塔を目指す冒険

阿波野治

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「混乱するのも仕方ないと思う。でも、ごめんね。もう時間がないの」
 微かな震えを帯びた輝夜の声に、朔也は我に返る。見返した姉の顔は、眉間に切なげにしわが寄っていて、瞳は潤んでいる。
 死に向かっている人よりも先に、朔也の目から雫が落ち、白い頬を打った。それが祝福だとでもいうように、輝夜の口角は弱々しくも明確に持ち上がる。

「朔也。これから先、あなたは試練の連続に見舞われるだろうけど、常識に囚われてはだめ。柔軟な頭で、一つ一つ、朔也が正しいと思うやり方で対処していけばいい。そうすれば必ず、幸せな未来が待っているはずだから……」
 語尾が薄れ、唇が閉ざされる。追いかけるように瞼も閉じる。縁に溜まっていた涙が押し出され、頬を滑り、先に落ちていた朔也の一雫と合流し、垂直に落下して黒髪に吸い込まれた。
 それからはもう、瞼も口も開かない。血だらけの胸も上下するのをやめている。

「お姉ちゃん……?」
 予感を覚え、血だらけの左胸に右手を押し当てる。微かな粘性を帯びた水気。柔らかく押し返してくる感触。温かいが、脈打つものがない。十秒数えたが結果は同じだ。おそらくは、いや確実に、永遠にこうしていたとしても。瞳孔を確認するとか、脈拍を測ってみるとか、別の手段を講じるまでもなく、厳然として確実に、
 木花輝夜は、死んだ。

「お姉ちゃん……!」
 覆い被さるように姉を抱きしめ、朔也は声を上げて泣いた。
 鼻水が垂れる。涙が降りかかる。その事実を認識する余地はない。姉を失った悲しみで満席だからだ。

 険悪なやりとりだったかもしれないが、ついさっきまで会話していた姉を。
 両親がテロに巻き込まれてすでに亡くなっているのが真実だとしたら、唯一の肉親である姉を。
 両親がロンドンに行って以来、親代わりに世話をしてくれた姉を。
 学校に行かなくなってから、厳しい態度で登校を迫った両親とは対照的に、消極的ながらも味方になってくれた姉を。
 朔也が思春期を迎えるまでは、現在よりもずっと仲睦まじかった姉を。
 小学校二年生のときに授業で書いた作文で、両親を差し置いて、「世界で一番好きな人」として挙げた姉を。

 亡くしてしまった。死んでしまった。
 姉はもう、戻ってこない。

 朔也は泣き続ける。尽き果てることを知らない悲しみを、涙という形に変えて延々とアウトプットする。

 やまない雨はない。明けない夜はない。
 降り止んだ瞬間に出会えたから、日が昇った瞬間を見られたから言えるのであって、雨に打たれ、暗夜に身を置いているうちはそう思うことなんてできない。
 孤独感をゲームで紛らわせる暗澹たる日々の中で、そんな後ろ向きな考えを弄んだことが何度もあった。
 雨脚は強まり、闇は濃度を深めた。
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