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しおりを挟む黒板の高い位置は全て消しおわった。
椅子から下りて、低い位置に黒板消しを這わせながら、さり気なく住友さんたちの様子をうかがう。
五人のほうに新山さんが歩み寄って声をかけた。あと五分くらいしたら教室の戸締まりをするから、それまでに出ていってほしい。新山さんらしく穏やかな語調でそう伝えている。
五人は会話を続けながらも、スクールバッグを肩にかけて席を立って、教室をあとにした。僕は黒板消しを動かす手を速めた。
「じゃあ、僕はこれで」
学級日誌を書いている新山さんに一声かけて、教室を出る。早足で移動すれば、昇降口で住友さんたちに追いつくだろう。それからどう振る舞うのかは、もう決めている。
昇降口に到着したとき、五人は靴を履き替えているところだった。下校ラッシュのピークが過ぎて、一帯に生徒はまばらなせいで、五人の話し声は目立っている。
羽生田さんの冗談を聞いている住友さんは、ほほ笑んでいる。作り笑いをしているようには見えない。
本人が断言したように、やはり悩みなんて抱えていないのだろうか?
心が揺らいだけど、僕はすでに決意を固めている。
「住友さん」
話し声がやんで、十個の瞳が一斉に僕に注目した。思わず怯んでしまったけど、すぐに気持ちを立て直す。
「なにか困ったことがあるんだったら、いつでも僕に相談してくれていいから。力になれるかはわからないけど、人に話すだけでも楽になれると思うし」
自然体で声をかけられた手ごたえはあった。多少たどたどしいしゃべりかたになったかな、くらいで。
でも、甘かった。
「悩み?」
住友さんの口からこぼれたのは、険のある声。彼女の眉間には深いしわが刻まれている。周囲から音が消えて、空気が冷たくなったように感じられる。
「悩みとか、今は別にないから。香坂は、なに? 私を弱い人間だと思いたいわけ? 不幸な人間にしたいわけ? ふざけないで」
頭が真っ白になるとは、今の僕の状態のことをいうのだろう。僕がいきなり住友さんに話しかけてきたことに驚いていた四人は、今や友人の豹変に困惑している。
「休み時間の私と羽生田さんのやりとりを聞いて、思いやりのある人間だってアピールしようと目論んだんだろうけど、余計なお世話だから。はっきり言って、ものすごく迷惑。私の前から消えて。今すぐに」
有無を言わさぬ迫力を帯びた、吐き捨てるような口調での命令だ。
ごめんなさい、と口の中で言って、慌ただしく靴を履き替える。
住友さんからの視線は刺すどころか、貫いてくるかのようだ。感じるプレッシャーはすさまじく、履きなれているはずのスニーカーを履くのに手間どってしまう。他の四人だって僕を見つめているはずなのに、一人ぶんの視線しか感じられない。それほどまでに強い眼差しだ。
僕は逃げるように校舎をあとにした。
いや、ように、ではない。
ほんとうに逃げたのだ。
気まずい雰囲気から。自分の失敗から。住友さんの非難から。
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