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あっという間に放課後を迎えた。
五時間目と六時間目のあいだの休み時間、住友さんは友だちに囲まれていて、話しかけるチャンスはなかった。
そもそも学校にいるあいだ、彼女はずっと友だちといっしょだから、隙がまったくない。下校時も状況は同じだ。
どうやら、誰かといっしょにいる状況で話しかけるしかないらしい。
放課後になっても、住友さんは教室に居残って友だちと話をしている。彼女たちが集まっているのは、窓側の後ろから二番目にある木下さんの机。盛り上がってはしゃぐのではなくて、リラックスした雰囲気で静かに会話している。
教室の中には、彼女たち以外にも四・五人の生徒が残っている。スマホをいじったり、クラスメイト同士で話をしたりと、居残らなければならない理由がある人間は一人もいないようだ。
例外は僕くらいのものだろう。
今日行動を起こすのは諦めて帰宅することも、思いきって住友さんに声をかけることもできなくて、自分の席でスマホの画面をじっと見つめている。ニュースサイトのトップページが表示されているけど、内容は一文字も頭に入ってこない。画面を暗転させれば、真面目くさった、泣き出す三歩くらい手前のような、滑稽な顔が映し出されるはずだ。
願わくは、こうして機会をうかがっているあいだに、妙案の一つでも思いついてくれればいいのだけど、そう都合よくはいかないらしい。
用もないのに居座りつづけて、クラスメイトから訝しげな目で見られるのも苦痛だ。今日のところはすっぱり諦めて、帰ろう。
帰り支度をしようと、机の横のスクールバッグに手を伸ばした瞬間、
「香坂くん」
声をかけられたので、思わず肩が跳ね上がった。一瞬住友さんかとも思ったけど、違った。
「……新山さん」
僕の机の前に立っていたのは、クラスメイトの新山さんだった。
下の名前は知らないし、話をしたこともない。地味で目立たないタイプで、成績優秀で生真面目。教師が授業で生徒一同に解答を求めたにもかかわらず、誰も挙手しなかったとき、「君なら解けるはずだ」という信頼のもとに指名する生徒、それが新山さんだ。
「えっと、どうしたの」
「今日の日直、私と長谷川くんだったんだけど、長谷川くんは先に帰っちゃって。だから、香坂くんに手伝ってもらいたくて」
顔に浮かんだ控えめな苦笑いは、長谷川くんが正当な理由なく職務を放棄した事実を示唆していた。
長谷川くんは、一言でいえば不良だ。生真面目に日直の責務を果たすタイプの生徒ではない。
「黒板拭きだけ、お願いできないかな」
「いいよ。それくらいなら全然」
負担だとは思っていないし、気を悪くしたわけではないから、気に病まないで。そんな表情を新山さんに返しながら起立し、黒板へ向かう。
教室に残っている十人弱の中から、新山さんは長谷川くんの代打に僕を選んだ。嫌な顔をせずに引き受けてくれて、なおかつ、真面目に作業に取り組んでくれるに違いない。そう判断したからこそ、僕に頼んだ。
僕に対する新山さんの評価は、僕に対するクラスメイトの評価、といってもいいだろう。
入学してまだ間もないころ、クラス委員長を決めることになり、無記名投票による多数決という方式が採用された。開票の結果、僕にはなんと三票も入っていた。
リーダーシップや積極性に欠けるから、積極的に推薦するほどではない。ただ、真面目な性格ではあるから、クラス委員長に選ばれたとしてもまあ問題はないだろう。そう考えた人間が、三十一人の中に三人もいたのだ。
当時のことを思い返しながら、チョークの文字を黙々と消しているうちに、ふとこう思った。
僕はクラスメイトからそういう人間に見られているのだから、住友さんに声をかけたとしても、誰からも不自然には思われないのでは?
内向的で、積極的にクラスメイトに話しかけるような人間ではないという意味では、違和感がある振る舞いかもしれない。だけどその違和感は、「香坂遥斗は真面目な生徒である」という揺るぎない認識の力によって、すぐに帳消しにされるはずだ。
五時間目と六時間目のあいだの休み時間、住友さんは友だちに囲まれていて、話しかけるチャンスはなかった。
そもそも学校にいるあいだ、彼女はずっと友だちといっしょだから、隙がまったくない。下校時も状況は同じだ。
どうやら、誰かといっしょにいる状況で話しかけるしかないらしい。
放課後になっても、住友さんは教室に居残って友だちと話をしている。彼女たちが集まっているのは、窓側の後ろから二番目にある木下さんの机。盛り上がってはしゃぐのではなくて、リラックスした雰囲気で静かに会話している。
教室の中には、彼女たち以外にも四・五人の生徒が残っている。スマホをいじったり、クラスメイト同士で話をしたりと、居残らなければならない理由がある人間は一人もいないようだ。
例外は僕くらいのものだろう。
今日行動を起こすのは諦めて帰宅することも、思いきって住友さんに声をかけることもできなくて、自分の席でスマホの画面をじっと見つめている。ニュースサイトのトップページが表示されているけど、内容は一文字も頭に入ってこない。画面を暗転させれば、真面目くさった、泣き出す三歩くらい手前のような、滑稽な顔が映し出されるはずだ。
願わくは、こうして機会をうかがっているあいだに、妙案の一つでも思いついてくれればいいのだけど、そう都合よくはいかないらしい。
用もないのに居座りつづけて、クラスメイトから訝しげな目で見られるのも苦痛だ。今日のところはすっぱり諦めて、帰ろう。
帰り支度をしようと、机の横のスクールバッグに手を伸ばした瞬間、
「香坂くん」
声をかけられたので、思わず肩が跳ね上がった。一瞬住友さんかとも思ったけど、違った。
「……新山さん」
僕の机の前に立っていたのは、クラスメイトの新山さんだった。
下の名前は知らないし、話をしたこともない。地味で目立たないタイプで、成績優秀で生真面目。教師が授業で生徒一同に解答を求めたにもかかわらず、誰も挙手しなかったとき、「君なら解けるはずだ」という信頼のもとに指名する生徒、それが新山さんだ。
「えっと、どうしたの」
「今日の日直、私と長谷川くんだったんだけど、長谷川くんは先に帰っちゃって。だから、香坂くんに手伝ってもらいたくて」
顔に浮かんだ控えめな苦笑いは、長谷川くんが正当な理由なく職務を放棄した事実を示唆していた。
長谷川くんは、一言でいえば不良だ。生真面目に日直の責務を果たすタイプの生徒ではない。
「黒板拭きだけ、お願いできないかな」
「いいよ。それくらいなら全然」
負担だとは思っていないし、気を悪くしたわけではないから、気に病まないで。そんな表情を新山さんに返しながら起立し、黒板へ向かう。
教室に残っている十人弱の中から、新山さんは長谷川くんの代打に僕を選んだ。嫌な顔をせずに引き受けてくれて、なおかつ、真面目に作業に取り組んでくれるに違いない。そう判断したからこそ、僕に頼んだ。
僕に対する新山さんの評価は、僕に対するクラスメイトの評価、といってもいいだろう。
入学してまだ間もないころ、クラス委員長を決めることになり、無記名投票による多数決という方式が採用された。開票の結果、僕にはなんと三票も入っていた。
リーダーシップや積極性に欠けるから、積極的に推薦するほどではない。ただ、真面目な性格ではあるから、クラス委員長に選ばれたとしてもまあ問題はないだろう。そう考えた人間が、三十一人の中に三人もいたのだ。
当時のことを思い返しながら、チョークの文字を黙々と消しているうちに、ふとこう思った。
僕はクラスメイトからそういう人間に見られているのだから、住友さんに声をかけたとしても、誰からも不自然には思われないのでは?
内向的で、積極的にクラスメイトに話しかけるような人間ではないという意味では、違和感がある振る舞いかもしれない。だけどその違和感は、「香坂遥斗は真面目な生徒である」という揺るぎない認識の力によって、すぐに帳消しにされるはずだ。
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