたユウヒが、裸足に高下駄みたいな履物のスタイルで、颯爽と駆け寄ってきた。

「おれ、ちゃんとできましたよ! もう大丈夫なので、安心してくださいねっ!」
「むぎゅう……」

 がばっと抱きついてくるところなんかは、天真爛漫なユウヒそのままだ。

 ただし、いまのユウヒは強火のほうのユウヒ。トップモデル級プロポーションをもつエルよりも長身な、美男子さんだ。

 そんでもって、人間より身体能力の高いドラゴンときた。要は、大人ユウヒにぎゅうぎゅう抱きしめられて、窒息寸前のリオさんです。

「ちょっと、でっかいおちび! リオがつぶれるだろ!」
「はっ! これは失礼しました!」

 見かねたノアが助け舟を出してくれて、はっとしたユウヒの腕から解放される。

「力加減がうまくできなくて……主さま、ごめんなさい~!」
「は……はは……だいじょ……いやいやいや、なにしてんのユウヒ!」

 離してくれるだけでよかったんだけど、まさかの五体投地をくり出すユウヒ。流れるような土下座モーションだった。

「わたし平気、ほんと平気! ピンピンしてる! だから立って、ねっ!」
「はいぃ……」

 あわててユウヒの腕を引けば、泣きそうなユウヒが、のそのそと立ち上がる。

「主さまはか弱い人間なんだから、抱きしめるときは、真綿でくるむように、やさしく……以後、気をつけます!」

 わたしはガラス細工かなにかだろうか。

 そこまでしなくていいと思いつつも、硬く心に決めたらしいユウヒが力強くうなずいているので、余計なことは言わず、「そっかぁ~」と頭をなで…………手が届かなかった。ちくせう。

 そうしたら、きょとんとしたユウヒが、エメラルドの瞳をきらめかせて腰をかがめ、頭を差し出してくる。なんだこのでっかくて可愛い生き物。なでなでしてあげた。

 さわがしいくらいの日常の光景を前にして、やっと安心できる。だけど、まだ終わりじゃない。

「毒の治療をしないと。大ホールで受け入れの準備はできてます。みんな手伝ってくれますか?」
「もちろんよ、リオ!」
「みなさんをお連れしましょう。動かないでください。いいですね、ヴァン」
「エルが優しいわ、明日は吹雪かしら……」
「はいはい。いつぞやにご所望だったお姫さまだっこです。今日は特別ですよ」

 ぐったりと意識のないルウェリンをララが背負い、真っ青なヴァンさんは、エルがそっと横抱きにした。

「ノア、大丈夫?」
「おれがおんぶしましょうか、ノア兄さま!」
「いいよ、じぶんで歩けるから」

 ここで毒にやられているのは、あとはノアだけ。

 地面に座り込んだまま身動きの取れないノアが、ユウヒに支えられながら、立ち上がろうとするけど。

「手足に力が入らないんだろう。無理をして歩くと、足を捻る」
「わ……ちょっと」

 うまく踏み出せず、よろめいたノアを、お父さんが支えた。

「君はとても賢いようだから、どうすればリオの仕事を増やさずにすむか、わかるね?」
「……へぇ、それで、リオの好感度を稼いでるつもり?」

 言い含めるように肩を貸そうとするお父さんだけど、ノアがうなずくことはなかった。

「離せ。神殿の関係者なんかの手は借りない」

 苦虫を噛み潰したような顔で、肩に置かれたお父さんの手を払うだけだ。

「えぇ……じゃあ、おれも駄目ですか……?」
「ぐっ……そんなことは言ってないだろ……はぁ、わかった。肩貸して、ユウヒ」
「はいです、ノア兄さま! よーいしょっ!」
「うわぁっ……だから、肩貸してくれるだけでいいんだってば!」

 お父さん相手に絶対零度のオーラを放っていたノアも、ユウヒの無自覚うるうる攻撃にはかなわなかったらしい。

 しぶしぶうなずいたノアは、歓喜したユウヒにひょいっとおんぶされてしまった。ノアに頼られたのが、ユウヒは嬉しかったみたいだ。

「さすがユウヒ! 力持ちだね!」
「お安い御用なのです!」
「俺のこと、こどもみたいにさ……」

 ふてくされたノアがなんかぼやいてるけど、聞かなかったことにして。

「さぁ、みんな急ぎましょう。わたしが治療をします!」

 もたもたしている時間はないから、城内へ駆け出す。

 なにかをじっと考え込んでいるお父さんのまなざしにも、気づかないふりをして。
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